逃げた先に、運命

夢鴉

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五章 アルファの家系

38-3 微熱

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「っ……だめです、っ」

 俺は喉の奥から絞り出すように告げた。

「なん、でぇっ」

 何でも何も。
 泣きそうな顔をする蜜希さんに、眉を寄せる。
 自覚してはいけない加虐心が顔を出しかけたので、咄嗟に抑え込んだ。落ち着け。今はまだ、出て来る時じゃない。

 絆されてしまいたくなるのを引き留めて、俺は彼の頬を両手で包み込んだ。
 額を合わせ、視線を合わせる。
 濡れた満月が俺を反射させていた。彼の世界には今、俺だけが住んでいる。

 それが死ぬほど心地いい。

「蜜希さんは番持ちでしょう。番になったオメガは、他のアルファのフェロモンを拒絶します。その意味、本当にわかってますか」

 何かあってからじゃ遅いんだと、俺は言外に告げる。
 蜜希さんは「うぅ」と唸った。

 納得したくないと顔が語っているが、関係なく俺は言葉を重ねる。

「俺は、蜜希さんのことを傷つけたくないんです。お願いですから、聞き分けてください」
「うぅ……それでもいいよって、言ってるのに?」
「それでもです」

 触りたいし、あわよくばそのまま流されて好きになって欲しい。

 でもそんなことをしたら、蜜希さんは絶対に後悔する。
 それがわかっていて手を出すほど、俺はおろか者じゃない。そう伝えれば、むぅっと口を尖らせた。

「蜜希さんは、自分をもっと大事にしてください。簡単にあげようとしちゃ駄目です」
「……いくじなし」
「はい」
「アルファなのに」
「そうですね」

 何と言われようとも構わない。
 俺は毅然として頷く。蜜希さんの頭を撫でれば、俯いた。

「でも……そういうところが、暁月くんらしいや」
「でしょう?」
「自慢げにいわないで。ほめてないから」

 それは残念です、と俺は笑う。
 蜜希さんはゴロンと俺の膝の上に転がり、ぐりぐりと額を擦り付けた。あーもう。色々やばいのに、こんな時に可愛いことしないでくださいよ。

「こんなに据え膳なのに、指一本触れないなんて」
「もったいないですよね。わかってます。でも……仕方ないじゃないですか。俺は蜜希さんに本当の意味で好かれたくて必死なんです」
「ふーん? 反応してるくせに?」
「っ」

 蜜希さんが俺の中心部を見る。盛り上がったソコに、俺は顔を覆った。
 なんだお前。格好つかないだろ。収まってろよ、頼むから。

「それは……出来れば見ないでください」
「やーだ」
「……蜜希さん、なんかキャラ変わってません?」
「襲ってくれないんだから、キャラくらい変えさせてよ」

 むぅっと口を尖らせ、不満を訴えて来る蜜希さん。
 一体どういう理屈なのか。わからなかったが、追及は出来なかった。ただ、『可愛いは世界を救えるのだ』と、誰かの言葉が頭を過る。

 蜜希さんは大きく深呼吸をした。
「あーもう、きっつ……」と呟く彼は、さっきよりはだいぶ理性を取り戻している。
 熱は籠っているものの冷静な声に、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 代わりに、体のだるさを訴えかけてくるように、全力で俺の足に身を任せてくる。
 重さで数十分後には足が痺れているだろう。
  
 眉を寄せ、ぐったりとしている蜜希さんの髪を撫でる。
「なあに」と小さな棘がある声で言われ、俺は吹き出しそうになった。

「なんていうか。蜜希さんって、発情期のときの方がよく喋るんですね。あれ。でも前はそんなことなかったような……」
「ばか。話してないとやってらんないの」
「ばか……」

 舌ったらずな声で罵倒され、俺は瞬きをする。
 罵られているのに、悪い気がしない自分はかなりやばいんじゃないだろうか。

「さっきはかっこ悪いところ見せちゃったし、今も、結構やばいから」

 恐らく、さっき足に自身を擦りつけて来た時のことを言っているんだろう。
 俺の体で自慰をし始めていた、あの時の。

(さすがの蜜希さんでも恥ずかしいって思うのか)
 なんか、うん。やばいな。可愛い。
 思ったより、その事実が心にくる。蜜希さんなら気にしないかもしれないと思っていた部分もあってか、余計に愛らしく思えて来る。

「そう、ですか」
「暁月くんは? 余裕そうだけど?」

 蜜希さんが挑戦的な顔で笑う。余裕なんて、あるわけがない。
 こうやって話していないと、理性すら保てないのに。

 頭を撫でながらそう告げれば、蜜希さんは笑い出した。
 黒い髪がふわふわ揺れる。

「本当に、アルファっぽくないよねぇ、暁月くんは」
「えっ」
「あ、いい意味でだよ?」
「いい意味で……」
「そう」

 よくわからない。
 わからないけど、何となく揶揄われているようには思わなかった。



 ――それからは、蜜希さんと他愛もない話をした。
 お互い、フェロモンに充てられ、本能がグラグラと揺れているのに。
 まるでそれに気付いていないかのように、ただただ話をした。

(そういえば、前もこんなことあったっけ)
 なんだったか。思い出せないけど、蜜希さんは今も昔もずっと付き合ってくれていた。
 時折理性が流されそうになるが、その度に首根っこを捕まえて、互いに理性を引き摺り戻す。

「暁月くん、ぎゅってして」
「えっ」
「なにもしないから」

 途中、蜜希さんがねだってきた。瞳は相変わらず濡れているけれど、その中の芯は変わらず。
 俺は迷った末、蜜希さんを抱き締めた。

 蜜希さんの身体は震えていた。冷たい。
 汗が冷えて寒くなって来たのだろう。布団をかき集め、蜜希さんの身体にかけた。

「暁月くんは、やさしすぎるなぁ」

 蜜希さんはふと、言う。
 しみじみと。
 まるで、その事を確かめるかのように。

「そんなことないです。下心だらけですし」
「そうなの?」
「はい」
「襲ってくれないのに?」
「好かれたいっていう下心ありきですから」

 俺の言葉に、蜜希さんは「なにそれ」と笑う。
 その表情にときめいてしまう自分は、やっぱり蜜希さんが好きなのだと思う。

 背中を撫でれば「んぅっ」と甘い声がして、身を捩る。
「やばいから触らないで」と睨まれた。
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