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Side-B キミが消えたあの夏の日は

意外な一面

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 綾の指導で、サーフィンの特訓は始まった。今日でもう四日目だ。

 綾に習ったパドルで沖に向かう。
 海中で水をかき、朝焼けの地平線を目指す。初心者だから陸に近いところでなんて言っていられない。私には時間がないのだから。

 緩やかな波が何度かやってくる。これじゃない。もっといい感じの、乗れそうな波が……来た!

 すかさずボードを波に乗せた。せり上がった波から浮力を感じる。空に浮かんだみたいで、なんだか変な気分。
 パドルをやめて、ボードの上に足を乗せる。ここで立てれば成功だ。
 膝に力を込めて、素早く上半身を持ち上げる。
 視界が一面の青に染まった瞬間、

「わわっ!」

 バランスを崩した私は、ボードから海へと投げ出された。何これ。鼻がすごく痛いんだけど。きっと海水が入っちゃったんだ。

「けほっけほっ!」

 咳き込みながら、休んでいる綾の待つ陸へと向かった。



 記憶を失った蓮と向き合ったあの日から、私と綾は毎朝海にやってきて、サーフィンの練習をしている。平日は学校があるし、放課後は蓮のお見舞いに行く。夜は視界が悪く、波も荒いので、海に入ることは禁止されている。平日に練習できる時間は朝しかないのだ。

 私たちは綾のお兄さんの車でやってきて、車内でラッシュガードとサーフパンツに着替えている。

 綾のお兄さんはシスコンらしく、妹にものすごく甘い。綾のお願いはなんでも聞いてくれるんだとか。綾が小悪魔女子っぽいのは、お兄さんの扱いが上手いからかもしれない。

 ちなみに綾のお兄さんは、海に到着すると、綾に車の鍵を預けて散歩に出かけ、練習が終わる時間になると戻ってくる。綾いわく、練習の邪魔になるから、練習中はこの海から消えてくれとお願いしているらしい。うん……お兄さんが不憫すぎて泣けてくる。



 咳き込みながら陸に着くと、綾が駆け寄ってきた。

「美波ー。今のは乗ろうとした波が悪かったよ……って大丈夫ぅ?」

 速攻で指導をしてくる綾だったが、私が咳き込んでいるせいか、心配そうに尋ねた。

「けほっけほっ! うん、大丈夫。ちょっと鼻に海水が入っただけ」
「あー、それは辛いよね」

 綾は苦笑し「ちょっと休もうか?」と提案する。私はけほけほ言いながら、こくりとうなずいた。

 砂浜を歩き、駐車場にたどり着く。
 とりあえず、アスファルトの上にサーフボードを寝かせた。
 綾はお兄さんから預かったキーでドアを開け、中からタオルとスポーツドリンクを取り出した。

「ほい」
「さんきゅ」

 タオルを先に受け取り、肩にかけた。次にペットボトルを貰い、渇いた喉にドリンクを流し込む。

「ぷはー! おーいしいー! なんかこのために生きてるって感じがする」
「美波、オジサン臭い」

 私は「えー、そうかなぁ」と笑いながら、飲み終えたペットボトルを綾に手渡した。

「サーフィン、惜しかったね。あと少しで波に乗れそうなんだけどなぁ」

 綾は悔しそうにつぶやいたけど、すぐに意地の悪そうな笑みを浮かべた。間違いない。綾のこの悪戯っぽい顔は、人をからかうときの顔だ。

「でも意外。美波がサーフィンをするだなんて、正直、無謀だと思っていた。でも実際、上達がめちゃくちゃ早いね。驚いちゃった。いやぁ、すごいなー」
「はぁ……何が言いたいの?」
「ふふふ。これって、愛の力?」
「そうよ。決まってるじゃない。今の私、ラブパワー全開なんだから」

 私がおどけてそう言うと、綾は手を叩いて楽しそうに笑った。綾のこういう何気ない仕草は無邪気で可愛い。なんとなく、綾が男子にモテるのもわかる気がする。
 綾は「まぶしい! ラブパワーがまぶしいよー!」と騒いでいる。いや、ちょっと笑いすぎ。なんだか恥ずかしくなってきたじゃない。

 笑った後で、綾は私の肩にぽんと手を置いた。

「絶対に成功させようね!」

 まぶしい笑顔が私の背中をそっと押す。
 あのとき、綾に電話で叱ってもらえなかったら、今でも私は家に引きこもっていただろう。
 あきらめてもいいことない。後悔しないように行動をしろ。
 そんな大切なことを私に教えてくれたのは綾だ。
 私は綾にパチッとウインクしてみせた。

「友人代表としてちゃんと見ててね。私、頑張るから」
「ラブパワーで?」
「まだ言うの!? 忘れなさいよ、しつこいわね!」

 顔が熱くなるから言わないでほしい。
 私がジト目で睨んでいると、綾は視線から逃げるように車にドリンクをしまった。そして車に鍵をかけ、その場で背伸びをする。

「さてさて。後半戦も頑張りますかー!」

 元気な声が、抜けるような蒼穹に吸い込まれていく。
 彼女の底抜けの明るさに、そして深い優しさに、どれだけ励まされただろう。

「……ありがとね、綾。私がここまで頑張れたのは全部あなたのおかげだわ」

 自然と感謝の言葉が口をつく。
 ぱちぱちと目を瞬かせる綾は、頬を緩めて一言。

「礼なんて、いいから」

 それだけ言って、綾は海に戻っていった。
 私は見逃さなかった……彼女の頬が朱に染まっていたことに。
 綾ってば、照れていたのかな?

「案外、純情なのかも」

 親友の意外な一面が知れて、ちょっぴり嬉しい。
 熱をたっぷり吸ったサーフボードを拾い上げて、綾の背中を追いかけた。
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