海賊殺しの異名を持つ王子を暗殺するはずが、逆に愛されてしまいました ~死に戻り令嬢は、憎い仇に嫁ぐため娼婦のふりをする~

星森

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それぞれの指輪

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 食卓には、今日買ったばかりの食材で作られた料理が並んでいた。  
 スープからは湯気が立ち、焼きたてのパンと香草の香りが部屋に広がる。  
 男たちは、どこか落ち着かない様子で椅子に座っていた。

「うわあ……家でまともな食事するの、初めてです」

 マーカスが感嘆の声を漏らす。爽やかな彼は弓兵だそうだ。

「いつもは、何を?」

 尋ねると黒い長髪の男、エルヴァンがぽつりと答えた。

「外食が面倒な時は、干し肉を酒で流し込んで寝る」

 私は絶句した。

「陸に居る時は、まだマシだよね。船上じゃ、いっつもそうだから」

 ニコラが笑いながら言う。

「豆や野菜を積まないのですか?」

「魚を獲って食べることが多いので」

 薬師ロイクが静かに答えた。ニコラがすかさず言う。

「海賊から奪った食料に、マシなものがあれば食べるよん」

「マシなもの?」

 私が眉をひそめると、ジャンが苦笑いを浮かべた。

「保存状態が悪く、腐っていたりカビが生えておるのですじゃ。
 では、冷める前に──いただきましょう」

 皆が手を合わせ、食卓に賑やかさが戻る。  
 スプーンが皿に触れる音、パンをちぎる音、スープをすする音、笑い声──  



 客室だった部屋は、今日買ってもらった家具で整えられていた。  
 白木のドレッサー、花柄のカーテン、ふかふかのベッド。  
 窓辺には小さなランプが灯り、淡い光が部屋を優しく包んでいる。

 私はネグリジェの裾を整えながら、ベッドに腰を下ろした。

「ああ……楽しかった……」

 思わず、ぽつりと呟いてしまう。  
 食卓では、笑い声が絶えなかった。  
 皆が私を受け入れてくれて、温かく迎えてくれた。

「──じゃ、なかった!」

 私は両頬をぺちんと叩いた。  
 この家には、ヴァルターを暗殺するために来たのだ。

 けれど……。

「皆、とても……いい人たちみたいだった。ヴァルターも……」

 こんなに良くしてもらえるなんて、思っていなかった。  
 そもそも、こんなに簡単に結婚に漕ぎ着けられるとも。

 嫁入り道具は要らないと言われた。  
 この部屋の家具も、すべて今日の買い物で揃えたものだ。

 ──これから本当に、王位を奪うために弟を殺害するのだろうか。

 ヴァルターは私が死に戻る前、第2王子フィリップと、その側近ロナンを討った。自ら王になるために。

 けれど、今の彼は──むしろ、欲がないように見える。 
 家にあるものは高価だが、頓着してるように見えない。 
 それは、父王を欺くための演技なのだろうか?  
 自分には野心がないと。それとも……?

 ──コン、コン。

 ノックの音に、私ははっとして立ち上がった。

「はい」

「俺だ」

 低く、くぐもった声。  
 私は胸の奥がざわつくのを感じながら、扉に向かう。

「どうぞ」

 扉が開き、ヴァルターが姿を現す。  
 黒いシャツの襟元を緩め、疲れたような顔をしていた。

「1日、疲れ……服を着なさい」

「え、でも……初夜では?」

 私は思わず問い返した。  
 昼間ホテルで娼婦のふりをした時、彼は私の体に触れた。  
 けれど、最後まではしなかった。  
 ──彼が、嫌がったからだ。

「結婚式を挙げてからだ」

「……わかりました」

 私は頷き、クローゼットから服を取り出した。  
 ネグリジェの上に、静かに袖を通す。  
 どこかで、ほっとしている自分がいた。

 ──暗殺するなら、閨のあと彼が眠った時が確実。  
 けれど、それでは逃げられない。  
 事故に見せかけるのがいいだろう。  
 急ぐ必要はない。彼がロナンを殺すのは、10年後。  
 必ず、チャンスは来る。

「……素直だな」

「え?」

 振り返ると、ヴァルターは壁にもたれたまま、私を見ていた。

「なんでもない」

 その言葉に、私は少しだけ首を傾げた。  
 そして、ずっと気になっていたことを口にする。

「なぜ、私を娶ってくださったのですか?
 我が家は学者の家系で、政治への影響力も、経済力も軍事力も、社交力もありません。
 第1王子殿下には、不足では?」

 ヴァルターは鼻で笑った。

「押しかけ女房のくせに、余計なこと気にするのだな。
 力がない方が狙われにくい。俺は幼少期から、王妃や第2王子派に幾度となく殺されかけてきた。力を持つと、面倒だ」

「……王位に、興味は?」

「ない」

 本当だろうか。  
 本当に、興味がないのか。  
 ──わからない。  
 でも、彼は弟を殺す。  
 そして、私の最愛のロナンも──

 ヴァルターが近づき、私のコバルトブルーの髪をそっと撫でた。  
 その指には、ブルーダイヤがついている。私の目が青いからだ。今日、宝石店で購入した。
 私の指にも、パープルダイヤが光っている。

「おやすみ。必要なものは、何でもメイドに言え。好きなように過ごしていい」

 そう言って、彼は部屋を出ていった。  
 扉が閉まる音が、静かに夜の空気に溶けていく。

 私はベッドに腰を下ろし、窓の外を見つめた。  



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