関白の息子!

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千姫ルート 上海要塞防衛戦3

白旗(エロ度☆☆☆☆☆)

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 井頼の命で見張りの数は減らしていたと言っても、当然見張りは常につけている。
 ゆえに、開戦より1夜開けての早朝に旗を指した一騎の将らしき男が立っているのを見つけるのに時間はかからない。

 背中に差した旗は白一色。
 それはこの時代においても、停戦交渉、もしくは降伏を示すものだった。
 だが、もちろん明軍の方が圧倒的に数の多い状況で降伏を申し出ることはあり得ない。
 つまり、停戦交渉となるわけだ。
 そして、当然使者の来訪については千姫達のいる軍令部に即座に届けられた。





「・・・・・・使者、ですか」

 その情報に井頼は素直に困惑していた。
 通常であれば使者を出すのは、劣勢に立たされている側だ。
 そして、前日の戦闘に限れば優勢のままに終わったとはいえ、全体の人数から見れば明軍はさほどの被害もない。

「なにを迷うことがあります。交渉で切り抜けられるのならそうするべきでしょう?」

 そう言う千姫だが、それは交渉を望んでいるのではなく、戦に少なからず恐怖を覚えてそう言わせているのだ。
 先日の黄海での海上戦では、距離の離れた敵艦に砲を撃ち込むと言う戦いだった。
 ゆえに人の死というものを間近に見ることはなかったが、前日の戦闘はまさに明兵を殺しに殺した戦だった。

 つい一昨日まで堀の作業現場に握り飯を届けていた千姫にとって、そこがまさに三途の川と化すその光景は悪夢と言えるものだったのだ。
 日本軍に被害が無かったから良い。
 そう考えられない性格が災いしたと言ってもいい。
 それに、いくら覚悟を決め、想像はしていたと言っても、そこはやはりまだ14歳の少女。
 やらないで済む可能性を提示されれば、それに縋りたくなってしまうのだろう。

「・・・・・・皇后様。お忘れ召されるな。奴らは此処で壊滅させねばならんのです。そうせねば南京で再び敵となって相対することになる。ひいては期日までに南京を落とせなくなる。今までのことが全て無駄になる」

 その甘さを戒める様に基次が苦言を呈す。

「・・・・・・ごめんなさい」

 シュンと沈みすとんと座る千姫に井頼が苦笑する。

「いえ、そもそも明軍の目的は停戦交渉でも、当然ですが降伏でもないと思います」

「え!? でも白旗って・・・・・・」

「はい。もちろん停戦交渉や降伏を意味します。ただ、その交渉が破断すれば、やはり再び戦うことになります。恐らく明はこちらにとって圧倒的に不利な条件を突きつけ、こちら側から断らせる予定でしょう。まぁ、万一受け入れても良いか、くらいの条件でしょうがね」

 その言葉に千姫は不思議そうに首をひねる。
 彼女にしてみれば、何故そんなことをする必要があるのか分からないと言った感じなのだろう。

「ふむ。皇后様は人の悪意というものに疎いようでございますね。恐らく今回の交渉の使者は敵情視察でしょう。もしくは格好つけ、つまり、圧倒的大国である明が健気に小城を守る日本兵のために温情をかけた、と言うようなものですね」

「そう、ですよね。明軍は昨日の戦で一方的な攻撃を受け、多数の死傷者を出した。その城の内部に、数人の使節団とは言え入り込んで少なからず様子を見られるなら」

「ええ。そういうことです。まぁ、一応明軍の皇帝の変事など、すぐにでも将兵を早く帰さなければいけなくなる事態も無くはないのですが、そんな事が都合よく起きるとも思えません」

 そこまで言って井頼は少し難しい顔をする。

「だからと言って使者を受け入れないと言うのも少々不味い。今回、明との開戦から初めての交渉ということになりますが、それを受け入れもしないとあれば今後の戦においても同様と取られかねないのです。降伏を許されない兵と言うのはどう化けるか分からない非常に危うい兵となります」

「あの、使者の方を受け入れる時に目隠しをさせてもらう、とかはいかがですか?」

 悪意には弱いが、千姫は決して愚かではない。
 ただし、所詮は姫としてしか過ごしてこなかったのだから、戦場においての知識、ましてや明軍の知識など望むべくもない。

「我らの城の肝心要となるのは、堀は勿論でございますが、我らが立つこの盛り土を成された郭なのです。そして、昨日はその2つを知らぬ明兵たちは大損害を受けた。堀は隠しようがないのですが、郭は出来る限り知られたくありません」

「郭、ですか?」

 キョトンと千姫は不思議そうに聞き返す。
 千姫からすれば、生まれた頃から住んでいるのだ。
 知られたくないも何も当然のことと捉えている。

「はい。堀もですが、この郭こそ深層構造の中心となっております。敵にしてみれば長梯子などをかけねば届かぬ城壁も、我らにしてみれば立ち上がれば越えられる。この差は攻撃をするにも守るにも、補給をするのにも非常に大きいのです。また、このおかげでいくら大砲を撃ち込まれても、外壁を破ることはできません。ですが、これを知られてしまうと、下手をすると北京に攻める過程で敵が堀と郭を備えた城を建造しかねない。流石に南京までであれば時間がないので大丈夫だとは思いますがね。堀だけなら良いのです。石で出来た明の城壁など、どこからでも砲で崩せます。ですが、それが郭構造だとするとそうはいかない」

 そして、井頼が懸念することはもう一つある。
 通常、使者の相手は総大将がする。
 そうなれば、千姫と言う総大将を敵に知られるのだ。
 それが吉と出るか、凶と出るのか、それを井頼は測りかねていた。

 このような少女が敵の総大将と知れば、侮られたと見て敵の士気が上がるかもしれない。
 あるいは、皇后と言う身分を知り、人質にしようと一気呵成に攻めてくるかもしれない。
 どちらにしても普通に考えれば良い事はないだろう。
 だが、今回は早期に敵の総攻撃を引き出したい事情がある。
 そのためには一度落ちた敵の士気を上げてやりたいと言うのも間違いではない。

「・・・・・では、城の外に会談場所を設けてください。敵大将と私で両陣営の中央で交渉を行います」

「なっ!? なりません! 皇后様を危険に晒すわけには――」

「構いません。私だけ安全なところに隠れているつもりはありません。大将がするべきことは私がやらなくてはならないんです。大丈夫です。いざとなれば、真田様が守ってくださいます」

「しかし!」

 そう言われても井頼はなお口を挟もうとする。
 確かに悪い対応ではない、・・・・・・だが、いいのだろうか。
 なんと言っても交渉に千姫が応じることによる千姫の身の危険こそ、井頼がもっとも気にしていることだった。

「井頼殿。もう決めたことです。後藤様もよろしいですね?」

「いや――」

 副将である基次にも確認を取る。
 千姫と目を合わせた基次も、本音を言えば反対ではあった。
 だが、この軍の総大将はあくまで千姫なのだ。
 そうであるならば、副将である自分が従わずにどうする、と吐き出しかけた言葉を飲み込む。

「・・・・・・うむ」

 こうして1刻の後、両陣営の中央に陣幕を張り、交渉を行うことが決定された。
 日本軍は総大将である千姫と参謀である井頼がこれに当り、同様に明軍は進安と居勝が出てくることとなった。
 
 
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