桜ノ森

糸の塊゚

文字の大きさ
34 / 58
2章:望執dream truth.

学園の卒業生

しおりを挟む

 翌日の夕食後、集会の時間までに勇樹を迎えに行き、俺達は体育館へと向かい、クラスで点呼をとるために尋希や奏とは別れて俺達は自分のクラスが集まる所で用意されていた椅子に座る。

 「そーいや、この集会ってなんなんだよ。予定表にあったっけ」
 「あれ、そう言えば話してなかったねぇ。なんかねぇ、この学園の卒業生の人がやってきて、お話をするみたいな感じだったよねぇ」
 「へえ」
 「で、その人って結構有名な探偵さんらしくってね、名前はなんだったかな……勇樹くんと同じ苗字だったのは覚えてるんだけど……」
 「……は?」

 勇樹と同じ苗字の探偵、という所で勇樹は心底驚愕したように目を見開き、何かを抑えるようにぎゅっと拳を握ったその様子に、どうしたのか声をかけようとしたその瞬間に、集会は始まった。

 最初に少しだけ生活指導の教員の話しがあり、それが終わると体育館のステージ上に一人の男が立った。
 その男は下手すれば奏や尋希と同い年に見えるほど若く、卒業したのは去年か一昨年くらいかと思っていると、周りの生徒達が何やら男を見て何かを囁きあっているのが耳に届いた。
 その中の"不老の名探偵"という聞き覚えのある単語が耳に入る。

 確か、十五歳という若さで警察にも頼られる程の探偵になり、関わった事件は多く、その全ての謎を解く迷宮入り知らずの名探偵。
 とてつもない若さを持つ見た目とは裏腹に実際は四十を超えている、人呼んで"不老の名探偵"。この学園に来る前にやけにその情報が目に入って覚えていたけれど、まさかこの学園の卒業生だったとは、と俺が思っていると、男が口を開いた。

 「────知っている人は僕の事を知ってくれているのかな。初めまして、花咲悠仁はなさきゆうじ、探偵をしています」

 マイクを持ってそう柔らかく微笑みながら名乗る男に、隣の勇樹がびくり、と身体が揺れたことに気がついて、声をかけるが、勇樹は聞こえていないのか、何も返さない。そんな俺達を他所に悠仁と名乗った男は続ける。

 「初めに言っておきます。多分生徒の皆さんはこの学園の卒業生として僕が呼ばれた、と話されていると思いますけど、実は僕はこの学園を卒業した訳ではないんです」

 開口一番にそう言う男に生徒達はざわめきだすのを感じる。生徒達の動揺を他所にそのまま話を続けた。

 この学園の高等部に通っていた頃に、とある事件に巻き込まれて数年間意識不明だった事。その間に退学処分となり、家が代々探偵の血筋だった事もあり、父から受け継がれる形で探偵となった事。

 「僕は、幼い頃から父に探偵の修行として色んな依頼の現場について行く機会が多く、色んな人達と関わる機会も人より多かったと思います。……僕の父が主に受け持っていた依頼は殺人事件のものでしたから、そういった事件の犯人と、関わる事も多かったです。その中でもよく見かけていたのは、事件を起こした人達の殆どは誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまった結果、凶行に及んでしまった、と涙ながらに話す人だらけでした」

 もちろん、そんな人ばかりでは無いけど、と一旦言葉を切った男の話を生徒一同は静かに聞いていた。擂乃神学園は孤児ばかりが集まる学園だ。中にはそういった事件に巻き込まれた結果、この学園にやってきた子供も多いのかもしれない。

 「……この学園にはそういった事情で在籍している子もいるでしょう。だからこそ、困ったことがあって、なんでも一人で抱え込まず、まずは誰かに相談してみましょう。友人でも、先生でも、誰でもいいんです。解決はできないかもしれない。でも、分かりあってくれる人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。それは忘れないでください。君たちは独りじゃないって事を忘れないで、どうか後悔しないように」

 男がそう締めくくって一礼をすると、体育館内には拍手が巻き起こる。最もそれはきっと男の話に感動したとかそんなものでは無く、ただの礼儀としての拍手だったけれど。
 その拍手の音が鳴り止んだ時、気がついた。辺りの空気が凍るように冷たくなっている事に。そしてその空気は隣の勇樹から発せられている事に。
 魔力の暴走でも起こしているのか、と思ったけど、それにしては魔力の気配を感じない。そこで勇樹の方を見て、「勇樹?」と声をかけようとした時。

 「ふざけるなよ……」

 勇樹はそう呟くと、すっと席を立って、壇上の方へ向かい始める。
 直季が止めようと動いたが、どうやら直季も始めてみるらしい勇樹のその憤怒に染まった表情に動けなくなっているようだった。
 体育館内は突然の事にざわめきだし、勇樹は教師に止められるのも意に介さず大股で歩いて、男の目の前に立って、男の胸ぐらを掴んだ。

 「独りじゃない?後悔しないように?ははっ、ふざけんなよ、そんな事テメェが言えた口じゃねぇだろ!!オレを、実の息子を捨てたお前が!!それとも何か?オレを捨てたからお前は後悔せず生きてこれたってか!お前が見捨てたせいで、姉さんは……ッ!!」

 凄い剣幕で叫ぶ勇樹を見て、男は目を丸くして、「勇樹……?」と呟いた。
 男にどこか泣きそうな声で名前を呼ばれた勇樹は思わず、と言ったように掴んでいた胸ぐらを離す。
 いや、思わず、ではないのかもしれない。

 「ひ……っ!なんで、?オレ、そんなつもりじゃ、こんなことするつもりじゃなかった、ちがう、そうじゃない……でも、姉さんが……、姉さん?ちがう、オレに姉さんなんて……ッ」

 そう、顔を青くして混乱したように頭を抱えて蹲ってうわ言の様に呟く勇樹に、突然の事に動けなくなっている教師達の目を盗んで近づこうとした、その時。
 突然勇樹は起き上がると、ダッとその場から逃げるように駆け出し、体育館から走り出ていった。

 「勇樹くん!」

 直季がそう叫びながら勇樹を追いかけて行った音がするのが聞こえる。
 あまりの事に呆気にとられている体育館内を我に返った教師達が急いで全校集会を終わらせて、生徒達を解散させた。

 夜も遅いから、と俺も自室に戻るように言われたけど、気になる事があって俺は体育館のステージ裏に居た。
 その場には勇樹の様子を見て何があったのか聞きに来たのか尋希や奏もおり、三人で並んで立つ目の前には俯いて何も話さない、勇樹の実の父親だと言う男が座っていた。
 何から話せばいいのか分からず、何となく俺は男の首についた刃物で出来たような傷跡を見ていると、「あの」と気まずい沈黙を破ったのは、珍しく無表情だった尋希だった。

 「勇樹先輩はああ言ってましたけど、あんた、本当に先輩のお父さんなんです?」

 不機嫌を隠そうともしないどこか責めるような冷たい口調で言う尋希を奏が咎めようと動く前に、男は口を開いた。

 「そう、だよ。僕は間違いなく勇樹の父親だ。……君たちは勇樹の友達、かな」
 「そんな事あんたに関係あります?」

 冷たく言い放つ尋希を、「おい尋希……」と奏が言い咎めると、尋希は一先ず不機嫌を隠さないまま口を閉じた。それを見て奏は一つため息をついてから男に頭を下げる。

 「すみません。さっきのは気にしないでください」
 「いやいや、良いよ。君たちがあの子の友人なら、僕は憎まれていても仕方ない事を、あの子にしたんだ。……それに、こうやって君たちと居るだけであの子は独りじゃないって分かって……救われた気分になれる」

 そう自嘲的に笑いながら言う男に尋希はまだなにか言おうとするも、奏に腕を引っ張られて仕方ない、と言ったように口を閉ざした。

 「……それで、結局お前と勇樹の間に何があったんだ?きっとただ事じゃないんだろ」

 そう俺が問いかけると、男は「そうだね……どこから話すべきかな」と前置きをして、口を開いた。

 「そもそもの話、勇樹はね、僕の父親が無理矢理連れて来た婚約者だと言う女の人との子でね……僕も、きっとあの人も最初から望んでない結婚だったんだ」

 父親に強制的に作らされた子ども。それが勇樹だった。それでも産まれたばかりのその子を見て、一気に愛おしさが溢れた。しかし、守りたいと思った子どもは自身の父親に奪われた。

 「その時父に言われたよ。"息子に会いたくば今以上に探偵として精進しろ"……ってね。つまり、勇樹はあの家に僕を縛り付ける為だけに用意されたお人形さん、というのが僕の父から見た勇樹だったんだ。……気づいてたんだろうね。僕はあの家を出ていこうとしてた事を」

 僕は、そもそも探偵なんて嫌いで、探偵になんてなりたくなかったんだ、と苦く笑いながら男は語る。
 それから必死に幼い勇樹に会う為にどんな依頼もこなし続けた事を。最初は一ヶ月に一度会えたが、段々とその頻度が少なくなって行った事を。

 「別に先輩はあんたの実の息子なんだからそんなの無視すればいいじゃないですか。つーかそれ誘拐なんで警察に通報でもなんでもすればいいでしょう。あんた探偵なら信用はあるでしょう」
 「あはは……それはごもっともなんだけどね。僕は確かに警察の人からの信用はあるけれど、それは父も同じなんだ。それに無視すればいいって言うけど、勇樹が産まれてから僕は家の別館に押しやられて、勇樹が居た本館には入れない様に何時でも見張りがいたし……そんな事をすれば勇樹や、婚約者の人の連れ子に何されるか分からなかったからね」
 「連れ子!?婚約者の人って連れ子が居たんですか!?」
 「うん。その子がさっき勇樹が言ってた"姉さん"なんだ」

 サラッと漏らされた情報に奏が思わず、と言ったように突っ込みを入れると、悠仁はなんでもないかのように答えて、「話が逸れちゃったね」と笑って続けた。

 「僕は名探偵だって持て囃されては居るけどさ、肝心な事にいつも気づけないでいるんだ。……この傷を作った時だってそうだった」

 そう言いながら男は首の傷跡を撫で始める。

 ついに会える頻度が一年に一度くらいになってきた頃、父に問いただしたい事があって、本館に向かうと父親に門前払いを喰らい、話を聞こうとしない父親に痺れを切らして、勇樹を連れてこの家から出て言ってやる、と力任せに押し退けようとすると、父親は笑ってこう言った。「もう遅い」と。

 「もう遅い?」
 「うん。……実際、いつも勇樹が居た家の書庫の中も、どこもかしこも探したけど本館には勇樹の姿は見当たらなかった。そんな僕を見て父は面白そうに笑って言ったんだ」

 ───お前の枷になり得ないそんな使えないゴミは山奥に捨てた。

 「僕が、探偵を辞めたがるから。僕が……父の言うことを聞こうとしないから悪いんだって笑ってたんだ、あの人」

 心底憎らしそうに話す男に後輩二人は何も言わずにおり、再び気まずい沈黙がその場に訪れる。その時携帯の着信音が鳴り響いた。
 その音の元である携帯は俺の物で、ポケットから取り出すと、画面には直季の名前が表示されていた。

 「直季?どうかしたか?」
 「まのひろくんっ!?ごめんね、えっとねっ」

 呼び出しに応えると、直季は何やら焦っているやら混乱しているやらで何を言っているのか上手く聞き取れないでいると、それを察したらしい奏が、間乃尋先輩貸してください、と言う。
 奏に携帯を手渡すと、奏は電話口に「すみません、変わりました。奏です」と話し出す。

 「直季先輩、まずは落ち着いて下さい。とりあえずは深呼吸お願いします。……落ち着きましたか?ゆっくりで良いので何があったのか話して頂けますか?」

 そこからは直季が話しているのか、奏は静かに相槌だけを返しているかと思うと、突如「えっ!?」と顔を青くして叫んだ。

 「何があったんです?」

 すかさず尋希が奏にそう尋ねると、奏は電話口を離し、顔を青くしたまま、答えた。

 「────勇樹先輩が、車に轢かれて意識不明……だそうです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...