30 / 31
ドイツのために
しおりを挟む
「彼は、『エムデン』や『メーヴェ』をよく研究しているようでした。」
会見の場にヤマジが持ってきたノートの文字はよくわからなかったが、ドイツ語で書かれていた艦名だけはわかった。
それらの艦のことをよく研究していたのは、敵であるドイツ海軍の通商破壊戦をよく研究していた証であった。
「あの二隻は良く働いてくれた。ミュラー*1に叙勲するよう言葉添えしたのは、あの年(1918年)に余がなした善行であったわ。」
「ヤマジは私がルックナー伯爵であることを知り、『ゼーアドラー』のことを探ってきました。言葉巧みにひっかけてやりました。苦心させられましたが。」
「ひっかけてやった?」
「実は『ゼーアドラー』を喪失したことを記録したノートを落としたせいで、『ゼーアドラー』喪失がモペリア島で喪失したことがバレました。そこで最後に拿捕した『マニラ』号に乗り移ったかのように、思考を誘導したのです。」
山路が常識人であることも幸いした。誰がちっぽけなボートでリーワード諸島からフィジーまで2300マイルを航海すると思うのか。
「それで?」
「ヤマジは、拿捕された『マニラ』号がフィジー近海にいると考え、捜索したようですが。」
「ありもせぬ船を探し求めたか。いや探し求めさせられたのだな。」
「そうやって、無駄骨を折らせるのも通商破壊戦の醍醐味です。」
「ははは、痛快だな。」
「まぁ、彼もバカではありません。ひょっとしたら、という気になったのか、モペリア島に自ら向かっています。」
「なんだと?それで、部下はどうなった?」
「それが、クリンチ達にも運がありました。難破した船から積み荷を1/3貰おうとした*2フランス船『リュティス』号を乗っ取り、ヤマジが到着する3日前に脱出しました。」
「おぉ、やるな。」
「残念ながらイースター島と言う巨石文明の遺跡の島で船は大破してしまいました。そうでなければ、大西洋に戻って通商破壊戦をやるつもりだった、と戦後語っていましたが。」
「卿の薫陶が行き届いているようじゃな。」
「いいえ、彼は正規の士官でしたから、当然のことかと思います。」
クリンチ達は、チリのドイツ人コミュティーの客人として終戦まで過ごしている。
その間にビーチ博士が病死していることだけが、惜しまれる。
「してヤマジという提督をひっかけた後、卿はどうしたのだ?」
「一度は、収容所を脱走しました。モーターボートを盗み出して脱走し、レッドマーキュリー島に潜みました。それから『モア』号という帆船を乗っ取り、ケルマデク諸島で遭難者用の物資を奪ったのですが、そこでニュージランド海軍の特設電纜施設艦『アイリス』に発見され、再度収容所行きです。そこで停戦を迎えました。」
「大人しく待ったわけではあるまい。」
「ご明察です。キルヒアイスと計らって小型帆船を乗っ取る計画を立てました。実行前に収容所を移され、不発に終わりましたが。」
「残念だったな。」
「えぇ、『ゼーアドラー』を失ってから、どうも上手くいきませんでした。」
ルックナーは、真剣に思う。
あの愛すべき帆装巡洋艦を得て軍人として最高の武勲を得て、失ってからはどうにも、無様をさらしているような気がする。
「卿は、もう海軍に戻らぬか。」
「軍縮で働く船もありませんので。」
高級船員からの士官の身に、ポストなど用意されるはずもない。
ルックナーは、退役し病んで余命宣告を受けた母と過ごした。
母を看病し、見とってから動いている。
「これからは、アメリカに向かいます。」
「あの新大陸にか。卿はあの国を高く評価していたが。」
「何を学ぼうと言うのではありませんが。」
L・トーマスというジャーナリストが、自分に興味を示して取材し本にしたところ。アメリカでヒットし、講演の依頼が殺到している。
これに応えることで、今のドイツが必要としているもの―――外貨を稼ぐつもりだった。
「色々思うところはありますが、ただ一つ申し上げれば、私はドイツのために尽くす。それだけでございます。」
「余には、それは叶わぬ。すまぬが……。」
「ドイツの再建に微力を尽くします。」
ルックナーは、全てを言わせなかった。
「では、最後に乾杯しよう。」
「はい。」
皇帝と伯爵は、グラスを掲げた。
「乾杯!伯爵の旅立ちに!」
「乾杯!ドイツの樫が再び芽生える日に!」
二人はグラスを打ち合わせた。
*1「エムデン」艦長。ドイツ騎士道精神の鑑とイギリスのメディアも報じた軍人。
*2難破した船の積み荷は、その船を救助した船長が積み荷などを1/3受け取ることができる。
会見の場にヤマジが持ってきたノートの文字はよくわからなかったが、ドイツ語で書かれていた艦名だけはわかった。
それらの艦のことをよく研究していたのは、敵であるドイツ海軍の通商破壊戦をよく研究していた証であった。
「あの二隻は良く働いてくれた。ミュラー*1に叙勲するよう言葉添えしたのは、あの年(1918年)に余がなした善行であったわ。」
「ヤマジは私がルックナー伯爵であることを知り、『ゼーアドラー』のことを探ってきました。言葉巧みにひっかけてやりました。苦心させられましたが。」
「ひっかけてやった?」
「実は『ゼーアドラー』を喪失したことを記録したノートを落としたせいで、『ゼーアドラー』喪失がモペリア島で喪失したことがバレました。そこで最後に拿捕した『マニラ』号に乗り移ったかのように、思考を誘導したのです。」
山路が常識人であることも幸いした。誰がちっぽけなボートでリーワード諸島からフィジーまで2300マイルを航海すると思うのか。
「それで?」
「ヤマジは、拿捕された『マニラ』号がフィジー近海にいると考え、捜索したようですが。」
「ありもせぬ船を探し求めたか。いや探し求めさせられたのだな。」
「そうやって、無駄骨を折らせるのも通商破壊戦の醍醐味です。」
「ははは、痛快だな。」
「まぁ、彼もバカではありません。ひょっとしたら、という気になったのか、モペリア島に自ら向かっています。」
「なんだと?それで、部下はどうなった?」
「それが、クリンチ達にも運がありました。難破した船から積み荷を1/3貰おうとした*2フランス船『リュティス』号を乗っ取り、ヤマジが到着する3日前に脱出しました。」
「おぉ、やるな。」
「残念ながらイースター島と言う巨石文明の遺跡の島で船は大破してしまいました。そうでなければ、大西洋に戻って通商破壊戦をやるつもりだった、と戦後語っていましたが。」
「卿の薫陶が行き届いているようじゃな。」
「いいえ、彼は正規の士官でしたから、当然のことかと思います。」
クリンチ達は、チリのドイツ人コミュティーの客人として終戦まで過ごしている。
その間にビーチ博士が病死していることだけが、惜しまれる。
「してヤマジという提督をひっかけた後、卿はどうしたのだ?」
「一度は、収容所を脱走しました。モーターボートを盗み出して脱走し、レッドマーキュリー島に潜みました。それから『モア』号という帆船を乗っ取り、ケルマデク諸島で遭難者用の物資を奪ったのですが、そこでニュージランド海軍の特設電纜施設艦『アイリス』に発見され、再度収容所行きです。そこで停戦を迎えました。」
「大人しく待ったわけではあるまい。」
「ご明察です。キルヒアイスと計らって小型帆船を乗っ取る計画を立てました。実行前に収容所を移され、不発に終わりましたが。」
「残念だったな。」
「えぇ、『ゼーアドラー』を失ってから、どうも上手くいきませんでした。」
ルックナーは、真剣に思う。
あの愛すべき帆装巡洋艦を得て軍人として最高の武勲を得て、失ってからはどうにも、無様をさらしているような気がする。
「卿は、もう海軍に戻らぬか。」
「軍縮で働く船もありませんので。」
高級船員からの士官の身に、ポストなど用意されるはずもない。
ルックナーは、退役し病んで余命宣告を受けた母と過ごした。
母を看病し、見とってから動いている。
「これからは、アメリカに向かいます。」
「あの新大陸にか。卿はあの国を高く評価していたが。」
「何を学ぼうと言うのではありませんが。」
L・トーマスというジャーナリストが、自分に興味を示して取材し本にしたところ。アメリカでヒットし、講演の依頼が殺到している。
これに応えることで、今のドイツが必要としているもの―――外貨を稼ぐつもりだった。
「色々思うところはありますが、ただ一つ申し上げれば、私はドイツのために尽くす。それだけでございます。」
「余には、それは叶わぬ。すまぬが……。」
「ドイツの再建に微力を尽くします。」
ルックナーは、全てを言わせなかった。
「では、最後に乾杯しよう。」
「はい。」
皇帝と伯爵は、グラスを掲げた。
「乾杯!伯爵の旅立ちに!」
「乾杯!ドイツの樫が再び芽生える日に!」
二人はグラスを打ち合わせた。
*1「エムデン」艦長。ドイツ騎士道精神の鑑とイギリスのメディアも報じた軍人。
*2難破した船の積み荷は、その船を救助した船長が積み荷などを1/3受け取ることができる。
0
あなたにおすすめの小説
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年中盤まで執筆
帰蝶の恋~Butterfly effect~
平梨歩
歴史・時代
ときは群雄割拠の戦国時代。
尾張国の織田信長と政略結婚で結ばれた、
美濃国の姫君・帰蝶。
「女にとって結婚は戦と同じ」
そう覚悟しつつも、
恋する心を止めることはできない。
自らの思いにまっすぐに、
強く逞しく生きた帰蝶の生涯と、
彼女を愛した男たちの戦いを綴る、
戦国恋愛絵巻。
※歴史小説に初挑戦です。
史実に基づいて書き綴っていきますが、
多くのフィクションが含まれます。
★2025.7.31
第11回歴史・時代小説大賞で【奨励賞】をいただきました。
ありがとうございました。
ソラノカケラ ⦅Shattered Skies⦆
みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始
台湾側は地の利を生かし善戦するも
人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね
たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される
背に腹を変えられなくなった台湾政府は
傭兵を雇うことを決定
世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった
これは、その中の1人
台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと
舞時景都と
台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと
佐世野榛名のコンビによる
台湾開放戦を描いた物語である
※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる