消失病 ~キミが消えたあの夏の日~

上村夏樹

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Side-A 消失少女と喪失少年

幼なじみのおかげ

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 サキと別れて、帰路につく。

 俺たちは、明日の早朝からサーフィンの特訓を始めることになった。

 家から海は近い。ボードは持って運べる距離だからいいとして、ウェア類と小物は……そうだな。肩かけのスポーツバッグに入れていこう。
 あの海には更衣室がない。その場合、本来ならポリタンクと水を用意して、駐車場などの野外で体を洗うことになる。
 だが幸いなことに、あそこの駐車場の端には水道があったはず。蛇口にホースを繋いで簡易シャワーを作れば問題ない。ポリタンクなんて用意したら、家と海を二往復しないといけないからな。
 着替えも問題ないだろう。昔から人もいないスポットだし、どこか物陰で着替えればいい。あ、でも行きは着ていったほうがいいかな……。

 そこまで考えて、自分がサーフィンを楽しみにしていることに気づいた。
 サキの向日葵のように元気な笑顔が脳裏に浮かぶ。

「いや……別にあいつと一緒にサーフィンするのが楽しみなわけじゃないから。ただ、ひさしぶりのサーフィンが楽しみなだけだから」

 独り言ちて歩いていると、

「……何ぶつぶつ言いながら歩いてるの?」

 偶然にも美波に会った。
 足元には、リードで繋がれた戸田家の愛犬クロエがいる。家ではうるさいけど、外では大人しいという、内弁慶なダックスフントだ。どうやら散歩中らしい。

「よう、美波」
「よう、じゃないわよ。独り言とか気味悪いんだけど」

 美波は何故か俺のことを半眼で睨んでいる。なんだろう。まるで俺を変質者扱いするかのような目つきだった。

「そんな目で睨むな。今のは軽い独り言だ」
「はぁ……やっぱり独り言なんじゃないの」
「ため息つくなよ……お前、その手に持ってるの何?」

 美波のリードを持っていないほうの手に視線を向けた。白いハードカバーの単行本に見える。

「ああ、これ? お父さんから借りた心理学の本。散歩コースに休憩地点があるんだけど、そこで少しだけ読書の時間を確保しているの」
「お前そういうの興味あるんだ?」
「まぁ、小難しいのは苦手だけどね。さっき読んでたのは、ツァイガルニク効果って項目。簡単に説明すると、完結した事柄よりも、未完の事柄のほうが強く印象に残る心理のことね。たとえば、最新刊のマンガを買って読んだとする。で、いいところで終わったら続きが気になって仕方がないでしょ? あのもどかしい気持ちのメカニズムね」
「いや、俺にとってはそれも小難しいんだけど」

 よくもまぁ学問に興味なんてわくよなと感心する。俺は活字の本は読まないから、美波の気持ちがよくわからない。

「……ねぇ、蓮」

 嬉しそうに心理学を語った美波だったが、今度は打って変わってしおらしくなる。
 なんだろう。何か聞きにくいことでもあるのだろうか。

「どうかしたか? 俺たち幼なじみだろ? 遠慮せずに話してみろよ」
「うん……どう頑張っても、私たちは幼なじみだよね……はぁ」

 嘆息する美波。めちゃくちゃへこんでる。俺、何か傷つけるようなこと言ったか?

「あ……」

 そういえば、美波は昨日「お姉さんの代わりになれない?」って聞いてきたっけ。「幼なじみ」という単語は、その希望を思いっきり否定する言葉だったかもしれない。

「……まぁいいけどね。それよりも、さっきの独り言なんだけど……サーフィンが楽しみとか言ってたよね? その、やるの?」
「ああ」

 相槌を打つと、美波は大きく目を見開いた。

「……マジで?」
「マジだ」
「何が起きたの? 昨日まで家に引きこもっていたくせに」

 今度は懐疑的な視線を俺に送ってきた。
 いや、引きこもっていたくせにって言い方はないだろ。というか、お前が外に出ろって言ったんじゃないか。

「別にいいじゃねぇか。外の空気を吸ったら、ちょっと気持ちが前向きになったんだよ」
「そっか。よかったじゃん……」

 美波の表情がほころぶ。安心からくるような、柔らかな表情だった。
 ……心配させてたよな。

「心配かけて悪かったな」
「え? そ、そうよ! 蓮が元気じゃないと、私の調子が狂うじゃない。ほんと、手のかかる幼なじみよね!」

 口は悪かったけど、美波は笑顔だった。

「ありがとう。美波のおかげだよ」
「私はべつに……蓮が頑張ったからよ。なんにせよ、前向きになったのならよろしい。でも、独り言はキモいからやめなさいよ?」
「ああ。気をつけるよ。キモくはないけどな」
「ふふふ。軽口叩ける元気があるなら大丈夫そうね。じゃあ私、散歩中だから行くね」
「おう、またな」
「うん。ほら、行くよクロエ」

 美波はクロエと共に散歩コースに戻っていった。クロエのしっぽがひょこひょこと揺れている。

 彼女たちを見送った後で、俺も再び帰路についた。
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