王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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 そしてギルベルト伯爵は、私の手を握って天幕の外に出て、部下に早口で指示を出しながら、私達の天幕に戻りました。

「イグナス、この女にバエティカ行きを納得させた。俺も兵を率いて、一緒に向かう。」
「それはありがたいお話ですが。」

 何ですか、イグナスさん。妙に優しげな目をして。

「何だ、イグナス、何か言いたげだな。」
「いえ、伯爵が向かう理由は?」
「クルスの侵略の件、いい加減ケリをつけたい。国王も攻守同盟を組んで来た、と言われれば無下にできまい。」
「ちょっと待って下さい。攻守同盟って。」
「昨日まで、締結しようと言っていたではないか。俺は、特使の熱弁に心を動かし、昨晩に締結することを決断した。」

 ウソつけ!

「わかりました。昨晩、伯爵は締結を決断され、我らを呼び出して同盟を締結致しました。」

 イグナスさんまで何を!?

「ロザリンド嬢、ここは伯爵を立てて上げましょう。恩を売って損の無い相手ですよ。」

 そうかもしれないけど。

「出発は明日だ。」
「さすが伯爵、行動がお早い。」
「ここにいる全軍を率いて行く訳ではない。一千程度で向かう。」
「補給が大変ですか。」
「それもあるが、メインは、クルスの侵攻の件だ。大勢で押し掛けても意味はない。」
「わかりました。陛下に先触れの早馬を送るよう、こちらの国境守備隊に依頼します。」
「頼む。」

 それって私の台詞じゃ?
 何、勝手に話を進めているんですか。

「ところで。」

 何ですか、やけにニヤニヤして。
 イグナスさん、そんなキャラでしたっけ?

「いつまでお二人、手を繋いでいるんですか?」

 はっとしてギルベルト伯爵と顔を見合せました。

 確かに手を繋ぎっぱなし……。

 慌てて、二人同時に手を離しました。

「い、イグナス、これはだな。」
「私は、伯爵に手をつかまれただけだから。」

 そう、先に手をつないだのは、ギルベルト伯爵です。私ではありません。

「確かに先に手をつかんだのは俺だ。ロザリンドではない。別にロザリンドは、浮気などしたわけではないぞ。」

 その辺は、ウソつかない。
 本当に真面目だなぁ。

「ま、自分が、あれこれ言うことはありません。連絡などの手配やっておきます。」
「いや、イグナス。ロザリンドのことがあるからな。その辺を、だ。」
「わかっております。」

 うぅ、イグナスさん、やけに優しげ。

「では、国境守備隊に連絡しますので。」
「俺の部下を使って構わんぞ。俺達は攻守同盟を結んだのだからな。」
「ありがとうございます。」

 そう言ってイグナスさんは、出て行きました。

 天幕に残っているのは、私とギルベルト伯爵だけ。

「お、俺も、準備があるから、し、失礼する。」

 妙に吃りながら、ギルベルト伯爵は出て行きました。

 ギルベルト伯爵が出て行った時に、めくれた天幕の陰に、皆がいました。

 やけに優しげにニヤニヤしてる皆が。

「ちょっ、ちょっと、何なの、みんなぁ。」

 何なのよおぉ!


 私達は、ギルベルト伯爵の兵、一千とともに翌日出発し、三日後無事に国王の元に到着しました。

「ロザリンドよ、事情はバルリオスより聞いておる。大儀であった。」
「恐れ入ります。」
「しかも、軍の動きを止めるだけでなく、味方にするとは、大したものよ。」

 そう言って国王は、ギルベルト伯爵の方に視線を移します。

「お初に御目にかかります。ヨアヒム・ギルベルトでございます。」
「そなたが、ギルベルト伯爵か。よくぞ参られた。」
「色々ありましたが、特使殿の熱弁に動かされました。クルス王子は、よき婚約者に恵まれ、羨ましく思います。」
「色々あったか。昨年そのクルス、我が息子が、そなたの領地に攻め行ったことであるな。」
「そのようなこともありました。故に決断に時間がかかりました。」
「そのこと、詫びねばなるまい。」
「詫びると言うならば、一つ願いたいことが。」
「何か?」
「一両日中にミサエル陛下は、ドラードの軍を撃ち破られる。その残党についてですが。」
「それが何か?」
「残党が、越境して我が領内に至り亡命を希望した場合、その後の追及は行わない。これを、今お認め願いたい。」
「ふむ。」

 さすがに国王は、考え込む顔になりました。

「無論、アンダルス国内で残党狩りを行うのを、妨げるものではない。また、他の国に逃れた者への追及も妨げない。」
「あくまで、伯爵の領域に限るか。」
「よろしいのではないでしょうか。」

 発言したのは、バルリオス将軍です。

「ヤストルフ帝国に逃げれば助かる、と思い多数の者が逃亡するでしょう。そこに網を張れば、容易く捕縛できます。」
「なるほど。」
「国境守備隊を臨時に増員しましょう。それでいかがでしょう?」
「よかろう。子細はバルリオス、そなたに委ねる。」
「かしこまりました。」

 二人が会話する間、ギルベルト伯爵の表情が変わることはありませんでした。

 伯爵が、逃亡者に関して交渉したのは、彼らを自身の配下にするためのはずですが。

「伯爵、よろしいかな?」
「異存はありません。国境守備隊の増員も、ミサエル陛下の御心のままに。」
「決まりじゃな。他の賠償条件は、今後話し合いで決めるとしよう。」

 そう言って、国王は私の方に視線を戻します。

「ロザリンド、そなたの功績に報いたいが、何か希望はあるか?」
「それならば、ドラードへの降伏の使者となることをお許し下さい。」
「ドラードへの降伏の使者だと?無駄であろう。現状、ドラードの降伏はあり得ぬ。」

 国王もそう言うか。

 ここに来る途中、ギルベルト伯爵にも言われたことです。


「現時点でのドラードの降伏などあり得ぬ。まだ兵が残っているのだからな。一度負けてからなら、あり得るかもしれぬが。」

 一度目の戦闘で死亡、もしくは拘束の可能性だってあるわけです。
 その前に交渉の機会を得たかったのですが。

「そもそも、降伏勧告ついでに支払い交渉するのが目的であろう。王都にいる間に交渉しておけば。」
「無理ですよ、それは、ドラード公と通じていると疑われ、処罰の対象になりかねません。」

 そんなことになれば、クルス王子は嬉々として婚約破棄し、銀貨3万枚を踏み倒すでしょう。

 それは、耐えられません。

「一度、ドラードからの支払いは諦めたのだろう。」
「しかし、もし回収できるなら回収したいのです。」
「気持ちはわかる。金貨500枚は、大金だ。しかし……命は大事だぞ。」
「無理しないようにはします。」
「約束だぞ。」
「はい。」

 ん?

 なんで、私はギルベルト伯爵と約束してるのでしょう?


「ロザリンドよ。」

 国王の言葉で、回想から現実に引き戻されました。

「ドラードめは、今、強行軍でこちらに向かっておる。使者など差し向けても即刻斬られるのがオチだ。考えることもあろうが、諦めよ。」

 ひょっとして降伏勧告以外の交渉しようとしているの、見破られたかな。

「……かしこまりました。」

 強く願っては、何かもくろんでいると思われるのがオチです。
 裏切るつもりなど毛頭ありませんが、裏切っている、とでっちあげを受ける可能性もある以上、くどく訴えるのは控えねば。

「ドラードは、アイテムコレクターです。それを散逸させるのは惜しいと思い、降伏をと思いましたが。」

 国王に利益のある交渉であることを主張して、ここは引きます。

「うむ、余もそれは惜しいと思っているが、やむを得まい。気持ちはよくわかった。褒賞は別に考えよ。まぁ、もし機会なりがあれば、交渉するを許そう。」
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