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四章 散らばった真実をかき集めて
30-1 旧友からの誘い
しおりを挟む地下鉄の繋がりにくい電波を使って蜜希さんとのやり取りをしていれば、不意に別の人間からの通知が表示された。
――匠海だ。
幼少の頃からの知り合いで、所謂幼馴染である彼とは、先日再開したばかりだ。
何用だとメッセージを開けば『明日、一緒に飯でもどう?』と送られてきていた。
(そういえば、近々一緒に飯でもって言ってたな)
カレンダーを開けば、偶然にも明日の予定は空だった。
どうせなら蜜希さんと過ごしたいと思わなくもなかったが、せっかくの誘いだ。断るのもなんだか気が引ける。
それに、匠海なら祖父のことを知っているから、愚痴を言っても通じるだろう。
(……蜜希さんには悪いけど)
俺は了承の連絡を入れた。
すぐに返事は帰って来て、『マジ?』と二文字が表示されている。
『んじゃ、近くの居酒屋に予約取っとくな。後で地図共有するから』
『わかった』
あっさりと決まった飲み会。
久しぶりに匠海とゆっくり話を出来るのだと思うと、少しだけ気持ちが高揚する。
(蜜希さんには事前に言っておかないとな)
今、蜜希さんは家の家事のほとんどを担ってくれている。
やらなくてもいいとは伝えてはあるが、「宿代だから」と言って律儀に続けてくれている。
特に毎日の朝と夜の蜜希さんの手料理は、文句なしに美味しい。朝の元気をくれるし、日々の疲れを癒してもくれる。
明日はそれが食べられないのかと思うと、非常に残念ではあるが、蜜希さんにとってもいい休暇になるだろうと思うことで、心を保つ。
毎日違う食事を用意してくれるのは嬉しいが、負担もあるだろうから。
(デリバリーも出来るように、いくつかサイトの使い方教えておこうかな)
夜、蜜希さんに明日の話をすれば「いいよ、行ってきなよ」と言われた。
あまりにもあっさりしていることに悲しめばいいのか、喜べばいいのか……。
俺は何とも言えない気持ちで、デリバリーのサイトの使い方を蜜希さんにレクチャーすることになった。
目を輝かせながら注文ページを見る蜜希さんを見られたので、よしとしよう。
翌日。
匠海が送って来たのは、居酒屋と言っても個室のある店だった。
「こんなに良いところじゃなくてもよかったのに」
「いいだろ。久々なんだしさ。積もる話もあるだろうなーっていう、俺の気遣いってやつだよ」
バシバシと背中を叩かれる。
ちょっと痛かったが、爽やかに笑いながら言われてしまえば、許す他ない。
それに、個人的に話したいと思っていた内容を考えれば、むしろ個室はありがたい。
店の暖簾を潜れば、すぐに店員が出迎えてくれた。
匠海が予約していることを伝えると、「こちらへどうぞ」と案内してくれる。
連れてこられた個室は座敷で、俺たちは靴を脱いで上がる。
座布団に腰を下ろして、それぞれメニューのQRコードを開いた。
「決まったか?」
「ああ」
それぞれ好きなものを注文し、俺たちは向かい合う。
「それにしても久々だな。元気にしてたか?」
「まぁ……ボチボチ、かな」
「ははっ。まあ、お前あの家嫌いだったしな」
「匠海もそうだろ?」
匠海は「まぁ、そうだけどさ」と濁すように呟く。
ファーストドリンクが到着し、同時にお通しがやってくる。
乾杯をして、俺たちは次々に運ばれてくる料理に箸を伸ばした。
「そういやお前、雰囲気変わったよな」
切り出したのは匠海だった。
「そうか?」
「最初会った時全然わかんなかったぞ。なんて言うか……丸くなった? 大人しくなったっていうか」
「人をじゃじゃ馬みたいに言うなよ」
「いや、本当だって」
匠海曰く、俺は以前より丸くなった、柔らかくなったらしい。
(そうか?)
自分ではよくわからない。
そんなことないと思うけど、と言えば、「気付いてないだけだよ」と言われた。解せぬ。
「誰かいい人でも出来たのか?」
「それは……」
蜜希さんの顔が一瞬で思い浮かぶ。
ハッとした時にはもう遅く、匠海がにやりと笑みを浮かべた。
「へぇ」
「おいっ」
「いやあ、あの生意気で手の付けられなかったクソガキが恋愛かぁ。なんか感慨深いなぁ」
しみじみ言う彼に、俺は頬を引き攣らせる。
「クソガキって……」
「だってそうだろ。習い事を何回ストライキしたんだよ。百回は超えるんじゃないか?」
そんなことはない。……と、思う。
あの時は確かに反抗期真っただ中で、サボった数は知れないけど。
でも三十回を超えたあたりから、覚がい四六時中張り付くようになったので、逃げようにも幼い頃の自分じゃ逃げられなかった。
あの時の屈辱は、今でも覚えている。
だからこそ、今でも彼に苦手意識を抱いているのかもしれない。
そう告げれば「一時期お前、背後霊くっつていたもんな」と言われた。うるさいな。
「今はちゃんと大学にも通ってるし、兄さんのホテルでバイトもしてるよ」
「ふーん、えらいえらい」
「思ってないだろ」
睨みつければ、匠海は「そんなことないさ」と首を振る。
「本当に、えらいと思ってるよ」
「そ、そうか?」
「うん」
匠海はからりとグラスを混ぜながら、頷く。
どこか神妙な面持ちに、俺は追撃しようとは思えなかった。
「それならまあ、いいけど……」
「で。その人とは上手くいってるのか?」
好奇心を隠さない顔で、匠海が訪ねてくる。
俺は一瞬躊躇ったが匠海ならいいかと、蜜希さんのことを話した。
番のことはデリケートな問題だし、それを隠した上で言える範囲で言う。
「へぇ、そんな人がいるのか」
「ああ。すごく自立した人でさ、なんていうか、色気もすごくて」
「なるほどな。そういう大人って感じの人いいよなぁ」
「だろ? 安心感があるっていうか……あ、でも意外と可愛い所もあるんだぞ」
アルコールも相俟ってか、俺の口は得意げに蜜希さんの可愛らしさを語って聞かせた。
今まで言える人がいなかったから、解き放たれた喜びもあるかもしれない。
「料理はすごくうまいんだけどな、いつも味見の時に舌を火傷するんだ。『あちっ』て言ったあと、舌をちょっと出したままにしてるのとか、可愛すぎてやばい」
「お、おおう……まあ、気持ちはわからなくないが」
「昨日も寒いからって鍋を作ってくれたんだけど、『面倒だから』ってエプロン姿のまま座ってて。その後取るの忘れて寝る間際になって気付いててさあ」
そういうところも可愛いんだけど。
「べた惚れだな」
「そうもなるだろ。この前だって、間違えて俺の布団に潜り込んできてさ。朝一に見えた蜜希さんの顔に心臓が止まるかと思った」
「言葉だけ聞いたらとんでもないこと言ってるぞ」
ああ、やっぱり。
でも仕方ないだろ。本当のことなんだから。
そう告げれば、匠海は「お前なぁ……」と肩を落とす。
「ていうかお前、もしかしてその人と今一緒に住んでるのか?」
「ん……まあな。期間限定だけど」
ふわふわとした意識の中、僅かに現実に引き戻される。
頬を軽く掻けば、俺の表情から察した匠海が「そうか」と少し残念そうな声で言う。
「なんでお前がそんな顔をするんだよ」
「いや、なんか悪いなと思って」
「思わなくていいよ、そんなの」
俺はけろりと笑って、グラスを煽る。
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