消失病 ~キミが消えたあの夏の日~

上村夏樹

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Side-B キミが消えたあの夏の日は

地獄の日々

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 それからというもの、私は毎日のように蓮の入院する病室に顔を出した。

「お、また来てくれたのか。いつもサンキューな」

 面会に行くと、蓮は嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見るたびに胸がきゅっと締めつけられる。

 消失する未来が確定しているのに、どうして笑顔でいられるの?
 尋ねても、きっと誤魔化されて終わりだ。蓮がお姉さんとの約束を守る限り、キミは私に弱音を吐かないだろう。大好きなお姉さんとの最後の約束だ。破るわけがない。

「……美波?」

 私が無言で突っ立っていると、蓮が困ったように笑った。いけない。きっと今、私は悲しい顔をしていたのだろう。
 笑わなきゃ。
 最後の瞬間まで、蓮を笑顔にしてあげないと。

「ごめんごめん。ぼーっとしてた」
「大丈夫かよ。疲れてるんだったら、帰ってもいいぞ?」
「強がっちゃって。本当は私が来て嬉しいくせに」
「ああ。嬉しいぜ。持つべきものは幼なじみだな」
「ま、感謝しなさいよね。どうせ私とご両親しか来ないんでしょ? だって蓮には友達がいな……ごめんなさい、気にしてるわよね……」
「いやそこ気をつかうとこじゃねぇから。あんまり病人をいじるんじゃねぇよ」

 そう言って、蓮は笑った。
 蓮の笑顔を見て、二人の思い出が蘇る。
 小さい頃は今よりも笑っていたような気がする。同じように、今よりもよく泣いていたけれど。

 懐かしいね。蓮は、覚えてる?
 ……尋ねることはできなかった。

 もしすでに記憶を失い、覚えていなかったら、お互い傷つくのは目に見えている。
 少しでも会話の切り口を間違えたら、消失病の話になってしまう。そうなったら、悲しくなった私は泣き出してしまい、蓮を困らせる。
 このままでは、丁寧に言葉を選んで、お互いの傷を舐めあうような会話しかできない。

 ……こんなはずじゃなかったのに。
 自然に笑顔を作ることが、こんなに難しいなんて知らなかった。

 駄目だ。
 思い出を作ろうって決めたのに、もう決意がぐらついている。
 不意に目の奥がつんとする。

「美波? どうかしたのか?」
「……なんでもないわ」

 いけない。笑わなきゃ。
 そう自分に暗示をかけて、口角を持ち上げる。
 キミを笑顔で送るまで、泣いてなんかいられない。



 何度お見舞いに行っても、蓮に回復の兆しはない。原因不明の奇病は、私を嘲笑うかのように蓮の体を蝕んでいく。
 病院の先生は消失病についていろいろ話を聞かせてくれた。だけど、その説明を理解できるほど、私は冷静ではなかった。現実を理解することよりも、現実に押し潰されないように気を保つことで精いっぱいだから。
 自分の笑顔を保てないと、キミの笑顔を守れない。
 私はただ笑うことにだけに全力を尽くし、限られた時間を過ごしている。



 何日たっても、回復の兆しはない。それどころか、消失病は確実に進行していた。
 手だけが透けていたはずが、今では肘の辺りまで消えている。ベッドに寝ているからわからないけど、たぶん脚だって消失し始めているに違いない。

 キミの前で笑うことしか、今の私にはできないのかな。
 何もできないことがこんなにも歯がゆいだなんて、私は知らなかった。
 どうしようもなく辛い日々は、蓮が消失するまでずっと続いていくのだろうか。
 ……こんなの辛いよ。
 本当は悲しいのに、笑顔でいることが、とても。



 ここ数日、生きている気がしない。
 蓮の前での私は、自分の感情を殺して笑顔を作って……これではただのピエロだ。
 お見舞いに行くと、蓮は笑顔で迎えてくれる。
 私の話に合わせて、蓮はコロコロと表情を変える。楽しそうに目を細めたり、声をあげて笑ったり。そんなにはしゃぐような話でもないのに、キミはとても大げさだ。

 キミも、私と同じなのかな?
 私の前では笑顔でいたいから、無理してるの?

 それを確かめるのは、怖くてできなかった。
 もしお互いが無理していると確信したら……もう二度と笑えなくなる気がした。

 でも、なんとなくわかっちゃうんだ。蓮のことは、私が一番よく知っているから。
 私たちはお互いに気持ちを隠して、ただ笑い合っている。

 これが、私のしたいことなのかな?
 本当に……これでいいのかな?

 悲しみの九月は、私と蓮だけを置き去りにして過ぎ去っていく。
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