嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap4.堕ちる城

61.過ぎる夜

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 日が暮れ、店が開くと、次々と常連客が入ってきて、すぐに店は満席になった。

 ここへ来るまでジャックと言い合いをしていたシグダードは、常連客たちと馬鹿笑いをしながら、次々に酒を煽っている。すっかり酔ってしまったらしい。瓶からコップにうつすこともせず、まわりに煽り立てられるままにラッパ飲みを始め、ついていけなくなったフィズは、酒場から出た。

 外はもうすっかり日が暮れ、月に雲が陰っている。

 フィズがしばらく一人で月を見ていると、不意に後ろから不意に声をかけられた。シグダードだった。

「フィズ、飲まないのか?」
「……ま、前に話しましたよね? 魔族は酒に弱いんです……」
「酔いつぶれたら介抱してやる」
「……やめておきます。シグ……」
「どうした?」
「……なんだか、楽しそうですね……」
「そうか? ……そうかもな……」

 そう言って、シグダードはフィズの隣に並んでくる。

「私はもとから王に向いていないんだ。今はそんな立場など気にしなくていい。生まれて初めて、休暇をもらった気分だ」
「こ、こんなときに休暇なんてっ……!」
「ほら」

 シグダードが渡してきたのは、ジャックから受け取った瓶だった。中には無色透明な液体が入っている。

「これ……」
「中に、私の魔法をかけた水が入っている」
「はあ……」
「ルイを探しに、グラスの城へ入るときの御守りだ。私はお前のそばにいてやれないかもしれないからな」
「え?」
「ヴィザルーマが私の策に乗れば、だが」
「ヴィザルーマ様が?」

 シグダードが考えた策に、ヴィザルーマがのるとは思えない。なにしろ、あの仲の悪さだ。

 しかし、シグダードはよほど自信があるのか、フィズに向かってニヤリと笑った。

「それを大切に持っていろよ」
「…………このために、瓶を?」
「ああ」
「……それならそうと言ってくれればいいのに……それに、あんな無茶しなくても、ミズグリバスさんなら、すぐに用意してくれますよ?」
「……グラスの者相手に、物乞いのような真似ができるか」
「ジャックさんたちもグラスの人なのに?」
「……」

 フィズの当然の指摘に、シグダードは言葉を詰まらせる。

「忘れてたんですか?」
「……そんなはずないだろう」
「やっぱり忘れてたんじゃないですか……」

 フィズが呆れていると、酒場からジャックが出てきた。

「フィズ! シグ! 何やってんだ? 飲まないのか?」

 シグダードは、鬱陶しそうに彼に振り向いた。

「今、フィズを口説いているんだ。邪魔をするな」
「はあ? お前ら、そういう仲かよ……だったらフィズが飲める物でも持ってきてやんな。自分だけ楽しんでちゃ、フィズも誘いにのるはずねーだろ」

 ジャックの言葉にシグダードは少し考えた後、フィズに「待っていろ」と告げて酒場に戻って行った。

 一人残されたフィズの肩を、ジャックがポンと叩く。

「よお。疲れた顔してんな」
「はあ……」
「あんな奴がそばにいたんじゃ、大変だろ。もしかして、飯の誘いは迷惑だったか?」
「いえ、そんなことありません。すごく助かります……」
「お前ら文無しみてえだしな」
「う……はい……ありがとうございました……ジャックさん」
「……」

 フィズが笑顔で礼を言うと、なぜかジャックは顔をそらしてしまう。

「あの……ジャックさん?」
「……参ったな……」
「はい?」
「いや……お前、やっぱりシグはやめた方がいいかも……」
「え? どうしたんですか? 急に……」

 急に、ついさっきとは全く違うことを言い出したジャックに、フィズが聞き返しても、ジャックは顔もあわせてくれない。

「あの……ジャックさん?」
「……お前、結構かわいいな……」
「は?」
「あんまり近づくな……」
「え?」

 突然拒絶され、フィズはショックに言葉を詰まらせる。自分は何もしていないのに、なぜそんな風にされなければならないのか分からない。

「あの……ジャックさん、私、何かしましたか?」
「は? なんだよ? 急に」

 振り向いたジャックは顔が真っ赤だ。やはり怒らせてしまったのだろうか。

「だって、急に近づくなって……」
「ち、ちげーよ! ただ、お前に惚れるシグの気持ちが分かっただけだ」
「は?」
「……シグに愛想尽かしたら、俺のとここい……」
「え?」
「俺が満足させて──っ!!」

 訳の分からないことを言い出したジャックの頭に、オレンジジュースが直撃する。いつのまに戻ってきたのか、彼の背後ではシグダードが空のコップを持って立っていた。ジャックに後ろからジュースをかけたのは間違いなく彼だ。
 シグダードは、怒りに満ちた顔をしていた。

「貴様……」
「てめえ……そんな風に怒ってばっかだと、フィズにふられるぞ」
「なんだと……っ!」

 逆上したシグダードは、フィズが止めるのも聞かず、ジャックに殴りかかる。当然彼も応戦し、二人は殴り合いの喧嘩を始めてしまう。騒ぎを聞きつけ、酒場で飲んでいた常連客達も外に出てきた。

「ジャック、ケンカか?」
「るせー! このヤローがわりーんだよ!」

 怒鳴るジャックに、シグダードが「貴様がフィズに手を出したんだろう!」と言い返して、掴み合いになってしまう。

 フィズは、店から出てきたリブと共になんとか彼らを止めて、そんなことをしている間に、騒がしい夜は過ぎていった。
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