あなたはマイナス4000点です

星森 永羽(ほしもりとわ)

文字の大きさ
3 / 4

しおりを挟む


 しかし街へ出ると、さらに奇妙な空気が漂っていた。通りを歩く人々が2人を見るたびに、ひそひそと囁き合い、視線を逸らす。露骨に距離を取る者までいる。

 ケイティーは不安げに周囲を見回した。

「やっぱり変よ……」

「気にするな。どうせ、噂好きの連中だ」

 ロキシーは不安を押し隠しながら、高級店の扉を押し開けた。いつもなら笑顔で迎える支配人が、今日は硬い表情で立っていた。

「実は……クラッツ侯爵には、支払い能力がないと通達がありまして。ツケは禁止になりました。前金でいただきます」

 ロキシーは、怒りで顔を真っ赤にした。

「なんて失礼なんだ! ここの支払いくらいできる! 誰だ、そんなことを言ったのは?!」

「私は本社から通達を受けただけなので、詳しくは存じません」

 支配人は申し訳なさそうに頭を下げたが、その態度は揺るがない。ロキシーは歯ぎしりし、怒鳴り声を上げた。

「くそ! こんな店、2度と来るか!」

 ケイティーの手を乱暴に引き、店を飛び出す。  
 向かった先は、貴族が普段なら決して足を踏み入れない、平民向けの食堂だった。

 しかし、そこでも彼らを待つのは──さらなる屈辱だった。




 平民向けの食堂は、昼時で賑わっていた。だが、ロキシーとケイティーが入った瞬間、店内の空気がぴたりと止まった。客たちが一斉に視線を向け、ひそひそと囁き合う。

 カウンターの奥から、腕まくりをした女将が現れた。ふくよかな体つきに、鋭い目つきの女だ。2人を見るなり、眉をひそめた。

「帰んな。あんたに食わせる料理はないよ。そこらに生えてる雑草か犬の糞でも食ってな」

 ロキシーは耳を疑った。

「なっ……なんてことを! 領主に向かって、そんなこと言っていいと思ってるのか?」

 女将は鼻で笑った。

「領主だって? ふん、近いうちに交代だって聞いてるよ。
 だいたい初夜に花嫁に向かって『お前を愛することはない』と言ったそうじゃないか。誰があんたなんか愛するんだよ。おととい来やがれ」

 ロキシーは青ざめ、声を裏返らせた。

「な、なぜ、それを?! あの女が喋ったのか? そんなのデタラメだ!」

「デタラメはあんただよ」  
 女将は腕を組み、呆れたように言い放つ。  
「教会裁判所の立て札に書いてあったんだよ。証拠があるってことさ」

 ロキシーは息を呑んだ。  
 ケイティーが不安げに袖をつまむ。

「ねえ……どういうことなの?」

「知らん! あの女が何か仕組んだに決まってる!」

 怒鳴り返しながら、ロキシーは店を飛び出した。ケイティーを引きずるようにして街の中央へ向かう。

 広場には人だかりができていた。ざわめきの中心には、教会裁判所の立て札が立っている。  
 ロキシーは人を押しのけ、前へ進んだ。

 そして──目にした。

 そこには、昨夜の暴言が克明に記されていた。

 『クラッツ侯爵が、初夜の寝室に愛人を連れ込み、花嫁に向かって  
  “お前を愛することはない”  
  と発言した件について、教会裁判所は事実と認定する』

 さらに、証人としてケイティーの名前まで記されている。

 ロキシーの顔から血の気が引いた。  
 周囲の視線が、冷たい刃のように突き刺さる。

 ケイティーが震える声で囁いた。

「……どうしよう、ロキシー……」

 しかしロキシー自身、どうすればいいのか分からなかった。  
 ただ、足元が崩れ落ちるような感覚だけが、全身を支配していた。

 そこへ、重い足音が響いた。憲兵たちが列を成して現れ、その先頭に立つ隊長がロキシーの前に歩み出た。

「クラッツ侯爵ですね? 国家反逆罪で逮捕します。ご同行ください」

 ロキシーは顔を真っ青にし、後ずさった。

「は……違う。これは……単なる夫婦喧嘩だ。単なる言葉のあやで……決して陛下に逆らうつもりじゃ……」

 憲兵隊長は冷ややかに言い放つ。

「こちらは仕事で連行するだけです。お決めになるのは陛下です」

 その言葉に、ロキシーの膝が震えた。ケイティーは怯えたように俯き、何も言わない。  
 2人はそのまま憲兵に囲まれ、王宮へと連行された。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪夢がやっと覚めた

下菊みこと
恋愛
毎晩見る悪夢に、精神を本気で病んでしまって逃げることを選んだお嬢様のお話。 最後はハッピーエンド、ご都合主義のSS。 主人公がいわゆるドアマット系ヒロイン。とても可哀想。 主人公の周りは婚約者以外総じてゴミクズ。 小説家になろう様でも投稿しています。

完結 彼女の正体を知った時

音爽(ネソウ)
恋愛
久しぶりに会った友人同士、だが互いの恰好を見て彼女は……

私に婚約者がいたらしい

来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。

だって悪女ですもの。

とうこ
恋愛
初恋を諦め、十六歳の若さで侯爵の後妻となったルイーズ。 幼馴染にはきつい言葉を投げつけられ、かれを好きな少女たちからは悪女と噂される。 だが四年後、ルイーズの里帰りと共に訪れる大きな転機。 彼女の選択は。 小説家になろう様にも掲載予定です。

うまくやった、つもりだった

ひがん さく
恋愛
四大貴族、バルディストン公爵家の分家に生まれたオスカーは、ここまでうまくやってきた。 本家の一人娘シルヴィアが王太子の婚約者に選ばれ、オスカーは本家の後継ぎとして養子になった。 シルヴィアを姉と慕い、養父に気に入られ、王太子の側近になり、王太子が子爵令嬢と愛を深めるのを人目につかぬよう手助けをし、シルヴィアとの婚約破棄の準備も整えた。 誠実と王家への忠義を重んじるこの国では、シルヴィアの冷徹さは瑕疵であり、不誠実だと示せば十分だった。 かつてシルヴィアはオスカーが養子になることに反対した。 その姉が後妻か商家の平民に落ちる時が来た。 王太子の権威や素晴らしさを示すという一族の教えすら忘れた姉をオスカーは断罪する。 だが、シルヴィアは絶望もせずに呟いた。 「これだから、分家の者を家に入れるのは嫌だったのよ……」  

それは本当に真実の愛なのかしら?

月樹《つき》
恋愛
公爵家の一人娘マルガリータと王太子エドワードは運命の出会いで結ばれた二人だった。 様々な人々の反対を押し切って、やっと婚約者になれた二人。 この愛こそが【真実の愛】だと信じて疑わなかった。 でも少しずつ自分から離れていくエドワード様…。  婚約してから10年の月日が経ち、もうすぐ結婚というのに、いつの間にか 2人の間には距離が出来ていて… この作品は他サイトにも投稿しております。

(完結)無能なふりを強要された公爵令嬢の私、その訳は?(全3話)

青空一夏
恋愛
私は公爵家の長女で幼い頃から優秀だった。けれどもお母様はそんな私をいつも窘めた。 「いいですか? フローレンス。男性より優れたところを見せてはなりませんよ。女性は一歩、いいえ三歩後ろを下がって男性の背中を見て歩きなさい」 ですって!! そんなのこれからの時代にはそぐわないと思う。だから、お母様のおっしゃることは貴族学園では無視していた。そうしたら家柄と才覚を見込まれて王太子妃になることに決まってしまい・・・・・・ これは、男勝りの公爵令嬢が、愚か者と有名な王太子と愛?を育む話です。(多分、あまり甘々ではない) 前編・中編・後編の3話。お話の長さは均一ではありません。異世界のお話で、言葉遣いやところどころ現代的部分あり。コメディー調。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

処理中です...