【完結】初恋は檸檬の味 ―後輩と臆病な僕の、恋の記録―

夢鴉

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五章 春の芽吹き

六十話 大声援を背に

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「俺を避け続けるなんて、いー度胸してるじゃねーかァ……あいつゥ……」
「うわー。なんか春から見たことない黒いオーラ出てるー」
「すごい迫力だな」

 秋人と夏生のヤジも余所に、俺は両腕を組み、足を組む。
 椅子の足をガタガタと揺らしていれば、「行儀悪いぞ、春」と夏生に窘められた。

「あいつ、毎度毎度全速力で逃げやがって……ッ!」

 チィッ! と全力で舌を打つ。
 秋人と夏生が「そんな顔してたら誰でも逃げたくなるよねぇ」「般若みたいだな」などと話している。ちゃんと聞こえてるからな、と視線を向ければ「まあまあ」と宥められた。


 ――決意をしたあの日から数日。
 俺は徹底的に甘利から避けられていた。

 校門の前で待っていた俺を見つけた甘利は、何を思ったが来た道を戻り始め、追いかければ裏門を飛び越えて校舎の中へと入ってしまう。
(甘利って高跳びもやってたっけ!?)
 なんだよ今の身のこなし!? アレはもう豹だろ! 髪の毛が黒いから黒豹だ!

(って、そんなこと考えてる場合じゃない!)
 このままじゃ逃げられる!
 そう思って門をよじ登り、追いかけたものの、甘利は既にどこかへ行ってしまった。

「くそ……ッ!」

 苛立ちを露わに、俺は膝を叩く。

 それからは、甘利を見かける度に声をかけようとして、逃げられる日々。
 この前なんか目の前でぶつかったのにも関わらず、全力で逃げられた。さすがにムカついて「ごめんなさいくらい言えやァ!」と声を上げれば、その日の昼休み終わりに『ぶつかってすみませんでした』という紙が机の中に入っていた。

(人が必死に探してるのに、手紙だけ、だと……!?)
 もういい。絶対に捕まえてやる。

 そう決意をして、三日。
 俺は一度も甘利を捕まえられていなかった。


「くそっ! アイツ、容赦なくショートカットしやがって! 何で四階から三階のベランダに飛び移れるんだよ! 曲芸師かッ!」
「え? なにそれマジ? 見たかったんだけど」
「俺も出来るぞ」
「マジ? 今度見せてー」

 呑気な秋人と夏生が笑い合う。正直こっちは笑っている場合じゃない。
(教室行ってもいなくなってるし、陸部の人たちも協力してるのが全然掴まんねぇ……!)
 昼休みも休み時間も、探し回っているのに全然見当たらないし。

「これはもう、寮まで押しかけるしかないか?」
「ストーカー発言きた」
「ストーカーは駄目だ、春」
「ストーカーじゃねーよ」

 天然な夏生は置いておいて、人をストーカー呼ばわりするのは感心しない。
 秋人の椅子の裏を伸ばした足でガンガン蹴れば、秋人は「いたっ! 痛いんだけどッ! ちょっ、コラッ!」と声を上げる。

「何々―? 秋人たち、何話してんのー?」
「んー? 春が後輩にフられ続けてるって話っ」
「あ、もしかして例の鬼ごっこ?」

(鬼ごっこ?)
 俺は首を傾げる。
 なんだそれ、と目で問いかければ、クラスメイト達はニヤァと笑みを浮かべた。

 ……なんだろうな、すげー嫌な予感がする。

「いやぁ。俺、あんなにひょいひょい階段上がる奴、初めて見たよ」
「俺は人を避けるために壁を走ったって聞いたぞー」
「あ、私走ってるのすれ違ったよ。すっごい早くて風起きてた」
「私もー!」

「あははは。大人気じゃん、甘利くん」
「み、見られてたのか……?」
「あんだけ大立ち回りしといて、見られてないわけないじゃん?」

 秋人の言葉に、俺は項垂れる。夏生が「俺も何度も見かけてるぞ」と言われ、俺は思わず顔を覆った。
(そんなに見られてたのかよ……ッ!)
 恥ずかしい!! すげー恥ずかしい!!
 けどそれ以上に甘利ばかりが褒められているのが気に入らない!
(俺だって同じ距離走ったのに!)
 そりゃあ俺はド派手なことはしてないし、甘利に振り切られたけど!

「誰かひとりくらい俺の応援しろよ!」
「え? ヤダ」
「はああッ!?」

 秋人の意見に賛同するように、コクコクと頷くクラスメイト達。
「なんで!?」と叫べば、「そりゃそうだろ」と秋人がひょうひょうと告げる。

「今まで甘利くんが頑張ってたんだ。次はお前の番じゃない?」
「アイツの場合は引っ付いてたの! つーか俺は逃げてねーじゃん!?」
「逃げてた時もあっただろ」
「よく覚えていらっしゃることで!!」

 俺は半ば自棄になって叫んだ。
 バッと夏生を見れば、「まあ、アイツの気持ちもわかるからな。今回ばかりは頑張れ」と夏生が言う。
 俺は両手で顔を覆った。
 最悪だ。ここに俺の味方はいないらしい。泣きたい。――けど、甘利にしてきたことを思えば、こんなのは小さな罰でしかないのかもしれない。……肉体的にはかなりきついけど。

「はあ……ていうか、なんでお前ら、そんなに甘利の肩を持つわけ?」
「それは――ッ」
「さぁねー? まあまあ、終わったら教えてやるよ」
「??」

 何かを言いかけた夏生の口を秋人が手で塞ぐ。何かを隠そうとしているのが丸わかりだ。
 だが、それを教えてくれそうな顔はしていない。

「……面白がってるだけのくせに」
「あははは」
「否定しろよっ」

 バシッと秋人の肩を叩く。
 なんだかよくわからないが、どうやら俺は頑張らないといけないらしい。
(よしっ)

 俺は時計を見る。そろそろ昼休みの時間だ。
(今度こそ捕まえてやる)
 立ち上がり、深呼吸をする。クラスメイト達が「お、そろそろ行くのか?」「がんばれよー」とヤジを飛ばしてくる。
「うっせ!」と声を上げ、俺は扉の前に立った。

 どうせみんなにバレているなら、なりふり構う必要はない。
 手首足首を回し、準備運動をする。扉に手を掛け、深呼吸を一つ。

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴る。その瞬間、俺は扉を思いっきり引いた。

「絶対に捕まえるッ!!」
「「「がんばれー」」」

 俺はクラスメイト達の声援を背に、全力で駆け出した。


「君たち。自習とはいえ、一応授業中なんですがねぇ。他クラスの生徒までいますし、本当ならお説教ものなんですが」
「まあまあ、西田先生。俺たちに免じて、大目に見てよ」
「……全く。仕方ないですね」

 俺が出て行った先で、西田先生に秋人がフォローを入れていたなんて、俺は一切知らなかった。



 ――卒業式まで、あと三日。
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