91 / 95
五章 アルファの家系
38-3 微熱
しおりを挟む「っ……だめです、っ」
俺は喉の奥から絞り出すように告げた。
「なん、でぇっ」
何でも何も。
泣きそうな顔をする蜜希さんに、眉を寄せる。
自覚してはいけない加虐心が顔を出しかけたので、咄嗟に抑え込んだ。落ち着け。今はまだ、出て来る時じゃない。
絆されてしまいたくなるのを引き留めて、俺は彼の頬を両手で包み込んだ。
額を合わせ、視線を合わせる。
濡れた満月が俺を反射させていた。彼の世界には今、俺だけが住んでいる。
それが死ぬほど心地いい。
「蜜希さんは番持ちでしょう。番になったオメガは、他のアルファのフェロモンを拒絶します。その意味、本当にわかってますか」
何かあってからじゃ遅いんだと、俺は言外に告げる。
蜜希さんは「うぅ」と唸った。
納得したくないと顔が語っているが、関係なく俺は言葉を重ねる。
「俺は、蜜希さんのことを傷つけたくないんです。お願いですから、聞き分けてください」
「うぅ……それでもいいよって、言ってるのに?」
「それでもです」
触りたいし、あわよくばそのまま流されて好きになって欲しい。
でもそんなことをしたら、蜜希さんは絶対に後悔する。
それがわかっていて手を出すほど、俺はおろか者じゃない。そう伝えれば、むぅっと口を尖らせた。
「蜜希さんは、自分をもっと大事にしてください。簡単にあげようとしちゃ駄目です」
「……いくじなし」
「はい」
「アルファなのに」
「そうですね」
何と言われようとも構わない。
俺は毅然として頷く。蜜希さんの頭を撫でれば、俯いた。
「でも……そういうところが、暁月くんらしいや」
「でしょう?」
「自慢げにいわないで。ほめてないから」
それは残念です、と俺は笑う。
蜜希さんはゴロンと俺の膝の上に転がり、ぐりぐりと額を擦り付けた。あーもう。色々やばいのに、こんな時に可愛いことしないでくださいよ。
「こんなに据え膳なのに、指一本触れないなんて」
「もったいないですよね。わかってます。でも……仕方ないじゃないですか。俺は蜜希さんに本当の意味で好かれたくて必死なんです」
「ふーん? 反応してるくせに?」
「っ」
蜜希さんが俺の中心部を見る。盛り上がったソコに、俺は顔を覆った。
なんだお前。格好つかないだろ。収まってろよ、頼むから。
「それは……出来れば見ないでください」
「やーだ」
「……蜜希さん、なんかキャラ変わってません?」
「襲ってくれないんだから、キャラくらい変えさせてよ」
むぅっと口を尖らせ、不満を訴えて来る蜜希さん。
一体どういう理屈なのか。わからなかったが、追及は出来なかった。ただ、『可愛いは世界を救えるのだ』と、誰かの言葉が頭を過る。
蜜希さんは大きく深呼吸をした。
「あーもう、きっつ……」と呟く彼は、さっきよりはだいぶ理性を取り戻している。
熱は籠っているものの冷静な声に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
代わりに、体のだるさを訴えかけてくるように、全力で俺の足に身を任せてくる。
重さで数十分後には足が痺れているだろう。
眉を寄せ、ぐったりとしている蜜希さんの髪を撫でる。
「なあに」と小さな棘がある声で言われ、俺は吹き出しそうになった。
「なんていうか。蜜希さんって、発情期のときの方がよく喋るんですね。あれ。でも前はそんなことなかったような……」
「ばか。話してないとやってらんないの」
「ばか……」
舌ったらずな声で罵倒され、俺は瞬きをする。
罵られているのに、悪い気がしない自分はかなりやばいんじゃないだろうか。
「さっきはかっこ悪いところ見せちゃったし、今も、結構やばいから」
恐らく、さっき足に自身を擦りつけて来た時のことを言っているんだろう。
俺の体で自慰をし始めていた、あの時の。
(さすがの蜜希さんでも恥ずかしいって思うのか)
なんか、うん。やばいな。可愛い。
思ったより、その事実が心にくる。蜜希さんなら気にしないかもしれないと思っていた部分もあってか、余計に愛らしく思えて来る。
「そう、ですか」
「暁月くんは? 余裕そうだけど?」
蜜希さんが挑戦的な顔で笑う。余裕なんて、あるわけがない。
こうやって話していないと、理性すら保てないのに。
頭を撫でながらそう告げれば、蜜希さんは笑い出した。
黒い髪がふわふわ揺れる。
「本当に、アルファっぽくないよねぇ、暁月くんは」
「えっ」
「あ、いい意味でだよ?」
「いい意味で……」
「そう」
よくわからない。
わからないけど、何となく揶揄われているようには思わなかった。
――それからは、蜜希さんと他愛もない話をした。
お互い、フェロモンに充てられ、本能がグラグラと揺れているのに。
まるでそれに気付いていないかのように、ただただ話をした。
(そういえば、前もこんなことあったっけ)
なんだったか。思い出せないけど、蜜希さんは今も昔もずっと付き合ってくれていた。
時折理性が流されそうになるが、その度に首根っこを捕まえて、互いに理性を引き摺り戻す。
「暁月くん、ぎゅってして」
「えっ」
「なにもしないから」
途中、蜜希さんがねだってきた。瞳は相変わらず濡れているけれど、その中の芯は変わらず。
俺は迷った末、蜜希さんを抱き締めた。
蜜希さんの身体は震えていた。冷たい。
汗が冷えて寒くなって来たのだろう。布団をかき集め、蜜希さんの身体にかけた。
「暁月くんは、やさしすぎるなぁ」
蜜希さんはふと、言う。
しみじみと。
まるで、その事を確かめるかのように。
「そんなことないです。下心だらけですし」
「そうなの?」
「はい」
「襲ってくれないのに?」
「好かれたいっていう下心ありきですから」
俺の言葉に、蜜希さんは「なにそれ」と笑う。
その表情にときめいてしまう自分は、やっぱり蜜希さんが好きなのだと思う。
背中を撫でれば「んぅっ」と甘い声がして、身を捩る。
「やばいから触らないで」と睨まれた。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる