4 / 4
それぞれの指輪
しおりを挟む食卓には、今日買ったばかりの食材で作られた料理が並んでいた。
スープからは湯気が立ち、焼きたてのパンと香草の香りが部屋に広がる。
男たちは、どこか落ち着かない様子で椅子に座っていた。
「うわあ……家でまともな食事するの、初めてです」
マーカスが感嘆の声を漏らす。爽やかな彼は弓兵だそうだ。
「いつもは、何を?」
尋ねると黒い長髪の男、エルヴァンがぽつりと答えた。
「外食が面倒な時は、干し肉を酒で流し込んで寝る」
私は絶句した。
「陸に居る時は、まだマシだよね。船上じゃ、いっつもそうだから」
ニコラが笑いながら言う。
「豆や野菜を積まないのですか?」
「魚を獲って食べることが多いので」
薬師ロイクが静かに答えた。ニコラがすかさず言う。
「海賊から奪った食料に、マシなものがあれば食べるよん」
「マシなもの?」
私が眉をひそめると、ジャンが苦笑いを浮かべた。
「保存状態が悪く、腐っていたりカビが生えておるのですじゃ。
では、冷める前に──いただきましょう」
皆が手を合わせ、食卓に賑やかさが戻る。
スプーンが皿に触れる音、パンをちぎる音、スープをすする音、笑い声──
客室だった部屋は、今日買ってもらった家具で整えられていた。
白木のドレッサー、花柄のカーテン、ふかふかのベッド。
窓辺には小さなランプが灯り、淡い光が部屋を優しく包んでいる。
私はネグリジェの裾を整えながら、ベッドに腰を下ろした。
「ああ……楽しかった……」
思わず、ぽつりと呟いてしまう。
食卓では、笑い声が絶えなかった。
皆が私を受け入れてくれて、温かく迎えてくれた。
「──じゃ、なかった!」
私は両頬をぺちんと叩いた。
この家には、ヴァルターを暗殺するために来たのだ。
けれど……。
「皆、とても……いい人たちみたいだった。ヴァルターも……」
こんなに良くしてもらえるなんて、思っていなかった。
そもそも、こんなに簡単に結婚に漕ぎ着けられるとも。
嫁入り道具は要らないと言われた。
この部屋の家具も、すべて今日の買い物で揃えたものだ。
──これから本当に、王位を奪うために弟を殺害するのだろうか。
ヴァルターは私が死に戻る前、第2王子フィリップと、その側近ロナンを討った。自ら王になるために。
けれど、今の彼は──むしろ、欲がないように見える。
家にあるものは高価だが、頓着してるように見えない。
それは、父王を欺くための演技なのだろうか?
自分には野心がないと。それとも……?
──コン、コン。
ノックの音に、私ははっとして立ち上がった。
「はい」
「俺だ」
低く、くぐもった声。
私は胸の奥がざわつくのを感じながら、扉に向かう。
「どうぞ」
扉が開き、ヴァルターが姿を現す。
黒いシャツの襟元を緩め、疲れたような顔をしていた。
「1日、疲れ……服を着なさい」
「え、でも……初夜では?」
私は思わず問い返した。
昼間ホテルで娼婦のふりをした時、彼は私の体に触れた。
けれど、最後まではしなかった。
──彼が、嫌がったからだ。
「結婚式を挙げてからだ」
「……わかりました」
私は頷き、クローゼットから服を取り出した。
ネグリジェの上に、静かに袖を通す。
どこかで、ほっとしている自分がいた。
──暗殺するなら、閨のあと彼が眠った時が確実。
けれど、それでは逃げられない。
事故に見せかけるのがいいだろう。
急ぐ必要はない。彼がロナンを殺すのは、10年後。
必ず、チャンスは来る。
「……素直だな」
「え?」
振り返ると、ヴァルターは壁にもたれたまま、私を見ていた。
「なんでもない」
その言葉に、私は少しだけ首を傾げた。
そして、ずっと気になっていたことを口にする。
「なぜ、私を娶ってくださったのですか?
我が家は学者の家系で、政治への影響力も、経済力も軍事力も、社交力もありません。
第1王子殿下には、不足では?」
ヴァルターは鼻で笑った。
「押しかけ女房のくせに、余計なこと気にするのだな。
力がない方が狙われにくい。俺は幼少期から、王妃や第2王子派に幾度となく殺されかけてきた。力を持つと、面倒だ」
「……王位に、興味は?」
「ない」
本当だろうか。
本当に、興味がないのか。
──わからない。
でも、彼は弟を殺す。
そして、私の最愛のロナンも──
ヴァルターが近づき、私のコバルトブルーの髪をそっと撫でた。
その指には、ブルーダイヤがついている。私の目が青いからだ。今日、宝石店で購入した。
私の指にも、パープルダイヤが光っている。
「おやすみ。必要なものは、何でもメイドに言え。好きなように過ごしていい」
そう言って、彼は部屋を出ていった。
扉が閉まる音が、静かに夜の空気に溶けていく。
私はベッドに腰を下ろし、窓の外を見つめた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま
藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。
婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。
エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる