【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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三章 少年共、夏を謳歌せよ

四十話 愛されている自覚 ※甘利視点

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 春先輩が何を言っているのか、一瞬わからなかった。

「……さっき言ったばっかりですよね? 俺」
「は? あー、だって仕方ねーだろ。他に余ってる部屋はねーし、リビングに布団敷いて雑魚寝するわけにもいかねーだろ」
「そっちの方がよっぽどいいです」

 春先輩は嫌そうに眉を寄せた。そんな顔しなくたって。

「……解ってるんですか。俺、先輩のこと好きなんですよ?」
「わかってるっつーの!」

 ずんずんと残りの階段を上がって行く先輩。
(絶対にわかってない)
 俺は先輩の背中を追いかける。二階の奥の部屋から布団を出す先輩の横顔は、いつもと変わらない。

(先輩は、ずるい)
 俺の気持ちを知っているくせに、こうやって振り回してくる。
 気持ちをなかったことにされるわけじゃない。修学旅行に行く前の喧嘩以来、俺の気持ちは嘘じゃないとわかってくれたし。――でも、どうしても温度差を感じる。

「うわっ!? な、何?」
「俺が運びます」
「お、おお」

 春先輩の持っていた布団を奪い取る。先輩は少し驚いたようだったが、嬉しそうに微笑んだ。
『春』と書かれたプレートが掛けられた部屋は、物置の向かいにあった。先輩は躊躇うこともなく、扉を開ける。
「散らかってっけど、気にしないでくれ」と言われ、俺は足を踏み入れた。

「ここが、春先輩の部屋……」

 先輩の匂いがする。春の陽気のような、お日様のような匂いが部屋に充満している。
 俺はめいっぱい息を吸い込んだ。
(全身が先輩の匂いでいっぱいになってく気がする)
 さっきまでは自分の気持ちが伝わってないって拗ねていたくせに、現金だと自分で思う。それもこれも、全部先輩が好きだからだ。
(じゃなかったら、こんなに気持ちが乱されたりしない)

 昔からわかりにくいと言われて来た。実際、俺は感情表現が得意じゃないし、先輩みたいに愛嬌があるわけじゃない。
『春ちゃん先輩の前だと、別人だよねぇ』とは、百瀬の言葉だ。
(別に、そんなに変えてるつもりはないんだけどな)

 でも、確かに。
 先輩以外の人間の部屋に入ったところで、今と同じ感動を味わえるかと言われれば、絶対にそんなことはない。先輩だから、自分はこんなにも心が動かされ、同時に込み上げてくる感情の行き場に迷っている。

「甘利、布団そっちに敷いてくれ」
「……」
「甘利?」

 春先輩の声に、少し間を開けて俺は頷く。
 綺麗に物が退かされた場所に布団を置き、俺は顔を上げる。春先輩はベッドに乗り上げ、「枕はー……クッションでいけるか?」と真面目な顔で悩んでいる。
(先輩はわかってるって言ってた)
 つまりそれは、俺のこの衝動的な欲も理解しているということだろう。

(……触りたい)

 そのさらりとした髪に。
 丸みのある白い頬に。
 細い背中に、白い腕に、足に、腰に……。

(触って、撫でて、誰も知らない先輩を独り占めしたい)
 先輩の知らない先輩を俺が暴いて、俺だけが知っていたい。
 好きだって言って、先輩の体にキスをして、俺だけが先輩に受け入れられて――そんな幸福を。


「い……り……お……――――甘利檸檬ッ!」
「!?」

 春先輩の怒号に、ハッとする。
 初めて聞く声量に、俺は恐る恐る先輩を見た。

 ベッドに横になった先輩。
 真っ赤に顔を染め上げた先輩は、なぜか俺を強く睨んでいる。フーフーと息をする姿は、まるで手負いの獣を目にしているようだった。
(なんで、そんな顔してるんですか)

「あ、甘利……?」
「……なんで、そんな顔するんですか。ダメですよ。そんな顔したら」

 ぎりぎりと先輩の腕を掴む。

 乱れた服。乱れた髪。
 羞恥に赤く染まる肌は綺麗で、美味しそうで、無意識にこくりと喉を鳴らしてしまう。

「いいから、早く退けよ。シャレになんねーからっ」
「っ、シャレじゃないです」

 ぐっと先輩の腕を掴む。鼻先が触れるほどの至近距離に、先輩は目を見開く。さっと視線が逸らされた。
(なんで、抵抗しないんですか)
 振り払おうと思えば、振り払えるはずなのに。
(何を考えてるのか、全然わからない)

 掴んだ先輩の手がギチギチと音を立てる。先輩の顔に苦悶の色が広がった。
 離さないといけないのはわかっている。けれど、ここで離したら何も変わらない気がする。
(先輩。先輩)
 頭の中が春先輩でいっぱいになる。どうにか自分の気持ちが伝わらないかと考えてしまう。……先輩にとっては、迷惑かもしれない気持ちを、もっと理解して欲しいと思ってしまう。

「……先輩。俺はずっと本気ですよ。本気で、どうにかしてやりたいって思ってます」
「あま――」
「ねえ、先輩。キス、していいですか」

 先輩の体が固まる。その反応が何よりの答えだった。

「……ね。こんな気持ち、先輩は戸惑っちゃうでしょう?」
「っ、甘利っ」
「大丈夫です。キスはしません。でも、キスをしたいと思ったのは本当です」

 先輩の頬を撫でる。
 サラサラの髪が指先を掠める。その感触に余計手放し難くなってしまう。

「だからいい加減、俺に愛されてる自覚、持ってください」

 迷惑ならはっきりと拒絶して。

 ――嘘。
 拒絶しないで受け入れて。
 受け入れられないなら、気づかないで。

 ――嘘。
 気づいて。知って。俺の事、全部あげるから。

(自己中にも程がある)
 きっと優しい先輩は頷いてくれるのだろう。
 だからこそ、言えない。言ったら、それは先輩の気持ちにならない気がするから。

「すみません。やっぱり俺、下で寝ます」

「リビング、貸してください」と告げ、俺は先輩の手を離した。引き止める声に振り返れば、困惑したままの先輩と赤くなった手首が見える。
(俺、あんなに強く掴んでたのか)
 必死すぎて笑える。いや、笑ってる場合じゃない。

 先輩を傷つけた。その事に、酷い嫌悪感が込み上げる。今すぐ手を取って、優しく撫でて、ごめんなさいって許しを乞いたい。
 でも、きっともう一度触れたら最後。本当に離せなくなる。

 俺は部屋を出た。先輩は追ってこない。その事に安堵と落胆が込み上げる。
 階段を降り、リビングに入る。人様の家なのに図々しいことしてるな、と自嘲が零れた。

 扉を背にズルズルとしゃがみ込む。先輩に触れた手が熱い。大きく息を吸い込んで、静かに吐き出す。
 ドッ、ドッ、と。
 重い心音が全身を駆け巡る。

「……わかってた、けど」

 キツイ。……なんて。俺が言える立場じゃないのは分かっている。

 そもそも先輩はただの善意だったのに、迫ったのは俺だ。好きだからと言っても、やっていい事と悪いことがある。
(それに、先輩の部屋で寝たら絶対に暴走する)
 その自信がある。だから離れた。

「これでいい。これで……」

 ふと、先輩の顔が頭を過ぎる。
 真っ赤になった先輩は可愛くて、美味しそうで。気を抜けば隅々まで味わってしまいそうな、そんな雰囲気があった。
 でも、同時に怯えていたようにも見える。掴んだ手は震えてはいなかったけど、その雰囲気を察する事は俺にもできる。

(嫌われただろうか。……いや、先輩は優しいから、嫌いとかは言わないだろうな)
 今回のせいで距離を取れるかもしれない。でも、それでいい。
(期待するのは、怖いだろ)
 もう一度大きく息を吐く。

 コンコン。
 ノックが響いた。ぎこちない音だ。

「甘利」
「!?」

 扉が開けられ、俺はギョッとした。まさか追いかけて来られるとは思わなかった。
 先輩も俺を見て驚いた顔をする。

「せ、先輩?」
「……なんで座り込んでんの」
「あ、いえ……何となく……」

 歯切れ悪く答えれば、「そ」と簡素な返事が返された。
(先輩の考えてること、本気で分からない)
 さっきのことがあったのに、なんで話しかけて来るのか。気まずいと思っているのは俺だけなのだろうか。
 グルグルと考えていれば、先輩が俺を見下げる。「ん」と差し出されたのは、毛布だった。

「えっ」
「風邪ひくだろ。毛布くらい、使ってくれ」

「あ、ありがとう、ございます」と受け取れば、「別に」と顔を背けられた。耳まで真っ赤だ。
(ツンデレの先輩……可愛い)
 さっきまでの自己嫌悪はどこへやら。
 俺はあっさりと先輩に心を撃ち抜かれた。

 ぼうっと先輩を見上げていれば、「あー」だの「うー」だのと言い始める。
 どうしたのかと首を傾げれば、春先輩と目が合った。

「あ、あと、さっきの……あ、あいっ」
「……『愛されている自覚』ですか?」
「そ、それ」

 真っ赤になって頷く先輩。「よくそんな小っ恥ずかしいこと平気で言えるよな」と呟くと、強い視線で俺を射抜いた。

「できるように、しとくから」
「……へ?」
「っ、だから!  自覚!!  持てるようにしとくっつってんだよ!!」

 キーンと先輩の声が耳を突き抜ける。
「そ、そんじゃ、俺、部屋に戻るからっ!」と叫ぶ先輩が、扉を思いっきり閉める。
 消えた姿に慌てて「お、おやすみなさい!」と声をかければ、「おやすみ!!」と大声で返事をされた。

 ダンダンと階段を登っていく足音が聞こえる。二階の扉も勢いよく閉められたのを聞いて、俺はようやく動き出すことが出来た。
(……なんだ、今の)
 何が起きた?  先輩が言ってた事は本当なのか?   俺の都合のいい夢じゃないのか? 

 バクバクと心臓が音を立てる。頬を抓ってみるが、痛みは確かにあった。つまり、夢じゃない。

『自覚! 持てるようにしとくっつってんだよ!!』

「っ……」

 ぷわっと上がる熱に、俺は息ができなくなったようだった。
 心臓はずっとうるさくて、込み上げる歓喜が踊り狂いそうなほど。



「っ、期待、するんですけど」



 ――どうしてくれるんですか、春先輩。
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