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「もしよかったら、中に入ってきてくれないか?」

エルキュールの提案を受け、私とナディエは互いに目を見合わせたあと、小屋の出入り口へと回りました。壁越しにも、子どもたちの元気な声がこだましているのがわかりました。

扉を開けると、想定外の大歓迎です。子どもたちが私とナディエの手を握り、どんどん中へ引き入れます。

エルキュールは子どもたち一人ひとりの頭を撫でながら、「ごめんねみんな。先生はお客様とお話があるから、今日の授業はこれでおしまい。外で遊んでおいで」と言いました。先生の役割を自然体で演じているエルキュールの姿が、なんだか新鮮でした。城で夫婦生活をしていたときには見られなかった一面です。

子どもたちは「え~~~」と言いながら、残念そうにしています。

「先生の彼女が来たんだからしかたないよ」

少し大人びた雰囲気の女の子がぽつりとつぶやきました。それを聞いた男の子たちが「まじか! この人が先生の彼女? 美人過ぎない?」と笑い合っています。聞きましたか? 美人ですよ? 重要なので二度言っておきます。

「ねえねえ、お姉さん本当に先生の彼女なの?」

一人の男の子が目をきらきらさせて尋ねてきました。どのように答えようか迷い、エルキュールを見ましたが、彼も困ったような表情をしているだけです。

「私はね……先生の元カノよ。みんな、勉強の邪魔をしてごめんね。今日は先生と大切なお話があるから……また今度ゆっくり遊ぼうね」

私がこう答えると、なぜかわかりませんが子どもたちの間で「お~~~!!!!」と歓声が上がりました。「元カノだったら、絶対重い話なんだろうぜ。早く出ていかないと!」と男の子たちがいたずらっぽく笑っています。一方の女の子たちは「茶化しちゃだめよ。外で遊びましょ」と、真剣な表情です。その反応の差がとても興味深く思えました。

子どもたちは「また来てね~」と言いながら、あっという間に小屋から出ていきました。元カノというより元妻なのですが、婚約中は”カノジョ”だったことを考えれば、どちらも真実です。ごまかすのも一つの手だったものの、結果的には子どもたちにきちんと伝えられて満足でした。

「わざわざこんな遠いところまで来てくれてありがとう。子どもたちの相手までしてくれて……頭が上がらないよ」

エルキュールは丁寧な態度でお礼を言ってくれました。結婚していた頃の高慢な感じは一つもなく、かといって初めて出会った頃とも違います。苦労を重ねた男のシワが顔を引き締め、言葉に重みが生まれていました。

「立派な塾になっているわね。小屋については……ジェロームの報告になかったからびっくりした」

エルキュールは微笑して頬をかきました。

「そうだね、先月建てたばかりの小屋なんだけど、ジェローム殿には黙ってもらっていた。君が今月来るって知ってたから、驚かせたくて」

「なるほどね、まあいいわ。子どもたちも歓迎してくれてとても嬉しかった。建ててよかったね」

「ありがとう。おかげさまで、君からの支援金は届いていたし、年金も無事に届くようになったんだ。だから、君からもらった分のお金は貯めて、この小屋を建てるのにつかわせてもらった」

「年金……ちゃんともらえてよかったわ。あなたにはもらえる権利があるのだから、正当なお金よ」

そのとき、小屋の扉をノックする音が聞こえました。エルキュールは「アンドレかな」と言ったあと、扉の方へ向かいました。



「え、アンドレ?」



私の胸がドキドキと高鳴り始めたのでした。
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