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しおりを挟むしかし街へ出ると、さらに奇妙な空気が漂っていた。通りを歩く人々が2人を見るたびに、ひそひそと囁き合い、視線を逸らす。露骨に距離を取る者までいる。
ケイティーは不安げに周囲を見回した。
「やっぱり変よ……」
「気にするな。どうせ、噂好きの連中だ」
ロキシーは不安を押し隠しながら、高級店の扉を押し開けた。いつもなら笑顔で迎える支配人が、今日は硬い表情で立っていた。
「実は……クラッツ侯爵には、支払い能力がないと通達がありまして。ツケは禁止になりました。前金でいただきます」
ロキシーは、怒りで顔を真っ赤にした。
「なんて失礼なんだ! ここの支払いくらいできる! 誰だ、そんなことを言ったのは?!」
「私は本社から通達を受けただけなので、詳しくは存じません」
支配人は申し訳なさそうに頭を下げたが、その態度は揺るがない。ロキシーは歯ぎしりし、怒鳴り声を上げた。
「くそ! こんな店、2度と来るか!」
ケイティーの手を乱暴に引き、店を飛び出す。
向かった先は、貴族が普段なら決して足を踏み入れない、平民向けの食堂だった。
しかし、そこでも彼らを待つのは──さらなる屈辱だった。
平民向けの食堂は、昼時で賑わっていた。だが、ロキシーとケイティーが入った瞬間、店内の空気がぴたりと止まった。客たちが一斉に視線を向け、ひそひそと囁き合う。
カウンターの奥から、腕まくりをした女将が現れた。ふくよかな体つきに、鋭い目つきの女だ。2人を見るなり、眉をひそめた。
「帰んな。あんたに食わせる料理はないよ。そこらに生えてる雑草か犬の糞でも食ってな」
ロキシーは耳を疑った。
「なっ……なんてことを! 領主に向かって、そんなこと言っていいと思ってるのか?」
女将は鼻で笑った。
「領主だって? ふん、近いうちに交代だって聞いてるよ。
だいたい初夜に花嫁に向かって『お前を愛することはない』と言ったそうじゃないか。誰があんたなんか愛するんだよ。おととい来やがれ」
ロキシーは青ざめ、声を裏返らせた。
「な、なぜ、それを?! あの女が喋ったのか? そんなのデタラメだ!」
「デタラメはあんただよ」
女将は腕を組み、呆れたように言い放つ。
「教会裁判所の立て札に書いてあったんだよ。証拠があるってことさ」
ロキシーは息を呑んだ。
ケイティーが不安げに袖をつまむ。
「ねえ……どういうことなの?」
「知らん! あの女が何か仕組んだに決まってる!」
怒鳴り返しながら、ロキシーは店を飛び出した。ケイティーを引きずるようにして街の中央へ向かう。
広場には人だかりができていた。ざわめきの中心には、教会裁判所の立て札が立っている。
ロキシーは人を押しのけ、前へ進んだ。
そして──目にした。
そこには、昨夜の暴言が克明に記されていた。
『クラッツ侯爵が、初夜の寝室に愛人を連れ込み、花嫁に向かって
“お前を愛することはない”
と発言した件について、教会裁判所は事実と認定する』
さらに、証人としてケイティーの名前まで記されている。
ロキシーの顔から血の気が引いた。
周囲の視線が、冷たい刃のように突き刺さる。
ケイティーが震える声で囁いた。
「……どうしよう、ロキシー……」
しかしロキシー自身、どうすればいいのか分からなかった。
ただ、足元が崩れ落ちるような感覚だけが、全身を支配していた。
そこへ、重い足音が響いた。憲兵たちが列を成して現れ、その先頭に立つ隊長がロキシーの前に歩み出た。
「クラッツ侯爵ですね? 国家反逆罪で逮捕します。ご同行ください」
ロキシーは顔を真っ青にし、後ずさった。
「は……違う。これは……単なる夫婦喧嘩だ。単なる言葉のあやで……決して陛下に逆らうつもりじゃ……」
憲兵隊長は冷ややかに言い放つ。
「こちらは仕事で連行するだけです。お決めになるのは陛下です」
その言葉に、ロキシーの膝が震えた。ケイティーは怯えたように俯き、何も言わない。
2人はそのまま憲兵に囲まれ、王宮へと連行された。
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