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「早まってはなりません、奥様!」
ナディエは目を見開き、叫ぶようにして言いました。自分のことを本気で心配してくれる存在は、貴重だなと感じます。私の両親は決して冷たい人ではなかったのですが、変に事務的なところがあり、あまり親しみを感じたことがありません。乳母や家庭教師が教育係として、私を育ててくれました。もちろんそれには感謝していますが、もっとどこか熱い愛情に飢えているところが私にあるのでしょう。ナディエの愛情に触れると、温かい気持ちになります。
「大丈夫よ、ナディエ。これをあの人に使うわけでも……自分で使うわけでもないわ。ただこうして毒薬を手元に置いておくだけで、不思議と心が落ち着くの。これを飲んでしまえば、すべてが終わる、楽になれるっていう安心感があるのよ……」
これは半分嘘のようで、半分本当でした。もしナディエが来ていなければ、飲んでいたかもしれません。しかし実際、表面的には強がれるものの、いざ死ぬと思うと怖いです。こうして毒薬が膝の上にあると思うだけでも、震えてきます。
「決して使ってはなりません。わたくしが処分しておきます」
ナディエが手を伸ばしましたが、私はさっと背後に袋を動かしました。
「いや、持っておくだけ持っておきたいの! ただの精神安定剤みたいなものよ」と、笑いを含めて弁解しました。でも、ナディエの表情は変わらず険しいままです。
そのまま、ナディエと話しました。
「当たり前だけど、あなたに見せるのが初めてよ。驚かせてごめんなさい。でも大丈夫、ナディエ。使わないから。二人だけの秘密にしましょ」
そう言って私は立ち上がり、袋を引き出しにしまいました。
ナディエをびっくりさせて申し訳なかったですが、心の中は、毒薬のことを話せて少しすっきりしました。人を死に至らしめる毒薬が、私の部屋にある。この秘密をナディエと共有することで、夫に対しどことなく優越感を覚えました。浮気を繰り返している不実な夫は毒薬の存在を知らない。それだけでなんだか嬉しいのです。無論、直接的な仕返しに勝るものではありませんが……。
しばらくの沈黙のあと、心配したナディエが口を開きました。
「奥様。僭越ではありますが、一つ提案があります」
城での生活を始めて以来、ナディエがこのように改まって提案を申し出るのは初めてです。
「提案って何?」
ナディエは「あくまで、噂程度なのですが……」と前置きをしつつ、「街外れに、占いをする老婆がいるそうです。予知能力を持つとも、呪術を使うとも言われています。老婆と話した者は、清々しい顔で帰ってくると、もっぱらの評判です。ただ、なかなかその老婆に会えないとも聞いています。心が本当に迷っている人にだけ姿を現す、という噂があるのです」
「なんだか不気味ね……。でも、その老婆だってどこかにお家はあるでしょ?」
「そうだと思うのですが……いつも同じところにいるわけではないと言われています。街外れにあるブナの木のそばで会えるそうなのです。しかし、その老婆に話しかけられない限り、こちらからは話ができないそうです。そもそも姿が見えない……とも」
もともと占いを信じる性格ではないのですが、ナディエが語ったその老婆の存在は、疲れ果てた心に小さな光を灯すようでした。老婆はどんなアドバイスをくれるのでしょう。もしそこへ行けば、会ってもらえるのでしょうか。
「……頭の片隅に入れておくわ。気遣ってくれてありがとう」
月明かりがいつまでも揺らめいているように感じたその夜、私は夫のことよりも、不思議な噂をもつ老婆のことを考えていました。ろうそくの火をぼんやり眺めていると、ふと魂が身体から抜けてしまいそう感覚になりました。また今度も、信じてはならないものを信じようとしている気がしてなりません。しかし、ナディエが整えてくれたベッドに入ると、微妙な感情の綾とともに、比較的穏やかな眠りについたのでした。
ナディエは目を見開き、叫ぶようにして言いました。自分のことを本気で心配してくれる存在は、貴重だなと感じます。私の両親は決して冷たい人ではなかったのですが、変に事務的なところがあり、あまり親しみを感じたことがありません。乳母や家庭教師が教育係として、私を育ててくれました。もちろんそれには感謝していますが、もっとどこか熱い愛情に飢えているところが私にあるのでしょう。ナディエの愛情に触れると、温かい気持ちになります。
「大丈夫よ、ナディエ。これをあの人に使うわけでも……自分で使うわけでもないわ。ただこうして毒薬を手元に置いておくだけで、不思議と心が落ち着くの。これを飲んでしまえば、すべてが終わる、楽になれるっていう安心感があるのよ……」
これは半分嘘のようで、半分本当でした。もしナディエが来ていなければ、飲んでいたかもしれません。しかし実際、表面的には強がれるものの、いざ死ぬと思うと怖いです。こうして毒薬が膝の上にあると思うだけでも、震えてきます。
「決して使ってはなりません。わたくしが処分しておきます」
ナディエが手を伸ばしましたが、私はさっと背後に袋を動かしました。
「いや、持っておくだけ持っておきたいの! ただの精神安定剤みたいなものよ」と、笑いを含めて弁解しました。でも、ナディエの表情は変わらず険しいままです。
そのまま、ナディエと話しました。
「当たり前だけど、あなたに見せるのが初めてよ。驚かせてごめんなさい。でも大丈夫、ナディエ。使わないから。二人だけの秘密にしましょ」
そう言って私は立ち上がり、袋を引き出しにしまいました。
ナディエをびっくりさせて申し訳なかったですが、心の中は、毒薬のことを話せて少しすっきりしました。人を死に至らしめる毒薬が、私の部屋にある。この秘密をナディエと共有することで、夫に対しどことなく優越感を覚えました。浮気を繰り返している不実な夫は毒薬の存在を知らない。それだけでなんだか嬉しいのです。無論、直接的な仕返しに勝るものではありませんが……。
しばらくの沈黙のあと、心配したナディエが口を開きました。
「奥様。僭越ではありますが、一つ提案があります」
城での生活を始めて以来、ナディエがこのように改まって提案を申し出るのは初めてです。
「提案って何?」
ナディエは「あくまで、噂程度なのですが……」と前置きをしつつ、「街外れに、占いをする老婆がいるそうです。予知能力を持つとも、呪術を使うとも言われています。老婆と話した者は、清々しい顔で帰ってくると、もっぱらの評判です。ただ、なかなかその老婆に会えないとも聞いています。心が本当に迷っている人にだけ姿を現す、という噂があるのです」
「なんだか不気味ね……。でも、その老婆だってどこかにお家はあるでしょ?」
「そうだと思うのですが……いつも同じところにいるわけではないと言われています。街外れにあるブナの木のそばで会えるそうなのです。しかし、その老婆に話しかけられない限り、こちらからは話ができないそうです。そもそも姿が見えない……とも」
もともと占いを信じる性格ではないのですが、ナディエが語ったその老婆の存在は、疲れ果てた心に小さな光を灯すようでした。老婆はどんなアドバイスをくれるのでしょう。もしそこへ行けば、会ってもらえるのでしょうか。
「……頭の片隅に入れておくわ。気遣ってくれてありがとう」
月明かりがいつまでも揺らめいているように感じたその夜、私は夫のことよりも、不思議な噂をもつ老婆のことを考えていました。ろうそくの火をぼんやり眺めていると、ふと魂が身体から抜けてしまいそう感覚になりました。また今度も、信じてはならないものを信じようとしている気がしてなりません。しかし、ナディエが整えてくれたベッドに入ると、微妙な感情の綾とともに、比較的穏やかな眠りについたのでした。
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