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五十二
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「お、親分、な、何を……。」
さすがの大二郎も突然のことの衝撃と苦痛で口がうまく動かない。
「さっさと楽になりな。」
軍吉は、腹に長脇差を突き立てたまま捻った。さらに内臓を傷つけられ、大二郎は膝を折った。
「親分に下手はうたせないって言ってくれたろう。甘えさせてもらうよ。」
「どうい…うこと…。」
「いいからさっさと楽になんな!」
すがりつこうとする大二郎を軍吉は蹴り飛ばした。
長脇差が抜け、血をまき散らしながら大二郎は倒れ、動かなくなった。
誰もが目の前のことに衝撃を受け、身動き一つできない。
「おい、軍吉。こいつはどういうことでえ。」
それでも孝市郎は無理して言葉を紡いだ。
「何、大二郎はこの辺りで忠治を探していたらおめえに出くわした。手配が解かれたことを知らねえおめえは、自分を捕らえに来たと勘違いして大二郎を殺してしまう。」
「……ってぇのがてめえの筋書きかい。」
木陰から忠治が現れた。
「忠治!」
「忠治さん!」
「叔父御の声はよく通りますからね。何事かと思って隠れながら近寄ったんですが、この悪党が。」
怒りに燃える忠治が手をかざした。
それを合図にあちこちから忠治の子分達も現れる。
「ほう、手配中の忠治一家もご一緒かい。こいつはいい。孝市郎ともどもふん縛って手柄とさせて貰うよ。」
「そううまくいくと思うなよ。」
栄五郎は、ついていた杖を振り上げる。
「親分、俺のを使って下さい。」
孝市郎は、さしていた長脇差を差し出した。
軍吉もそうだが、後ろに控える子分や用心棒であろう浪人達は、真剣を帯びている。さすがに木製の杖では危険と孝市郎ならずとも思うところである。
「いやいい。そいつはおめえにやったもんだ。大事に使え。」
「しかし…。」
「そいつを俺が使ったらおめえはどうする?あんな悪党と同じにしてくれるな。」
つまるところ、子分のために自分が危険を負う、と言っているのだ。
真剣を前にして、子分でしかない自分の身を案じている。そう思うだけで熱いものが孝市郎の中を満たしていた。
「俺が悪党とおっしゃるかい、栄五郎。」
「てめえのかわいい子分を殺すような外道に、悪党は褒め言葉だろう。ありがたく思いな。」
「そうだぜ、おめえと違って俺の親分は子分を大事にして下さる。上州一の大親分だぜ。」
孝市郎は、長脇差を抜いて栄五郎の前に出た。
「おい、孝市郎。」
「親分は下がっていてくだせえ。こんな悪党、親分が相手するこたぁござんせん。」
「そうですぜ、叔父御は下がっていてくだせえ。ここは国定一家が片付けます。」
「馬鹿野郎、てめえらに守られる俺だと思ってんのか。こんな小せえ小悪党、畳んでやらあ。」
「じゃかあしい!勝手なこと抜かしやがって罪人どもが。野郎ども、やっちまえ!」
栄五郎の挑発に軍吉がのせられ激発する。
だが、それは考市郎達にとって好都合だった。軍吉が用意させた鉄砲は、味方撃ちを恐れて使えなくなってしまったからだ。
考市郎は、真っ先に軍吉に向かったが、間に割り込むように、子分の一人が切りかかって来た。
とっさに長脇差で相手の長脇差を払い、そのまま相手の脇をすり抜ける。
直ぐに別の子分が立ちはだかる。
すり抜けられた子分も、振り返って考市郎に後ろから切りつけようとする。
だが、考市郎に慌てた気配は無い。
「がっ……。」
追いついた栄五郎が杖で殴り倒したからだ。
栄五郎の剛力にかかれば、ただの杖でも強力な鈍器に変わる。
それを見て動揺した子分を、考市郎は峰打ちで撃ち倒す。
「考市郎、てめえの方が素早い。先に行って軍吉を抑えろ。」
「へい、親分はここで待っていてくだせえ。」
「殺すなよ。あの小悪党、一発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ。てめえの子分を奸計のために殺すたぁ博徒の風上にも置けねえ。」
「かしこまりました!」
忠治もまた、軍吉を倒すべく長脇差を抜いた。目の前に立ちふさがる軍吉の子分と二合、三合と剣を交えた末に切り伏せていた。
「てめえら、急げ。軍吉一家のもんと離れるんじゃねえ。離されたら弾が飛んでくるかもしれねえ。」
森の中で木の陰に隠れれば簡単に撃たれることはないだろうが、先日の浅次郎の件もある。用心に越したことはない。
加えて孝市郎を無事に旅立たせるためにも軍吉一家に打撃を与えておきたいところだった。
そのためにも軍吉の後ろに控えている鉄砲を持った連中もどうにかしておきたい。
「辰!」
「へい!」
「おめえひとっ走り隠れ家まで行って増援連れてこい。」
「へい。」
「後は俺に続け。軍吉の後ろに回り込む。」
「親分、孝市郎の援護はしなくてよろしいんですか?」
「文蔵、俺達が後ろに回ること自体が援護になる。俺が短銃を持っていることを知っているからな。野郎もそれを警戒して鉄砲を用意させたはずだ。」
「なるほど。」
「いいか、てめえら。叔父御に仇なす軍吉の野郎をぶちのめすぞ。気合い入れろ!」
「「「「へい!」」」」
軍吉は、子分を前にやりつつ、自分は後ろに下がっていた。
孝市郎の腕は先日思い知らされている。
ましてや国定一家もいるのだ。子分や用心棒をけしかけ、自身は鉄砲を装備した子分の後ろに隠れるつもりだった。
鉄砲をもって後ろで待機していた子分に指示を出す。
「おめえら撃て。」
「しかし、撃てと言われましても。」
今撃っても国定一家の者は木陰に隠れていて狙えないし、孝市郎は仲間達とやり合っている。
素早く動いているから狙おうにも狙いにくいし、下手をすれば同士討ちになる。
「かまわねえ、とりあえずあの小僧をしとめろ。」
「国定一家は?」
木を巧みに使い身を隠しながら接近する彼らの方が、脅威に感じられた。
「あの小僧を撃ってからだ!」
軍吉の勢いに呑まれ、子分達は銃を構えた。
さすがの大二郎も突然のことの衝撃と苦痛で口がうまく動かない。
「さっさと楽になりな。」
軍吉は、腹に長脇差を突き立てたまま捻った。さらに内臓を傷つけられ、大二郎は膝を折った。
「親分に下手はうたせないって言ってくれたろう。甘えさせてもらうよ。」
「どうい…うこと…。」
「いいからさっさと楽になんな!」
すがりつこうとする大二郎を軍吉は蹴り飛ばした。
長脇差が抜け、血をまき散らしながら大二郎は倒れ、動かなくなった。
誰もが目の前のことに衝撃を受け、身動き一つできない。
「おい、軍吉。こいつはどういうことでえ。」
それでも孝市郎は無理して言葉を紡いだ。
「何、大二郎はこの辺りで忠治を探していたらおめえに出くわした。手配が解かれたことを知らねえおめえは、自分を捕らえに来たと勘違いして大二郎を殺してしまう。」
「……ってぇのがてめえの筋書きかい。」
木陰から忠治が現れた。
「忠治!」
「忠治さん!」
「叔父御の声はよく通りますからね。何事かと思って隠れながら近寄ったんですが、この悪党が。」
怒りに燃える忠治が手をかざした。
それを合図にあちこちから忠治の子分達も現れる。
「ほう、手配中の忠治一家もご一緒かい。こいつはいい。孝市郎ともどもふん縛って手柄とさせて貰うよ。」
「そううまくいくと思うなよ。」
栄五郎は、ついていた杖を振り上げる。
「親分、俺のを使って下さい。」
孝市郎は、さしていた長脇差を差し出した。
軍吉もそうだが、後ろに控える子分や用心棒であろう浪人達は、真剣を帯びている。さすがに木製の杖では危険と孝市郎ならずとも思うところである。
「いやいい。そいつはおめえにやったもんだ。大事に使え。」
「しかし…。」
「そいつを俺が使ったらおめえはどうする?あんな悪党と同じにしてくれるな。」
つまるところ、子分のために自分が危険を負う、と言っているのだ。
真剣を前にして、子分でしかない自分の身を案じている。そう思うだけで熱いものが孝市郎の中を満たしていた。
「俺が悪党とおっしゃるかい、栄五郎。」
「てめえのかわいい子分を殺すような外道に、悪党は褒め言葉だろう。ありがたく思いな。」
「そうだぜ、おめえと違って俺の親分は子分を大事にして下さる。上州一の大親分だぜ。」
孝市郎は、長脇差を抜いて栄五郎の前に出た。
「おい、孝市郎。」
「親分は下がっていてくだせえ。こんな悪党、親分が相手するこたぁござんせん。」
「そうですぜ、叔父御は下がっていてくだせえ。ここは国定一家が片付けます。」
「馬鹿野郎、てめえらに守られる俺だと思ってんのか。こんな小せえ小悪党、畳んでやらあ。」
「じゃかあしい!勝手なこと抜かしやがって罪人どもが。野郎ども、やっちまえ!」
栄五郎の挑発に軍吉がのせられ激発する。
だが、それは考市郎達にとって好都合だった。軍吉が用意させた鉄砲は、味方撃ちを恐れて使えなくなってしまったからだ。
考市郎は、真っ先に軍吉に向かったが、間に割り込むように、子分の一人が切りかかって来た。
とっさに長脇差で相手の長脇差を払い、そのまま相手の脇をすり抜ける。
直ぐに別の子分が立ちはだかる。
すり抜けられた子分も、振り返って考市郎に後ろから切りつけようとする。
だが、考市郎に慌てた気配は無い。
「がっ……。」
追いついた栄五郎が杖で殴り倒したからだ。
栄五郎の剛力にかかれば、ただの杖でも強力な鈍器に変わる。
それを見て動揺した子分を、考市郎は峰打ちで撃ち倒す。
「考市郎、てめえの方が素早い。先に行って軍吉を抑えろ。」
「へい、親分はここで待っていてくだせえ。」
「殺すなよ。あの小悪党、一発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ。てめえの子分を奸計のために殺すたぁ博徒の風上にも置けねえ。」
「かしこまりました!」
忠治もまた、軍吉を倒すべく長脇差を抜いた。目の前に立ちふさがる軍吉の子分と二合、三合と剣を交えた末に切り伏せていた。
「てめえら、急げ。軍吉一家のもんと離れるんじゃねえ。離されたら弾が飛んでくるかもしれねえ。」
森の中で木の陰に隠れれば簡単に撃たれることはないだろうが、先日の浅次郎の件もある。用心に越したことはない。
加えて孝市郎を無事に旅立たせるためにも軍吉一家に打撃を与えておきたいところだった。
そのためにも軍吉の後ろに控えている鉄砲を持った連中もどうにかしておきたい。
「辰!」
「へい!」
「おめえひとっ走り隠れ家まで行って増援連れてこい。」
「へい。」
「後は俺に続け。軍吉の後ろに回り込む。」
「親分、孝市郎の援護はしなくてよろしいんですか?」
「文蔵、俺達が後ろに回ること自体が援護になる。俺が短銃を持っていることを知っているからな。野郎もそれを警戒して鉄砲を用意させたはずだ。」
「なるほど。」
「いいか、てめえら。叔父御に仇なす軍吉の野郎をぶちのめすぞ。気合い入れろ!」
「「「「へい!」」」」
軍吉は、子分を前にやりつつ、自分は後ろに下がっていた。
孝市郎の腕は先日思い知らされている。
ましてや国定一家もいるのだ。子分や用心棒をけしかけ、自身は鉄砲を装備した子分の後ろに隠れるつもりだった。
鉄砲をもって後ろで待機していた子分に指示を出す。
「おめえら撃て。」
「しかし、撃てと言われましても。」
今撃っても国定一家の者は木陰に隠れていて狙えないし、孝市郎は仲間達とやり合っている。
素早く動いているから狙おうにも狙いにくいし、下手をすれば同士討ちになる。
「かまわねえ、とりあえずあの小僧をしとめろ。」
「国定一家は?」
木を巧みに使い身を隠しながら接近する彼らの方が、脅威に感じられた。
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