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四十二
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「すまねえな孝市郎、迷惑かけちまった。」
赤城山中の国定一家の隠れ家で忠治は孝市郎に頭を下げた。
「何をしたんですか?」
「いや、おめえが軍吉一家のもんを十人ほどのしたって叔父御経由で聞いてな。」
「はい。」
「十人も動けなければ賭場の警備も手薄になると思って軍吉のところで賭場荒らしをやった。そしたらあの野郎、賭場荒らしの損害をそのまま妾のところに強盗が入ったことにしやがった。」
博徒は他人にやられた被害をお上に訴えるような真似はしない。お上の捜査の手が入れば自身に跳ね返る危険があるからだ。
故に賭場荒らしは行われる。
それに対する対策として子分を警備に立たせたりもする。孝市郎も賭場荒らしを取り押さえたこともある。
「それだけならまだしも、おめえにその罪をなすりつけるたぁ、想像もしてなかった。本当にすまねえ。」
「もういいですよ。頭を上げて下さい。」
孝市郎はため息をつきながら言った。
「それより家族の事をお願いします。」
「親父の方は大丈夫だ。叔父御が言い聞かせて村に帰した。村には俺の子分も送り込んでいる。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「すまねえ、ほとぼりが冷めるまでいくらでもここにいてくれ。不自由はさせねえ。」
翌日、栄五郎が忠治の隠れ家にやってきた。
「孝市郎、ちょいと話がある。」
深刻な顔をする栄五郎の前に孝市郎は座った。その横に忠治も座る。
「おめえの手配書が回った。野郎かなり手早く動きやがる。」
「もう手配書ですかい。早過ぎる。俺が伊三郎を斬った時だって半月はかかった。」
「野郎にしてみれば、孝市郎に罪をなすり付けるのは計画のうちなんだろう。万が一の逃亡にも備えていたと見える。」
「しかし、なんだって野郎、孝市郎に執着するんだ。それがわからねえ。」
「こいつは俺を狙った計画じゃねえかと睨んでいる。」
「叔父御を?」
「そうだ、孝市郎は堅気だが、俺の下にいた。関りがねえとはとても言えねえ。孝市郎を捕らえてそこから俺の名前を吐かせて、俺を捕縛しようと言う肚じゃねえか。それが俺の推測だ。」
「なら、家族の方はむしろ無事、でしょうか?」
「多分な、あれから馬場村に動きはねえようだ。」
「家族が無事ならそれでいいです。」
「そうも言ってられねえ。孝市郎、おめえを無宿にしてはどうかって話が出ている。」
「えっ……。」
二年前、親に捨てられた、と思った時のものに似た衝撃が孝市郎を襲った。
「今のところ、おめえは自分から縛についた犯罪者だ。それなら連座で家族が捕らえられてもおかしくねえ。それくらいなら無宿にして連座を逃れるべきだと。」
「そんな、誰です。そんなこと言ってる野郎は?」
「落ち着け忠治。言ってるのは身内じゃねえ。馬場村で孝市郎の親父と付き合いのある者よ。彼らにしてみれば考市郎の親父の方が大事よ。」
「考市郎は長男でしょう。跡取りだって大事だ。」
「治郎って子がいるからな。そちらが跡を継げばいいってこった。忠治、お前と一緒よ。」
お前と一緒と言われて忠治も黙った。確かに弟に家のことは任せて渡世を執るようになった。
そんな自分が、次男に家を継がせるという考えをとやかく言う資格は無い。
「……やむを得ないですね。」
衝撃は確かに孝市郎を撃った。
だが、それがおさまった時、孝市郎には別の考えが浮かんでいた。
「やむを得ないですねって、おめえ、他人事みてえに言うな。」
「それで家族が助かるならいいです。俺の身から出た錆です。しょうがないです。」
「何が身から出た錆だ、どんな錆だ。言ってみろ。」
激昂した忠治が怒鳴る。
「身から出た錆ですよ、忠治さん。俺は乱暴者だ。二年前、喧嘩をするな、と言われながらも喧嘩を止めなかった。だから親分に預けられ、関りを持った。」
「だからどうした。おめえは今でも若い。二年前なんてもっと未熟な小僧っ子だった。失敗なんざいくらでもやる身なんだ!いちいちそれを錆と言っちゃあいけねえ。やけになるな。」
「やけを起こしてるわけじゃありません。家族のことを考えているだけです。俺に連座して両親や、ましてや小さい治郎にまで累が及ぶなんて耐えられません!」
「そいつはわかる。だがよ、おめえは俺や叔父御と違う。無罪なんだ。その手で人を斬ったりしたわけじゃねえ。あの女を締め上げて証言を取り消させるとか手はまだある。無宿になる必要はねえんだ。」
「それでどうするんです?」
「何?」
思いもよらぬ言葉に忠治も言葉を失う。
「有宿無宿、それがどういう意味を持つんでしょうか。例えば親分や忠治さん。お二人は無宿人です。ですが、その行いは立派なもんじゃないですか。近年の飢饉に米麦や金を貧民に配って飢える者が出ないよう配慮された。」
「へっ、大したことじゃねえよ。俺達博徒は百姓あって生きられるんだ。そんくらいやって当たりめえよ。」
「片や軍吉。ご公儀の仕事をやるくらいですから有宿でしょう。ですがやってることはなんですか?賭場を取り締まるための費用捻出とほざいて賭場を開帳する。賭場を取り締まる者のやることですか。」
「孝市郎、俺もあいつみてえに二足草鞋を履いたことがあるからわかるが、人間生きてなにかやるためには銭がいるのよ。おめえのいうことは正論だがな。」
栄五郎自身、尾張で賭場を持ち、その上りで生計を立てながら犯罪者を取り締まっていた。矛盾をやっていただけに大きなことを言える身ではないと承知しているからこそ、軍吉の横暴にもあれこれ言いにくいものがある。
「えぇ、親分の言うことにも理はありましょう。ですがね、吉平さんみたいな貧しい人まで博奕に誘って身を持ち崩させ、家族を一時とはいえ離散させた。親分はそこまでやりましたか!?」
無論栄五郎はやっていない。だがそれを言うと孝市郎は勢いづくだけであろう。栄五郎は慎重に言葉を探した。
「だがな孝市郎。無宿人になってどうする?お前も見てきたはずだ。一生夜の闇に紛れてこそこそと博奕をやって生きるか?俺の性分で出入りはやらなかったが、いつかはやるかもしれねえ。おめえはどこぞの河原で死ぬ覚悟はあるのか?」
「へい、その覚悟はできております。栄五郎親分、俺に子分の盃を下さい。」
赤城山中の国定一家の隠れ家で忠治は孝市郎に頭を下げた。
「何をしたんですか?」
「いや、おめえが軍吉一家のもんを十人ほどのしたって叔父御経由で聞いてな。」
「はい。」
「十人も動けなければ賭場の警備も手薄になると思って軍吉のところで賭場荒らしをやった。そしたらあの野郎、賭場荒らしの損害をそのまま妾のところに強盗が入ったことにしやがった。」
博徒は他人にやられた被害をお上に訴えるような真似はしない。お上の捜査の手が入れば自身に跳ね返る危険があるからだ。
故に賭場荒らしは行われる。
それに対する対策として子分を警備に立たせたりもする。孝市郎も賭場荒らしを取り押さえたこともある。
「それだけならまだしも、おめえにその罪をなすりつけるたぁ、想像もしてなかった。本当にすまねえ。」
「もういいですよ。頭を上げて下さい。」
孝市郎はため息をつきながら言った。
「それより家族の事をお願いします。」
「親父の方は大丈夫だ。叔父御が言い聞かせて村に帰した。村には俺の子分も送り込んでいる。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「すまねえ、ほとぼりが冷めるまでいくらでもここにいてくれ。不自由はさせねえ。」
翌日、栄五郎が忠治の隠れ家にやってきた。
「孝市郎、ちょいと話がある。」
深刻な顔をする栄五郎の前に孝市郎は座った。その横に忠治も座る。
「おめえの手配書が回った。野郎かなり手早く動きやがる。」
「もう手配書ですかい。早過ぎる。俺が伊三郎を斬った時だって半月はかかった。」
「野郎にしてみれば、孝市郎に罪をなすり付けるのは計画のうちなんだろう。万が一の逃亡にも備えていたと見える。」
「しかし、なんだって野郎、孝市郎に執着するんだ。それがわからねえ。」
「こいつは俺を狙った計画じゃねえかと睨んでいる。」
「叔父御を?」
「そうだ、孝市郎は堅気だが、俺の下にいた。関りがねえとはとても言えねえ。孝市郎を捕らえてそこから俺の名前を吐かせて、俺を捕縛しようと言う肚じゃねえか。それが俺の推測だ。」
「なら、家族の方はむしろ無事、でしょうか?」
「多分な、あれから馬場村に動きはねえようだ。」
「家族が無事ならそれでいいです。」
「そうも言ってられねえ。孝市郎、おめえを無宿にしてはどうかって話が出ている。」
「えっ……。」
二年前、親に捨てられた、と思った時のものに似た衝撃が孝市郎を襲った。
「今のところ、おめえは自分から縛についた犯罪者だ。それなら連座で家族が捕らえられてもおかしくねえ。それくらいなら無宿にして連座を逃れるべきだと。」
「そんな、誰です。そんなこと言ってる野郎は?」
「落ち着け忠治。言ってるのは身内じゃねえ。馬場村で孝市郎の親父と付き合いのある者よ。彼らにしてみれば考市郎の親父の方が大事よ。」
「考市郎は長男でしょう。跡取りだって大事だ。」
「治郎って子がいるからな。そちらが跡を継げばいいってこった。忠治、お前と一緒よ。」
お前と一緒と言われて忠治も黙った。確かに弟に家のことは任せて渡世を執るようになった。
そんな自分が、次男に家を継がせるという考えをとやかく言う資格は無い。
「……やむを得ないですね。」
衝撃は確かに孝市郎を撃った。
だが、それがおさまった時、孝市郎には別の考えが浮かんでいた。
「やむを得ないですねって、おめえ、他人事みてえに言うな。」
「それで家族が助かるならいいです。俺の身から出た錆です。しょうがないです。」
「何が身から出た錆だ、どんな錆だ。言ってみろ。」
激昂した忠治が怒鳴る。
「身から出た錆ですよ、忠治さん。俺は乱暴者だ。二年前、喧嘩をするな、と言われながらも喧嘩を止めなかった。だから親分に預けられ、関りを持った。」
「だからどうした。おめえは今でも若い。二年前なんてもっと未熟な小僧っ子だった。失敗なんざいくらでもやる身なんだ!いちいちそれを錆と言っちゃあいけねえ。やけになるな。」
「やけを起こしてるわけじゃありません。家族のことを考えているだけです。俺に連座して両親や、ましてや小さい治郎にまで累が及ぶなんて耐えられません!」
「そいつはわかる。だがよ、おめえは俺や叔父御と違う。無罪なんだ。その手で人を斬ったりしたわけじゃねえ。あの女を締め上げて証言を取り消させるとか手はまだある。無宿になる必要はねえんだ。」
「それでどうするんです?」
「何?」
思いもよらぬ言葉に忠治も言葉を失う。
「有宿無宿、それがどういう意味を持つんでしょうか。例えば親分や忠治さん。お二人は無宿人です。ですが、その行いは立派なもんじゃないですか。近年の飢饉に米麦や金を貧民に配って飢える者が出ないよう配慮された。」
「へっ、大したことじゃねえよ。俺達博徒は百姓あって生きられるんだ。そんくらいやって当たりめえよ。」
「片や軍吉。ご公儀の仕事をやるくらいですから有宿でしょう。ですがやってることはなんですか?賭場を取り締まるための費用捻出とほざいて賭場を開帳する。賭場を取り締まる者のやることですか。」
「孝市郎、俺もあいつみてえに二足草鞋を履いたことがあるからわかるが、人間生きてなにかやるためには銭がいるのよ。おめえのいうことは正論だがな。」
栄五郎自身、尾張で賭場を持ち、その上りで生計を立てながら犯罪者を取り締まっていた。矛盾をやっていただけに大きなことを言える身ではないと承知しているからこそ、軍吉の横暴にもあれこれ言いにくいものがある。
「えぇ、親分の言うことにも理はありましょう。ですがね、吉平さんみたいな貧しい人まで博奕に誘って身を持ち崩させ、家族を一時とはいえ離散させた。親分はそこまでやりましたか!?」
無論栄五郎はやっていない。だがそれを言うと孝市郎は勢いづくだけであろう。栄五郎は慎重に言葉を探した。
「だがな孝市郎。無宿人になってどうする?お前も見てきたはずだ。一生夜の闇に紛れてこそこそと博奕をやって生きるか?俺の性分で出入りはやらなかったが、いつかはやるかもしれねえ。おめえはどこぞの河原で死ぬ覚悟はあるのか?」
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