【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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一章 厄介な後輩

七話 学生の本分だろ

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 ――その日から数日。
 昼は飯を食いつつ、教科書や参考書を読む時間になった。おにぎりを食みながら俺の作った単語帳をめくる甘利は、終始難しそうな顔をしている。
(単語帳を渡したときはあんなに嬉しそうにしてたのにな)

 眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと呟きながら食っているからか、いつもより食べるおにぎりが一個少ない。食べられなかった分は、午後の授業の休憩時間で食べているらしい。
(妥協はしねぇんだな)
 相変わらず燃費の悪そうな体だ。

「ほい、俺のワーク。ちゃんと取っておいた俺に感謝しろよ?」
「ありがとうございます。一生大切にします。家宝にします。墓まで持って行きます」
「そこまではしなくていい」

 興奮する甘利に俺はストップをかける。最近、甘利に手のひらを見せると、自発的に止まってくれるようになった。ますます犬の躾みたいだなぁ、と思うが、俺としては都合がいいので黙っておく。

 キーンコーンカーンコーン……――

『最終下校時刻になりました。校舎に残っている生徒は――』

「もうそんな時間か。行くぞ、甘利」
「はいっ」

 響く校内放送に、俺たちは荷物をまとめ、部室を出た。

 部活動は禁止されているが、写真部の部室がそのまま使えるのはありがたい。
 西田先生には許可を取っている。……というか、初日にこっそり使っていたら気付かれて怒られてしまった。「蒼井くんなら大丈夫でしょう?」と圧を掛けながら言われたのを思い出し、俺は余計なことはしないように心に誓った。

「ん――! 疲れたなぁ」

 ぐっと手を組んで、上に伸びる。丸まっていた背中が伸びて、気持ちがいい。
 腕を下ろすのと同時に息を吐き出せば、「すみません」と甘利が零す。

「俺のせいで先輩にいらない負担かけてますよね」
「はあ? 今更何言ってんだよ」
「いえ、その……ずっと忘れてたんですけど、春先輩って受験生だったなってこの前思い出して……」

(それこそ今更過ぎるな)
 俺はつい甘利を凝視してしまった。急に何を言い出すかと思えば。

「別にお前に教えるくらいで成績落ちるような勉強方法してねーから安心しろ」
「でも……」
「つーか、そう思ってんならちゃんと赤点取らねーようにしろよ」
「うっ」

 ぐっと甘利の眉間に皺が寄る。蚊の鳴くような声で「……はい」と頷く甘利は、本当に勉強が嫌いなのだろう。
(まあ、学生の本文は勉強だしな)
 推薦で来たとはいえ、もし成績が悪かったら留年になってしまうのは推薦者のつらいところだろう。スポーツでも結果を出さないといけないし、大変だ。

「んー、そうだなぁ。もし赤点逃れたらどこか行くかー?」
「えっ」
「ゴホービ」

 頭の後ろで手を組む。「ご、ほうび……」と繰り返し声を発する甘利は、そのままブツブツと呟き出した。

「つまり、勉強を頑張ったら先輩とデートが出来るってことですね?」
「閃いた風に言ってるけど、別にかっこよくねーからな?」
「えっ」
「なんでショック受けてんだよ」

 今のは反論するところだろーが。

「春先輩にかっこ悪いって言われた……」
「言ってねーよ」
「先輩、俺、先輩の前では常にかっこよく居たいんです」
「はぁ……」
「呆れてますね?」

 そりゃそうだろう。急に何を言い出すかと思えば、そんなくだらないこと。

「もういいです」
「は? 何言ってんだ甘利――」
「赤点を回避出来たあかつきには、先輩には俺とデートしてもらいます」
「デッ、!?」

(デート!!?)

「おいバカ!  なんでそんなことになってんだ!  俺はただ頑張った褒美にって提案しただけで……!」
「俺にとって、とっておきのご褒美は先輩です。先に進みたいって言ってる訳じゃないんですし、いいじゃないですか」
「さ、先!?」
「ほら、大人の階段……的な?」

 ――そんなもの登ってたまるか!!

 表現が古いとか、よくそんな言葉知ってるなとか、そんな事が頭に浮かぶが、それを全てすっ飛ばしてもそんな先は有り得ない。
「お、まえなぁっ、変なこと言ってんじゃねーよ!」と俺は甘利の肩を叩く。「いてっ」

「痛いです、先輩」
「うっせ」

 フンっと鼻を鳴らして、俺は止まっていた足を動かす。なんだってこいつは毎度毎度変なことを言ってくるのだろうか。正直反応に困るからやめて欲しい。

「なしだなし!  ご褒美も何もなし!」
「えっ」

 甘利の声が上がる。

「先輩と……デート……」
「うっ」
「……行けないんですか、俺。頑張っても、ダメですか」

 ちょん、と裾の先を引っ張られる。でかい図体を丸め、泣きそうな顔で下から覗き込んでくる甘利。
 俺はわなわなと全身を震わせた。

「っ、ぜ、全教科で、赤点……回避したら……な」
「!  ありがとうございます!」

(うああああああッ!!)
 俺は自分のちょろさに、たまらず頭を抱える。こんなはずじゃなかったんだ、こんなはずじゃ……っ!

 チラリと甘利を盗み見る。心底嬉しそうな顔が見え、何とも言えない気持ちになる。
 俺はサッと視線を逸らした。

「ま、まあ、今のままじゃ遠いけどなー!」
「う゛っ。が、頑張ります……」
「おー、頑張れー」

 バンバンと甘利の背中を叩く。揺れる鞄が甘利の肩から滑り落ちた。
 甘利は肩にかけ直すと、大きく息を吐く。そして俺を見た。どこか思い詰めたような顔をする彼に、俺は首を傾げる。

「……先輩」
「んー?」
「先輩は、その……大学、もう決まってるんですか?」

 甘利の問いに「まあ、一応な」と答える。

「どこですか?」
「S大」
「S大ッ!?」

 甘利の声が廊下に響く。「しー! 静かにしろ! 先生に怒られるだろーが!」「す、すみません、驚いちゃって……」
 甘利は慌てて声を抑えた。幸い、先生が来る様子はなかった。俺はホッと胸を撫で下ろす。

「そ、そう……ですか……S大……」
「なんだよ? もしかして同じところに来ようとしてんのか? 無理だって、今のお前の成績じゃ」
「わ、わかってます。でも……せめて近くに行きたいじゃないですか。進学したら先輩に会えなくなるなんて俺、絶対に耐えられません」
「はあ?」

 俯く甘利に、俺は眉を寄せる。
(なんでそうなる)

「陸上で推薦狙ってんだろ? お前、速いらしいし。焦る必要ねーじゃねーか」
「そういう問題じゃないですよ」
「俺と離れるのが嫌なの?」
「嫌です。絶対嫌」
「んな事言われてもなぁ……」

 そんなこと、俺たちじゃあどうしようも出来ない。
(それこそ、大学を作るとかその域になるだろ)
 どこの大富豪の話だ。

「離れるっつっても、永遠に会えないわけじゃねーだろ。連絡先だって交換してんだから、連絡すれば――」
「いいんですか!?」
「うわっ!?」

 がしっ。
 両手を強い力で掴まれ、驚く。ぎりぎりと手の骨が悲鳴を上げた。

「おいこら、いてぇっつ――」
「連絡! していいんですか!?」
「はあ?  別に構わねーけど……」
「本当の本当ですね!?  やっぱりやめてとか言ってもやめませんからね!?」
「わかった! わかったから手ぇ離せ!」

 お前のそのスイッチ、一体どこで入るんだ。

 訝し気に見上げていれば、甘利の顔が近づいてくる。突然の距離感にびくりと肩が震える。甘利の額が俺のおでこにぴたりとくっつけられた。少し低い体温が、心地いい。

「俺、いっぱい連絡しますね。電話もメッセージも。……春先輩に忘れられないように、たくさんします」
「わ、忘れるわけねーだろ」
「分からないじゃないですか」

 噛みしめるように呟く甘利。
(……そういうもんかねぇ)
 まるで何かに脅えているような甘利。ズルズルと重い頭が肩に落ち、額が肩に乗せられる。俺はとりあえず背中を軽く叩いてやった。

「……ふふふ」
「何笑ってんだよ」
「いえ、擽ったいなって」
「抓るぞ」
「それはやめてください」

 俺は吹き出した。なんだ、元気じゃねーか。
 ポンポンと背中を叩き、「そろそろ行くか」と声をかけた。しかし、甘利の声は続かない。それどころか背中に腕が回され、強く抱き締められた。

「お、おい!」
「離れたくないです」
「離せバカ!」

 俺は力任せに甘利の腕を押した。しかし、甘利の腕は取れないどころか、より強くなる。
(そうだった!  こいつゴリラなんだった!!)
 すっかり忘れていた。

 俺は必死にもがいたが、その甲斐も無くぎゅうぎゅうと抱き締められていた。

「……お前たち、何してんだ?」

 訝しげな声に、俺はぎこちない動きで顔を向ける。顔を顰めているのは、東崎だった。

「た、助けて……東崎……」
「“先生”な。あと目上の人間にはちゃんと敬語を使うように」
「助けてください、東崎先生」

 息も絶え絶え。
 東崎先生に助けを求めると、彼は思いの外直ぐに動いてくれた。
 甘利の腕の中から開放された俺は、大きく息を吸い込む。離された甘利はまるで親の仇でも見るかのような目で、東崎を睨みつけていた。

「何するんですか」
「下校時間なの。わかる?」
「俺と先輩の愛を確かめ合う時間を邪魔しないでください」
「俺には蒼井を絞め落とそうとしてるようにしか見えなかったがな」

 バチバチと視線から火花が散る。しかし、俺は参入する気にはなれなかった。
(疲れた。帰ろ)

「せんせーサヨーナラー」
「おー。気をつけて帰れよー」
「あっ!  待ってください、春先輩っ!」

 パタパタと甘利が追いかけて来る。「気を付けて帰れよー」と先生の声が廊下に響いた。

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