1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫

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ドイツのために

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「彼は、『エムデン』や『メーヴェ』をよく研究しているようでした。」

 会見の場にヤマジが持ってきたノートの文字はよくわからなかったが、ドイツ語で書かれていた艦名だけはわかった。
 それらの艦のことをよく研究していたのは、敵であるドイツ海軍の通商破壊戦をよく研究していた証であった。 

「あの二隻は良く働いてくれた。ミュラー*1に叙勲するよう言葉添えしたのは、あの年(1918年)に余がなした善行であったわ。」
「ヤマジは私がルックナー伯爵であることを知り、『ゼーアドラー』のことを探ってきました。言葉巧みにひっかけてやりました。苦心させられましたが。」
「ひっかけてやった?」
「実は『ゼーアドラー』を喪失したことを記録したノートを落としたせいで、『ゼーアドラー』喪失がモペリア島で喪失したことがバレました。そこで最後に拿捕した『マニラ』号に乗り移ったかのように、思考を誘導したのです。」

 山路が常識人であることも幸いした。誰がちっぽけなボートでリーワード諸島からフィジーまで2300マイルを航海すると思うのか。

「それで?」
「ヤマジは、拿捕された『マニラ』号がフィジー近海にいると考え、捜索したようですが。」
「ありもせぬ船を探し求めたか。いや探し求めさせられたのだな。」

「そうやって、無駄骨を折らせるのも通商破壊戦の醍醐味です。」

「ははは、痛快だな。」
「まぁ、彼もバカではありません。ひょっとしたら、という気になったのか、モペリア島に自ら向かっています。」
「なんだと?それで、部下はどうなった?」
「それが、クリンチ達にも運がありました。難破した船から積み荷を1/3貰おうとした*2フランス船『リュティス』号を乗っ取り、ヤマジが到着する3日前に脱出しました。」
「おぉ、やるな。」
「残念ながらイースター島と言う巨石文明の遺跡の島で船は大破してしまいました。そうでなければ、大西洋に戻って通商破壊戦をやるつもりだった、と戦後語っていましたが。」
「卿の薫陶が行き届いているようじゃな。」
「いいえ、彼は正規の士官でしたから、当然のことかと思います。」

 クリンチ達は、チリのドイツ人コミュティーの客人として終戦まで過ごしている。
 その間にビーチ博士が病死していることだけが、惜しまれる。

「してヤマジという提督をひっかけた後、卿はどうしたのだ?」
「一度は、収容所を脱走しました。モーターボートを盗み出して脱走し、レッドマーキュリー島に潜みました。それから『モア』号という帆船を乗っ取り、ケルマデク諸島で遭難者用の物資を奪ったのですが、そこでニュージランド海軍の特設電纜施設艦『アイリス』に発見され、再度収容所行きです。そこで停戦を迎えました。」
「大人しく待ったわけではあるまい。」
「ご明察です。キルヒアイスと計らって小型帆船を乗っ取る計画を立てました。実行前に収容所を移され、不発に終わりましたが。」
「残念だったな。」
「えぇ、『ゼーアドラー』を失ってから、どうも上手くいきませんでした。」

 ルックナーは、真剣に思う。
 あの愛すべき帆装巡洋艦を得て軍人として最高の武勲を得て、失ってからはどうにも、無様をさらしているような気がする。

「卿は、もう海軍に戻らぬか。」
「軍縮で働く船もありませんので。」

 高級船員からの士官の身に、ポストなど用意されるはずもない。
 ルックナーは、退役し病んで余命宣告を受けた母と過ごした。 

 母を看病し、見とってから動いている。

「これからは、アメリカに向かいます。」
「あの新大陸にか。卿はあの国を高く評価していたが。」
「何を学ぼうと言うのではありませんが。」

 L・トーマスというジャーナリストが、自分に興味を示して取材し本にしたところ。アメリカでヒットし、講演の依頼が殺到している。
 これに応えることで、今のドイツが必要としているもの―――外貨を稼ぐつもりだった。

「色々思うところはありますが、ただ一つ申し上げれば、私はドイツのために尽くす。それだけでございます。」
「余には、それは叶わぬ。すまぬが……。」
「ドイツの再建に微力を尽くします。」

 ルックナーは、全てを言わせなかった。

「では、最後に乾杯しよう。」
「はい。」

 皇帝と伯爵は、グラスを掲げた。

乾杯プロージット!伯爵の旅立ちに!」
乾杯プロージット!ドイツの樫が再び芽生える日に!」

 二人はグラスを打ち合わせた。



*1「エムデン」艦長。ドイツ騎士道精神の鑑とイギリスのメディアも報じた軍人。
*2難破した船の積み荷は、その船を救助した船長が積み荷などを1/3受け取ることができる。
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