嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap3.回る毒

38.進まない話し合い

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 リーイックは、頭を抱えていた。

 フィズから解毒薬の話を聞いたヴィザルーマは、それならば自分が城の中を案内すると意気込んでいた。フィズはその言葉に大喜びし、シグダードはしばらくは信じられないと繰り返していたが、フィズに「このまま放っておけば、皆死んでチュスラス様の勝ちなんじゃ……」という言葉に煽られ、乗り込んで薬を強奪すると言い出した。

 三人とも気づいていないのだろうか。

 たった四人で、キラフィリュイザからグラスに向かい、城に乗り込んで薬を奪うなど、夢にもならない妄言だということに。
 そして、このにわか作りのパーティーには、致命的な不和があることに。

「私は嫌だ」

 早速、シグダードが憮然として、顔をそむける。あのグラス嫌いのシグダードと前グラス王が、共に一つの目的を達成するために行動するなど、不可能だ。

 それでも諦めないフィズは、シグダードと言い合いを始めてしまう。

「し、シグっ! お願いです! こ、こんな時くらい、仲良くしてください! ケンカしてたらみんなが……」
「こんな奴と肩を並べて歩けるか。せめてこいつの首をはねてから行く」
「ま、まだそんなことをっ……だって、ヴィザルーマ様がいなかったら、どうやってグラス城に入るんですか!??」
「そいつの言っていることが本当だという証拠がどこにある? 適当なことを言って、私達の寝首を掻く気じゃないのか? 私は信じない」

 また始まったシグダードの「信じられない」に、頭が痛い。

 急にグラスの王と手を組めと言われ、シグダードが簡単にうなずくわけがない。

 リーイックは、それならもう諦めたらどうだと言いたかったが、三人がそれを聞き入れるはずもない。

 フィズとシグダードは、だんだんヒートアップしていく。

「シグ! お願いです!! ヴィザルーマ様は、嘘なんかつきません!」
「なぜお前はヴィザルーマばかり庇う!?」
「庇っているわけじゃ……」
「絶対に嘘だ!」
「嘘じゃありません!」
「嘘だ!」
「嘘じゃありません!」

 聞いているだけで疲れる言い合いに、ヴィザルーマが口を挟む。

「……時間がないのに、そんなことを言っている場合ではないのではないでしょうか?」

 するとシグダードは、ヴィザルーマを今にも殺してしまいそうな顔で振り返る。

「貴様は黙っていろ! 急かすところがますます怪しい!!」
「シグ! やめてください! ヴィザルーマ様に失礼です!」

 すぐにフィズが止めに入るが、それは火に油を注ぐだけだ。

「失礼なのは勝手に私の城に潜り込んだこいつだ!!!!」

 このままでは、無駄な言い合いを聞かされるだけだと思ったリーイックは、しぶしぶ口を挟んだ。

「陛下、信じてみる価値はあるのではないでしょうか」

 するとシグダードは、今度はリーイックを怒鳴りつける。

「お前まで何を言っているんだ!」
「グラスの王が、一人でキラフィリュイザの城まで来て、信じてもらえるかも分からない話をするなんてリスクのある行動を、何の意味もなく取るでしょうか? 城のものは皆倒れています。この城を落とすことが目的なら、もうすでに果たされています。こんなことをする必要はないはずです」
「…………」

 黙り込むシグダードに、フィズも言った。

「シグ……ここで意地を張って喧嘩してたら、みんな死んじゃうかもしれません。そ、それでいいんですか!?」
「しかし……」

 このままでは話が進まない。もうどんな理由であっても、さっさと決めて三人で出発してほしい。

 最初から行く気などまるでないリーイックは、シグダードに向かって行った。

「早い話、キラフィリュイザは英雄のチュスラスに負ける、と言うことですね」
「なんだと!? ふざけるなっっ!! そんなことはさせん……」

 シグダードは、ヴィザルーマに振り向いた。

「不本意でしかないが……今は我慢してやる。行くぞ! グラスに!」

 単純な挑発に簡単に乗ってくれた。これで、シグダードはフィズとヴィザルーマと共に、この城を離れてくれるだろう。

 この面倒なパーティーから、早々に退散したいリーイックは、シグダードに向かって言った。

「では、私はここでお待ち申し上げております」
「何を言っている? お前も行くんだ!」
「は!?」
「お前がいなければ、どれが必要なものか分からないだろう? こんな奴の言うことだけでは信じられん。お前も来い」
「……陛下。私は……」
「断るなら今この場で首を切る」
「……では、どうやってグラス城に入り込むのですか?」

 今度は一番大きな問題をあげてみる。

 グラスの城は、四人の怪しげな一団が入り込めるような城ではないはずだ。これで諦めてくれないかと願うリーイックの質問に、真っ先に答えたのはフィズだった。

「簡単です! ヴィザルーマ様が門を開けるようにお願いすればいいんです! 皆さん、ヴィザルーマ様が生きていたと知ったら大喜びで中に入れてくれます!」
「……」

 リーイックは呆れてしまいそうだった。現王に拷問され王位を譲り国から逃げてきた前王が歓迎されるわけがない。よしんばそれで開門されたとしても、秘密裏にとらえられ、抹殺されるだけだ。

 すると、フィズの扱いには慣れているらしいヴィザルーマがやんわりと言う。

「フィズ、それは色々な理由で無理だ。こっそり入る方法を考えよう」
「そうですか……なら……」

 フィズは、何かいい方法がないのか考え始めたのか、黙り込んでしまう。
 しかし、厳戒態勢の敵国の城に、四人で立ち向かう方法など、あるはずがない。

 リーイックがホッとしていると、フィズがつぶやいた。

「ルイがいれば……」
「ルイ? それなら俺の部屋にいただろう」

 フィズとケンカ別れした後、ルイは、ずっとリーイックの部屋に居座っていた。前に部屋に入れたのが悪かったらしい。何度出て行けと言っても、恋人なのに冷たいと訳の分からないことを言うばかりだし、フィズがどうこうわめきながら泣くわ、ピスタチオは食い散らかすわ、ろくなことをしない。何より、雷魔族であることがバレたフィズが、どんな目にあっているか隠すことに限界を感じていた。

 フィズは、目を輝かせ、リーイックに迫ってくる。どうやら、よほどルイに会いたかったようだ。

「え? そ、そうなんですか? ルイが……ルイが本当にいるんですか!? リーイックさん!」

 たずねる勢いは、リーイックが少し後ずさるほどだった。
 シグダードが、「金竜を部屋にかくまっていたのか!」と怒鳴り、リーイックがルイを匿っていたことを咎めようとするが、それすらフィズは黙らせてしまう。

「し、シグは黙っててください!! リーイックさん! 教えてください! ルイは……ルイはどこにいるんです?」
「だから、俺の部屋にいただろう?」
「え? い、いいえ……リーイックさんしかいませんでしたよ?」
「まさか……」

 ルイには、リーイックが部屋を空けるときは、不用意に部屋から出ないように言っておいたはずだ。彼が部屋から勝手にいなくなるはずがない。何より、あれだけしつこく居座っていたルイが、なんの理由もなくいなくなるとは思えない。

「毒にやられたんじゃないか?」

 シグダードの言葉に、背筋が冷たくなる。グラスの作った毒の詳細が分からない今、毒のまかれた城で、ルイだけが無事という保証はない。

「まさか……ルイ!」

 青ざめた顔でフィズが走り出す。リーイックも、無意識のうちに彼に続いていた。
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