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四十一
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「何のことだ!」
無論、孝市郎に憶えは無い。
「調べはついておる。とぼけても無駄だ。神妙に致せ!」
「親分さん、何かの間違いです。どうしてこの孝市郎が強盗など致しましょう。」
「そうだ、第一俺は横沢村のおえいなんて人知らねえよ。」
「おえいは居酒屋を営む未亡人だ。その稼ぎを狙って九日ほど前に強盗が押し入った。」
「それがどうして俺の仕業になるんだ!証拠は何だ!」
「おう、証人がいる。」
そう言って軍吉は振り返り、後ろに控えていた女に出てくるよう促した。
後ろに控えていた女の年の頃は三十半ばといったところだろうか。唇の紅がきついが、まず美人と言える顔立ちの女だった。
この女がおえいか。
そう思う孝市郎におえいは指をつきつけた。
「親分さん、この人がうちに押し入った人の一人です。間違いございません。」
「何言ってやがる!俺は今があんたと初対面だ!」
「ほれ、被害にあった女がそう申しておる。手向かいいたさば容赦はせんぞ。大人しくお縄に着け。」
実にわかりやすい話が展開していた。
孝市郎はでっち上げの罪で捕縛されようとしているのである。
「待ちな、軍吉。」
「親分。」
騒ぎを聞きつけたのだろう。栄五郎が人垣をかきわけ現れた。
「そいつは九日前はてめえに袋叩きにされて伏せっていたんだ。押し入り強盗できる体じゃなかったことはてめえが一番よく知ってるだろう。」
「何のことかわからんな。俺がその小僧を袋叩きにしたことなんぞない。」
「ぬかしたなぁ。」
栄五郎は腕をまくろうとした。
「賭場荒らしを強盗に置き換えるたぁ、恐れ入ったぜ。」
「わけのわからぬことを申すな。賭場荒らしなど。このご公儀の御用を勤める軍吉が賭場を開くわけがあるまいが。」
「言ってくれんじゃねえか。今日おめえがやらなきゃならねえことだろうが。」
栄五郎は、腕をまくり大股に軍吉に詰め寄ろうとする。
「おっと、栄五郎。まさかこの十手に歯向かうまいな。さすがにご公儀も黙ってはおらぬぞ。」
「……ぬっ。」
さすがの栄五郎も十手持ちに正面切っては逆らえない。ほとぼりは冷めているとはいえ、一応は島抜けの犯罪者だ。逆らって取り調べが及べば色々と面倒なことになる。
「親分さん、うちの倅は不出来ですが、そのようなことをしでかす子ではありません。もう一度お取り調べを。」
そう言いながら弥五郎は、軍吉に近寄る。
そして生糸を売った金を袖に滑り込ませる。
「親分さん、これは何かの間違いです。どうかどうかお取り調べ直しを。」
「ふむ。」
軍吉は懐の重さを計り、弥五郎の顔を見た。
「子が子なら親も関わっているであろう。どうか、おえいよ。この者もいたのではないか。」
「はい……。」
孝市郎の頭の中で何かが爆ぜた。
「おえいさんよ、性根据えてもの言えよ。」
孝市郎の低い声におえいの口が止まる。
「親父は関係ねえ。俺だけしょっぴきな。いいな、親父は全く関係ねえ。もし親父に指一本でも触れてみな。ただじゃおかねえ。」
孝市郎は周囲を取り囲む子分達を睨みつける。
大二郎のような先日のされた子分もいる。孝市郎の強さを知っている彼らの腰は引けていた。
「さぁ、親分さんよ。縄をかけてもらおうか。」
逆に威圧するかのように孝市郎は、軍吉に詰め寄った。
気圧されたかのように軍吉が一歩下がる。
さらに孝市郎が詰め寄った時、軍吉は声を上げた。
「何をしている、早く縄をうたねえか。」
「へい。」
縄を持った子分が孝市郎を縛り上げる。
「考市郎!」
「大丈夫だよ、親父。心配しなくても。」
「孝市郎、いいか体だけは守るんだぞ。」
「親分、そんな顔しねえで下さい。似合いませんよ。」
栄五郎の言葉に孝市郎は笑顔で答えた。
孝市郎達が市をでたところで銃声が鳴った。
「猟師か?」
それにしては銃声が近過ぎる。猟ならばもっと山奥の方からするであろう。獣を追い払うための銃声ならもっと村に近いところで鳴る。
「おい、軍吉さんよ。その小僧を置いてきな。」
なんと忠治が短銃を構えて現れた。
「何者だ、てめえ!」
「通りすがりの賭場荒らしよ。先だっては稼がせてくれてありがとよ。」
「てめえら、やっちまえ!」
「動くんじゃねえっ!」
忠治が引き金を引いた。子分の一人が眉間を撃ち抜かれ絶命する。
さすがに恐怖で全員動きが止まった。
「…お、おい。一発撃った。もうあの銃に弾は入ってねえ。」
大二郎の言葉で、子分たちが動こうとする。
「一丁だけなんて言ってねえぜ。」
懐からさっと二丁目の銃が取り出される。再度、子分達の動きが止まった。
「それに俺は一人じゃねえ。」
その言葉を合図にしたかのように忠治の子分達が木陰などから現れ、軍吉達を包囲した。
子分の数は八人。
だが半数は短銃を構えている。所持していない半数も槍や刀を所持している。それらを所持する者はそれなりの使い手と考えるべきだろう。
「孝市郎、こっちに来な。」
「忠治さん、しかし、ここで逃げても。」
「馬鹿野郎、ここで逃げなきゃどうなると思う。てめえは拷問にかけられ無理やりやったと言わされる。言わなきゃ死ぬまで責めて、今わの際に言ったとでっち上げられる。逃げるしかねえんだよ。」
「しかし。」
「四の五のぬかすんなら、俺達で連れ去るだけだ。安心しな。てめえの家族も国定一家が保護する。ここは俺についてきな!」
家族を保護するの言葉に孝市郎も折れた。腰縄を持つ子分を蹴り飛ばし、忠治の所に行く。
「ところで俺が奪われたということを知らせねえとでっち上げは続くと思うんですが。」
「お、いいところに気が付くな。だが、案ずることはねえ。」
すでに対策は練られているらしい。孝市郎の縄はほどかれ、子分の一人が手にした。
半刻後、通りかかった商人が見たのは、ふんどし一つなく、粗末なしろものをさらす、後ろ手に縛られ、木に繋がれたた軍吉一家の面々だった。
「あれだけ醜態さらしゃぁ、おめえが奪われたと言う話を誰もが信じるだろうよ。あの程度の親分ならあり得るってな。」
去り際の忠治の言葉だった。
無論、孝市郎に憶えは無い。
「調べはついておる。とぼけても無駄だ。神妙に致せ!」
「親分さん、何かの間違いです。どうしてこの孝市郎が強盗など致しましょう。」
「そうだ、第一俺は横沢村のおえいなんて人知らねえよ。」
「おえいは居酒屋を営む未亡人だ。その稼ぎを狙って九日ほど前に強盗が押し入った。」
「それがどうして俺の仕業になるんだ!証拠は何だ!」
「おう、証人がいる。」
そう言って軍吉は振り返り、後ろに控えていた女に出てくるよう促した。
後ろに控えていた女の年の頃は三十半ばといったところだろうか。唇の紅がきついが、まず美人と言える顔立ちの女だった。
この女がおえいか。
そう思う孝市郎におえいは指をつきつけた。
「親分さん、この人がうちに押し入った人の一人です。間違いございません。」
「何言ってやがる!俺は今があんたと初対面だ!」
「ほれ、被害にあった女がそう申しておる。手向かいいたさば容赦はせんぞ。大人しくお縄に着け。」
実にわかりやすい話が展開していた。
孝市郎はでっち上げの罪で捕縛されようとしているのである。
「待ちな、軍吉。」
「親分。」
騒ぎを聞きつけたのだろう。栄五郎が人垣をかきわけ現れた。
「そいつは九日前はてめえに袋叩きにされて伏せっていたんだ。押し入り強盗できる体じゃなかったことはてめえが一番よく知ってるだろう。」
「何のことかわからんな。俺がその小僧を袋叩きにしたことなんぞない。」
「ぬかしたなぁ。」
栄五郎は腕をまくろうとした。
「賭場荒らしを強盗に置き換えるたぁ、恐れ入ったぜ。」
「わけのわからぬことを申すな。賭場荒らしなど。このご公儀の御用を勤める軍吉が賭場を開くわけがあるまいが。」
「言ってくれんじゃねえか。今日おめえがやらなきゃならねえことだろうが。」
栄五郎は、腕をまくり大股に軍吉に詰め寄ろうとする。
「おっと、栄五郎。まさかこの十手に歯向かうまいな。さすがにご公儀も黙ってはおらぬぞ。」
「……ぬっ。」
さすがの栄五郎も十手持ちに正面切っては逆らえない。ほとぼりは冷めているとはいえ、一応は島抜けの犯罪者だ。逆らって取り調べが及べば色々と面倒なことになる。
「親分さん、うちの倅は不出来ですが、そのようなことをしでかす子ではありません。もう一度お取り調べを。」
そう言いながら弥五郎は、軍吉に近寄る。
そして生糸を売った金を袖に滑り込ませる。
「親分さん、これは何かの間違いです。どうかどうかお取り調べ直しを。」
「ふむ。」
軍吉は懐の重さを計り、弥五郎の顔を見た。
「子が子なら親も関わっているであろう。どうか、おえいよ。この者もいたのではないか。」
「はい……。」
孝市郎の頭の中で何かが爆ぜた。
「おえいさんよ、性根据えてもの言えよ。」
孝市郎の低い声におえいの口が止まる。
「親父は関係ねえ。俺だけしょっぴきな。いいな、親父は全く関係ねえ。もし親父に指一本でも触れてみな。ただじゃおかねえ。」
孝市郎は周囲を取り囲む子分達を睨みつける。
大二郎のような先日のされた子分もいる。孝市郎の強さを知っている彼らの腰は引けていた。
「さぁ、親分さんよ。縄をかけてもらおうか。」
逆に威圧するかのように孝市郎は、軍吉に詰め寄った。
気圧されたかのように軍吉が一歩下がる。
さらに孝市郎が詰め寄った時、軍吉は声を上げた。
「何をしている、早く縄をうたねえか。」
「へい。」
縄を持った子分が孝市郎を縛り上げる。
「考市郎!」
「大丈夫だよ、親父。心配しなくても。」
「孝市郎、いいか体だけは守るんだぞ。」
「親分、そんな顔しねえで下さい。似合いませんよ。」
栄五郎の言葉に孝市郎は笑顔で答えた。
孝市郎達が市をでたところで銃声が鳴った。
「猟師か?」
それにしては銃声が近過ぎる。猟ならばもっと山奥の方からするであろう。獣を追い払うための銃声ならもっと村に近いところで鳴る。
「おい、軍吉さんよ。その小僧を置いてきな。」
なんと忠治が短銃を構えて現れた。
「何者だ、てめえ!」
「通りすがりの賭場荒らしよ。先だっては稼がせてくれてありがとよ。」
「てめえら、やっちまえ!」
「動くんじゃねえっ!」
忠治が引き金を引いた。子分の一人が眉間を撃ち抜かれ絶命する。
さすがに恐怖で全員動きが止まった。
「…お、おい。一発撃った。もうあの銃に弾は入ってねえ。」
大二郎の言葉で、子分たちが動こうとする。
「一丁だけなんて言ってねえぜ。」
懐からさっと二丁目の銃が取り出される。再度、子分達の動きが止まった。
「それに俺は一人じゃねえ。」
その言葉を合図にしたかのように忠治の子分達が木陰などから現れ、軍吉達を包囲した。
子分の数は八人。
だが半数は短銃を構えている。所持していない半数も槍や刀を所持している。それらを所持する者はそれなりの使い手と考えるべきだろう。
「孝市郎、こっちに来な。」
「忠治さん、しかし、ここで逃げても。」
「馬鹿野郎、ここで逃げなきゃどうなると思う。てめえは拷問にかけられ無理やりやったと言わされる。言わなきゃ死ぬまで責めて、今わの際に言ったとでっち上げられる。逃げるしかねえんだよ。」
「しかし。」
「四の五のぬかすんなら、俺達で連れ去るだけだ。安心しな。てめえの家族も国定一家が保護する。ここは俺についてきな!」
家族を保護するの言葉に孝市郎も折れた。腰縄を持つ子分を蹴り飛ばし、忠治の所に行く。
「ところで俺が奪われたということを知らせねえとでっち上げは続くと思うんですが。」
「お、いいところに気が付くな。だが、案ずることはねえ。」
すでに対策は練られているらしい。孝市郎の縄はほどかれ、子分の一人が手にした。
半刻後、通りかかった商人が見たのは、ふんどし一つなく、粗末なしろものをさらす、後ろ手に縛られ、木に繋がれたた軍吉一家の面々だった。
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