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chap1.押し付けられた恋心
15.生まれながらの囚人
しおりを挟むフィズは、あてがわれた部屋で夕日を眺めながら、ため息をついた。
ルイとは会えていないが、彼のことはリーイックが預かってくれている。彼ならば、ルイを殺したりはしないだろう。シグダードも「殺すな」と言っていたのだから。
保証された恩赦ではなくとも、ルイの無事を信じることができた。きっとそれは、今朝見せたシグダードの不器用な優しさのなせるわざだろう。
しかし、これからこの部屋にはシグダードが来る。
ルイのことは助けてくれたが、怒っていないわけではないはずだ。何を言われるか、それを考えると気が重かった。
しばらくうなだれていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「フィズ、私だ」
「あ……はい……」
駆け寄っていってドアを開けると、シグダードが一人で立っていた。まさか、一人で来るとは思わなかった。
「……お一人ですか?」
「ああ。不満なのか?」
「い、いえ……」
意外だった。シグダードが近衛兵も連れずに来たこともだが、こんなに穏やかな声で自分と話すことが。怒ってはいないのだろうか。
シグダードは、すぐにフィズに背を向けて言った。
「ついてこい」
「はい……」
フィズは、前を歩くシグダードに置いて行かれないようについて行った。何を言われるかハラハラしていたが、シグダードは何も言わない。
中庭に出たところで、シグダードが足を止めた。
「あの……陛下……」
沈黙に耐えられなくなったフィズが話しかけても、シグダードは何も答えず、空に向かって手を挙げる。
耳をつんざくような鳴き声が響いて、巨大な赤い鳥が降りてきた。その羽ばたきが嵐を起こすとも言われている巨大な鳥、ジズアだ。
鳥は、フィズとシグダードの前で羽を畳んだ。
シグダードはその背に乗ると、フィズに手を差し伸べた。
「ルイのことなら心配するな。ここへ来る前にリーイックのところへ行ってきたが、元気にしていた」
「……え……? あ……よ、よかった……ありがとうございますっ……!」
まさか、そんなことまでしてもらえるとは思っていなくて、安堵とともに、その気遣いに感服してしまう。
フィズは、シグダードの手を取った。
力強く引き寄せられて、二人の体が触れ合う。抱き留められると、彼の腕の中で心臓の鼓動が早くなった。
巨大な鳥が羽を広げて空に飛び上がる。
シグダードの抱き止める腕の力が強くなるのは、フィズが落ちないように気遣ってくれているからだろう。
しかし、そんなことをされると、余計に緊張して、足元が不安定になる気がした。
シグダードは、フィズを見下ろして言った。
「お前の方が元気がないな」
「え……? そ、そんなことは……」
「罰せられると思っているのか?」
「えと……」
「そんなことはしない。ただ、話がしたいだけだ。行け、ジズア」
シグダードの言葉に応えて、鳥は二人を乗せたまま城から離れていく。
フィズが「城の外に出ていいのですか?」と聞くと、シグダードは「誰にも聞かれたくない」と言って、フィズから顔をそらした。
二人を乗せた鳥は、しばらく夕焼けの中を飛んで、森の中の広い湖のほとりに降りた。
そこにつく頃にはもう日が暮れて、空には月が出ている。
フィズは、シグダードに手を引かれて、鳥から降りた。
しばらく二人で湖の周りを歩いた後、唐突にシグダードが口を開く。
「フィズ、お前、家族はいるか?」
「え? か、家族? あ、え……と……兄が……います」
急な質問に、フィズは、一瞬混乱してしまった。家族なんて、もう何年も会っていない。生き別れた兄達のことは心配だったが、探す手だてがなかった。
シグダードは尚も続ける。
「両親は?」
「あー……死にました」
「そうか……」
「あ、陛下のご両親は……」
「殺された。雷魔族に」
「え?」
聞き間違いかと思った。雷魔族、その名前がでるなんて。
けれどシグダードは、自嘲とも思える顔で続けた。
「驚いたか? 滅んだはずの種族に殺されたなんて」
「え!? あ、はい……」
「母は、私が五歳の時に死んだ。その時は事故死だと伝えられていた。父は母がいなくなったことで、抜け殻のようになってしまった。そんなとき……あの男が現れたんだ」
「あの男?」
「ギズマ、と名乗っていた。美しく、可憐な男だった。父はその男に夢中になった。片時もはなさず、側に置くほどだった……」
「……」
フィズは、彼の回顧のなかに、目に見えるかのような暗い憎悪が紛れているような気がした。そのただならぬ気配に、言葉をかけることができなくなってしまう。
「ある日、寝台を共にしている時に、ギズマは父に切りかかった。父は寝所に刃物の持ち込みすら許可するほど、ギズマに溺れていた。父がとっさに抜いた剣はギズマの腕を切り裂き……そこから血が吹き出した……魔族の証である、無色透明な血が……」
作り話でないことは、彼が魔族の血の色を知っていることが証明している。無防備な寝所で王を襲ったのなら、最初からそのつもりだったのだろう。殺すために近づいたのだ。
「呆然とする父をあざ笑いながら、ギズマは『あの役立たずより手ごわい』と言って、迎えにきたもう一人の魔族と共に、金竜に乗って去っていった」
「あの役立たず?」
「……父には……その意味がすぐわかった……見ていろ……」
シグダードが朝やっていたように指で円を描く。そこに現れたのは、水の球ではなく、小さな雷だった。水魔族の血だけでは為せない雷の魔法。それが意味する事実に、フィズは胸が痛くなった。
「陛下……」
「母は雷魔族だったんだ……」
「……」
「雷魔族であった母は、父を殺すために送り込まれたが、父といる間にそんなことはできなくなり、私が生まれたんだ」
「……お母上は……本当は……」
「役目を果たせなかった母は、雷魔族達に殺された。ギズマか、迎えの魔族なのかは分からないが」
「そんな……」
「二度も愛した人を雷魔族に奪われた父は、失意のうちに病死した」
「陛下……」
両親は雷魔族に殺された、そう言った時のシグダードの表情を思い出してしまう。心を潰された父親、殺された母親を思い出していたなら、あの時の怒りの表情は無理もない。
「そこまでしてでも、雷魔族は水魔族の血を絶やしたかったらしい。自分達を滅亡に追い込んだ仕返しだろうが、こっちはいい迷惑だ。分かるか? 私の力は、私の両親を弄んだ魔族から受け継いだものだ。この国の初代の王は、水魔族と人間が交わり生まれた。王族は、この呪いのような魔法の力を持って生まれてくるんだ」
「呪い?」
「……コーリゼブル・キリゼブルの毒だ」
「え?」
「水魔族を自滅させた猛毒だ。魔族達が生み出すものなど、すべて破滅につながるに決まっている。私は……水魔族と雷魔族の血を受け継ぐ、呪われた王だ……」
「そんな……」
「私は魔族というものが憎い。私達の運命を狂わせた種族が。グラスは雷魔の国だ。だから私は、あの国が嫌いだ。同様にあの国に飼われている金竜も……」
「陛下……」
「だが、それとこれは別だ」
「え?」
ずっと厳しい顔をしていた王は、急に苦笑した。作り笑顔ではあっても、それは優しいものだった。
「ルイはお前の友人なのだろう? それなら、私が嫌う金竜ではない」
「陛下……」
「ただ……できれば私には会わせないでくれ。すまないが……頼む」
「……はい」
そんな話を聞いてしまえば、断ることなどできるはずもない。あれはお前の友人で金竜ではない、なんて、強引な理屈で無理矢理納得しようとしている彼を傷つけたくなかった。
「陰気な話をして悪かったな。誰かに……聞いてほしかった……」
そんなことを申し訳なさそうに言わないでほしかった。そんな風に詫びて欲しくない。
キラフィリュイザの王家は、水魔族の血を代々受け継いできた。そこに生まれた、敵対する雷魔族の血を持った王。明るみに出れば、どんなことになるか、想像に難くない。
シグダードが、今も玉座に座っているのは、その事実をずっと隠してきたからにすぎない。
どれほど孤独だっただろう。その孤独を和らげるために自分に話してくれたのなら、光栄に思いこそすれ、陰気だなどと思うはずがない。
「陛下……あの……」
「なんだ?」
「……あなたは呪われた王などではありません。仮にそうであったとしても、呪いはもう解けているはずです」
「……なぜだ?」
「呪われた者が、あなたのような純粋さを持つはずがありません」
「フィズ……」
シグダードが、フィズの顔を愛おしげに撫でる。月明かりに照らされた彼は、いつもと変わらない力強さの中に、儚さをのぞかせていた。
今朝のように顎をあげられ、顔をあわされる。彼に唇を近づけられて、フィズは無意識のうちに目を閉じた。
それなのに、口づけを交わされることはなかった。ただ、きつく抱きしめられただけだった。
「あ……」
「キスはだめだったな」
「……」
期待した甘い感触をお預けされてしまい、なぜあの時、はっきり伝えなかったのかと後悔してしまう。
言えばよかった。キスしたいと。
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