嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap9.先へ進む方法

173.成し遂げられるとは思えない暗殺計画

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 ヒッシュの城周辺での失踪の知らせは、グラスの城下町に住む、シュラの屋敷にも届いていた。その詳細を記した書類を受け取ったのは、ちょうど昼頃で、同じ頃、屋敷に思いがけない客がやってきた。

 シュラの屋敷に、客が来ることは珍しくない。しかし、こんな客は、シュラも想定していなかった。

 まさかこの屋敷に突然訪問するような人間がいるなんて。
 ともすれば、一瞬で命を奪われるかもしれないのに。

 屋敷の窓から、門の前で一人ぽつんと立つ男を見つけた時は、ただ好奇心で屋敷をのぞいているだけかと思ったが、その男は、門の前で微動だにせず、そこに立っている。

 彼のことを、シュラは知っていた。城で会ったことがある。フィズの隣にいた男、踊り子のリリファラッジだ。

 奇妙に思いセディにたずねると、確かに手紙は受け取ったが、相談の内容などは書いておらず、ただ突然、会いたい、とだけ伝えてきたらしい。どんな用事で会いたいのか全く記されていなかったため、仕事の依頼なのかどうかも分からないと言う。

 シュラはそれを聞いた時、珍しく迷った。放っておくか。それとも、殺すか。

 普段なら、どうでもいいと思えば放置して、気分を害されれば殺していた。しかし今回は、そのどちらでもなかった。こんなことは初めてだ。

 どうしようかとしばらく悩んで、結局シュラは、リリファラッジを屋敷に招き入れた。
 毒まみれの屋敷とも揶揄されるような屋敷に、リリファラッジは臆することもなく足を踏み入れ、優雅に頭を下げる。

「お久しぶりでございます、シュラ様。このような突然の訪問にもかかわらず、門を開けていただき、深く感謝致します」
「構わないよ。気に入らなければ、既に殺している」

 答えながら、シュラは、リリファラッジの次の言動を待っていた。自分で自分の行動の意味がわからなかった。こんな風に、相手の行動を待つことを、普段ならしない。

 城でフィズに会った時に、隣にいた男だから殺す気にならなかったのかと思ったが、それも違う。

 興味を持っているのだ。ただの踊り子に。

「それで? 何をしにきたの?」

 たずねたシュラに、リリファラッジは微笑んだ。

「毒を頂きたいのです」
「誰を殺すの?」
「……シュラ様には…………お話しできません」
「……」

 期待が、怒りに変わる。ここまで来ておいて、話せないとは何事か。屋敷に突然やってきて、招き入れられた後も、臆するどころか、丁寧に非礼を詫びる余裕を見せたリリファラッジに、興味をそそられたと感じたが、気のせいだったのかもしれない。

「だったら毒は渡せない」
「イルジファルア様でございます」

 即座に返ってきた答えに、シュラは、これまでで一番、驚いた。

 たかが踊り子が、イルジファルアを殺すと言う。

 正気かとすら思った。殺すどころか、近づくことすらできないだろうに。

 しかし、リリファラッジは真っ直ぐにシュラを見つめて、怯えるわけでもなく、むしろ、落ち着いているようだった。

 これまでここには、数多の客が来た。家族を殺したいと言う者、憎い仇を殺したいと言う者、友人を殺したいという者、中には、知りもしない人を殺そうとする者もいた。到底無理であろうターゲットを告げた者もいた。しかし、雲の上の男を、平然と告げたのは彼が初めてだ。

 そして、シュラが客のもつ気迫に圧されたのも、初めてだった。

「……座って」

 シュラは、ソファを指して言った。

 リリファラッジが微笑む。気が狂っているわけではなさそうだ。

 彼が着席してすぐに、シュラはたずねた。

「できると思ってる?」

 するとリリファラッジは、尚も笑顔で答える。

「分かりません。ですが、このままにしておけば、あの方は私を殺します。私はまだ死にたくないのです」
「諦めた方がいいんじゃない? できるはずがない」
「シュラ様、どんな人間にも、隙はあります。必ず」
「ないよ。相手は、イルジファルアだ」
「いいえ。絶対にあります。たとえ、イルジファルア様といえども」
「……それで、その隙をついて、イルジファルアを殺そうと? 馬鹿らしい……」
「そんなことは承知の上です」
「駄目元で殺しにいく人には、僕の毒は渡せない」
「私は、イルジファルア様を殺します。そうしなければ、私が殺されてしまいます。こう見えて、勝算だってあるんです」
「……どんな?」
「あまり、お話ししたくはないのですが……」
「僕が、誰かにその計画を話すとでも?」
「いいえ」

 リリファラッジは首を横に振った。

「これから考えるんです」
「……それじゃ策はないってこと?」
「いいえ。ありすぎて困ってるんです」
「……」

 リリファラッジが、笑顔で肩をすくめている。

 作ってみるか、いつの間にか、シュラはそう考えていた。
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