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四章 散らばった真実をかき集めて
30-2 惚気と違和感
しおりを挟むカランとグラスの中の氷が音を立てる。
この店に来てから、もう随分と時間が過ぎたような気がする。
ウイスキーを炭酸で割り、レモン入れたそれは、何杯目だっただろうか。同じものを飲んでいた匠海は、いつの間にか透明のグラスに変わっている。
何とは無しに「何飲んでるんだ?」と問えば「焼酎だよ」と返された。
「焼酎! 大人みたいだな」
「酒飲んでる時点でもう十分大人だろ」
「そうか?」
俺の『大人』の基準が蜜希さんだからか、俺はそうは思えない。
むしろ自分が彼と同じフィールドにいるのだと思うと、ちょっと変な気分だ。
(そりゃあ、注文画面で子供みたいに嬉しそうにしてたけどさ)
昨日無邪気に画面を見ていた蜜希さんに、多大に癒されたことを思い出す。
匠海が「顔やばいことになってるぞ」と言われ、きゅっと顔を引き締めた。
「でも、やっぱり学生と社会人じゃ全然違うぞ」
「さっきの顔を見た後じゃ頷きづらいんだけど」
「忘れてくれ」
こほんとわざとらしく咳をして、話を切り替える。
「俺は蜜希さんに頼りにされたいんだよ」
「普通はそうだよな」
「でも、蜜希さんはどんな問題でも、いつだって自分ひとりでどうとも出来る……俺なんかいなくても、どうにかしちゃうんだよ」
ゴンッとテーブルに額を打ち付ける。
ああもう、こんな弱気なことを言う気はなかったんだけどな。酒の力って怖い。
匠海が「そんなことないだろ」と言ってくれるが、あの人に限っては、そんなことが『ある』のだ。
事実、蜜希さんは番の存在を失っても一人強く立っている。
仕事もしてるし、生活もちゃんとしてる。完璧だ。すごい。俺には出来ない。
「俺は……蜜希さんがいなくなったら、たぶん立ち直れない」
「ん? え、何の話だ?」
「いや、別に……」
俺はもごもごと言葉を濁した。
やばい。今、言っちゃいけないことまで言いそうになってしまった。
叱るように自身の口元を抑え、大きく息を吸い込む。
「でも、お前だってどうにかできるんじゃないのか? 次男の立場だとはいえ、暁月の英才教育を受けてたんだから」
「もしどうにか出来たとしても、自分が気づく前に周りがやってたら意味がないだろ」
匠海は何かを察したようだった。
もしかしたら、彼にも心当たりがあるのかもしれない。
(アルファが完璧超人とか、誰が言い出したんだか)
アルファでも、出来ることとできないことがある。その出来る範囲が、自分たちは普通よりちょっとだけ広いだけだ。
とにもかくにも、俺と蜜希さんの間には、埋められない溝があることは確実だ。
そしてその溝を超えることは、一生できないかもしれない。
ふと、夏祭りの日に告白した時のことを思い出す。
あの時の蜜希さんの顔を、俺は未だに鮮明に覚えている。その後、転んだ時の惨めさも。
「まあでも、お前ならその人を支えることくらいは出来るんじゃないか?」
「そう……かな」
「そうだろ。お前は暁月家の人間なんだから」
暁月の家かどうかは関係ないと思うが……そうか。そうだよな。
「支えられなかったとしても、出来るなら蜜希さんの心が休まる場所にはなりたいな」
目を伏せて、俺は告げる。心の底から出た、本心だった。
匠海は目をぱちくりとさせて、俺を見る。
「……なんか意外だな」
「は? なんでだよ」
「お前、結構我が強いていうか、自分しか見えてない感じだっただろ。だから、そこまで相手のことを考えてるってことに、少しびっくりしてる」
「なんだそれ」
俺は笑う。
否定は出来なかった。彼の言う事は尤もだった。
ちょっと前の俺は、自分のことしか目に入っていなかった。
自分の在り方、役割、振舞い……全部が気に入らなくて、無意味に苛立って。
「そう考えると、俺も大人になったってことなのかもな」
「なんかむかつくな、その言い方」
「なんでだよ」
俺はカラカラと笑う。
カランとグラスを揺らせば、匠海が、注文をしようとスマートフォンを開いた。「何飲みたい?」と聞かれ、俺は少し考えて同じものを頼んだ。
匠海は注文を終え、スマートフォンを机に置く。
二世代ほど前の機種だった。俺は自分のスマホを思い出す。
帰って来てから半強制的に持たされた最新機種は、未だに使い慣れない。
グラスが二つ、運ばれてくる。
俺はそれを受け取り、匠海の分を渡した。
「そういうお前は変わらないよな」
「ん? そうか?」
「そうだよ」
「俺を揶揄うのなんてお前くらいだし」と言えば「ああ、アルファだとそういうのもないよな」と察した返事をしてくる。
そういう、俺の言葉の意図を読み取って共感してくれるところも、変わらない。
だからだろうか。
俺はずっと心の奥に引っかかっていたことが、顔を出すのを感じる。
今なら、聞いてもいいだろうか。
「……なあ。お前、なんで中学んとき黙って転校したんだよ」
匠海の動きが止まったのがわかる。
俺は顔を上げ、匠海を見た。彼は少し強張った顔で俺を見ている。
匠海は静かに視線を下げると、グラスを机に置いた。
「家の方でいろいろあってな。あの学校に通うのは難しくなって……それでまあ、転校するしかなかったんだよ」
「そうだったのか」
「まあ、俺の話なんかいいだろ。それより、お前の話を聞かせてくれよ」
匠海はそう舵を戻すと、俺に蜜希さんとの出会いを尋ねて来た。
酒に酔っていた俺は少し不思議に思ったものの、まんまと乗せられ、記憶を辿って話をする。
――気が付けば、俺は相当飲んでいたようで。
「おいおい。大丈夫か、凜」
「ん……ちょっと、飲み過ぎた、かもしれない」
目が回る。体が重いのに、体の中が火照ったままなのがおかしかった。
思えば、酒を飲むのなんて、蜜希さんと飲んだきりだった。
耐性が出来ていない体は、アルコールをどんどん吸収してしまう。最近忙しくて疲れていたのもあるのだろう。
今日は休みだったけれど、朝から大学で講義の連続だったし。
(やばいな。コレ)
自分でももうだめだとわかり、俺は水を要求した。
匠海は水を注文してくれた。
「おいおい、本当に大丈夫か? 時間も時間だし、タクシーでも呼ぶか?」
「ん、大丈夫、ちゃんと、かえるから」
「呂律回ってないくせに何言ってんだよ」
「ったく、仕方ないなぁ」と匠海が呟くと、同時に水が運ばれてくる。
匠海がグラスを受け取り、俺に渡してくれる。俺はそれを受け取り、口をつけた。
(あれ)
これ、酒じゃ――――。
ぐにゃりと視界が歪む。
座布団の端を掴んでいた手が、ガクリと折れた。
胃の中から競り上がる、強いアルコールのにおいが鼻を内側から突き上げる。
聞こえたのは、匠海の「家まで送ってやるよ、凛」という声で。
俺はパタリと意識を失った。
……今思えば、違和感はこの時から募っていたんだろう。
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