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Side-B キミが消えたあの夏の日は
簡単に人が消えるこの世界は
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いつまで泣いて、どうやって帰ったのか、よく覚えていない。
帰宅した私は自室のベッドに倒れるように身を投げた。
思い出すのは、幼なじみの切ない表情だった。
蓮の消失病は……たぶん、だいぶ進行している。
今思えば、見逃したサインはいくつもあった……たとえば、綾と三人でご飯を食べたときにも、兆候は見られた。
あのとき蓮は、子どもの頃はよく泣いていたという記憶を忘れていた。都合の悪いことを忘れたふりだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
しかも私の小さい頃のエピソードだって何一つ思い出せなかったじゃないか。綾は笑っていたけど、蓮はウケを狙ったわけじゃない。記憶の消失だったんだ。
急に海に行くと言い出して、走ったときもそう。私の手を握って連れていってくれなかったのは、指が透けていることを悟られないため。
そういえば、砂浜で話したときも、泣き虫だった記憶が曖昧になっていたっけ。
「あ……」
砂浜での会話を思い出す。
『ああ、そのことか。美波が思い出を作れなくなるのが怖いって言ったから、とりあえず海に来ただけ』
『美波にもわかるときが来るよ。こういう何気ない寄り道も、大切な思い出になるんだ』
……なんだよそれ。
「ずるいよ……そんなのわかるわけないじゃん」
私の不安を解消しようとして、一緒に思い出を作りに来たというのはわかる。
でも、あの言葉の真意はそうじゃない。
近い将来、蓮は消失病でこの世から消える。だから、ああいう些細な思い出も大切にしているんだ。
あのとき不安だったのは私だけじゃない。思い出が作れなくなってしまう怖さを、誰よりも感じているキミもまた不安だったんだ。
「どうして……ちゃんと説明しなさいよ……ッ!」
私にだけは教えてほしかった。
キミの抱えている悩みを私にも分けてほしかった。
私も、一緒に苦しみたかった。
「私じゃないよ……ああいう寄り道が大切なんだって、誰よりも感じているのは蓮のほうじゃないのよぉ!」
すでに枯れたと思っていた涙が、再び目からこぼれ落ちた。喉が焦げたように熱い。声にならない声で、悲しみを洗い流していく。
ふと綾の言葉が脳裏に浮かぶ。
『手の届かない場所に行っちゃったら、取り返しのつかないことになるよ?』
彼女の言うとおりだった。
もう手遅れだ。今さら想いを伝えても、蓮だって困ってしまう。近い将来、この世から消えてしまう蓮が恋人を作れば、それだけ別れが辛くなるから。そもそも、フラれる可能性だってある。消えゆく蓮に、幼なじみの告白を断るという苦い思い出を作らせるわけにはいかない。
この想いは伝えられないまま、心の奥にしまって鍵をかけるしかないんだ。
「やだよぅ……怖い、怖いよ……消えないでよぉ」
ずっと前から好きだった。
無愛想な表情で生意気を言うキミ。意外と可愛い笑顔のキミ。子どもっぽく駄々をこねるキミ。優しくしてくれるキミ。でも鈍感で、女心を知らないキミ。私をヤキモキさせるキミ。私をドキドキさせるキミ。臆病な心を持ち寄って、私を支えてくれるキミ。
どの蓮も、私は好きだ。きっとこの世界の誰よりも、どうしようもなくキミが好き。
この気持ちを伝えたい。そうしないと、心がパンクしそうなの。
……おかしいね。頑なに告白しないとか言っていたのに、蓮が消えるってわかった途端、想いをぶつけたくなっちゃった。
いつもは意地悪で可愛くない私が、どうしてこんなに素直になれるのだろう。
それはきっと、蓮と過ごせる時間がもうほとんど残されていないからだ。最後の最後で、私は意地を張っていたことを後悔している。
今さら気づいても、もう遅い。
大切な人は、失って初めてその人の大切さを思い知らされる。
「うあっ……うあぁぁぁぁぁぁっ!」
泣いて叫んで震えれば、少しは想いが届くかな。
きっと、届かない。
簡単に人が消えるこの世界は、そんなに優しくできていない。
「好き……蓮のこと好きなのぉ……」
どうして消えちゃうのよ。
もっとたくさん思い出作ろうよ。
私は……蓮が消えないために何ができる?
何もできない。
――本当にそう?
このまま何もせずに、ただ泣いているだけ?
駄々っ子みたいに泣き叫び、蓮を困らせて、それで私は後悔しない?
「絶対に後悔する……」
蓮のために何かやるんだ。やらないと、駄目なんだ。
私が蓮を支えているように、蓮もまた私を頼りにしている。
私たちはお互いの心を持ち寄って、この理不尽な世界で生きているのだから。
蓮が悲しまないように、消える最期の瞬間は……笑顔で見送ってあげなきゃ。
できるかな。
蓮と同じ臆病で泣き虫の私に、そんな難しいこと、できるのかな。
「できる……やってやる……!」
蓮が完全に消失するまでの間、ずっとそばにいて思い出を作ろう。
蓮を笑顔のまま消失させてあげることが、私の使命。
私の好きなキミは言った。思い出はこれからでも作れるって。時が経っても色褪せない、煌めくような思い出を。
――絶対にキミを幸せにする。
消えていく蓮を支えると、今ここに誓おう。
そのためなら、私の恋心など殺してみせる。想いなんて知らんぷりして、蓮に最後の思い出を作ってあげるんだ。
消失するキミを、そうやって見送るよ。
強く決意し、目元を乱暴に拭った。
「蓮……最後の瞬間まで、楽しく過ごそうね」
こうして私の地獄のような日々が始まった。
帰宅した私は自室のベッドに倒れるように身を投げた。
思い出すのは、幼なじみの切ない表情だった。
蓮の消失病は……たぶん、だいぶ進行している。
今思えば、見逃したサインはいくつもあった……たとえば、綾と三人でご飯を食べたときにも、兆候は見られた。
あのとき蓮は、子どもの頃はよく泣いていたという記憶を忘れていた。都合の悪いことを忘れたふりだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
しかも私の小さい頃のエピソードだって何一つ思い出せなかったじゃないか。綾は笑っていたけど、蓮はウケを狙ったわけじゃない。記憶の消失だったんだ。
急に海に行くと言い出して、走ったときもそう。私の手を握って連れていってくれなかったのは、指が透けていることを悟られないため。
そういえば、砂浜で話したときも、泣き虫だった記憶が曖昧になっていたっけ。
「あ……」
砂浜での会話を思い出す。
『ああ、そのことか。美波が思い出を作れなくなるのが怖いって言ったから、とりあえず海に来ただけ』
『美波にもわかるときが来るよ。こういう何気ない寄り道も、大切な思い出になるんだ』
……なんだよそれ。
「ずるいよ……そんなのわかるわけないじゃん」
私の不安を解消しようとして、一緒に思い出を作りに来たというのはわかる。
でも、あの言葉の真意はそうじゃない。
近い将来、蓮は消失病でこの世から消える。だから、ああいう些細な思い出も大切にしているんだ。
あのとき不安だったのは私だけじゃない。思い出が作れなくなってしまう怖さを、誰よりも感じているキミもまた不安だったんだ。
「どうして……ちゃんと説明しなさいよ……ッ!」
私にだけは教えてほしかった。
キミの抱えている悩みを私にも分けてほしかった。
私も、一緒に苦しみたかった。
「私じゃないよ……ああいう寄り道が大切なんだって、誰よりも感じているのは蓮のほうじゃないのよぉ!」
すでに枯れたと思っていた涙が、再び目からこぼれ落ちた。喉が焦げたように熱い。声にならない声で、悲しみを洗い流していく。
ふと綾の言葉が脳裏に浮かぶ。
『手の届かない場所に行っちゃったら、取り返しのつかないことになるよ?』
彼女の言うとおりだった。
もう手遅れだ。今さら想いを伝えても、蓮だって困ってしまう。近い将来、この世から消えてしまう蓮が恋人を作れば、それだけ別れが辛くなるから。そもそも、フラれる可能性だってある。消えゆく蓮に、幼なじみの告白を断るという苦い思い出を作らせるわけにはいかない。
この想いは伝えられないまま、心の奥にしまって鍵をかけるしかないんだ。
「やだよぅ……怖い、怖いよ……消えないでよぉ」
ずっと前から好きだった。
無愛想な表情で生意気を言うキミ。意外と可愛い笑顔のキミ。子どもっぽく駄々をこねるキミ。優しくしてくれるキミ。でも鈍感で、女心を知らないキミ。私をヤキモキさせるキミ。私をドキドキさせるキミ。臆病な心を持ち寄って、私を支えてくれるキミ。
どの蓮も、私は好きだ。きっとこの世界の誰よりも、どうしようもなくキミが好き。
この気持ちを伝えたい。そうしないと、心がパンクしそうなの。
……おかしいね。頑なに告白しないとか言っていたのに、蓮が消えるってわかった途端、想いをぶつけたくなっちゃった。
いつもは意地悪で可愛くない私が、どうしてこんなに素直になれるのだろう。
それはきっと、蓮と過ごせる時間がもうほとんど残されていないからだ。最後の最後で、私は意地を張っていたことを後悔している。
今さら気づいても、もう遅い。
大切な人は、失って初めてその人の大切さを思い知らされる。
「うあっ……うあぁぁぁぁぁぁっ!」
泣いて叫んで震えれば、少しは想いが届くかな。
きっと、届かない。
簡単に人が消えるこの世界は、そんなに優しくできていない。
「好き……蓮のこと好きなのぉ……」
どうして消えちゃうのよ。
もっとたくさん思い出作ろうよ。
私は……蓮が消えないために何ができる?
何もできない。
――本当にそう?
このまま何もせずに、ただ泣いているだけ?
駄々っ子みたいに泣き叫び、蓮を困らせて、それで私は後悔しない?
「絶対に後悔する……」
蓮のために何かやるんだ。やらないと、駄目なんだ。
私が蓮を支えているように、蓮もまた私を頼りにしている。
私たちはお互いの心を持ち寄って、この理不尽な世界で生きているのだから。
蓮が悲しまないように、消える最期の瞬間は……笑顔で見送ってあげなきゃ。
できるかな。
蓮と同じ臆病で泣き虫の私に、そんな難しいこと、できるのかな。
「できる……やってやる……!」
蓮が完全に消失するまでの間、ずっとそばにいて思い出を作ろう。
蓮を笑顔のまま消失させてあげることが、私の使命。
私の好きなキミは言った。思い出はこれからでも作れるって。時が経っても色褪せない、煌めくような思い出を。
――絶対にキミを幸せにする。
消えていく蓮を支えると、今ここに誓おう。
そのためなら、私の恋心など殺してみせる。想いなんて知らんぷりして、蓮に最後の思い出を作ってあげるんだ。
消失するキミを、そうやって見送るよ。
強く決意し、目元を乱暴に拭った。
「蓮……最後の瞬間まで、楽しく過ごそうね」
こうして私の地獄のような日々が始まった。
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