桜ノ森

糸の塊゚

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2.5章:血濡れのstudent clothes.

血塗れの教室

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 ───僕の家は代々探偵担っている一家だった。その中でも僕の祖父は世間でも騒がれ、有名な探偵で、僕の父はそんな祖父に憧れて探偵になった。
 しかし、父には祖父ほどの探偵としての才能は無く、祖父が病気で引退してからはうちにやってくる依頼は目に見えて少なくなり、絶望した父が自暴自棄になって作った子が僕だった。
 僕の探偵としての才能は本当に幼い頃に開花した。人より優れた洞察力と観察力。そしてそれらを繋げる推理力は全盛期の祖父とも引けを取らない程で、それに気がついた父は幼い僕を色んな事件現場へと連れて行き、それに猛抗議した母は父の手によって家から追い出されて、それから音信不通となってしまった。
 母が居なくなったことで父は何か枷でも外れたかのようになり、僕の自由は無くなった。
 事件と聞けば授業中だろうがなんだろうが迎えに来て、無理やり現場へ連れていき、事件が無くても放課後には探偵の勉強をする為に友人を作る事を許されなかった。
 中には優しいクラスメイトが僕も遊びに誘ってくれたものの、僕を遊びに誘ったせいで父に怒鳴られ、泣いてしまい、それから僕を誘ってくれる子は居なくなった。

 「お前は探偵になるために生まれたのだ。優秀な探偵になれないお前に価値は無い」

 それが父の口癖で、僕が反抗する度に冷たい目を向け、そう言っては明かりも無い埃の積もった暗い書庫に一晩中閉じ込められた。

 僕が高校生になる頃には既に反抗する気も起きなくなっていた。
 僕が当時孤児学園じゃなかった擂乃神学園に入学したのは自由な校風で、どれだけ休んでも追試さえ通ればとりあえずは卒業できる、という理由で父が選んだからだった。
 本当は高校に通わせるつもりは無く、探偵業に集中させようと考えたらしいが、高校も卒業していない探偵は外聞が悪いとも考えて、探偵業を中心にできる高校を選んだらしい。何はともあれ、自由な時間が少しでも出来るのは僕にとって幸いな事で、高校生にもなれば同じ小学校の子達はそう居ないから友人が出来るかもしれない、と浮ついた心で入学式を待った。
 しかし、入学する頃に遠方の事件現場に連れていかれてしまい、僕が擂乃神学園の新品の制服に袖を通す時には既に入学式から一週間が経っていた。

 初めて学園に登校した日、職員室に真っ先に向かった僕は、担任の先生に連れられ自分のクラスの教室に向かい、先生の合図で黒板の前に立ち、作り慣れた笑顔で自己紹介をする。

 「初めまして、花咲悠仁です。訳あって一週間遅れての入学となりました。よろしくお願いします」

 その頃には僕も祖父のように探偵として有名になってきていたから、僕の姿を見たクラスメイト達がざわめき始めるのを感じながら、先生に言われて空いている席に座りながら、隣の生徒に「よろしくね」と告げた。
 髪も肌も純白、と言うに相応しいその生徒はこちらをチラリとも見ず窓をぼうっと眺めていて返事も無かったが、僕は特に気にする事無くそのまま先生が出席を取り始めるのを聞いていた。

 「柊葉九ー」
 「はい」

 その名前に隣の生徒が返事するのを聞いて、柊君って言うのか覚えておこうってのんびりと思っていると、先生が「柊ー?」と再度名前を呼び、柊君は再びはい、と返事をするが。

 「柊は今日も来ていないか」

 暫くして先生がそう言うので僕は思わず手を挙げて先生にどうした、と言われてから口を開いた。

 「柊君って僕の隣の彼じゃないんですか?彼、ずっと返事をしていますけど……」

 僕がそう言うと、先生は僕の隣を見て驚いたかのように「悪い、居たのか」と言って出席簿に印を付け始める。
 一体どういう事なんだろうって思っていると、隣の柊君がぱちくりと目を見開いてこちらを見ていた。

 「酷いね。ちゃんと返事してるのにさ」

 僕が柊君に笑ってそう言うと、柊君は「先生は、悪くないよ。でもありがとう」と言って続けた。

 「さっきもボクに挨拶してくれてたのかな、そうだったらごめんね。……ボク、気づかれにくいからボクじゃないって思ったんだ」

 そう言う柊君に僕は首を傾げながら「大丈夫だよ」と笑った。

 柊君の言葉の意味はその日のうちに理解した。
 というのも柊君は何故か他人から存在を認識されにくい体質らしく、女子生徒が落とした物をその場で拾って渡そうと声をかけても気付かれず、国語の時間での教科書の読み上げの時に柊君を飛ばして次の生徒が読み始めたりとする事が多々あり。
 最初はいじめでもあるのか、と思ったけれど、どうやら本当に柊君の存在に気がついていないだけらしく、僕が指摘し、柊君の存在に気がつくと皆申し訳なさそうに謝っていた。
 そんなこんなで僕は自然と柊君と学園生活を過ごすようになり、一ヶ月する頃にはお互いに名前を呼び捨て合う仲になっていた。
 探偵業で学園に行ける頻度はそう多くなかったが、空いた時間の殆どは葉九と共に遊ぶことに費やした。
 休み時間には二人で食堂に行って昼食を取ったり、放課後、勉強が苦手らしい葉九と一緒に宿題をやったり、それが終わったら帰りに服屋に寄り道してみたり。
 食堂で何故か売っていたバニラシェイクを二人で買っては飲むのも楽しかった。正直僕には甘すぎたけれど、それ以上に普段感情が乏しい葉九が目を輝かせるのが嬉しかった。
 お互いの誕生日にはプレゼントを送りあったり、なんてして初めてできた親友、と呼んでも差し支えない存在に僕は心底はしゃいでおり、父も何も言わなかったから思う存分楽しんでいた。……そんな幸せは長くは続かなかったけれど。

 ある日、僕は朝から父に連れられて事件現場にやって来ていた。
 現場はどこにでもあるような木造のアパートで、被害者は夫婦二人。そのうち奥さんの方はとっくに息絶えていて、未だ息のあった旦那さんの方は一命を取り留めたものの、意識が戻らない重症だった。
 凶器は血の海に落ちていた包丁である事はすぐに分かった。問題はそれ以外。
 部屋には争った形跡こそ少しあるものの、金品等は残っていた為強盗の線は無いかな、と考えていれば気がついた。
 近隣住民の話では夫婦二人だけで暮らしていたという事だったが、どう考えてもこの部屋にはもう一人、誰か住んでいたのだろう。
 夫婦二人どちらのもともサイズの合わない服。最近使われた形跡のある教科書や筆記用具の数々。
 教科書を手に取ってみれば、それは学園で配られたものと全く同じものだ、という事に気がついた時に目に入ったそれに僕は視線が釘付けになった。

 学生でも簡単に手に入りやすい、若者向けデザインの安価なヘッドホン。たったそれだけの情報なら、僕は何も思わなかっただろう。しかし、それだけじゃないのだ。
 あの、ヘッドホンは僕が、葉九の誕生日にあげたものと全く同じもので───

 「悠仁君、少しいいかい?」

 嫌な予感がひしひしと自分の中に積もっていく感覚の中、顔見知りの警察のお兄さんが僕に話しかけてくる。警察の人の話をぼんやりとした頭で聞きながらゆっくりと手に持っている教科書を裏返す。

 「他のご近所の方からの話だと、どうやらこの家には柊夫妻の他にも、偶に高校生位の若い男の子も見かけていたらしいんだよ」

 お兄さんがそう言うのと同時に教科書の裏に書かれた名前を見て、僕はその場から駆け出した。

 被害者夫婦の名前を聞いた時、何も思わなかった訳じゃない。ただ、夫婦二人暮らしだ、という話を聞いてただの偶然か、なんて思ってしまった。葉九の他人から認識されにくい、その体質を僕は知っていたのに。
 いや違う。偶然であって欲しかったのだ。だって、あの事件は、誰かもう一人あの家に居ないと、起きないはずだった。
 奥さんの死亡推定時刻は凡そ深夜三時頃。そんな時間に尋ねてくる人間を普通の人は入れたりしないし、強盗の可能性は真っ先に除外した。夫婦喧嘩の末殺しあったにしては外傷が少な過ぎるし、奥さんの方は抵抗した形跡も無く、旦那さんの方の刺し傷の位置からして、奥さんより背が高い人間が刺したのは間違いない。かと言って自分で刺したにしては躊躇い傷も無い。なら、あの家にはもう一人現場に居たのだ。そして、その人物こそがあの家に置かれていた教科書や筆記用具の持ち主で、教科書に書かれた名前には、葉九の名前が書かれていた。

 何か根拠があった訳ではない。ただ何となく。そんなただの勘で学園にやってきた僕は、もう授業が始まっているはずの時間なのに、異様に学園内が静まり返っている事に気がついた。
 それに胸騒ぎを覚えつつ自分のクラスの教室に向かい、扉に手をかけた僕はバクバクと五月蝿い心臓を空いている手でキュッと握り締める。
 その場で深呼吸をし、意を決してガラリと音を立てながら僕は教室の扉を開けた。

 ───真っ先に目に入ったのは赤色だった。
 机も、椅子も、窓も、黒板も、天井でさえ全て赤い液体に濡れている。床には昨日までは共に学園生活を共にしたクラスメイト達や担任の先生が倒れている。息は、していない。そして、何より僕の目を引いたのはそんな血塗れの教室の中心に立つ、彼。
 とても美しい純白の髪も、サイズを間違えてしまった、と話していた大きめの制服も全てが血に赤く染まり、手には赤い液体が滴り落ちているナイフを握っていた。

 「……は、く……?」

 僕は思わず、そう呆然と葉九の名を呼ぶと、葉九の姿をしたナニカはこちらに振り向いた。

 「あは、あはは、あははははははっ」

 僕を視界に収めると、それはケタケタと笑いながら一気に距離を詰めてナイフを僕の首目掛けて振りかぶる。
 僕は咄嗟の事に対処する事なんて出来なくて、そのまま首に熱い感覚を覚えると同時に、葉九の姿をしたそれは楽しそうに歪めていた血のように赤く染めた目を一度瞬きすると、次の瞬間には驚愕したかのように銀色の瞳を見開いた。

 「……ゆうじ?」

 葉九は倒れ込んだ僕を受け止めながら僕の名前を呼んだ。
 僕はというと、喉を切られてしまって声が出しにくくて、掠れた声でしか返事ができない。

 「うそ……なんで?なんでこんな事に……?ねぇ、悠仁っ一体なにが……」

 そこで葉九は周りの惨状に気がついたのだろう。そして、次に自分の服と手のひらが血に染まって居ることに気がついたらしい葉九は、「えっ……?」と呆然と呟いた。

 「ボクが……?ボクがやったの……?なんで?どうして……っ!!」
 「は、く……」
 「ごめん、ごめんなさいっ、やっぱりボクは産まれちゃ……っ!そうだ、病院……っ」
 「葉九」

 混乱している様子の葉九を落ち着かせる為に携帯を取り出そうとする葉九に静止をかけて僕は掠れた声で強く名前を呼ぶ。……きっと、僕は助からない。それならば大切な親友に最期に言い遺したい事があった。
 葉九も何となく分かっているのか、抑えられた手を振り払う事はせずに銀色の瞳からボロボロと涙を流していた。
 そんな葉九の涙を僕は残された力を振り絞って手で拭いながら、「泣かないで」と言って続ける。

 「ねぇ、葉九……」
 「やだ、いやだよゆうじ……っ聞きたくない、何も話さないで、死なないで……っ」

 いくら拭っても途切れることなく零れ落ちる大きな粒に僕は少しだけ嬉しい気持ちになった。
 死にたい訳ではない。これでようやく探偵業から、父から逃れられるのだと。大切で大好きな親友の手で自分の命が尽きるならなんて幸せなのだろうと思ってしまった。
 葉九は僕に死んで欲しくなくてこんなに泣いているのに、なんて最低なんだろう僕は。と思いながら僕は口を開く。

 「ねぇ、葉九……笑ってよ」

 葉九が息を詰まらせたのが分かる。酷い事を言っている自覚はあった。友人が目の前で、しかも自分の手によってその命を落とそうとしているその時に笑え、だなんて。
 それでも僕は最期には葉九の笑顔が、普段は見られなかったふわりとした柔らかい笑みが見たかった。

 「ねぇ、おねがい……」

 僕がそう笑いかけると葉九も、微笑んだ。
 涙で顔はぐちゃぐちゃでとても下手な笑顔だったけれど、心残りはもう無くなったとばかりに僕の意識はどんどん遠のいていく。

 「……ゆうじがいなきゃ、わらえないよ……」

 そんな葉九の言葉を最期に、とうとう僕の意識は途絶えた。
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