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第4話 王子サイラス視点
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僕とユクル公爵が裁判所に乗り込み、クラリッサの裁判を無効にしろと訴える。すると裁判官は立ち上がり、大いに狼狽えた。
「なっ……!? 裁判を無効にしろですと……!? あなたは……――」
どうやら裁判官は、目の前の紳士がユクル公爵であると判断できないらしい。平民であるため、貴族に詳しくないのだ。
「あなたは本当に公爵ですか!? 身分を証明するものを、お持ちですか!?」
「ユクル公爵家当主の証であるブローチを持っているが、裁判官には判断できないでしょう。それより、傍聴席に貴族がいます。彼に証明してもらいたい」
ユクル公爵はそう提案して、ハリオット伯爵を見た。するとでっぷり太った伯爵は、ばつが悪そうに立ち上がる。
「これはこれは! ユクル公爵様! なぜこのような裁判に?」
「たった今、事情を述べたはずだが? ハリオット伯爵」
「はは! 聞いておりませんでした!」
ふざけた狸め……。すぐに化けの皮を剥がしてやる……。僕が歯噛みしていると、ユクル公爵が裁判官に尋ねた。
「裁判官は、サフィル街の隣りに領地を持つハリオット伯爵を知っているはずだ。その彼が私を公爵と認めたが?」
「はい、公爵様と確認できました……! しかし被告は……」
「被告クララは、クラリッサと同じ髪色と瞳色をしており、特徴的な痣がある。外見が完全に一致し、年齢も同じ。さらにクララは孤児で、公爵令嬢だった記憶もある。裁判官は被告クララを、失踪したクラリッサと認めるか?」
「そ、それなら……間違いないかと……」
「では、裁判は無効だな?」
裁判官は息を飲み、返答する。
「確かに……被告クララが、公爵家のご息女様ならば無効のはずです……! 平民は通常の裁判所にて裁かれ、貴族は貴族院にて裁かれる……それが、我が国の決まりだからです……!」
裁判官は動揺しているらしい。我が国では、爵位保有者の伴侶と実子も貴族院にて裁かれるという答えで正しいのだ。しかしハリオット伯爵は、そんな決まりを知ってか知らずか、得意げな態度で口を挟んだ。
「おやおや? 公爵令嬢は法律的には平民でしょう? 爵位を持っているのは、父親であるユクル公爵様だけのはずですよ? ならば、この裁判は有効では?」
おおッ……と傍聴人が騒めいた。どうやらこいつらは判決を覆されたくないらしい。十二歳の少女が、無残に絞首刑となるのを見届けたいのだ。
「ぐははッ! 公爵令嬢と言えど、所詮平民ですよッ!」
ハリオット伯爵は調子に乗っている。許せなくなった僕は、即座に反論した。
「その言い分は、国の決まりとは違う! さらに、クラリッサは平民ではない!」
「何だと……!?」
「ユクル公爵は、父親から爵位継承した! しかし母親も爵位を有していたのだ! クラリッサの祖母は亡くなる前、侯爵の爵位を孫娘に譲った! つまりクラリッサは公爵令嬢であり侯爵である! 貴様よりも地位の高い少女なのだ!」
裁判所が、静まり返った。ハリオット伯爵の顔がみるみる赤くなっていく。
「く、くそ……! この餓鬼……伯爵である儂を愚弄するなんて……!」
「何を言っている? 僕を誰だと思っているのだ?」
「はッ! 公爵家の従者だろうが!」
僕は溜息を吐き、正体を明かす。
「では、名乗らせてもらおう。僕はこの国の第二王子サイラス・リア・ファラクトだ。ここにいる公爵令嬢クラリッサの婚約者である」
そう名乗った瞬間、裁判官が法壇から飛び出して跪いた。それを目にした傍聴人も、慌ててその場に平伏す。ひとりハリオット伯爵だけが立ち尽くしていた。
「何だと……あの引き籠りの第二王子……!?」
「さて、話は終わりだ。クラリッサを返してもらう」
僕とユクル公爵は被告席へ近付いて、クラリッサの様子を伺う。彼女は大粒の涙を零しながら、祈るように両手を握り締めていた。
「私が公爵令嬢で……王子様が婚約者……? あの記憶は嘘じゃなかったの……?」
ああ、クラリッサだ――
僕は、胸から込み上げてくる激情を押さえつける。この優しい目元、ほんのわずか首を傾げる癖、可愛らしい声色……間違いない。やっと見つけた。
僕は片時も、クラリッサを忘れはしなかった。
あまりに幼い恋であったが、心からクラリッサを愛していた。
失踪から三年経つと、新しい婚約者を選ぶべきだと家臣より進言されたが、全て断った。令嬢達からの誘惑も、求愛も、何もかも断った。僕が心から愛する少女は、クラリッサひとりだけだ。僕の婚約者は、目の前のクラリッサしかいない。
ユクル公爵も瞳を揺らしながらクラリッサを見詰め――抱き締めた。
すると彼女は目を大きく見開き、そのまま気を失ってしまった。僕達はクラリッサを抱きかかえ、裁判所を後にする。ここに用はない。二度と来ることはないだろう。扉を閉めると、ハリオット伯爵の怒り狂う声が響いてきた。
「クソクソッ……! 儂の女中を取り上げおってッ……! 必ずクララを取り戻し、地獄を味わわせてやるッ……! 公爵とサイラス……今に見てろよッ……!」
「なっ……!? 裁判を無効にしろですと……!? あなたは……――」
どうやら裁判官は、目の前の紳士がユクル公爵であると判断できないらしい。平民であるため、貴族に詳しくないのだ。
「あなたは本当に公爵ですか!? 身分を証明するものを、お持ちですか!?」
「ユクル公爵家当主の証であるブローチを持っているが、裁判官には判断できないでしょう。それより、傍聴席に貴族がいます。彼に証明してもらいたい」
ユクル公爵はそう提案して、ハリオット伯爵を見た。するとでっぷり太った伯爵は、ばつが悪そうに立ち上がる。
「これはこれは! ユクル公爵様! なぜこのような裁判に?」
「たった今、事情を述べたはずだが? ハリオット伯爵」
「はは! 聞いておりませんでした!」
ふざけた狸め……。すぐに化けの皮を剥がしてやる……。僕が歯噛みしていると、ユクル公爵が裁判官に尋ねた。
「裁判官は、サフィル街の隣りに領地を持つハリオット伯爵を知っているはずだ。その彼が私を公爵と認めたが?」
「はい、公爵様と確認できました……! しかし被告は……」
「被告クララは、クラリッサと同じ髪色と瞳色をしており、特徴的な痣がある。外見が完全に一致し、年齢も同じ。さらにクララは孤児で、公爵令嬢だった記憶もある。裁判官は被告クララを、失踪したクラリッサと認めるか?」
「そ、それなら……間違いないかと……」
「では、裁判は無効だな?」
裁判官は息を飲み、返答する。
「確かに……被告クララが、公爵家のご息女様ならば無効のはずです……! 平民は通常の裁判所にて裁かれ、貴族は貴族院にて裁かれる……それが、我が国の決まりだからです……!」
裁判官は動揺しているらしい。我が国では、爵位保有者の伴侶と実子も貴族院にて裁かれるという答えで正しいのだ。しかしハリオット伯爵は、そんな決まりを知ってか知らずか、得意げな態度で口を挟んだ。
「おやおや? 公爵令嬢は法律的には平民でしょう? 爵位を持っているのは、父親であるユクル公爵様だけのはずですよ? ならば、この裁判は有効では?」
おおッ……と傍聴人が騒めいた。どうやらこいつらは判決を覆されたくないらしい。十二歳の少女が、無残に絞首刑となるのを見届けたいのだ。
「ぐははッ! 公爵令嬢と言えど、所詮平民ですよッ!」
ハリオット伯爵は調子に乗っている。許せなくなった僕は、即座に反論した。
「その言い分は、国の決まりとは違う! さらに、クラリッサは平民ではない!」
「何だと……!?」
「ユクル公爵は、父親から爵位継承した! しかし母親も爵位を有していたのだ! クラリッサの祖母は亡くなる前、侯爵の爵位を孫娘に譲った! つまりクラリッサは公爵令嬢であり侯爵である! 貴様よりも地位の高い少女なのだ!」
裁判所が、静まり返った。ハリオット伯爵の顔がみるみる赤くなっていく。
「く、くそ……! この餓鬼……伯爵である儂を愚弄するなんて……!」
「何を言っている? 僕を誰だと思っているのだ?」
「はッ! 公爵家の従者だろうが!」
僕は溜息を吐き、正体を明かす。
「では、名乗らせてもらおう。僕はこの国の第二王子サイラス・リア・ファラクトだ。ここにいる公爵令嬢クラリッサの婚約者である」
そう名乗った瞬間、裁判官が法壇から飛び出して跪いた。それを目にした傍聴人も、慌ててその場に平伏す。ひとりハリオット伯爵だけが立ち尽くしていた。
「何だと……あの引き籠りの第二王子……!?」
「さて、話は終わりだ。クラリッサを返してもらう」
僕とユクル公爵は被告席へ近付いて、クラリッサの様子を伺う。彼女は大粒の涙を零しながら、祈るように両手を握り締めていた。
「私が公爵令嬢で……王子様が婚約者……? あの記憶は嘘じゃなかったの……?」
ああ、クラリッサだ――
僕は、胸から込み上げてくる激情を押さえつける。この優しい目元、ほんのわずか首を傾げる癖、可愛らしい声色……間違いない。やっと見つけた。
僕は片時も、クラリッサを忘れはしなかった。
あまりに幼い恋であったが、心からクラリッサを愛していた。
失踪から三年経つと、新しい婚約者を選ぶべきだと家臣より進言されたが、全て断った。令嬢達からの誘惑も、求愛も、何もかも断った。僕が心から愛する少女は、クラリッサひとりだけだ。僕の婚約者は、目の前のクラリッサしかいない。
ユクル公爵も瞳を揺らしながらクラリッサを見詰め――抱き締めた。
すると彼女は目を大きく見開き、そのまま気を失ってしまった。僕達はクラリッサを抱きかかえ、裁判所を後にする。ここに用はない。二度と来ることはないだろう。扉を閉めると、ハリオット伯爵の怒り狂う声が響いてきた。
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