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婚約披露から数日後、私はヒメネス公爵家を訪れました。
「こんにちわ、イルダ様。」
「ようこそ、ロザリンド嬢。」
イルダ様直々に出迎えです。
「ふふ、目端の効く使用人は辞めたわ。残っている者にも暇を出したの。給料が払えないから。」
伯爵家で使用人が全くいない。そこまで追い込まれていたとは思いませんでした。
「お父様が相場に失敗したとおっしゃってましたが。」
「それは事実だけどね。なぜ父は相場に手を出したと思う?」
「なぜでしょう?」
「祖父と曾祖父のせいなの。祖父は植物、曾祖父は鉱物の収集に大金を使ったわ。そのせいで父が伯爵家の当主になった時には、所領からの収益は借金の支払いで大半が右から左に消えるような状態だったの。」
「そんな状態だったのですか。」
「所領も養蜂くらいしか産業の無い豊かと言えない所だし。」
「それで借金解決のために相場に手を出したのですね。」
「えぇ、父は全く浪費していないのに。絵を描くぐらいしか趣味の無い人なのよ。」
「お母様は?」
先日の婚約披露の場にいなかったことを思い出し、質問してみます。
「相場に失敗した日に家を出たわ。実家の子爵家にいると思うわ。」
「イルダ様を連れて行かなかったのですね。」
「ワタシの方で断ったの。ワタシはやはりヒメネス伯爵家の娘ですもの。なんとか伯爵家を再建したかったのよ。」
それで先日、国王の目にとまるべく、婚約披露の場に来られていたと。
「こちらにどうぞ。」
案内された応接室の家具は、しっかりした上質な作りのものでしたが、テーブルクロスなどのリネン類の洗濯が行き届いていません。
「座って頂戴。お茶を入れるわ。」
イルダ様は、手ずからにポットを取ってお茶を入れます。
私は席に座ってカップを手にします。
イルダ様も座ってカップを手にしました。
「先日は、世話になったわ、ロザリンド嬢。」
「いえ、私は特に何も。上着を貸してくださったのはバルリオス将軍です。」
「とっさにワタシをかばってくれたじゃない。周囲の男性の視線から。」
クルス王子とか国王とかのですね。
全く、あのドスケベ親子。
「今日は新しい殿方も一緒なのね。」
イルダさんは、私の後ろに控える二人の護衛に視線を向けます。
王宮から派遣された私の護衛です。
「オラシオ・バルリオスっす。よろしく。」
「アズナール・カミロです。お見知りおきを。」
「バルリオスにカミロってひょっとして。」
「はい、オレ、かの『斬首将軍』の次男っす。」
「宮廷魔術師のカミロは、父です。ぼくは……不肖の次男坊です。」
イルダさんの問いに護衛の二人が答えます。
「大変な役目ね。」
「はい、二人にはご迷惑おかけしてます。」
王太子の婚約者の警護。
と言えば聞こえはいいですが、王太子が廃立の危機にある今、おいしい役目ではありません。
将来の栄達に役立たない可能性大で、そのくせ私の身に何かあれば責任を問われる。
リスクに対するリターンが少ないんです。
「王太子の婚約者の護衛は、建前上王室でなく婚約者に忠誠を誓うことになるものよね。」
そう、婚約者の護衛は婚約者個人に忠誠を誓う。
これは、昔王室に敵対した勢力から和睦のため送られた姫君の護衛が、姫君個人に忠誠を誓ったことから生まれた慣習なのだそうです。
そのため、婚約が破棄されたり離縁ということになると、護衛は女性に付き従い、軍を辞めねばなりません。
もしクルス王子との婚約が破棄されれば、彼らはその日から無位無官の無職です。
そういうリスクがあるため、志願制だそうです。
「私の護衛に志願する者は、いませんでした。彼らも親に言われて志願してくれたのです。」
「貴方たち、思い切ったものね。」
イルダ様の目が二人に向けられます。
「オレは、役得があるからいいんっすけど。」
オラシオが軽い口調で答えます。
軽薄な性格ですが、戦闘力は問題ありません、とバルリオス将軍が折り紙つけてます。
「役得?」
イルダさんが不思議そうな顔になります。
「お嬢様みたいな美女に会えることっす。軍営は、むさっ苦しいヤローばっかで。」
「お上手ね、フフ。」
こら、オラシオ、どこ見ての。
今日のイルダ様は、シンプルなワンピースを着てます。
シンプルなデザインの品ですが、ウェストにベルトを巻いているため、胸元が強調されています。
オラシオの視線が、押し上げられているワンピースの胸元に釘付けなのが丸わかりです。
「おい、オラシオ。挨拶だけにしておけ。」
オラシオと対称的に真面目なアズナールが、オラシオの服の裾を引っ張り注意します。
「あら、イスマイル様は見たくありませんの?」
イルダさんは、挑発的に胸をつきだします。
真面目なアズナールまで、視線が釘付けです。
男ってば……。
「二人とも控えなさい。失礼でしょ。」
「はい!」
すいませんという顔のアズナールが、にやけるオラシオを引っ張って下がります。
そんな二人を見て、イルダ様がしてやったりという顔をします
「イルダ様、護衛をからかわないで下さい。」
「フフ、いいじゃない。ワタシは、これから殿方を今みたいに籠絡していかなければならないの。」
「イルダ様……。」
それは……。
「勘違いしないで頂戴。娼館に行く訳じゃないわ。これでも伯爵家、ワタシを狙う成金どもが、牙を研いでいるの。」
なるほど。
「父から聞いたことがあります。富を得て次に名誉を望む者は多いと。」
「そう。ワタシはそういった手合いをあしらってやるわ。貢がせるだけ貢がせて。まぁ、どこかで結婚するでしょうけど。」
イルダさんは、不敵に笑います。
「イルダ様、それを陛下相手にやる気はございませんか?」
「無理よ、陛下の前に出れるようなフォーマルなドレスが無いもの。あれは、手違いで売れ残っていたドレス。この一年で胸が急速に大きくならなければ、あれでいけたのだけど。」
イルダさんは、私より2つ上。
ということは、来年くらいから私も……。
じゃなくて。
「ドレスなどは私が用意いたします。今一度、勝負されませんか?」
「結構よっ!!」
イルダさんは、声を荒げて拒絶しました。
「ワタシはヒメネス伯爵家の娘よ。貴女の憐れみなどいらないっ!!そりゃメイア商会の財力なら、ドレスも靴もアクセサリーもより取りみどりでしょうけど、そんな施しを受けるくらいなら、娼館に行った方がマシよっ!!」
イルダさんは、大声でまくし立てます。
やっぱり、気位が高い。
こうなる可能性は、予想してました。
「帰って、帰って頂戴。先日のことがあるから会ったけど、もう二度と来ないで頂戴!」
「イルダ様、助けて下さい!」
私は、イルダ様に負けぬ大きさの声を張り上げました。
「はぁ?助けて?」
奇襲成功。
イルダ様の顔が怪訝な表情に変わりました。
「本日、お伺いしたのは、憐れむためではありません。憐れみを乞いに参ったのです。」
興味はひけたようです。
「こんにちわ、イルダ様。」
「ようこそ、ロザリンド嬢。」
イルダ様直々に出迎えです。
「ふふ、目端の効く使用人は辞めたわ。残っている者にも暇を出したの。給料が払えないから。」
伯爵家で使用人が全くいない。そこまで追い込まれていたとは思いませんでした。
「お父様が相場に失敗したとおっしゃってましたが。」
「それは事実だけどね。なぜ父は相場に手を出したと思う?」
「なぜでしょう?」
「祖父と曾祖父のせいなの。祖父は植物、曾祖父は鉱物の収集に大金を使ったわ。そのせいで父が伯爵家の当主になった時には、所領からの収益は借金の支払いで大半が右から左に消えるような状態だったの。」
「そんな状態だったのですか。」
「所領も養蜂くらいしか産業の無い豊かと言えない所だし。」
「それで借金解決のために相場に手を出したのですね。」
「えぇ、父は全く浪費していないのに。絵を描くぐらいしか趣味の無い人なのよ。」
「お母様は?」
先日の婚約披露の場にいなかったことを思い出し、質問してみます。
「相場に失敗した日に家を出たわ。実家の子爵家にいると思うわ。」
「イルダ様を連れて行かなかったのですね。」
「ワタシの方で断ったの。ワタシはやはりヒメネス伯爵家の娘ですもの。なんとか伯爵家を再建したかったのよ。」
それで先日、国王の目にとまるべく、婚約披露の場に来られていたと。
「こちらにどうぞ。」
案内された応接室の家具は、しっかりした上質な作りのものでしたが、テーブルクロスなどのリネン類の洗濯が行き届いていません。
「座って頂戴。お茶を入れるわ。」
イルダ様は、手ずからにポットを取ってお茶を入れます。
私は席に座ってカップを手にします。
イルダ様も座ってカップを手にしました。
「先日は、世話になったわ、ロザリンド嬢。」
「いえ、私は特に何も。上着を貸してくださったのはバルリオス将軍です。」
「とっさにワタシをかばってくれたじゃない。周囲の男性の視線から。」
クルス王子とか国王とかのですね。
全く、あのドスケベ親子。
「今日は新しい殿方も一緒なのね。」
イルダさんは、私の後ろに控える二人の護衛に視線を向けます。
王宮から派遣された私の護衛です。
「オラシオ・バルリオスっす。よろしく。」
「アズナール・カミロです。お見知りおきを。」
「バルリオスにカミロってひょっとして。」
「はい、オレ、かの『斬首将軍』の次男っす。」
「宮廷魔術師のカミロは、父です。ぼくは……不肖の次男坊です。」
イルダさんの問いに護衛の二人が答えます。
「大変な役目ね。」
「はい、二人にはご迷惑おかけしてます。」
王太子の婚約者の警護。
と言えば聞こえはいいですが、王太子が廃立の危機にある今、おいしい役目ではありません。
将来の栄達に役立たない可能性大で、そのくせ私の身に何かあれば責任を問われる。
リスクに対するリターンが少ないんです。
「王太子の婚約者の護衛は、建前上王室でなく婚約者に忠誠を誓うことになるものよね。」
そう、婚約者の護衛は婚約者個人に忠誠を誓う。
これは、昔王室に敵対した勢力から和睦のため送られた姫君の護衛が、姫君個人に忠誠を誓ったことから生まれた慣習なのだそうです。
そのため、婚約が破棄されたり離縁ということになると、護衛は女性に付き従い、軍を辞めねばなりません。
もしクルス王子との婚約が破棄されれば、彼らはその日から無位無官の無職です。
そういうリスクがあるため、志願制だそうです。
「私の護衛に志願する者は、いませんでした。彼らも親に言われて志願してくれたのです。」
「貴方たち、思い切ったものね。」
イルダ様の目が二人に向けられます。
「オレは、役得があるからいいんっすけど。」
オラシオが軽い口調で答えます。
軽薄な性格ですが、戦闘力は問題ありません、とバルリオス将軍が折り紙つけてます。
「役得?」
イルダさんが不思議そうな顔になります。
「お嬢様みたいな美女に会えることっす。軍営は、むさっ苦しいヤローばっかで。」
「お上手ね、フフ。」
こら、オラシオ、どこ見ての。
今日のイルダ様は、シンプルなワンピースを着てます。
シンプルなデザインの品ですが、ウェストにベルトを巻いているため、胸元が強調されています。
オラシオの視線が、押し上げられているワンピースの胸元に釘付けなのが丸わかりです。
「おい、オラシオ。挨拶だけにしておけ。」
オラシオと対称的に真面目なアズナールが、オラシオの服の裾を引っ張り注意します。
「あら、イスマイル様は見たくありませんの?」
イルダさんは、挑発的に胸をつきだします。
真面目なアズナールまで、視線が釘付けです。
男ってば……。
「二人とも控えなさい。失礼でしょ。」
「はい!」
すいませんという顔のアズナールが、にやけるオラシオを引っ張って下がります。
そんな二人を見て、イルダ様がしてやったりという顔をします
「イルダ様、護衛をからかわないで下さい。」
「フフ、いいじゃない。ワタシは、これから殿方を今みたいに籠絡していかなければならないの。」
「イルダ様……。」
それは……。
「勘違いしないで頂戴。娼館に行く訳じゃないわ。これでも伯爵家、ワタシを狙う成金どもが、牙を研いでいるの。」
なるほど。
「父から聞いたことがあります。富を得て次に名誉を望む者は多いと。」
「そう。ワタシはそういった手合いをあしらってやるわ。貢がせるだけ貢がせて。まぁ、どこかで結婚するでしょうけど。」
イルダさんは、不敵に笑います。
「イルダ様、それを陛下相手にやる気はございませんか?」
「無理よ、陛下の前に出れるようなフォーマルなドレスが無いもの。あれは、手違いで売れ残っていたドレス。この一年で胸が急速に大きくならなければ、あれでいけたのだけど。」
イルダさんは、私より2つ上。
ということは、来年くらいから私も……。
じゃなくて。
「ドレスなどは私が用意いたします。今一度、勝負されませんか?」
「結構よっ!!」
イルダさんは、声を荒げて拒絶しました。
「ワタシはヒメネス伯爵家の娘よ。貴女の憐れみなどいらないっ!!そりゃメイア商会の財力なら、ドレスも靴もアクセサリーもより取りみどりでしょうけど、そんな施しを受けるくらいなら、娼館に行った方がマシよっ!!」
イルダさんは、大声でまくし立てます。
やっぱり、気位が高い。
こうなる可能性は、予想してました。
「帰って、帰って頂戴。先日のことがあるから会ったけど、もう二度と来ないで頂戴!」
「イルダ様、助けて下さい!」
私は、イルダ様に負けぬ大きさの声を張り上げました。
「はぁ?助けて?」
奇襲成功。
イルダ様の顔が怪訝な表情に変わりました。
「本日、お伺いしたのは、憐れむためではありません。憐れみを乞いに参ったのです。」
興味はひけたようです。
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