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2章:望執dream truth.
夢世界と再会
しおりを挟む「存在が、消える……?」
影のような真っ黒な教室の中、死神のようなそいつは行儀悪く教卓に脚を組んで座りながら"真偽夢病"の症状について語った。
しかし急に存在が消えると言われても実感がわかず、とりあえず「そもそも花術ってなんだよ」と尋ねた。
「花術というのは……簡単に言えば魔法や能力の上位互換、みたいな物かな。一度花術を掛けられればどんな魔法や能力を使っても解ける事は無い。条件を満たすか専用の花術を使うまでは」
「魔法や能力の上位互換……?そんなもの、聞いたことも見たこともねぇけど」
「だろうな。普通の人間は勿論、お前みたいに半端に血が流れてる奴も花術を使うことは出来ないし、俺の國の人間だって使えば必ず代償が必要になる。俺みたいな化け物は例外だけどさ。……で、お前に掛けられた花術は"夢彼岸菊"という名前で、掛けた対象者のどんな重症な傷をも治す代わりに掛かるのが真偽夢病って訳だ。それを掛けられる程の傷ができた心当たりはあるんじゃないか?」
言われて勇樹は思い返す。きっと姉に連れ出されて車に轢かれた時だ。あの頃の勇樹は満足に栄養が採れておらず、同じ歳の男子の平均より背は低かった筈だし、やせ細っていたから勢いが納まって居ない車に轢かれたならばひとたまりも無いだろう。しかしそれを一体誰が掛けたというのか。
「……誰がかけたのかとかはわかんねぇの?」
「探すだけ無駄だよ」
「なんでだよ」
「言っただろ。花術には代償があるって。花術の使用者は身体の大半が花弁になって消えるんだ。弱いやつなら全身が花びらに変わっていたっておかしくない。強いやつは身体の一部だけ持ってかれるけど……まぁ大体は半分以上持っていかれるし、そんな状態で生きていられるわけがないからな。だから花術は禁術として扱われて、俺の國では使用禁止なんだよ」
そこまで話すとそいつは「こんな所で話すのもなんだし、残りは移動しながら話そうか」と言いながら教卓から降りて教室から出ていく。オレはそれを慌てて追いかけると、そいつは再び語り出した。
「……で、さっき言ったお前の場合面倒な事って言うのはさ、さっきも話した通り真偽夢病の症状のひとつに記憶障害がある」
「それってオレが書庫に閉じ込められてた事を思い出せなかったやつと眠る前後の事を思い出せないアレだろ。どこが面倒なんだよ」
「前者は普通なんだけど後者は違う。本来は眠る前後関係無しにその日過ごした記憶の一切が消される。他人の名前は勿論姿形も覚えられない。日常生活だってまともに送れないはずだよ」
「でもオレは覚えてたぜ。直季の事も、あいつらの事も」
現実世界で会った間乃尋達の顔と名前を忘れた事は無いし、そもそもオレはどちらかと言えば記憶力は良い方だ。一度読んだ本の内容は一言一句忘れたことは無い。オレがそう言うとそいつは「だから面倒な事になってるって言っただろ」と返した。
「お前に会うまでは俺も知らなかったけど、多分眠気に襲われていない時は花術の影響が少ないんだと思う。その時に記憶する魔法や能力を使えばお前みたいに過ごせるんだろうさ」
「オレが覚えた事を忘れないようにする魔法使いだってか?生憎オレの魔法は属性魔法だぜ」
「なら能力だよ」
振り返らずにそう言うそいつに思わず「は?」と返すと、そいつはその証拠に、と言いながらその辺を歩いている生徒を指さす。
「他の創造主が創り出した人間は顔がはっきりとしていない事が多い。この世界が夢だと気づくまでは記憶が朧げだから、どうしても細かくは作れないんだろうさ。その点お前の世界はその辺を歩く人間一人一人が細かく違う。実際にすれ違っただけの人間をちゃんと記憶してるって事……じゃないのか?」
そう言われてみれば確かに先程指さされた生徒は実際の擂乃神学園でも見かけた気がしなくもない。そうなれば本当にオレは能力使いだというのか。
「ちなみにこうやって歩いている生徒も、さっきまで一緒にいたお前の友人達もお前の記憶と理想から作り出されたただの意志を持たない人形に過ぎないから、決まった動きしかできない。こうやって自由にしてる俺たちに干渉してくる事は無いよ」
「……大体の事は分かった。花術とか能力とかまだ理解はしきれてはねぇと思うけど」 「理解なんてしなくていいと思うよ。能力はともかく花術なんて関わる機会なんて無いだろうから」
「そうかよ。……で、この妙な世界からどうやって出れば良いんだよ」
「出たいのか?」
何故か意外そうに聞いてくるそいつに当たり前だろ、と返してオレは続ける。
「こんな妙な世界、さっさと出て行きてぇに決まってんだろ」
「……まぁ、心の底からこの世界から出て行きたいと思ったらいつでも出られるよ」
そう言いながらそいつは一つの教室の扉の前で立ち止まると、ガラリと音を立てながら扉を開ける。そしてオレの手首を掴んでグイッと引っ張り込って開けた教室の中へ押し込んだ。
「……本当にこの世界から出たいかどうかはもう少し考えればいいさ」
押し込まれた教室の中央には擂乃神学園の制服とは違うどこかの制服を着た少女が立っていた。
さらさらとした長く黒い髪は一つにまとめられているその少女がこちらに振り向き、その顔を見た瞬間オレはヒュッと息が詰まる様な感覚を覚えた。
「もう、死神さんったら勇樹がこの世界の事に気がついたら直ぐに連れてきてねって言ったのに」
そう言いながら少女はここまでオレを連れてきた、背後に居る奴を見ながら頬を膨らませる。
この世界にいるせいか、色素を感じない肌の色も、光の宿らない黒い瞳も昔見た記憶とは違うけど、その顔はどう見ても幼い頃に別れた姉そのものだった。
「ねぇ……さん……」
「なぁに?勇樹」
そう言って笑う姉は昔見た記憶そのままで、目の前が霞んでいくのを感じる。目が覚めた時に居た直季と同じ様な偽物だと分かってはいても、思わず駆け寄るのを止められなかった。
だって覚えている。あの事故の時、絶望したような顔でこちらを見ていたのをオレは思い出している。
「姉さん……っ」
「もう、勇樹ったら大きくなっても甘えたさんなんだから」
駆け寄って抱きしめながら泣くオレを姉さんはあの頃のように優しく微笑みながら頭を撫でてくれる。何一つあの頃と変わらない姿をしているのはきっと、ここがオレの記憶から創り出された世界だからだろう。
「ありがとう、姉さん」
それでもこの優しさはきっと現実世界でも変わらないはずだ。あの頃は姉さんが暗い書庫のオレを見つけてくれた。だから今度は。
「今度はオレが見つける番なんだ。だから現実世界で待ってて」
そう言ってオレは姉さんに笑いかけた。姉さんがいつもオレにしてくれたように。現実世界の姉さんだって、オレに会いたいと思ってくれているに違いない。そう思って。
「────なにいってるの?」
一瞬その声が姉の物だと思えなかった。
そう思えるほどにいつも優しかった筈のそれが冷たく響いて聞こえた。
「勇樹はずっとここで私と過ごすんだよ?」
優しく微笑むその顔は間違いなく昔の姉さんと変わりは無い。だけど、光のない瞳にはどす黒い闇が渦巻いているように見えて、思わず姉さんから距離を取ろうとする。
「にげないでよ、勇樹」
しかし姉さんはオレを逃がさないといったばかりに腕を強く掴んで離さない。
「いたい、痛いよ姉さん」
「やっと会えたのに。やっとずっとずっと一緒にいられるのに。いやだ、やだよ勇樹。わたしから離れないでそばに居てよ。あなたのお姉ちゃんはここにいるのに」
姉さんはオレの腕を離すどころかますます強く握りしめながらそう呟き続ける。
何かがおかしい。直季達や他の生徒達とは違うその様子にオレは戸惑い、怪訝に思いながら姉さんを見る。すると。
「大体現実世界でっておかしい話なんだよ勇樹。現実世界に帰ったって私はもういないんだよ?」
「は……?」
現実世界に帰ったって姉さんもういない。その言葉の意味を図りかねて思わず聞き返すと、姉さんはまたいつものように微笑みながら続けた。
「だって、私、花咲優香は八年前に通ってた学校の屋上から自ら飛び降りて死んだもの」
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