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2.会場にいる友人達には退場直前こっそりとウインクで合図を送ったから心配していないはず

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あら?心底驚いたという顔でロイエント伯爵令息様が問いかけてきますが、なぜでしょうね?何をって。今期卒業するわたくしが卒業前パーティーに参加していて何かおかしいでしょうか?

「何をとは?同級生であるわたくしがここにいるのは当然でしょう?」

「は?お前は学園をやめたのではないのか!?」

なぜそうなるのでしょうか・・・二週間前に試験を受けに、一週間前にはその結果を受け取りに教室に顔を出しております。あなた様も、隣で同じように驚愕されているマーガレット様とご友人がたも、皆様いらっしゃいましたよね?なんでしたらそちらの『友人その1』様とは席が隣で挨拶も交わしましたが?

「やめておりません。卒業試験を無事通過し、この度卒業予定でございますよ」

「なに・・・いや、そんなことよりちょうどいい、話があったんだ。だいたい何度手紙を出したと思っている?返事ぐらいしろよ、非常識にもほどがあるぞ」

手紙・・・受け取っていません。いまさら何の用でしょうね?

「わたくしここ半年ほどリンデンローグ家には戻っておりませんの。もしそちらに出されていたのであれば申し訳ございません」

「なっ!?家に戻らず、学園にも通わずフラフラと何をし・・・あ・・・・・・そんなに僕から婚約を破棄されたことが辛かったのか?それは悪いことをしたな。だが、あれは仕方がないことで・・・」

なんだかかわいそうな人を見る目で悲しそうに言われてしまいましたが違います。

「そういうことではないのでお気になさらずに」

そうお伝えしましたら、マーガレット様がまあっ!とまぁるく開けたお口もとをぱぁっと開いたお手てで覆いながら驚いていらっしゃいます。ちらりとそちらに視線を向けると
「せっかくマルスが優しく慰めてくれているのになんて可愛げがないのかしらっ!」
とお怒りになってしまいました。
相手にするのは大変そうなので何も言わずにまたロイエント様に視線を戻して話を進めることにいたしましょう。

「それでロイエント様。何度もお手紙を頂くほどのご用とは?」

「あっ、ああそうだな。ここでは何だから教室に行こう。すぐに済むからメグたちはこのまま楽しんでくれ」
そのまま早速と休憩室へと向かわれようとなさいますがお断りです。
お話ならここでお伺いしますと声を掛けますが嫌そうなお顔を向けられてしまいました。
そんなお顔をされても困ります。

「実はわたくし、最終試験合格で卒業見込みとなりましたので一週間前に結婚いたしましたの。ですから殿方、しかも元婚約者と二人きりになるというのは避けたいのです」

きちんと説明をすればわかっていただけると思ったのですけれど、言った途端にむしろ訳が分からないという顔をされてしまいました。

「は?結婚!?聞いてないぞそんなこと!」

そう言われましても・・・

「そうなのですか?ロイエント伯爵と夫人からはお祝いが届きましたのであなた様もご存じなのかと。そもそもお伝えする義務もございませんし。そうそう、ご両親へはもちろんお礼状をお出ししましたが改めてお礼申し上げますね。結構なものをいただきましてありがとうございますとお伝えくださいませ」

「フレイミナ、お前・・・。いや、まあいいさ。例えお前が結婚していようと、同級生同士が教室で一緒に話すことに問題などないだろう、さっさと行くぞ」

「平時の授業と授業の合間にわずかな時間等であれば、意図せずそのような状況になってしまうこともあるかもしれませんが、今はパーティーの最中で教室棟は使用されておりません。意図的にそのような状況を作る気はございませんのでこのままここでお話しいただくか、後日改めてお願いします。
あぁ、それからわたくしはもう人妻ですのでファーストネームやお前呼びはやめていただけますか?」

・・・わたくしとしては至極当然のことだと思うのですが、やはり彼らには許しがたい主張のようです。怒り出してしまいました。

「ああもう!なぜお前はそんなに傲慢なのだ!?何様のつもりだ!!」
「信じられない、次期伯爵のマルスになんて態度なのかしら」
「さすがは悪徳令嬢だな。偉そうに」
「相変わらず我が儘だなぁ。どこの商家に嫁いだのか知らないけど、そんな態度だと婚家に迷惑がかかっちゃうよ?怒られて捨てられちゃう前に改めたほうがいいんじゃないか?」

口々に蔑む言葉をわたくしに投げかけてきます。
そちらの『友人その2』様、わたくし商家に嫁いだなど一言も言っておりませんが。あなたの中では何がどうなってわたくしの嫁ぎ先が商家となったのでしょう?一体どういう思考回路をしていらっしゃるのでしょうか?
それはともかくとして、早めに訂正してあげなければ彼らの人生が終わってしまいます。

「わたくしが嫁いだのは商家ではな」
「ほらまた。ああ言えばこう言う・・・一言『すみません』と言えないのかい?」

『友人その3』様がわたくしの言葉を遮ってお説教してきました。ため息が出てしまいそうです。

「謝罪すべき時は致します。よろしいですか?わたくしの嫁ぎ先は商家ではなく公爵家です。ハワード=ルーバス=グレイガー公爵がわたくしの夫です」

一瞬、意味が分からないといった感じで5人とも口が半開きの状態でポカンとなさったあと、お顔を真っ赤に染めていらっしゃいます。

『友人その2』様と『友人その3』様は自分たちの勘違いに羞恥を覚えていらっしゃるご様子。ほかのお三方は怒っていらっしゃるようですがなぜなのでしょうか・・・どうやったら彼らを理解することができるのかしら・・・。

「はぁ!?公爵だと?なんだそれは!お前っ・・・お前は・・・何様のつもりだ!?」
なんだと言われましても公爵は公爵という身分ですし、何様かと問われれば公爵夫人様です、となりますわね。

・・・なんて本音は言えませんから黙っておきましょう。

「信じられない!あなた程度の方がなぜ公爵家に嫁げるのよ!身分詐称は重罪よ!?」
わたくし程度・・・。伯爵家は上級貴族の中では下位なのは確かですがれっきとした上級貴族ですから公爵家との縁組はおかしなことではありません。伯爵家から王のもとへ嫁いだ方も少なくありませんし。
美貌や頭脳ということであれば確かにわたくしは残念ながら中の上といったところですが、子爵家のご令嬢であるマーガレット様がこのように人目がある場所でわたくしに対して『あなた程度』と言ってしまわれるのはいかがなものでしょうね。

・・・なんて考えているなどとは言えませんから黙っておきましょう。

「・・・・・・」
『友人その1』様、無言で睨まないでくださいませ。と思ったらふっと鼻で笑われてしまいました。

「公爵家に嫁いだから何だというんだ?王子であるこの私の友人であるマリウスの命令に従え」

『友人その1』様がそう言った途端にほかの4名は勢いを盛り返します。
そうだそうだとわたくしを責める声がだんだんと大きくなってしまっていましてよ?注目を集めてしまうではないですか。

「殿下のご友人であることは関係ございません。相手がどなたであっても故意に殿方と二人だけになることは拒否します」

「ただちょっと話をするだけだと言っているだろう、なぜ分からない?」

「ですからここで聞くか後日改めてと言っているではありませんか、なぜご理解いただけないのです?」

話が一向に進みません。そうこうしているうちに『友人その1』様である殿下がしびれを切らしてしまわれたようです。

「いい加減にしろ。私は命令だと言っただろう」

「そちらこそいい加減にしてくださいませ。拒否しますと何度申し上げればわかっていただけるのですか?人に聞かれて困る話であれば尚のこと、お断りいたします」

「わたしのめいれ」「王子という身分を使ってご命令なさるのであれば、わたくしもわたくしの身分を理由にお断りいたします」

わたくしが殿下のお言葉に重ねて断りを入れましたら、言われた殿下ご本人を含めた5名ともが再び怒りだしてしまわれました。
なんとなくこうなる予感はございましたが、まったくもう・・・。

何をどうしてもわたくしの言葉は彼らには通じないのだろうかと途方に暮れかけたところで、低くて心地の良い声が後ろから響きます。

「長いこと待たせてしまってすまないね、フレイミナ」

マリウス=ロイエント様との婚約時代は彼の声が聞こえる度に陰鬱としたものですが、ハワード様のお声は聴くたびに幸福感に満たされます。
わたくしは笑顔でハワード様を迎えます。

「いいえ、お忙しいなか来ていただけただけで十分ですわ」

「私との婚約と結婚のせいで今年はあまり通えなかっただろう?級友たちとの交流は楽しめているかい?」

「ええもちろんです。もっとも、仲のいいお友達とは学園では会わずともお茶会などで定期的にお話しできておりましたから、充実した一年でしたよ?」

にこにこと会話を続けるわたくしたちに業を煮やしたのか、王子にあるまじき顔付きで舌打ちをした『友人その1』様がハワード様に声を荒げます。

「グレイガー公爵、私に挨拶もせず会話を続けるとはどういうつもりだ」

苛立ちを隠そうともしないそのお声に、ハワード様はおや、と片眉をあげてからにこりと微笑まれました。

「これは殿下。まもなくご卒業ですね、おめでとうございます。それでは私は可愛い新妻の友人たちにもお披露目会への参列の礼と卒業の祝辞を伝えねばなりませんので失礼しますね」

「こ、公爵!いくらなんでもそのような態度は殿下に対して失礼ではありませんか!?」

ハワード様がわたくしの手を引いてその場を去ろうとしたところで『友人その2』様が窘められ、その言葉を受けたハワード様は足を止めて彼らのほうに向きなおり、眼光を鋭くして発言者を見つめられました。

「ふむ・・・きみ、『失礼』とはどういう意味かな?」

「っ!?どういうとは何ですか?いくら公爵様とはいえ、殿下の御前に立たれたのに膝を折ることもせずにあのような簡素な挨拶で済ませ、許しを得る前に背を向けるなどあまりにも無礼ではありませんか!?」

あらまぁ。
先ほども、何の情報も得ないうちからわたくしの嫁ぎ先を商家だと決めつけていらっしゃいましたが、本当にどのような思考回路をされているのでしょうか。この方は卒業後まともに生きていけるのかしら?

そう思っているとマーガレット様と『友人その3』様も、そしてあろうことか殿下までもがうんうんと首を縦に振って賛同されています。
さすがにロイエント様は彼の主張にぎょっとした顔を向けていらっしゃいますが。

「うーん・・・きみは、きみたちは本当に今期卒業するのかい?」

ハワード様の瞳からも険しさが消え、迷子の子供を心配するかのような色が浮かんでいます。お気持ちよーく分かりますわ。

反論しようと口を開きかけた彼らに向かって軽く手を挙げてこれ以上の失言を止めて差し上げたハワード様、そのお優しさが素敵です。

「学園でしっかり習っているはずなんだが、というか学園云々の前に貴族の常識として誰もが幼いころから家で教えられているものだとばかり思っていたのだが・・・
いいかい?公爵である私はね、第四王子である殿下よりも身分は上だ。今の関係性が変わらないうちは私が殿下にひざを折ることなどないし、立ち去るのに許しを請うこともないだろうね」

そんなハワード様のお言葉に驚いていらっしゃるなんて、ロイエント様以外の4名は本当に知らなかったのですね。こちらの方がびっくりなのですけど。
ああほら。周囲でこっそり聞き耳を立てていらした方々もあまりの事に素知らぬふりを忘れてはっきりと驚愕のお顔をあなたがたに向けてしまっているではありませんか。

とにかく謝罪をしてお早くこの場を去ってくださればパーティーでちょっと浮かれちゃったのね!で済ませてあげられますからどうか!!

「そんなわけないじゃないですか!王子様ですよ?王族よりいち貴族のあなたの方が上だなんてそんなこと許されないわ!」

マーガレット様はことごとくわたくしの願いと真逆の行動をなさいますね!?
目上の人間に対してそのような言葉遣いが許されるのは入学前の9歳までです!

ロイエント様がマーガレット様の隣で慌てていらっしゃいますが早く止めないから全部言ってしまわれたじゃありませんか。

「『許されない』と、たかが子爵令嬢きみが 公爵わたし に言うのかい?」

ハワード様はこの程度のことで怒ったりなさいませんが立場上咎めないわけにはいきません。

他国ではどの貴族より王族の方がお立場が上であったり、貴族の爵位に身分差はなかったりという事が多いのですがわが国では違います。

 王
 ↓
 王妃または王配
 ↓
 大公
 ↓
 その妻または夫
 ↓
 王太子・公爵
 ↓
 その妻または夫
 ↓
 先述以外の王族・侯爵
 ↓
 その妻または夫
 ↓
 伯爵
 ↓
 その妻または夫
 ↓
 ・
 ・
 ・
と続き、その下に各爵位の先代夫妻と後継がきて、その下にそれ以外の各爵家族と続いていきます。
まさか10代も後半となった王族・貴族の一員でこのことを知らないなんてことがあるとは・・・。よく卒業試験に合格できましたね?
まぁこんなに基本的なことは卒業試験には逆に出ませんものね・・・出るとすれば入学試験でしょうが義務である学園入学に試験はありませんから仕方がない・・・のでしょうか?

わたくしが少し意識を飛ばしている間にこのことをハワード様がお教えしておりました。これを受けた4名は驚愕されているので本当にほんっっとうに知らなかったのですね。

「だがお前たちはいつも私に敬意を払って応対しているじゃないかっ!」

殿下が憤っていらっしゃいますが当然じゃありませんか。
身分は明確であれど、不変ではありませんもの。
第四王子が王になる可能性は低くともゼロではありませんし、例え平民であろうと功績次第では爵位を得ることもあります。逆に上位の者が失脚することもあります。
だから普通はどのような立場の相手であろうともある程度の礼節をもって接するのです。

と、ここにきてやっと騒ぎを聞きつけた教師陣が集まってきました。
そして近くにいた第三者に話の流れを確認してからハワード様に恐る恐る声を掛けます。

「お騒がせして申し訳ございません。重ねてご迷惑をおかけしますが別室にてお話をお伺いできますでしょうか・・・」

「構いませんよ、私の方も聞いておいた方がいいことが色々とありそうですからね」

にこりと笑っていらっしゃるハワード様ですがなんだかひんやりしてきます。

「逃げるのか!?」

で・す・か・ら!!
なぜそうなるのです!?
あなたの!あなたがたの為ですのよ!!!
心の中で絶叫していると殿下がキッとわたくしを睨みつけました。

「お前の仕業か!?公爵の身分を隠れ蓑に私たちを貶めようという魂胆だろう?はっ!さすがは悪徳令嬢だ!!」
「そうよ!きっとそうだわ!!」

真っ白に燃え尽きているように見えるロイエント様と真っ青で脂汗を流している『友人その2・3』様の横で、殿下とマーガレット様がわめいていらっしゃいます。
お願いですから周りを、せめて隣のご友人たちを見てくださいませ。

「『悪徳令嬢』・・・ですか。そういえば私の可愛い妻がそう言って婚約破棄されたのでしたね。
不思議だったのですよ。私は彼女を幼いころから知っているけれど、そのような蔑称を付けられるような悪行をするとは思えなかったし、彼女を知る他の者に聞いても私と同じ印象でしたから。ですが、うん。なるほど。君たちの理屈からいくとフレイミナが悪なのだね」

ロイエント様も『友人その2・3』様ももう完全に下を向いてしまっていますが殿下とマーガレット様には全く響いていません、むしろ当然だろうと言わんばかりのお顔です。

そんなお二人を見てハワード様がため息をこぼされてから教師陣に向き直りました。

「彼らはここで話したいようだからこのまま続けさせてもらいますが、これで本当に卒業基準を満たしていると言えますかねぇ?」

「そ、それは・・・その・・・」
聞かれた教師は汗を拭き拭き口ごもりますがそれはそうでしょう。試験は確かに合格している。でも実態がこれでは自信をもって大丈夫とは言えませんよね。

「私が学園生だった頃とは基準が変わったのかな・・・。うーん・・・今期卒業予定の子たち数人、私の部署にも来てもらうことになっているんだけど、心配になってきましたね」

周りで聞き耳を立てていた生徒たちからざわめきが起きます。

「ねぇそう思いませんか?イグネスト卿。そちらでも何人か採る予定でしたよね?」

そんなざわめきもなんのその。ひやり&にこりな笑顔のまま、ハワード様は生徒たち数人後ろにいる長身の男性に問いかけられ、その男性も同じようなひやり&にこり笑顔でそうですなぁとお答えになられました。

「採用は見直したほうがいいのかもしれませんなぁ」

「そんなっ!」
「おい、やばいぞ」
「どうしよう!」

そんな声が会場じゅうに広がっていきます。
このままでは今期卒業生の内定が取り消されてしまうかもしれないのですから当然ですわね。
皆さま、パーティーの余興のように傍観して楽しんでいたのに突然当事者になるかもしれないと大慌てです。

わたくしたちから離れた場所にいて話を聞いていなかった方々などにはまさに寝耳に水。
ですが同期がこのパーティーで問題を起こしたとなれば本当に取り消されかねないことを皆知っているのです。

「何やってたんだよ!聞こえてたんなら止めろよ!」
「できるわけないだろ!殿下グループだぞ!」
「取り消しなんていやよ!一課に配属されるのにどれだけ頑張ったと思ってるのよぉ!」
「早く学園長を呼んできて!」

ざわざわ ざわざわ・・・

そんな周囲の様子に今更ながら気づいたのか、きょろきょろと見まわして一体何だというんだと狼狽えている殿下。
きっと彼はパーティーが卒業式後からひと月前に変わった理由もご存じないのでしょうね。

「おっお待ちください!どうか、どうか!お話を。まずはお話を!」

パーティー開始時にお声をかけていただいた後は学園長室へと戻られていた学園長が大慌てで戻ってこられました。

「ほとんどの生徒は皆真面目に頑張っていたいい子たちなのです。どうか、お話を聞いてください。ま、まずは別室へ。こちらへどうか!殿下も!君たちもこちらに・・・だめだ!良いというまで一言もしゃべるな!」


こうしてわたくしたちは会議室へと移動して参りました。
パーティー会場を出るときにちらりと見えたイグネスト卿の楽しそうなお顔と、扉が閉まった途端に聞こえたくぐもった阿鼻叫喚の対比が少し面白かった、などと思ってしまうわたくしはやはり悪徳令嬢なのかもしれません。
ふふ、秘密ですよ。

 

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