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四章 散らばった真実をかき集めて
31-1 さみしいうさぎ
しおりを挟む『す、好きです……! 付き合ってください……っ!』
『お、俺も……! 君のことが一番好きだ……!』
桜の木の下。
周囲に祝福されながら結ばれる、アルファとオメガのカップル。
キスをして笑い合う二人はどこまでも幸せそうで、今にもエンドロールが流れてきそうだった。まさかこれが前編だなんて、普通なら想像できないだろう。
(桜、綺麗だなぁ)
大きなスクリーンの中に見える桜を肴に、僕は宅配したピザに齧りつく。
スクリーンはいつだったか、暁月くんが僕のためにと言って買ってきてくれたものだ。どうせ買ったなら使わないと勿体ない。
正直、この大きさで、家で、映画鑑賞ができるのは、すごく楽しい。
お供をコーラじゃなくてビールにすればよかったと思うほどには、最高のアドバンテージだと思う。お陰でせっかくの一人の時間も、外じゃなくて家で過ごしている。
「いいねぇ。青春だねぇ」
スクリーンの向こうでは、二人の微笑ましい生活が流れている。
しかし、それも暗転。主人公が連れ去られたあたりで、話はぶっ飛んだ方向へと舵を切った。
ついさっき、異世界から帰って来たばかりだというのに。大変だな。
「ん~、うんまっ」
ピザの先端に噛み付き、あまりの旨さに声を上げる。
とろとろのチーズとトマトの酸味が最高にマッチしていて、とても美味しい。奮発をしてチーズを倍にしてみて良かった。
今度はパン生地の耳の中にもチーズを入れてみよう。絶対に美味しい。
ふと、僕は時計を見上げた。
お洒落な電子時計は、もうすぐゼロを四つ並べるだろう。
二十三時四十四分という微妙な時間は、得体のしれない不安を運んできた。
「遅いなぁ……」
十時には帰ってくるって言ってたのに。
(……そんなに仲がいいんだ、幼馴染と)
話が盛り上がって、僕への連絡を忘れちゃうくらいには。知らなかったな。
暁月くんはいつだって、この場所に帰ってくるのを嫌がっていたように思う。……僕がそう感じただけで、本当はそこまででもなかったのかもしれない。
だからこそ、彼がここにいないことに不信感というか、しっくりこない感じがする。足りないピースを暁月くんが持って出て行っちゃったみたいだ。
カチ、カチ、と針が進むごとに、僕の腹の中には黒い靄が溜まっていく。
……なんだろう。
もやの正体が僕にはわからなくて、疑問が脳裏を過る。
何かがお腹の底で引っかかっている気がするのに、何が引っかかっているのかわからない感じだ。歯に物が詰まった時にも似ている。
「もー、暁月くんの分も食べちゃおうかなぁ」
手元に置いたうさぎを抱きしめる。
黒い生地で作られた柔らかいうさぎは、いつかの夏祭りに暁月くんが僕にくれたものだった。
手触りが好きで、暇があればつい触ってしまうのだ。
今回はお留守番させるのが可哀想で、こっそり連れて来てしまった。暁月くんにバレたら恥ずかしいから、暁月くんには内緒だ。
頭をぐりぐりと撫で、長い耳の間に顎を置く。
もふっとした毛が鼻先を掠めて、少しくすぐったい。
……何となく、暁月くんはすぐに帰って来ると思っていた。
「疲れました」と言って、いつもみたいに甘えてくるんだって。
その時のためにご飯も心も準備してきたというのに。
当の本人は何時まで経っても帰って来やしない。スマートフォンも鳴らない。盛大な肩透かしを食らった気分だ。
「はあ……もう寝ようかな」
暁月くんは帰って来ないし、映画もつまらなくなってきたし。
どうしようかなぁ、とぐだぐだ考えていれば、チャイムが鳴り響いた。
軽快な音は、この深夜にはあまりふさわしくない音で。
「え、誰」
僕は顔を上げ、玄関を見る。再び時計を見れば、既にてっぺんを超えていた。
(こんな時間に、来客?)
日付を跨いだ時間に会いに来る友人がいるなんて、聞いたこともないけど。
もしかして配達の人が何か忘れてった? と思ったが、注文したものは全部そろっているし、レシートもちゃんともらっている。お金だって過不足なしだ。
何か忘れてった様子もないし……やっぱり来客なんておかしいだろ。
僕が動けないでいれば、もう一度チャイムが鳴る。
どうやら部屋を間違えたわけでもないようだ。
ソファにうさぎを置いて、腰を上げる。
ゆっくり、恐る恐る、僕は玄関へと向かった。
もしかしたら暁月くんがカギを無くして入れないのかも。
でもそれなら電話の一つでもしてきそうだけど。
酔ってるから思いつかないのかな。
……なんて、あらゆる想像をしながら玄関へと向かう。恐怖をちょっと誤魔化しているのもある。
玄関へと続く扉を開け、インターホンのスイッチを入れる。
モニターに映った光景に、僕はえっと声を上げた。
(暁月くんと……誰?)
爽やかな笑顔をした青年が、ぐったりした暁月くんを担いでいる。
何かあったのか。
もしかして具合が悪いとか?
「は、はーい……」
『あ、すみません。蜜希さん、ですか?』
「え、あ、ハイ……あの、どちらさまですか?」
『ああ、えっと。俺、一緒に飲んでた街風谷匠海っていいます。凜と飲む約束してたの聞いてると思うんですけど、こいつ見た通り潰れちゃって。良ければ運ぶので、部屋の鍵開けてくれませんか?』
青年は苦笑いをしながらそう言った。
僕はしばらくの間、言われたことを理解できなかった。
あの暁月くんが、泥酔? 僕と飲んだ時は全然だった彼が?
(どんだけ飲んだのさ、暁月くん)
ていうか、その人は頼れるのに、僕のことは頼りないって思ってたってこと? え、なにそれ。不服なんだけど。
何とも言えない気持ちが募っていく中、『あのー』と呼び掛けられる。
はっとして、僕は慌てて状況を整理した。
「すみませんっ、今開けますね」
『ああ、ありがとうございます。助かります』
会話を切り、インターホンのパネルを見る。
(ええっと、ロック解除のボタンは……)
パネルの下の方にある『ロック解除』のボタンを押せば、画面越しに自動ドアが開くのが見える。カメラ越しに会釈をされ、青年は自動ドアを潜り抜けた。
しばらくして、コンコンとノック音がする。
僕は鍵のつまみを捻り、扉を開けた。
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