嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap7.差し出す手

121.通り過ぎる殺意

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 窓からは夕日が見える。その赤い光を浴びながら、シュラは珍しくワクワクしつつ、城の廊下を歩いていた。
 後ろにはセディがついている。彼は今回のことに一度は反対したが、シュラがどうしてもしたいと頼むと、あっさり頷いてくれた。

「ねえ、セディ。誰かにつけられてないよね?」
「はい。ご安心ください。シュラ様。誰も気づいてはおりません」
「よかった!」

 嬉しくて、声まで高くなってしまう。

 シュラのシャツの中には、小鳥くらいの大きさになった金竜が隠れている。本来は城に外部のものを連れて行くときには、それなりの手続きが必要だが、もちろんそんなことはしていない。この金竜は今は手配中らしいし、そうでなくとも、許可がおりるとは思えなかった。チュスラスは暗殺を恐れているのか、手続きにはかなり時間がかかる上に、散々待たされた挙句、許可が下りないことも多いらしい。

 しかし、城の門番は持ち物や身体のチェックをすることなく、あっさり城門を通してくれた。ずいぶんやる気のない門番だが、おかげで城には簡単には入れた。

 けれど、うまくこのままフィズに会えるかどうかは分からない。金竜を連れていることがバレれば、彼は捕らえられてしまう。彼をフィズに会わせるまで、気は抜けない。

 城の廊下はガランとしていて、誰も歩いていない。この分なら、フィズがいるリリファラッジという踊り子の部屋まで、問題なくいけるだろう。

 胸を弾ませ歩いていると、服の中から竜が顔を出した。

「ねえ、シュラ」

 可愛らしい目で見上げる竜に、シュラはついキュンとしてしまう。

 そっと竜の頭に手を置き、小さな声で注意した。

「リュウ君、顔を出したらダメだよ。中でじっとしてて」
「ねえ、本当にフィズに会える?」
「バレなくて、フィズが僕に会ってもいいって言ってくれたらね」
「ボクがいるって言ったら、会ってくれると思う」
「隠れて」

 シュラは竜を懐へ押し入れ、右に曲がる廊下にそれた。
 前から歩いてくる、二人の人影に気づいたからだ。

 二人が通り過ぎるのを待つ。歩いてくる男たちは兵士のようで、随分苛立っているようだった。

「くそ……なんであんなとこにジョルジュがいるんだ?」
「暇なんだろ。怪我して動けないらしい。役立たずはさっさと追放されればいいんだ」
「大した家柄でもないくせに偉そうにしやがって……俺らはフィズにお仕置きしてただけなのに……」

 フィズという名前を聞いて、竜が飛び出して行きそうになる。それをシュラは胸を押さえて止めた。

 歩いてくる男たちは、十字路に隠れるシュラには気づかず、にやにや笑いながら続ける。

「フィズ、ずっとリリファラッジの部屋にいるのか?」
「図々しい奴だ……反逆者のくせに、ベッドで寝てる」
「……あの時のあいつ、すげー笑えたなぁ……白竜の前に突き出してやった時」
「奴隷が、竜の躾もできないのか……名誉な仕事を与えていただいてるのに! 今度引きずり出して度胸をつけてやらないか?」
「名案だな!」

 男たちは笑い出す。フィズが怪我をしたという話は聞いたが、その原因がわかった。

 我慢できなくなったらしい竜は、シュラの懐から飛び出してしまう。見つかれば、フィズに会わせることはできなくなる。
 彼が男たちの前へ躍り出る前に、シュラは竜を捕まえた。

「リュウ君。待って。見つかったら、もうフィズに会えなくなる」
「離せっっ!」

 竜は正気を失っているのか、目が血走っていた。

「離せっ……離せえっ! 殺してやる……二度とフィズを見ることができないようにしてやる……」

 竜はひどく暴れ、シュラの手を振りはらってしまう。
 仕方がないと判断し、シュラは、二人の前に飛び出そうとする竜に向かって、カバンから出した小瓶を投げた。それから出た液体は、竜の体に縄のように巻きつく。それの匂いを嗅いだ竜は気を失い、床に落ちた。

 シュラはすぐに、倒れた竜を自分の体で覆い隠す。

 急に飛び出してきたシュラに、二人の男は驚いて足を止めた。貴族がいきなり出てきて床に這い蹲い、なにが起こっているのか、分からないようだ。

 二人に気づかれないように竜をポケットに詰め込み、シュラは立ち上がった。

 男たちは、ひどく狼狽しているようだった。シュラの身なりからして、貴族であることは分かるようだが、今目の前にいるのが誰なのかは分からないのだろう。

「あ、あ、あの?」
「え……あ、あなたは……?」

 たずねる二人に、シュラは振り向いた。

「僕はシュラ。シュラ・スジック・イドライナだよ」
「……………………え、し、シュラ……?」
「ヒイッ!!」

 男たちは悲鳴をあげ、頭を下げた。

「も、も、申し訳ございませんっ!! いいいいイドライナ家の方とはつゆ知らず……」
「ど、どうか……どうかお許しを……」

 ガタガタ震えだす二人に、シュラは尋ねた。

「フィズを知っている?」
「え? ふぃ、フィズ?」
「は、はい……も、もちろん、存じ上げております……」

 存じ上げている、それだけではないはずだ。先ほどの話を聞かれていたとは、思ってもみないのだろう。

「フィズに何をしたの?」
「え……い、いえなにも……」
「なにもしておりません!!」
「嘘……」

 シュラが真顔で呟くと、二人は震え上がる。

「フィズは、僕の用事が終わるまで、僕のために生かしておいてって言ってある。フィズは今は僕のものなんだよ……?」
「し、シュラ様!! 誤解です!」
「俺たちは本当になにも……」

 口々に言う二人の男たちの言い訳は無視して、シュラは、持っていた瓶の蓋を開け、に向かって投げた。
 二人とも先ほどの竜と同じように、その場に倒れる。

 ピクリとも動かない二人の男を見下ろし、シュラは呟いた。

「セディ」
「……かしこまりました」

 後ろに佇んでいた執事は、すぐに倒れた男たちに近づく。シュラはその後ろ姿を見ながら、今日は会いに行けなくなったフィズに、何と言って詫びようか考えていた。







 屋敷に戻ってから、シュラは、自分の部屋で揺りかごに入って眠る竜を見ていた。

 さっき投げた薬は、金竜には人間ほどは効かないはずだ。それでもなかなか目を覚まさない彼を見ていると、申し訳ないことをしたような気がしてくる。
 時計の音を聞きながら、じっと彼の目が開くのを待った。

 だいぶたって、深夜になってから、竜は目を覚ました。

 彼は首をもたげて辺りを見渡す。

「起きた?」

 シュラが話しかけると、彼はすぐに振り向いた。何が起きたか、思い出したようだ。

「……なぜ、邪魔をした……?」

 竜の声は、以前シュラと話していた時とは違い、ひどく低かった。怒っているらしい。よほどフィズに会いたかったのだろう。

 シュラは、テーブルの上に二つの瓶を置いた。
 その中に浮く眼球を見て、竜は目を丸くする。

「それ……」
「他の部分は地下。リュウ君の好きにしていい」
「……」

 竜はそれをじっと見てから、口を尖らせた。

「……ボクを止めたくせに……」
「リュウ君は姿を見られちゃダメ。見つかったら、もう二度と城に連れて行けなくなっちゃう。フィズに会うんでしょう?」
「……」

 竜は飛び上がって、テーブルに降りた。そして瓶の中身をまじまじと見つめ、シュラに振り返る。

「…………あの二人、生きてるの?」
「……うん……地下で泣き叫ぶからうるさくて……」
「……そう……」

 竜は呟いて、シュラの方へ飛んで来た。そしてシュラの膝の上へ降りると、そこでゆっくりと小鳥のサイズから馬くらいの大きさになる。

 シュラを組み敷いたような体勢の竜は、大きな羽を広げ、じっとシュラを見下ろした。

「なぜ止めた……?」
「……リュウ君が捕まるのが嫌だったんだ……」
「……このまま殺してもいい……?」
「……ためらうの?」
「……」
「リュウ君? んっ!」

 竜が長い舌で、シュラの頬を舐める。どろりとした唾液が、顔を流れた。シュラはそれにそっと触れ、竜に言った。

「ねえ……リュウ君……」
「なに?」
「僕、竜に会ったのは初めてなんだ。だから、死ぬ前に、一度リュウ君の肌を触ってみたい。いい?」
「………………………………やめておく」

 竜は小鳥のサイズに戻り、シュラから離れ、ドアの方へ飛んでいく。そしてそこで振り返った。

「後でボクの方からお前に触れる。だから、いなくならないでね」
「うん。もちろん」

 シュラの返事を聞いて、竜は部屋を出て行った。
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