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四章 散らばった真実をかき集めて
31-2 ざわざわ
しおりを挟む「こ、こんばんは」
「こんばんは。すみません、こんな夜遅くに」
「いえ。こちらこそ、暁月くんを運んでくれたみたいで。ありがとうございます」
「いやいや。俺の方こそ、飲ませすぎたみたいで」
爽やかな笑顔を携えた好青年はそう告げると、暁月くんに「ほら、家着いたぞ」と声を掛ける。
完全に酔いつぶれた暁月くんは呼びかけに顔を上げると、真っ先に僕を見つけた。
「あ~、みつきさんだぁ」
「ちょっ、暁月くん?!」
へらり。
真っ赤な頬をだらしなく下げて、僕を呼ぶ暁月くん。
ずるりと街風谷くんの肩から手を下ろした彼は、両手を広げて僕の方へと歩み寄ってくる。足元は覚束ず、まるで初めて歩く子供を見ているようだった。
長い両腕で僕を捕まえた暁月くんは「みつきさーん、つかまえーたっ」と抱き着く。
無邪気にえへへと笑う彼に、僕は不覚にもきゅんとしてしまう。
(これが父性……?)
僕が込み上げる感情の名前を探していると、不意に生温かい視線が向けられる。
はっとして顔を上げれば、街風谷くんが微笑ましそうに僕たちを見ていた。
「いやぁ、べた惚れですね!」
「っ、暁月くんからは、なんて……?」
「そうですね。とても大切な人だと聞いています」
朗らかに微笑む青年に、僕はなんだか居た堪れなくなっていく。
「そ、そっか」と呟いて、そのついでと言っては何だが、暁月くんを部屋まで運ぶのを手伝ってくれないかと問いかけた。
彼は二つ返事で了承してくれる。
二人でよいしょ、よいしょと暁月くんを寝室へと運ぶ。
僕用に置いてあった布団を足で避けて、ベッドに放り投げる。ぼふんと間抜けな音がして、暁月くんは柔らかい布の海へと沈んでいく。
「はあ……はあ……っ、暁月くん、結構重いな……っ」
「まあ、身長ありますしね」
羨ましいことに、という本音は聞こえなかったことにする。
(確かに、街風谷くんは暁月くんよりちょっと小さいけど)
でも僕よりは頭半分くらいは大きい。視線が上にいくもん。
街風谷くんは、一見でアルファだとわかる風貌をしていた。だが、その辺にいるアルファとはいい意味で違うように見える。
暁月くんや朝陽と似ている感じだ。恐怖は感じない。
ぼんやりと街風谷くんを見ていれば、視線が返される。
一瞬鋭さを感じて、僕は肩を揺らした。
(何、今の)
まるで敵を前にした猛禽類のような視線だった。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに柔和な笑顔に隠されてしまう。
「そういえば俺、家主に許可なく入っちゃったんですけど、大丈夫ですかね?」
「え、あ、ああ。うん、大丈夫じゃない? そんなので怒るような人じゃないよ、暁月くんは」
「それもそうですね」
「じゃあ大丈夫かな」と街風谷くんは呟く。
(いや、僕に言われなくても知ってるよね……?)
むしろ僕よりも付き合いが長いはずだ。余計なことを言ってしまったかもしれない。
もしくは試された? 僕が? 彼に? どうして。
若干の居心地の悪さに視線でもそらしたい気分だったが、僕は逸らさなかった。
何となく、ここで引いたらいけない気がしたからだ。
「ありがとうね、一緒に運んでくれて」
「いえ。こちらこそお手数をかけてしまって申し訳ない」
「いやいや。居候させてもらってるのは僕の方だし。えっと、『つむじたに』くんって言ったっけ。珍しいね。どんな字を書くの?」
興味ありげに問いかければ、彼は「街の風が谷に流れるって覚えると簡単ですよ」と教えてくれた。
(街の風が谷に、か)
確かに覚えやすい。
「俺も、蜜希さんと会ってみたいと思っていたから、ちょうどよかったです」
「僕に?」
はい、と街風谷くんは頷く。柔らかい笑顔は、まさしく好青年だ。
最初の視線が嘘だと思うほど。
「アルファがオメガに……なんて、変な話かもしれませんけど、凜の話を聞いて興味があって」
「暁月くんが?」
「あ、苗字で呼んでるんですね」
「意外だなぁ」と言われ、僕はそうかなと返した。
別に苗字であることに意味はないけど、最初からそうだったから慣れてしまって……っていう感じだ。
僕は街風谷くんを見つめる。彼の腹の底を探るように、静かに。
不躾なのはわかっていたけど、オメガである自分は自衛しなかった時、こっちが悪者になる。それだけは避けたかった。
「暁月くんにどんな紹介されたのかは知らないけど、そんなに面白い人間じゃないよ、僕」
「そんなことは。あそこまで凜が言うんですよ? そりゃあ気になりますって」
「僕、それ聞いてないかなぁ」
「あっ、そっか」
彼は『今気づいた』とばかりに声を上げる。
ちょっと抜けているところがあるらしい。それか、こういうところも演技なのか。
(怖いなぁ~)
ただオメガを見下してくる人間の方が、よっぽどあしらい方がわかるというものだ。
彼の疑心がその類のものではないないのは、最初の視線からわかっている。
「さては街風谷くんも酔ってるね?」
「あー、バレました?」
街風谷くんはわざとらしく言う。自分の使い方を知っている人間の応答だ。
僕も商店街の人たちに似たようなことをするし、なんだか変な仲間意識が芽生えそうだ。
暁月くんとは違う会話の広がり方に、ちょっとだけ楽しくなってくる。
なんて。暁月くんに言ったら、不機嫌にさせそうだ。『俺の幼馴染なのにー』って。
(あれ? あんまり言わないかも)
頭の中で再生された暁月くんが思ったのと違う感じがして、僕はすぐさまそれを撤回した。
「んん……みつきさーん……それ以上食べたら、とけちゃいますよぉ~……」
「えっ」
「どんな寝言言ってるのさ、暁月くん……」
僕たちのにらみ合いは、暁月くんの変な寝言によって終わりを告げた。
人がいるのに、恥ずかしいなぁ、もう。
僕はごめんね、と街風谷くんに告げ、そのまま問いかけた。
「さ、街風谷くんはどうする? もう遅いし、なんなら泊まってく?」
「ああ、いえ。オメガの方がいらっしゃるのに泊れませんよ。遠慮します」
街風谷くんの言葉に、僕は首を傾げる。
「うん? ……ああ、もしかして気遣ってくれてる? 大丈夫だよ、僕番いるし」
「へっ?」
「あれ、暁月くんから聞いてなかった?」
さっきまでの紳士然とした応答はどこへやら。目をぱちくりとさせる彼は、どうやら僕の番のことは効いていなかったらしい。
(てっきり暁月くんから聞いているものだとばかり)
ああでも、そっか。暁月くんなら言わないか。
「驚かせちゃったならごめんね」と告げれば、彼は「い、いえ」と首を振る。
「確かに驚きはしましたけど……それ、凜は知ってるんですか?」
「うん。知ってるよ」
うなじに触れながら、僕は頷く。
街風谷くんの声は徐々に勢いを無くし、「ああ、そう……そうなんですか……知ってて……」と呟いた。
ぎこちない雰囲気に、なんとなく暁月くんが僕のことをどんな感じで紹介したのかを察する。
プライバシーを考えてくれるのは有難いけど、暁月くんの僕に対する認識は、ちょっと大げさだと思う。
「暁月くんは僕を好きだって言うけど、それも今だけだよ。大丈夫」
「……蜜希さんは、思っていたよりひどい人なんですね」
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