王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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 ドラード公が手を取り、リードを始めました。

「先程は、クルス王子を止めて下さり、ありがとうございました。」
「いいってことよ、女相手に無理矢理ってのは好みじゃなくてな。」

 ドラード公は、にいっと、肉食獣めいた笑みを浮かべます。

「それに嬢ちゃんに貸しを作りたかった。」
 なんでしょう、面倒なことでなければいいのですが。
「耳に挟んだが、化粧品、追加で販売するんだろう。それを一人分オレに売れ。」
「化粧品ですか?」
 そう来るとは思いませんでした。
「おう、今口説いている女が欲しがってんのよ。」
「追加のご注文ですか。かしこまりました。」

 嫌とは言えません。
 何しろドラード公は、大口顧客。
 既に愛人4人分の注文を頂いているのです。追加に応じるくらいのサービスは必要でしょう。

 ちなみにこれに次ぐのが王妃様の二人分。
 あの後もう一人分追加されています。

「後ほど契約書をお届けします。それでよろしいでしょうか?」
「助かる。これでオレの恋も実るってもんだ。」

 愛人を作ることを「恋」と言っていいのでしょうか?

「ただ、お支払いに関してですが。」
「あぁ、心配するな。五公爵の一人だぞ。金ならある。」
「いえ、現金でなく、所蔵されている魔法道具マジック・アイテム小さき方舟タビット・キビール平凡な石ハジャラ・アーディー炎の獣ハヤワーン・ラハブを頂けるとありがたいのですが。」

小さき方舟タビット・キビール、異界とつながる、かなりの量の物資を収納できる握りこぶし大の箱。
平凡な石ハジャラ・アーディー、首にかければ、かけた者を誰もが、魔獣までも石と認識する首飾り。
炎の獣ハヤワーン・ラハブ、柄の宝石に触れると切っ先から炎の獣が現れ、敵を焼く短剣。

 ドラード公自慢のコレクションとして、広く知られています。

「あぁ、嬢ちゃん、何に使うんだ?そんなもん。」
「そんなもんって、公爵のコレクションではありませんか。」
「そうだがよ、おめえには不要だろう。」
「いえ、思うところあって贈り物にしたいのです。」
「女の頼みを断るのは心苦しいんだがよ、そいつはダメだ。」
「ダメですか。」
「あぁ、オレのコレクションだからな。おいそれと譲れん。」

 仕方ありません。ま、ダメもとですし。

「聞いておくが贈る相手は男か?」
「はい。」
 嘘はついていません。
「そいつはいけねえ。嬢ちゃん、男に贈るな。贈らせなきゃいけねえぜ。」

 音楽が終わりました。

 ドラード公は、私の手を離し傍らを通り過ぎます。

「そのためにも、もーちっと肉をつけな!」

 ばーんっと背中を叩かれました。
 加減しているのかもしれませんが、痛いです。

「胸にも尻にも、な!」
「私も15歳になりました!これからつくんです!」
 イルダ様だって、15歳から大きくなったって言ってたんですから!
「そーかそーか、楽しみにしとくぜ。」

 がははは、と笑いながら去っていきます。

 なんなんでしょう。

 もういいです。イルダ様のところに戻りましょう。

「ロザリンド嬢、私と一曲お願いできますでしょうか?」
 新たな申し込みです。

「コルネート公サルヴァトール。」

 やはり、五公爵の一人。ドラード公と同じ歳、48歳の方です。

「お嫌ですか?」
「いえ。お願いいたします。」

 五公爵のうち二人からダンスを申し込まれる。
 私も偉くなったものです。

「シドに魔法道具をねだっていましたな。」
 コルネート公、ドラード公を名前で呼びます。
「残念ながら断られました。」
「化粧品に関して使うのですかな?」

 ギクッ。

 鋭い。

 さすがコルネート公。伊達に王国宰相を務めておられませんね。

「貴女がイルダ嬢を経由してこの国の貴族社会にもたらした化粧品。かなり高価ですな。」
「輸入品ですのでやむを得ません。」
「本当に輸入したのですか?」

 ぐっ、痛いところを。

「貴女は今それで派手に商いをしていらっしゃるが、気をつけなさい。」
「気をつけなさい、とは?」
「王妃様が、化粧品の複製をやる気です。宮廷魔術師のベニグノに進言され、その気になっていますよ。」

 輸入うんぬんに関する警告ではないようです。
 ほっとしました。

「ベニグノは、鑑定魔法で成分を分析し、同じ材料を同じ分量で配合すればいかなるものでも製造できる、と言ってます。」
 その辺は、カミロ導師からも話を聞いています。
 実際、そうなのでしょうが、対策済みです。問題ありません。

「実は、私も化粧品の製法を教えて頂けることになりました。製法を記した書物が、今度の化粧品とともにこの国に到着します。」
「なんと、そのようなことをしゃべっていいのですか?」
「構いません。」
「対策済みのようですな。」

 鋭い、この方。

「シドのコレクションを望むのもその一環ですか?」

 ズバズバと、本当に鋭過ぎ!

「いいえ、贈り物ですわ。」
「そのような品を贈られる方とは、どのような方ですかな?」
「殿方です。」
「それは伺っております。どのような方ですか?」
「女の子にそれを言わせるんですかぁ?」

 ちょっと恥ずかしいですけど、ぶりっ子で。

「サルヴァトール、嬢ちゃんをネチネチとイジメるな。いい大人が見苦しいぜ。」

 あら、ドラード公、私から離れたのでは。
 見れば、30歳くらいの女性とご一緒です。

「ファビオラ、この嬢ちゃんがロザリンド・メイア嬢だ。さっきお前の分の化粧品を約束させた。」
 なるほど、恋のお相手が、化粧品のこと確認したいんですね。
「はい、確かに化粧品の追加注文を承りました。明日にでも契約書を取り交わします。」
「ってこった。」
「すごいわ、シド。」
「ハァハッハッ、このオレにかかりゃ化粧品の一つや二つ、すぐにどうにでもできるのよ。」
「何事も思うがままに、か。シド。」
「おうよ、人生そうでなくっちゃつまらねえだろ。」
「お前、人間どこかで我慢が必要だぞ。」
「けっ、小せえこと言いやがって。ガマンしねえで生きるのが人生だ。やりたいようにやる!それがオレの生き方よ。」
「そういう割にはお前、閨閥とかを軽視するな。」
「はっ、誰と誰が結婚させて、誰の子が地位を得るとか、そういうせせっこましいこたぁキライだ。好みじゃねえんだ。」

 なんか、駄々っ子みたいです。

「もっとな、オレは、大きく自由に生きてえのよ。宮廷のややこしい闘争なんざ性にあわねえ。」
「好きにすればいい。」
「おう、好きにさせてもらうぜ。お前も好きにしな。」
「あぁ、好きにさせてもらおう。よって、お前の所領の拡大を認めんことにする。」
「オレが、先月カタラン王国からもぎ取ったスエビのことか。」
「そうだ、あの地は新しい国境になる。よって、王室直轄領とし、王国軍を入れて防御する。」
「ふざけんな!オレがどれだけ苦労してスエビをもぎ取ったと思ってるんだ!」
「大声を出すな。お前の功績を無視する訳ではない。代わりにヌマンティアを与えると陛下は仰せだ。」
「飛び地になっちまう。」
「代官を派遣すればいい。さいわい、お前は子が多い。人材に不自由していないだろう。」
「やだね、オレはスエビが欲しい。どうせ今までもカタランの奴らと向かい合って来たんだ。ちょいと面積が広がったからってどうってこたぁねえ。」

 う~ん、意外な話になってきました。

 
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