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三章 少年共、夏を謳歌せよ
二十七.五話 ジャージ
しおりを挟む「罰として課せられたはずの掃除で、何を遊んでいるんですか?」
「「「スミマセンでした」」」
「謝罪はいりません。それより、夕方までにはノルマをこなしてくださいね」
般若となった西田先生監督の下、俺と甘利、東崎は死に物狂いで掃除を終わらせた。
西田先生から「帰ってもいいですよ」という許可をもらった時には、既に下校時間目前になっていた。
「俺、勉強しに来たはずなのにずぶ濡れになって帰るんだけど」
「俺もです。部活に来ただけなのに、ずぶ濡れになって帰ってます」
甘利が鬱陶し気に髪をかき上げる。西田先生に借りたタオルで体を拭いたものの、髪を乾かす時間はなかった。
(こいつ、濡れててもイケメンとか、マジでチートじゃねーか)
俺なんか毎朝セットしている髪が崩れて、微妙な感じになってるのに。まあ、セットつっても寝ぐせ直しくらしかしてねーけど。
甘利の頬を雫が流れ落ちる。
汗なのかふき取りきれなかった水なのか。これが水も滴るいい男ってやつか、と内心呟く。正直むかつく。俺にもその色気的なの分けろ。
「まー、結構楽しかったけどな。残ったアイスも貰ったし」
「そうですね」
帰り際、西田先生に呼び止められて差し出されたのは、大容量箱の小さなアイスだった。
「水泳部の顧問の先生が、お礼にって置いて行ってくださったんです」という西田先生に、俺たちは全力でお礼を叫んだ。たくさん動いた後のご褒美は、やっぱり嬉しい。
プール場を追い出された俺たちは、校門までの短い道を歩いていく。
既にご褒美のアイスは食べ終わってしまった。
「そういえば、このジャージどうしたらいい? もう結構濡れてんだけど」
「あ、忘れてました」
「忘れるなよ」
あっけらかんと言い放った甘利に、呆れる。
「一応部活のやつだし、大切なもんだろ」と告げれば「まあ。でも夏の間はあんまり使わないので」と返された。それもそうか。
「んじゃ洗濯して返せばいい?」
「いえ、そのままでもいいですよ」
「え? マジ?」
やった、と思いかけて、ジャージを脱ぐ手が止まる。
「? どうしたんですか?」と首を傾げる甘利を見る。
「……やっぱいいわ。洗って返す」
「? そうですか? 手間じゃないですか? 俺は大丈夫ですよ」
突然意見を変えた俺に、甘利が訝し気に問う。「洗うの俺じゃねーし手間じゃねーけど、母さんにはなんか言われるかもな」と告げれば、「ならそのままで大丈夫ですよ。俺、気にしませんし」と返された。
(いやまあ、それはわかるんだけど……)
「その……お前、変なことに使ったり、しないよな?」
「変なこと、ですか?」
「っ、ほら、そ、“そういう”、こと!」
きょとんとする甘利に「あんだろ! 男なら!」と半ば叫ぶように告げれば、甘利はハッとしたように目を見開いた。
じわじわと赤くなる顔が、いつもよりしっかりと見える。戸惑った甘利が口元を隠した。
(待って、俺今とんでもないこと言っ――!)
「っ、何を想像してるんですか。……春先輩のえっち」
「ッーー!!」
甘利の恥じらう視線に、ブワッと込み上げる熱。
全身が沸き立ち、羞恥が一瞬で全身を駆け巡った。
「ちがっ、違う!」
「えー、本当ですか?」
「違うっつーの!」
「その顔ヤメロ!」と叫ぶ。
しかし甘利は「無理です」と笑った。
(最悪だ)
最悪、最悪、最悪ッ!
「ねぇ、先輩。何を想像してたんですか? 教えてください。ね?」
「っ、なんも想像してねーよ! ばーか! あほッ!! ヘンタイッ!」
「ふはっ。先輩、顔真っ赤ですよ」
「う、うるせぇ!」
「近寄んな!」と甘利の顔を強引に押し返す。にやにやしやがって……! むかつく!
(くそっ、なんで俺がこんな……っ!)
甘利のことだから考えていただろうと思っていたのに……!
はめられた気分だ。騙された。クソッ。
「先輩」
「あーあー! うるさいうるさい!」
甘利の声を大声で遮る。これ以上羞恥に晒されたら、何をするかわかったもんじゃない。
「つ、つーか、普通に考えれば出来るわけねーよな。俺何言ってんだか」
「は?」
「? だってこういうのは可愛い女子がやってこそだろ? 俺なんかがやったところで気持ち悪いだけだろうし」
「残念だったな、俺が可愛い女子じゃなくて」と口早に言う。ぐるぐると回る思考が、頭の奥で渦巻く。
(あれ、俺何言ってんだ)
慌てすぎて何言ってんのか、全然わからない。
「何言ってるんですか、先輩」
「っ、だよな。悪い変なこと言――」
「じゃなくて!」
甘利の大きな声に、びくっと体が震える。
恐る恐る振り返れば、甘利の手が俺の頬に触れる。
「先輩のそういうところ、すげーむかつきます」
「は、はあ?」
「だって俺、ずっと濡れた先輩エロいって思ってたのに」
甘利の言葉に、「ぇあ?」と素っ頓狂な声が飛び出してしまう。
甘利は真剣な顔で俺を見ている。
「な、何言って……」
「春先輩の白い肌が濡れてるのも、濡れた髪が張り付いてるのも、ワイシャツが透けてるのも、ズボンがくっついてわかりやすい腰も、俺のジャージを着ているのも、全部興奮します」
「っ、こうふ……って、何言ってんだお前!?」
「だって仕方ないじゃないですか!」
甘利が叫ぶ。頬に当てられた手が熱い。
甘利の整った顔がりんごのように赤くなっている。
「好きな人のそんな姿見たら、男なら誰だって思うでしょう!?」
「っ、!」
「先輩だってそういうの好きなくせに!」
(何故被弾した!?)
急にぶっこんでくんな! 真っ赤な顔で言う甘利に、俺は咄嗟に視線を逸らす。
「目逸らさないでください!」と言われ、強引に視線を合わせられた。
「っ、いや、好きだけど! 好きだけど相手は普通女の子――」
「俺は! 先輩が好きなんです!」
「ッ……!」
必死な声に、俺はドクリと心臓が高鳴る。泣きそうな瞳が、俺だけを映している。
(あ、俺また……)
フラッシュバックする、あの日の出来事。修学旅行に行く前、俺は甘利にひどいことを言った。
それを今、また繰り返そうとしているのだ。
「わ、悪い。その、男がダメとかそういうんじゃなくて……」
「……わかってます。わかってるけど、むかつく」
「ぐぇっ」
ぎゅっと頬を潰される。手加減をされているのはわかるが、柔らかくない頬は摘ままれると痛いだけで。
「は、はわひ(あ、甘利)」
「……ねぇ、春先輩。俺、今から気持ち悪いこといっぱい言います。なので、もし嫌だったら容赦なく俺の手を払ってくださいね」
「?」
「手加減なんかしたら勘違いしちゃいますから」
真剣な声が聞こえる。
掴む力が少し弱まって、振り払おうと思えばすぐにでも振り払えるようになる。頬は甘利に包まれたままだ。……それでも、今は振り払おうとは思わなかった。
甘利が泣きそうな目で俺を見つめる。ぽたりと髪から水滴が落ちてくる。
「俺はね、先輩。先輩のこと、いろんな目で見てますよ。食べる口元がエロいとか、可愛いことをしたら抱きしめたいとか。それこそ、濡れた服を脱がして、恥じらう先輩を強引に……なんて想像だってするんです」
「っ、!」
「気持ち悪いでしょう? でも仕方ないんです。好きだから。先輩のことそういう目で見てしまうんです」
甘利の目が泣きそうに歪む。
(……何でお前がそんな傷ついた顔してんだよ)
手も震えているし、いつもは大きく振られているはずの尻尾だって怖がって垂れているように見える。
「俺の“好き”はそういう“好き”なんです。先輩には……迷惑だってわかってますけど、それでも直らないんです」
「すみません」と呟く甘利。
俺は何も言えなかった。手を振り払うことも出来ない。ただただ泣きそうな甘利を見上げていた。
数秒の沈黙が落ちる。甘利の手が頬から離れる。甘利の冷たい指先が俺の髪を掬い、耳に掛けた。夕日を背負った甘利の顔が、逆光で見えなくなる。
「こういう時は、さっさと逃げないとダメですよ。春先輩」
「……なんで」
「なんでって……期待、するからです。俺が、先輩に受け入れられたんじゃないかって」
甘利の声がだんだん小さくなっていく。甘利の手が離れるのを見て、俺は手を伸ばしかけた。
(掴んで、どうする)
きっと手を掴めば、甘利は笑ってくれるだろう。でもそれは、甘利が俺に期待をするってことで。その期待に俺はきっと――。
「……悪い」
「いえ。俺が勝手に言い出したことなので。先輩にその気がないっていうのは、わかってましたし」
「っ、甘利」
「ああ、でも心配ですね。俺みたいに先輩を好きだって人をこんなにも近くに置いちゃうなんて。何されるかわかりませんよ」
俺の言葉を遮るように、甘利が言葉を連ねる。
聞きたくないと思っているのが、ひしひしと伝わってくる。
「俺以外、近づけちゃだめですよ? 断る時はびしっとしないと、俺みたいなのはつけ上がりますから」
「……」
「ね、春先輩」
「お願いします」と懇願され、俺は頷くしかなかった。
「良かった。これで先輩の貞操は無事ですね」
「貞操って……」
「ああでも、俺と離れたくなったらすぐ言ってくださいね。できれば無視とかじゃなくて、ちゃんと言ってくれると嬉しいです。じゃないと俺、先輩のこと地の果てまで追いかけてしまいそうですし」
「それは、怖いな」
「でしょう? 先輩が思っているより厄介な男なんですよ、俺は」
そう言って、甘利が笑う気配がした。その顔が本当の笑顔なのか、自嘲を含んだものなのかは俺には見えなかった。
「行きましょう」と甘利が歩き出す。俺はその背中を追いながら、自分の頬を撫でた。
(……何、してんだか)
甘利の冷たい指先の感触が蘇る。『気持ち悪いでしょう?』と言った甘利の声が耳に張り付いて、取れない。
甘利の背中を見る。張り付いたTシャツが、甘利の肩甲骨の形をなぞっていた。俺よりもデカい肩甲骨に、心臓がずくりと音を立てる。
(気持ち悪い、とは……思わなかったな)
それだけでも伝えられればいいのに、俺はなぜかそれを伝えることも出来なかった。
伸ばした手が、空を切る。……何となく、今は触れてはいけないような気がした。
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