40 / 49
第8話 ー不正アクセス容疑ー ⑤
しおりを挟む
翌朝の二年C組は、いつもより少しだけざわついていた。
チャイムが鳴る前から、あちこちで小声の会話が飛び交っている。
「図書室のパソコン、まだ使えないらしいよ」
「なんか、変なログイン画面出たんだって?」
「え、それマジ? 昨日自習行かなくてよかった……」
そんな噂話が耳に入るたび、真白の胸のあたりがじわりと重くなる。
自分の席に座り、教科書を机の端に揃えながら、ちらりと前の方を見ると、担任はいつもより早く教卓に立っていた。手には数枚のプリント。表情は真面目だが、必要以上に険しくはない。
恋が席に着きながら、小さく身を乗り出してくる。
「真白」
「……うん」
「顔、こわばってる」
「そう、かな」
「うん。でも、大丈夫。昨日言ったでしょ。“最初の通報者”なんだから」
恋が小さく笑う。その言葉に、真白はほんのわずか肩の力を抜いた。
チャイムが鳴る。ざわめきが、すこしだけ静まりかえった。
「はい、ホームルーム始めるぞ」
担任は一呼吸置いてから、黒板にチョークで大きく「連絡」と書いた。
「もう噂で聞いてるやつもいると思うが……昨日、図書室の共有端末で、校内ポータルの偽のログイン画面が表示される事案があった」
教室の空気が、ぴん、と張り詰める。
隣の席で、恋がそっと膝の上で拳を握りしめたのが、視界の端に入った。
「詳しい技術的な話はシステム担当の先生からも案内があるが、簡単に言うと、二年生の端末の一部から、校内ポータルに“似せた別のサイト”へのアクセスが大量に発生していたことがわかった。URLが“portal”じゃなくて“porrtal”になっていたやつだ」
黒板に「portal」と「porrtal」の二つの単語が並んで書かれる。
教室のあちこちから、「細かっ」「それ無理ゲーじゃん」という小声が漏れた。
「まず伝えておきたいのは——現時点で、『アカウントが乗っ取られた』とか、『成績が書き換えられた』といった被害は確認されていない。これは情報科の先生と、外部の専門機関にもログを見てもらった上での話だ」
その言葉に、教室の空気がわずかに緩む。真白も胸の中で小さく息を吐いた。
「とはいえ、危ないことには変わりない。今回の件は、“怪しい動きにすぐ気づいて、先生に知らせてくれた生徒”がいたから、大事になる前に対応できた。名前は出さないが、その生徒には感謝している」
担任の視線が、ほんの一瞬だけ真白の方を掠めた。
誰もそれに気づいていないふりをしてくれているのか、クラスメートたちは「へえ」「そんな子いたんだ」とざわつくだけだ。
恋がこっそりと真白の肘をつついた。横目で見ると、口の形だけで「ヒーロー」と言ってくる。
真白は、慌てて首を振った。
「で、今後の対応だが——」
担任は持ってきたプリントを片手に、説明を続けた。
「まず、図書室とコンピュータ室の共有端末は、しばらくネットワークから切り離す。使えない間は、各自のスマホや自宅のPCから、課題の確認や提出をするように」
「え、じゃあ情報のレポートどうすんの」
「それに関しては別途案内がある。期限の延長も検討中だ」
あちこちから上がる不安の声を、一つずつ拾いながら、担任は淡々と話を進めていく。
「それから二つ目。二年生全員、校内ポータルのパスワードを“必ず”変更すること。今日中にだ。やり方は、このプリントの二枚目に図付きで書いてある」
プリントが前の席から順に回ってくる。真白も手に取って目を通した。
そこには、「ログイン後の右上のメニューから『プロフィール』→『パスワード変更』を選ぶ」といった手順が、画面のスクリーンショットと一緒に示されている。難しい言葉はほとんど使われていない。
「最後に三つ目。これは、今回だけじゃなくて、これからずっと覚えておいてほしいことだ」
担任はチョークを置き、生徒全員を見渡した。
「“ログイン画面は、たとえ見慣れていても、URLを一度確認すること”」
黒板に大きく、その一文が書き加えられる。
「全部を見ろとは言わない。難しいようなら、“学校の正式なドメイン名だけ”覚えておけばいい。清能北高校の校内ポータルは、『seinou-hs.jp』だ。そこが変だったら、一旦止まる」
そこで、担任はふと真白の方を見た。
「……柏加」
「は、はい」
突然名前を呼ばれて、真白は慌てて背筋を伸ばした。
「お前、このクラスの情報委員だったな。今の俺の説明で、“ここだけは付け足したい”ってとこ、あるか?」
「え、えっと……」
視線が一斉に自分の方へ集まるのを感じて、心臓がどくどくと早くなる。
——どうしよう。
でも、今、何かひと言だけでも伝えられたら。
昨日、恋と電話で話したことを思い出す。
『“変だ”と思った時点でちゃんと大人にバトン渡してる。それだけでも、めちゃくちゃカッコいい』
あの言葉に背中を押されるように、真白は小さく息を吸った。
「……えっと」
自分でも驚くほど、声が震えていない。
「先生がおっしゃった通りで、全部自分で判断しよう、としなくていいと思います」
黒板ではなく、クラスメートたちの顔を見る。
「“ちょっとでも変だな”って思ったときに、その場で無理に続けないで……スクリーンショットを撮るとか、画面をそのままにして、先生とか情報科の先生に見せる、っていう選択肢を、覚えておいてほしいです」
「スクショ……」
「うん。スマホでもパソコンでも、だいたい撮れるから。上手く撮れなくても、とりあえず“止まる”ことの方が大事で」
昨日、自分がやったことを、できるだけ簡単な言葉に置き換えていく。
「“何かあったとき、ちゃんと言ってくれる人”が増えたら、それだけで防げることって、けっこうあると思うので……」
そこまで言うと、教室のあちこちから「なるほど」「そういうもんなのか」という声が漏れた。
恋が、誇らしげな顔でこちらを見ている。
「ありがとな、柏加」
担任が軽く頷く。
「今のも含めて、何かわからないことがあれば、ホームルームが終わったあとでもいいから質問に来てくれ。怖がらせたいわけじゃない。ただ、“ちゃんと気をつければ防げること”もあるってことは、頭の片隅に置いておいてほしい」
チャイムが鳴る。ホームルーム終了の合図だ。
「じゃあ、今日一日よろしく。プリントはなくさないように」
号令の声が響き、クラスの空気は少しずついつもの日常に戻っていった。
三時間目の終わり頃、真白は職員室に呼び出された。
システム担当の先生の席の前で、「失礼します」と声をかけると、先生はすぐに顔を上げて微笑んだ。
「柏加さん、ありがとう。忙しいところごめんね」
「いえ」
「さっきのホームルームでの話、担任の先生から聞いたよ。助かった」
「……あんまり、うまく言えた気はしないですけど」
「十分だよ」
先生はそう言ってから、机の上のノートパソコンの画面をこちらに向けた。
「さっきまで、昨日のログや偽サイトの解析を進めていてね。現時点でわかっていることを、簡単に共有しておく」
画面には、ネットワークのログ管理画面と、いくつかのグラフが表示されていた。
「まず、偽ドメインへのアクセスは、昨日の夕方以降、こちら側でブロックをかけた。学校側のDNSとプロキシの設定を変えて、『porrtal.seinou-hs.jp』には絶対に行かないようにした。今は、そこを踏んでもエラーページに飛ぶだけだ」
「偽の方のサーバは、まだ動いてるんですか?」
「さっき確認した限りでは、もう応答がなくなっていた。外部のレンタルサーバを使っていたらしくてね。ログをまとめて、そっちにも連絡を入れたから、その影響かもしれない」
そう言って、先生は別のウィンドウを開く。そこには、棒グラフが並んでいた。
「次に、二年生のアカウントのログイン履歴をチェックした。昨日の17時以降、国外のIPアドレスからの不審なログイン試行が、数件だけ確認されている」
「数件……」
「全部、パスワードの変更前のタイミングだ。ただ、どれもログインに失敗している。パスワードが違ったのか、こちらが先にセッションを切ったのか、その辺りはまだ突き合わせが必要だけどね」
先生の指がグラフの端をなぞる。
「現時点で、『実際に中に入られた形跡』は見つかっていない。もちろん、引き続き確認は続けるけど」
「……よかった」
真白は、心の底からそう思った。
「ただし、これはあくまで“今回に限ってはラッキーだった”って話だ。似たような手口は、これからも出てくるだろうしね」
「はい」
先生はそこで一度言葉を切り、真白をまっすぐ見た。
「昨日、偽サイトのコードやログを見てくれたって聞いた。何か、気になったところはあったかい?」
「……はい。一つだけ」
真白は、昨夜まとめたメモの内容を思い出しながら言葉を選んだ。
「この偽ページって、二年生全体に広くばら撒く形で仕掛けられていたと思うんです。“ログインしている誰か”を狙う形で」
「うん。ログから見ても、その通りだと思う」
「それで……もし、攻撃者がもう少し手慣れていたら、もっと証拠を残さない方法も選べたはずで。たとえば、0.2秒刻みじゃなくて間隔をランダムにするとか、サブドメインを使って本物のドメインと見分けがつきにくくするとか……。もしかすると、本当はできたけれど今回は敢えて雑にしたんじゃないかって」
口にしながら、自分の言葉が少し怖くなった。
「それに、今回のは、“雑”だったけれど、短時間でとにかく誰かのセッションを奪おうとして、後で見つかってもその時には遅いっていうことなのかなって」
システム担当の先生は、静かに頷いた。
「その見立ては、たぶん合ってる」
そして、ふっと苦笑する。
「正直に言うとね。こっちとしては、あまり“攻撃者目線の発想”を高校生にさせたくはないんだ。ただ——」
「……すみません」
「いや、責めてるわけじゃないよ」
先生は慌てて首を振った。
「柏加さんは、“もし自分がやるならこうする”っていう視点を、ちゃんと『だからこそここが危ない』って方向に使えてる。それは立派なことだと思う」
「……立派かどうかは、わからないです」
「少なくとも、今回の件では役に立ってるよ」
先生はノートパソコンを閉じ、代わりに一枚の紙を取り出した。
「それでね。もしよかったらなんだけど——」
紙には、「二年生向けセキュリティ注意ポイント」と題した箇条書きが印刷されている。昨日担任が配ったプリントと似ているが、もう少し細かい内容だ。
「これをもとに、放課後に希望者向けに短い説明会をやろうと思ってる。五分か十分くらいでいいから、“生徒目線で気をつけてほしいこと”を一言付け足してもらえないかな」
「生徒目線……」
「大人がいくら『URLを確認しろ』って言っても、ピンと来ない子もいる。実際に偽ページを見て、“変だ”と思ってくれた生徒の声があれば、説得力が違うと思うんだ」
先生の言葉は、決して強制ではなかった。けれど、その目には本気の色がある。
——どうする。
迷いは、長く続かなかった。
昨日の夜、恋が言ってくれた言葉が、また頭の中で響く。
『真白の技術ってさ。悪いことに使われたら確かに怖いけど、今回みたいに“変なことに気づいて止める”って方向にも全力で使えるんだって、あたし、なんか安心した』
その“安心”を、少しでも広げられるなら。
「わかりました」
真白は、紙を両手で受け取った。
「やってみます。五分くらいなら」
「助かる」
先生は嬉しそうに微笑んだ。
「内容は、このプリントの言葉をそのまま読み上げるだけでもいいし、自分なりに言い換えてもらってもいい。難しい用語は使わなくていいからね」
「はい」
「じゃあ、放課後の終礼のあと、コンピュータ室に来てくれるかい? そこで一緒に段取り決めよう」
「わかりました」
職員室を出る頃には、真白の胸の中に、さっきより少しだけはっきりした「やるべきこと」が浮かび上がっていた。
チャイムが鳴る前から、あちこちで小声の会話が飛び交っている。
「図書室のパソコン、まだ使えないらしいよ」
「なんか、変なログイン画面出たんだって?」
「え、それマジ? 昨日自習行かなくてよかった……」
そんな噂話が耳に入るたび、真白の胸のあたりがじわりと重くなる。
自分の席に座り、教科書を机の端に揃えながら、ちらりと前の方を見ると、担任はいつもより早く教卓に立っていた。手には数枚のプリント。表情は真面目だが、必要以上に険しくはない。
恋が席に着きながら、小さく身を乗り出してくる。
「真白」
「……うん」
「顔、こわばってる」
「そう、かな」
「うん。でも、大丈夫。昨日言ったでしょ。“最初の通報者”なんだから」
恋が小さく笑う。その言葉に、真白はほんのわずか肩の力を抜いた。
チャイムが鳴る。ざわめきが、すこしだけ静まりかえった。
「はい、ホームルーム始めるぞ」
担任は一呼吸置いてから、黒板にチョークで大きく「連絡」と書いた。
「もう噂で聞いてるやつもいると思うが……昨日、図書室の共有端末で、校内ポータルの偽のログイン画面が表示される事案があった」
教室の空気が、ぴん、と張り詰める。
隣の席で、恋がそっと膝の上で拳を握りしめたのが、視界の端に入った。
「詳しい技術的な話はシステム担当の先生からも案内があるが、簡単に言うと、二年生の端末の一部から、校内ポータルに“似せた別のサイト”へのアクセスが大量に発生していたことがわかった。URLが“portal”じゃなくて“porrtal”になっていたやつだ」
黒板に「portal」と「porrtal」の二つの単語が並んで書かれる。
教室のあちこちから、「細かっ」「それ無理ゲーじゃん」という小声が漏れた。
「まず伝えておきたいのは——現時点で、『アカウントが乗っ取られた』とか、『成績が書き換えられた』といった被害は確認されていない。これは情報科の先生と、外部の専門機関にもログを見てもらった上での話だ」
その言葉に、教室の空気がわずかに緩む。真白も胸の中で小さく息を吐いた。
「とはいえ、危ないことには変わりない。今回の件は、“怪しい動きにすぐ気づいて、先生に知らせてくれた生徒”がいたから、大事になる前に対応できた。名前は出さないが、その生徒には感謝している」
担任の視線が、ほんの一瞬だけ真白の方を掠めた。
誰もそれに気づいていないふりをしてくれているのか、クラスメートたちは「へえ」「そんな子いたんだ」とざわつくだけだ。
恋がこっそりと真白の肘をつついた。横目で見ると、口の形だけで「ヒーロー」と言ってくる。
真白は、慌てて首を振った。
「で、今後の対応だが——」
担任は持ってきたプリントを片手に、説明を続けた。
「まず、図書室とコンピュータ室の共有端末は、しばらくネットワークから切り離す。使えない間は、各自のスマホや自宅のPCから、課題の確認や提出をするように」
「え、じゃあ情報のレポートどうすんの」
「それに関しては別途案内がある。期限の延長も検討中だ」
あちこちから上がる不安の声を、一つずつ拾いながら、担任は淡々と話を進めていく。
「それから二つ目。二年生全員、校内ポータルのパスワードを“必ず”変更すること。今日中にだ。やり方は、このプリントの二枚目に図付きで書いてある」
プリントが前の席から順に回ってくる。真白も手に取って目を通した。
そこには、「ログイン後の右上のメニューから『プロフィール』→『パスワード変更』を選ぶ」といった手順が、画面のスクリーンショットと一緒に示されている。難しい言葉はほとんど使われていない。
「最後に三つ目。これは、今回だけじゃなくて、これからずっと覚えておいてほしいことだ」
担任はチョークを置き、生徒全員を見渡した。
「“ログイン画面は、たとえ見慣れていても、URLを一度確認すること”」
黒板に大きく、その一文が書き加えられる。
「全部を見ろとは言わない。難しいようなら、“学校の正式なドメイン名だけ”覚えておけばいい。清能北高校の校内ポータルは、『seinou-hs.jp』だ。そこが変だったら、一旦止まる」
そこで、担任はふと真白の方を見た。
「……柏加」
「は、はい」
突然名前を呼ばれて、真白は慌てて背筋を伸ばした。
「お前、このクラスの情報委員だったな。今の俺の説明で、“ここだけは付け足したい”ってとこ、あるか?」
「え、えっと……」
視線が一斉に自分の方へ集まるのを感じて、心臓がどくどくと早くなる。
——どうしよう。
でも、今、何かひと言だけでも伝えられたら。
昨日、恋と電話で話したことを思い出す。
『“変だ”と思った時点でちゃんと大人にバトン渡してる。それだけでも、めちゃくちゃカッコいい』
あの言葉に背中を押されるように、真白は小さく息を吸った。
「……えっと」
自分でも驚くほど、声が震えていない。
「先生がおっしゃった通りで、全部自分で判断しよう、としなくていいと思います」
黒板ではなく、クラスメートたちの顔を見る。
「“ちょっとでも変だな”って思ったときに、その場で無理に続けないで……スクリーンショットを撮るとか、画面をそのままにして、先生とか情報科の先生に見せる、っていう選択肢を、覚えておいてほしいです」
「スクショ……」
「うん。スマホでもパソコンでも、だいたい撮れるから。上手く撮れなくても、とりあえず“止まる”ことの方が大事で」
昨日、自分がやったことを、できるだけ簡単な言葉に置き換えていく。
「“何かあったとき、ちゃんと言ってくれる人”が増えたら、それだけで防げることって、けっこうあると思うので……」
そこまで言うと、教室のあちこちから「なるほど」「そういうもんなのか」という声が漏れた。
恋が、誇らしげな顔でこちらを見ている。
「ありがとな、柏加」
担任が軽く頷く。
「今のも含めて、何かわからないことがあれば、ホームルームが終わったあとでもいいから質問に来てくれ。怖がらせたいわけじゃない。ただ、“ちゃんと気をつければ防げること”もあるってことは、頭の片隅に置いておいてほしい」
チャイムが鳴る。ホームルーム終了の合図だ。
「じゃあ、今日一日よろしく。プリントはなくさないように」
号令の声が響き、クラスの空気は少しずついつもの日常に戻っていった。
三時間目の終わり頃、真白は職員室に呼び出された。
システム担当の先生の席の前で、「失礼します」と声をかけると、先生はすぐに顔を上げて微笑んだ。
「柏加さん、ありがとう。忙しいところごめんね」
「いえ」
「さっきのホームルームでの話、担任の先生から聞いたよ。助かった」
「……あんまり、うまく言えた気はしないですけど」
「十分だよ」
先生はそう言ってから、机の上のノートパソコンの画面をこちらに向けた。
「さっきまで、昨日のログや偽サイトの解析を進めていてね。現時点でわかっていることを、簡単に共有しておく」
画面には、ネットワークのログ管理画面と、いくつかのグラフが表示されていた。
「まず、偽ドメインへのアクセスは、昨日の夕方以降、こちら側でブロックをかけた。学校側のDNSとプロキシの設定を変えて、『porrtal.seinou-hs.jp』には絶対に行かないようにした。今は、そこを踏んでもエラーページに飛ぶだけだ」
「偽の方のサーバは、まだ動いてるんですか?」
「さっき確認した限りでは、もう応答がなくなっていた。外部のレンタルサーバを使っていたらしくてね。ログをまとめて、そっちにも連絡を入れたから、その影響かもしれない」
そう言って、先生は別のウィンドウを開く。そこには、棒グラフが並んでいた。
「次に、二年生のアカウントのログイン履歴をチェックした。昨日の17時以降、国外のIPアドレスからの不審なログイン試行が、数件だけ確認されている」
「数件……」
「全部、パスワードの変更前のタイミングだ。ただ、どれもログインに失敗している。パスワードが違ったのか、こちらが先にセッションを切ったのか、その辺りはまだ突き合わせが必要だけどね」
先生の指がグラフの端をなぞる。
「現時点で、『実際に中に入られた形跡』は見つかっていない。もちろん、引き続き確認は続けるけど」
「……よかった」
真白は、心の底からそう思った。
「ただし、これはあくまで“今回に限ってはラッキーだった”って話だ。似たような手口は、これからも出てくるだろうしね」
「はい」
先生はそこで一度言葉を切り、真白をまっすぐ見た。
「昨日、偽サイトのコードやログを見てくれたって聞いた。何か、気になったところはあったかい?」
「……はい。一つだけ」
真白は、昨夜まとめたメモの内容を思い出しながら言葉を選んだ。
「この偽ページって、二年生全体に広くばら撒く形で仕掛けられていたと思うんです。“ログインしている誰か”を狙う形で」
「うん。ログから見ても、その通りだと思う」
「それで……もし、攻撃者がもう少し手慣れていたら、もっと証拠を残さない方法も選べたはずで。たとえば、0.2秒刻みじゃなくて間隔をランダムにするとか、サブドメインを使って本物のドメインと見分けがつきにくくするとか……。もしかすると、本当はできたけれど今回は敢えて雑にしたんじゃないかって」
口にしながら、自分の言葉が少し怖くなった。
「それに、今回のは、“雑”だったけれど、短時間でとにかく誰かのセッションを奪おうとして、後で見つかってもその時には遅いっていうことなのかなって」
システム担当の先生は、静かに頷いた。
「その見立ては、たぶん合ってる」
そして、ふっと苦笑する。
「正直に言うとね。こっちとしては、あまり“攻撃者目線の発想”を高校生にさせたくはないんだ。ただ——」
「……すみません」
「いや、責めてるわけじゃないよ」
先生は慌てて首を振った。
「柏加さんは、“もし自分がやるならこうする”っていう視点を、ちゃんと『だからこそここが危ない』って方向に使えてる。それは立派なことだと思う」
「……立派かどうかは、わからないです」
「少なくとも、今回の件では役に立ってるよ」
先生はノートパソコンを閉じ、代わりに一枚の紙を取り出した。
「それでね。もしよかったらなんだけど——」
紙には、「二年生向けセキュリティ注意ポイント」と題した箇条書きが印刷されている。昨日担任が配ったプリントと似ているが、もう少し細かい内容だ。
「これをもとに、放課後に希望者向けに短い説明会をやろうと思ってる。五分か十分くらいでいいから、“生徒目線で気をつけてほしいこと”を一言付け足してもらえないかな」
「生徒目線……」
「大人がいくら『URLを確認しろ』って言っても、ピンと来ない子もいる。実際に偽ページを見て、“変だ”と思ってくれた生徒の声があれば、説得力が違うと思うんだ」
先生の言葉は、決して強制ではなかった。けれど、その目には本気の色がある。
——どうする。
迷いは、長く続かなかった。
昨日の夜、恋が言ってくれた言葉が、また頭の中で響く。
『真白の技術ってさ。悪いことに使われたら確かに怖いけど、今回みたいに“変なことに気づいて止める”って方向にも全力で使えるんだって、あたし、なんか安心した』
その“安心”を、少しでも広げられるなら。
「わかりました」
真白は、紙を両手で受け取った。
「やってみます。五分くらいなら」
「助かる」
先生は嬉しそうに微笑んだ。
「内容は、このプリントの言葉をそのまま読み上げるだけでもいいし、自分なりに言い換えてもらってもいい。難しい用語は使わなくていいからね」
「はい」
「じゃあ、放課後の終礼のあと、コンピュータ室に来てくれるかい? そこで一緒に段取り決めよう」
「わかりました」
職員室を出る頃には、真白の胸の中に、さっきより少しだけはっきりした「やるべきこと」が浮かび上がっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる