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chap4.堕ちる城
57.気乗りしない提案
しおりを挟むガラスの小瓶をめぐって言い合うシグダードと店主を、フィズは、離れたところからぼんやり見ていた。
店主にしてみたら、延々時間をとられ、迷惑きわまりないだろう。そして彼は、ついに根負けしてしまった。
「お前……しつけーな……」
彼は、少し声が枯れて疲れきっている。一方シグダードの方は、元気な様子で腰に手を当てていた。
シグダードは、不遜な態度でからかうように言う。
「負けを認める気になったか?」
「なんだよ……負けって……わーったよ……俺が言ったこと、真面目にやったらくれてやるよ……」
「何をすればいい?」
「来いよ」
店主は、シグダードとフィズを、店から少し離れた路地に連れて行った。突き当たりに酒樽がいくつも積んであるところまできて、彼はフィズ達に得意げな顔で振り返る。
「この酒樽を全部、リブの店まで運んでもらおうか?」
「……全部?」
フィズは、思わず店主の言葉を繰り返してしまう。酒樽はざっと数えても二十はある。
店主は、酒樽をたたきながら答えた。
「安心しろ。中身は入ってねえ。全部空だ。俺が頼まれてたんだが、店を見てなきゃならねーからな」
中身は入っていないとはいえ、これをすべて運ぶには骨が折れる。運ぶ距離によっては日が暮れても終わらないかもしれない。その対価があの小さな瓶ではとても割に合わない。
フィズはいい加減、あきらめましょうと言おうとしたが、シグダードは自信に満ちた様子で頷いた。
「よし、分かった。がんばろうな。店主」
そう言って、彼は隣にいる店主の肩を叩く。
「はあ? なんで俺まで頑張るんだよ。お前が一人で頑張れよ」
「バカを言うな。私一人では終わらない」
「バカはてめえだよ。一人でやれよ。俺は店があるんだ」
「店はフィズに任せろ」
シグダードの唐突な提案に、フィズは驚いてしまう。人目にはつきたくないのに。
「し、シグ! なんで私が……」
「店を見ているだけだ。お前にこれを運ぶことは無理そうだからな。こんな時こそ、みんなで協力しよう」
「な、なんですか……急にそんなこと言い出して……」
「……嫌か? 私はこの店主が困っているから、手伝ってやりたいだけだ」
「……さっき聞いていたことと違います。シグが困らせてたんじゃないですか」
「だが、彼だけで酒樽を運ぶのは無理だろう? お前は店番をしているだけでいい。この店主のために」
「……」
「嫌か?」
「…………みてるだけでいいなら……します……」
フィズは、店主のためと言われては断りづらくて、うなずいた。
シグダードが、すぐに満面の笑みでフィズの頭をなでてくる。
「よし。偉いぞ。フィズ」
すると、店主が呆れた顔をして言った。
「おい、そっちのちびのにーちゃん。騙されてるぞ」
「え? そうなんですか?」
今度はシグダードが、店主を苦々しい顔で睨みつけながら言う。
「おい、店主。誰がいつフィズを騙したと言うんだ?」
「だってそうだろ! 俺のためみてえな言い方してんじゃねえ! 何が手伝ってやろうだ! 頼んでねーよ!」
「頼んだじゃないか」
「ちっげーよ! てめえが瓶よこせってうるせーから仕方なく言ってんだ!! 頼んだのはてめえの方で俺のはただの交換条件! 俺はてめえが駄々こねるから仕方なく言ってやってるんだ!! あの瓶一つでてめえをこき使えるなら損はしねえしな! てめえだけで運べねえならもう用はねえ! 消えろ!!」
「だが、この酒樽を片付けないと困るのはお前だろう?」
「それはそーだけど……」
「しかし、私だけではこれを運べない。お前だけでもそうだ。だから私とお前で運ぶ。店はフィズがみている。誰も損をしないようにフィズの報酬にはこれをもらおうか?」
シグダードは、いつの間に拝借したのか、手のひらに乗せるのにちょうどいいくらいの大きさの鈴を店主の前にだした。
それを見た店主は、シグダードを怒鳴りつける。
「俺の店のもん、何で持ってんだ!」
「店を出るときに気に入ったからだ」
「そんなの理由になるか!! 返せ!!」
「落ち着け。これで、お前は仕事を片づけるための人手を、私は瓶を手に入れる。フィズだけ働いても何もないのでは不公平だろう? 彼にも何かくれてやれ」
「……」
「そんなに不満そうな顔をするな。私はこの酒樽をすべて運んであの瓶一つ、フィズは一日店番をしてこの鈴一つだ。考えてみろ。お前が一番得をしているぞ」
「……てめえが男相手に稼いで、店のもん全部買えば一番俺の得になるんだけどな」
「私なら一晩であの店の商品どころかあの市場すべてのものを買い占められる。だが、それだけの金が手に入ったら、お前の店のものより、宝石でも買いに行く。それでお前に何の得がある? 商品は売れず、人手も得られない」
「……」
店主はシグダードを睨みつけ、しばらくしてため息をついた。
「わーったよ。てめえの話にのってやる」
ついに折れた店主に、シグダードは勝利の笑みを浮かべる。
それが気に入らないのか、店主は声を荒らげて詰め寄ってきた。
「だが、忘れんなよ。俺が雇い主、てめえらは俺に雇われる身だ」
「ああ。分かっている」
「そうは思えねえ。てめえのそのえらそーな態度はなんだ! ちゃんと頼めよ! お願いします、だ! 言ってみろ! ちゃんと頭下げてだぞ!」
フィズは、いつシグダードが魔法で切りかかるかと気が気ではなかった。
するとシグダードが、低い声で店主にたずねる。
「お前、名前は?」
彼の目が、なんとなく怖い気がして、ついに我慢できなくなったフィズは、シグダードの服の裾を引いて、「魔法はやめてください」と耳打ちする。
シグダードは、同じように小声で「分かっている」と答えるが、フィズは不安だった。
「シグ、本当に分かっているんですか? こんなところで魔法を使えば、すぐに正体がバレてしまうんですよ?」
「分かっている。心配するな。フィズ」
フィズとシグダードが小声で話していると、店主は目を細め、低い声で問いかけてきた。
「名前なんか聞いてどうすんだ? 覚えといて後で腹いせにでもくる気かよ」
「まさか。お願いをするのに、名も呼ばないのでは失礼だろう?」
「……ジャックだ」
店主が警戒をとかないまま答えると、意外にも、シグダードは大人しくその場で頭を下げた。
「頼む。ジャック。困っているんだ。助けてくれ」
「な……」
先ほどの横柄な態度とは打って変わって頭を下げるシグダードに、そうしろと言った店主の方が驚いていた。
「な……なんだよ……急に……」
「頼む。助けてくれ。訳は話せないが、どうしてもその瓶が必要なんだ」
「な、なんだよ……訳ありか? 分かったよ。最初からそう頼めばいいんだよ」
ジャックがどこか気まずげにうなずくと、シグダードは満足げに顔を上げた。
「ありがとう。ジャック。助かる」
「る、るせーよ。さっさと始めるぞ」
繰り返し礼を言うシグダードに、ジャックは少し照れているようだ。
「それで、お前の方こそ、名前は?」
腕まくりをしながら聞いてくるジャックに、シグダードは「シグだ」と答える。それだけではキラフィリュイザの王とは思いも寄らないようで、ジャックは何も言ってこなかった。
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