1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

尊い犠牲

　シュミット　奈落より登場

シュミット　艦長、何か用でしょうか？
ルックナー　本艦は、イギリス船籍の汽船を発見した。
シュミット　はい。
ルックナー　対象の船は本艦より強力な砲を搭載している。通信線を架線していることから無線設備があるものと思われる。そのような船を拿捕し、事後に逃走するには奇襲が不可欠である。
シュミット　奇襲といいますと、先日作製したマグネシウムを使った発火装置で火災を偽装するのですか？
ルックナー　そうだ。だが、オレはそれだけでは不十分と考えている。
シュミット　不十分ですか？
ルックナー　うむ、ただむさ苦しい男が助けを求めても、相手はしっかりしろや、としか思い、冷静さを保つだろう。そうなると奇襲しにくい。
シュミット　むさ苦しい男って、まさか。

　シュミット　後ずさる

ルックナー　頼むぞジョセフーナ。女性がいればイギリス人は、早く助けねばと慌てるだろう。奇襲しやすくなる。

　ルックナー　隠していたカツラとドレスをかかげる。

シュミット　い、いやだぁぁぁっ！！
ルックナー　安心しろ、今回は増援をお願いしている。
シュミット　増援？
ルックナー　お願いします。

　「パーシー」船長夫人達　奈落より登場

シュミット　あぁ、そうだ。女性がいるんでした。
ルックナー　馬鹿者！女性を戦場に出すつもりか！恥を知れ、それでも栄えあるドイツ海軍の軍人か！
シュミット　えぇ？！じゃ、なんでここに女性が？
船長夫人　この子をメイクすればよろしいのですね、艦長さん。
ルックナー　よろしくお願いします、夫人。
「ブリティッシュ・ヨーマン」号乗客　かわいい顔してるじゃないの。腕の振るいがいがあるわ。
シュミット　腕の振るいがいって。

　シュミット　逃げようとするが二人に腕を捕まれる

船長夫人　さぁいらっしゃい。
女性乗客　痛くは無いのよ。
シュミット　離してください。

　シュミット　腕を振りほどこうとする

ルックナー　シュミット、何をしている！貴様、まさか非力な女性に暴力を振るうのではあるまいな。
シュミット　暴力って。手を離してもらおうと。
ルックナー　黙れ、女性に力付くで接するな！オレはそう命じたはずだ！
シュミット　そ、そんな。第一艦長、おかしいですよ。
ルックナー　何がだ？
シュミット　遠目に僕を女性に見せかければいいだけで、化粧する必要は無いんじゃないですか？

　ルックナー　しばし沈黙する

シュミット　何か言ってください！
ルックナー　ご婦人方、よろしくお願いします。
船長夫人　えぇ、退屈してましたの。こうして仕事を与えて頂いて感謝しますわ。
女性乗客　ふふ、こういう楽しみが海賊船にはございますのね。
シュミット　えっ、ちょっと、艦長？
船長夫人　さぁ、キャビンにいらして。
女性乗客　ルージュは何色が似合うのかしら。
ルックナー　ドレスとカツラです。
船長夫人　あら、忘れるところだったわ。艦長さん、ありがとう。

　二人　ドレスとカツラを受けとる
　シュミット達　奈落に消えていく
　以後、二人の会話だけが聞こえる

シュミット　い、いやだぁぁぁ。
船長夫人　ほらほら、大人しくして。口紅がズレたらおかしいでしょう。
シュミット　うぐぐぐぐ。
女性乗客　でも化粧をしないせいかノリがいいわ。
船長夫人　ちょっとうらやましいわ。
女性乗客　さぁ、今度は眉をかかないと。


ルックナー　シュミット、女性の機嫌を損ねないよう退屈させないことも重要なのだ。貴様の尊い犠牲をオレは忘れん。


　ルックナー　傍らに置いてあるカメラを手にする。


ルックナー　その尊い犠牲、キチンと記録もしよう。先日の「アントナン」号からの写真とともにドイツ公文書館に送付する。

　観客席　あんな写真、公文書館にあったか？

クリンチ　艦長、準備完了しました。
ルックナー　よろしい、シュミットが戻り次第戦闘開始だ！