ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第9話 ー黒いメールー ⑥

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 教室へ戻ると、クラス旗のデザインを囲んで数人が盛り上がっていた。色ペンの匂い、模造紙のこすれる音、笑い声――
 その全部が、ついさっきまでいた世界とあまりにも違いすぎて、目の前がくらんだ。
「真白!」
 恋がすぐに駆け寄ってくる。
 それだけで、呼吸が少し楽になる。
「どうだった? 先生と何か進んだ?」
「……うん。メール、ひとつ……新しいのが来てた」
 言葉を選びながら、ほんのわずかだけ事実を伝える。
 恋は眉を寄せた。
「また広告メール?」
「今回のはちょっと違ったみたい。でも、先生が一緒に見てくれた。フィルタも強化して……今日はもう大丈夫」
 真白はそう答えたが、恋は心配そうに真白の顔をじっと見つめている。
「真白、本当に無理はしないで。技術的なことは手伝えないけど、真白が気になったことなら、なんだって聞きたいよ?」
 その言葉で、恋の本気が伝わる。今までも恋は決して真白の期待を裏切る様な行動はしなかった。
「恋、ちょっと聞いてくれる?」
 そう言って、真白は恋と一緒に空き教室へ向かった。
 夕焼けが教室を全て赤く染め上げる様なきれいな光景で、真白は目の前に居る恋がとても眩しく見えた。
「今の私は真白の貸し切りだから、遠慮なく、何でも話してね。」
 そう言って恋が微笑む。本当に恋は真白に対して優しい。
 真白はどう話そうか考えて少し俯いていたが、考えをまとめて恋に向き合う。
「実はね、実行委員のアドレスに届いているメールに、“白狐”って名前が出てくるの」
「白狐……。前にも名前が出てきた気がする」
「うん。それでね。あの、実は“白狐”って私のことなの。正確に言うと、私が中学まで使っていたハンドルネーム」
 その言葉に恋は少し驚いた顔をするが、すぐに元の表情に戻った。
 それを見て、真白は続ける。
「私、小さい頃から叔父にパソコンのこととか教えてもらってて、ネットワークのこととか覚えてたの。それで、パソコンの掲示板とかで困っている人の相談とかにのってたりして、その時に使っていたハンドルネームが“白狐”」
 恋の顔を見ると、優しくも真剣な表情でこっちを見てくれている。安心して続きを話す。
「中学の頃に私がパソコンに詳しいのが少し周りに知れてしまって、その時に嫌なことがあって、それで、それ以来、私は“白狐”の名前を使うのをやめたの」
「その名前が、今になってメールに届いてるってこと?」
「うん、そう」
 そう答えると、恋は真白の手をぎゅっと握った。
「真白、大変だったね。怖かったと思う。それに、私に教えてくれてありがとう」
「うん」
 恋は真白が落ち着くまで、急かすことなく手を握り続けてくれる。
 しばらく、静かで優しい時間が流れた。
 やはり、恋に相談してよかった。恋は真白の不安や悩みを正面から受け止めてくれる。
 真白は落ち着いてきたところで顔を上げて恋に向き合った。
 それに気付いた恋は、にっこりと笑う。
「それで、真白。今、私にもできることある?」
「ううん。それは大丈夫。先生も対応してくれてるから、こうやって聞いてくれただけで大丈夫」
 恋は真白の顔をしばらく見つめ、それから小さく息を吐いて笑った。
「なら、よかった」
「……心配、した?」
「するよ。
 真白が、“がんばりすぎてる時の目”してた」
 またそれ、と返す気力もなかった。
 恋は、そっと真白の袖を引く。
「ね、帰ろ? 少し寄り道して……温かいココア買おう」
「……なんでココア?」
「真白の顔が、“甘いもので現実に帰れそう”って言ってたから」
「そんな顔、してた?」
「してた」
 即答。
 真白は、思わず笑ってしまった。
 ほんの少し、肩の力が抜けた。
「……じゃあ、ココア。甘いやつ」
「よし、任せて!」
 恋は胸を張った。
 その大げさな仕草に、真白の胸のざわつきが少しずつ溶けていく。

 夕方の校門を出ると、秋風が冷たく頬に当たった。
 空は桃色から青へとゆっくり移り変わっていて、吐く息が白くなる手前の空気だった。
「ねぇ真白」
「なに?」
「……怖さってさ、“ひとりで持ってるとき”が一番怖いんだよ」
 恋の言葉は、風よりも静かに刺さった。
「真白が話してくれたってことは――もう“ひとりじゃない”ってことだから。だから、ちょっとは……怖さ減ってるといいなって」
「……減ってるよ」
 真白は小さく答えた。
 本当に、少しだけ減っていた。
「そっか!」
 恋はほっとしたように笑い、その笑顔が夕暮れの光を受けて柔らかく揺れた。
 真白は前を向き、ポケットの中でUSBメモリを握りしめた。
 Kは白狐を呼び出した。
 “遊び”と称した挑発を送りつけてきた。
 でも――。
(逃げない。
 ちゃんと向き合う。
 先生と、恋と、みんなを守るために)
 決意は静かで、けれど確かだった。
 歩道の先で、コンビニの看板の光が灯り始める。
「真白ー、ココアどれがいい? マシュマロ入りもある!」
「……じゃあ、それ」
「甘っ!」
「恋が選べって言ったんでしょ」
「そうでした!」
 ふたりの笑い声が、秋風の中へ溶けていく。
 その背後で、真白の胸に、ひとつの感情が静かに芽生えていた。
 恐怖に負けないための、最初の“芯”みたいなもの。
 そしてそれは――これから先の戦いに必要な強さへと変わっていくのだと、真白はぼんやりと悟っていた。
 黄昏の空に、体育祭準備のざわめきと未来の足音が混ざり合う。
 その中心で、真白は小さく息を吸った。
「……行こう」
 秋風が、その声を優しく運んでいった。
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