××男と異常女共

シイタ

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Ignorance is bliss.

6-5

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 昼休みの屋上。
 普段は解放されていないドアを開いて、俺はそこにやって来た。鍵のかかったドアを開いたのは、もちろん前に小山内おさないから貰った屋上の鍵だ。
 屋上に足を踏み入れると、念のために誰かいないかの確認をする。もしも誰かがいた場合、そしてそれが小山内以外の先生だった場合、少しまずいことになるからだ。
 普通は入れない屋上に俺という一般生徒が立ち入ったのが先生にバレれたら、校則違反で咎められること間違いなし。小山内から貰った屋上の鍵は没収され、生徒指導部からの長い長い説教と反省文という罰則が待っているだろう。
 それは非常に面倒で、御免被るところだ。
 しかしそんな心配も杞憂に終わり、見渡してみても屋上には誰の姿も見当たらず、気配すらない。

「……」

 普通なら、誰もいないと分かったことで安心して胸でも撫で下ろすか、ほっと息でも吐くべきなのかもしれないが、入る前にも人の気配がないのを確認しているのでそんな気も起きない。
 というかもう何十回とこの屋上に来ているが、今までに誰かさんと鉢合わせなんてことは一度も起こったことはなかった。
 その積み重ねもあり、心配という言葉は出てこないのだ。
 それでも二度目の確認をするのは、本当にただのである。
 まあ、俺以外に屋上の鍵を持っている生徒なんていない筈だし、なんらかの理由で職員室にある正規の鍵が使われていない限り、誰もいないのは当たり前のことだ。
 イレギュラーなんて早々起こらないだろう。

 人の有無を確かめたら、今度は自分以外の生徒が間違って屋上に入って来ないよう、忘れずに鍵をかける。
 これを忘れたら灯台下暗しもいいところ。屋上にいないことを確認したのに、確認した後に屋上に入って来られたら意味がない。

 屋上で安心していられる準備を終えた俺は、先ほど購買で買ってきた昼食をぶら下げて、適当なところに壁を背にして腰を置く。
 空は晴天で、雲が僅かにある程度。ピクニックには最適な天気と言えるだろう。
 そんな天気の下、屋上は静かなもので、聞こえてくるのは風がフェンスを揺らす音と、俺の手にもつ昼食が入った袋が時折ガサガサと音を立てるぐらいだ。
 騒がしく人が多い教室と違い、屋上ここの寂しいと感じてしまうほどの静かは、とても心地よいと感じることできる。

 屋上に来た目的は見ての通り、一人で昼飯を食いに来ただけだ。
 前みたいに誰かさんと密会や密談をするために来たわけじゃあない。
 なのに……
 
「呼ばれてないのにパンパカパーン! キリヤくんだけのアイドル、空乃ひとみちゃんでぇーす」

「……」

 購買で買ってきたパンの袋を開けようとしていた手を止めて、なんとも元気な声で登場したストーカーを見る。そして、「……呼ばれてないなら出てくんなよ」と俺はひとみに悪態を吐いた。
 
「もう、キリヤくんたらなんだからぁ」

 ひとみはそんなウザったらしいことを言って、俺の隣に座ってくると、手に持っていた四角い何かを包んだ風呂敷を開きにかかる。

「なにさらりと隣座ってんだよ。もっと離れろ」

「えぇ、いいじゃん別に。せっかく二人っきりなんだから、一緒にお昼食ーべよ」

 そう言って、俺の言葉を無視して風呂敷を開くひとみ。その中身は、案の定弁当箱である。
 俺はそれ以上何も言わず――言っても聞かないから――ひとみを無視して、パンの袋を開いた。
 中身を取り出して食べ始めると、隣から「いただきます」という声が聞こえてくる。

 ストーカーなのに、お行儀のいいことで。

 そんな感想を抱きながら、俺はパンを食べ続ける。
 
「キリヤくんっていつも購買でその『ねじれパン』と『チョコケーキ』買ってるけど、そんなに好きなの?」

 俺が一つのパンを食べ終わり、次に買ったものを手に取ったところで、ひとみがそう話しかけてきた。

「毎回同じってわけじゃないけど、大体そればっかり買ってるし」

「……まぁ、美味いから買ってるんだし、好きなんじゃないの。安いのもあるけど」

 俺は食べ終わった『ねじれパン』の袋と今から食べようしている『チョコレートケーキ』を見て答える。
 それらがどんなものか簡単に説明すると、『ねじれパン』はクロワッサンが細長くねじれてできたパンであり、『チョコレートケーキ』はシンプルにできたチョコレートのカットケーキだ。実に安直な名前でできた品々で、ちなみに値段は「ねじれパン』が五〇円で、『チョコレートケーキ』が一二〇円である。
 なんでそんな事が気になったのか聞いてみると、

「特に他意はないよ、ただ気になっただけ。ほら、私キリヤくんのストーカーだから。キリヤくんのことなら、なんでも知りたいんだよ」

 と事無げに言うひとみ。
 普通はストーカーがストーカーしている対象に、自分はあなたのストーカーですなんて発言しないと思うんだが。

 ストーカーに普通も何もないか。
 
「ん?」

 俺がどうでもいいことに結論を出していると、目の前に黄色い物体がにょきと現れた。
 それはよく見ると、断面が渦巻き模様をした玉子焼きである。
 いきなり現れた玉子焼きであるが、当然、その卵焼きは目の前に浮いているわけではなく、二本の箸に挟まれてそこにある。

「あーん♪」

 伸びた箸を辿ってそちらに視線を向けてみれば、ひとみがにこやかな顔で玉子焼きをこちらに差し出していた。
 
「……」

「あーん♪」

 訝しげな目を向けても、変わらずに玉子焼きを差し出してくるひとみ。めげない女だ。
 俺は改めて、目の前の玉子焼きを見る。
 特に焦げ目もなく、形も崩れていない、綺麗な色をした立派な玉子焼きと言えるだろう。普通に美味しいそうである。
 この玉子焼きはひとみの手作りだろう。前に弁当はいつも自分で作っているという自慢話をしていたので間違いない。
 それはいいとして、何故いきなりこちらに差し出してきたのかだ。
 俺に味の評価でもしてもらいたいのか、施しでもしたいのか、それとも……。
 俺はもう一度、今度は確かめるように、ひとみの方に視線を向ける。
 ひとみは先程と変わらず、ニコニコとした顔のままだ。

 ……こいつの場合ただの『あーんそれ』をしたいだけかもしれない。

 俺は再度、玉子焼きを見る。

 さて、どうするか。

「あーん♪」

「……」

 本当にめげない女だ。ここまでくると天晴れである。
 そんなひとみのめげなさに免じた訳ではないが、俺は覚悟を決めて食べることにした。目の前に突き出されている、玉子焼きを。
 しかし、こいつが先程から口に出しているようなことは絶対にしない、したくない。
 だから俺は、差し出されている玉子焼きをひとみの箸から奪い、自らの手で口の中に放り込み食べた。

 すぐに飲み込むようなことはせず、十分に味わってから喉に通す。
 ひとみが作ったの玉子焼きは、弁当のおかずなので出来立てホヤホヤとはいかないまでも、その見た目に削ぐわず、冷めていても十分に美味しいと言えるものであった。
 
「どう? 美味しかった?」

「普通」

 俺の味気ない答えに、ひとみは「そっかぁ」と言って、むふふと笑いながら満足そうである。

「随分と嬉しそうだな」

「だって嬉しいんだもん。『あーん』はできなかったけど、キリヤくんが私の料理を食べてくれただからね。最悪突き返されるかと思ってたし」

 ひとみはスマホを取り出すと、「今日は記念日だなぁ」と呟きながら、スマホになにやら打ち始める。
 まあ打ってる内容は、いまの呟きからスマホのカレンダーかメモ帳にでもさっきのことを書きとめているのだろうと容易に予想できてしまう。
 こんなのが記念日になるとか、まったく理解ができない。

 俺はチョコレートケーキが入った袋を手に取って、「食べ物に罪はないからな」と言いながら袋を開きケーキを食べ始めた。

「その割には随分悩んでたみたいだけど」
 
「毒でも入ってたら嫌だなぁと思って」

「毒なんて入れるわけないじゃん。キリヤくんが死んじゃったら、私の生きる意味がなくなっちゃうもん」

「はいはい、ストーカー乙。別に毒じゃなくても睡眠薬ぐらいは入れそうだし、お前。俺を眠らせたら『寝顔取り放題だー』とか考えながら」

「!?」

 俺の言葉に、「その手が!?」とでも言いたそうな顔になるひとみ。
 いらない知恵を与えてしまったかもしれない。なので、釘はしっかりと打っておく。

「マジでやったら、今までのストーカー行為全部警察にチクるからな」

「えぇ、やらないから大丈夫だよぉ」

 とか言って、目を泳がせてるところが全然信用できないんだよ。
 これからは、ひとみから差し出される食べ物はいつも以上に注意しようと、俺は心に決めた。
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