173 / 290
chap9.先へ進む方法
173.成し遂げられるとは思えない暗殺計画
しおりを挟むヒッシュの城周辺での失踪の知らせは、グラスの城下町に住む、シュラの屋敷にも届いていた。その詳細を記した書類を受け取ったのは、ちょうど昼頃で、同じ頃、屋敷に思いがけない客がやってきた。
シュラの屋敷に、客が来ることは珍しくない。しかし、こんな客は、シュラも想定していなかった。
まさかこの屋敷に突然訪問するような人間がいるなんて。
ともすれば、一瞬で命を奪われるかもしれないのに。
屋敷の窓から、門の前で一人ぽつんと立つ男を見つけた時は、ただ好奇心で屋敷をのぞいているだけかと思ったが、その男は、門の前で微動だにせず、そこに立っている。
彼のことを、シュラは知っていた。城で会ったことがある。フィズの隣にいた男、踊り子のリリファラッジだ。
奇妙に思いセディにたずねると、確かに手紙は受け取ったが、相談の内容などは書いておらず、ただ突然、会いたい、とだけ伝えてきたらしい。どんな用事で会いたいのか全く記されていなかったため、仕事の依頼なのかどうかも分からないと言う。
シュラはそれを聞いた時、珍しく迷った。放っておくか。それとも、殺すか。
普段なら、どうでもいいと思えば放置して、気分を害されれば殺していた。しかし今回は、そのどちらでもなかった。こんなことは初めてだ。
どうしようかとしばらく悩んで、結局シュラは、リリファラッジを屋敷に招き入れた。
毒まみれの屋敷とも揶揄されるような屋敷に、リリファラッジは臆することもなく足を踏み入れ、優雅に頭を下げる。
「お久しぶりでございます、シュラ様。このような突然の訪問にもかかわらず、門を開けていただき、深く感謝致します」
「構わないよ。気に入らなければ、既に殺している」
答えながら、シュラは、リリファラッジの次の言動を待っていた。自分で自分の行動の意味がわからなかった。こんな風に、相手の行動を待つことを、普段ならしない。
城でフィズに会った時に、隣にいた男だから殺す気にならなかったのかと思ったが、それも違う。
興味を持っているのだ。ただの踊り子に。
「それで? 何をしにきたの?」
たずねたシュラに、リリファラッジは微笑んだ。
「毒を頂きたいのです」
「誰を殺すの?」
「……シュラ様には…………お話しできません」
「……」
期待が、怒りに変わる。ここまで来ておいて、話せないとは何事か。屋敷に突然やってきて、招き入れられた後も、臆するどころか、丁寧に非礼を詫びる余裕を見せたリリファラッジに、興味をそそられたと感じたが、気のせいだったのかもしれない。
「だったら毒は渡せない」
「イルジファルア様でございます」
即座に返ってきた答えに、シュラは、これまでで一番、驚いた。
たかが踊り子が、イルジファルアを殺すと言う。
正気かとすら思った。殺すどころか、近づくことすらできないだろうに。
しかし、リリファラッジは真っ直ぐにシュラを見つめて、怯えるわけでもなく、むしろ、落ち着いているようだった。
これまでここには、数多の客が来た。家族を殺したいと言う者、憎い仇を殺したいと言う者、友人を殺したいという者、中には、知りもしない人を殺そうとする者もいた。到底無理であろうターゲットを告げた者もいた。しかし、雲の上の男を、平然と告げたのは彼が初めてだ。
そして、シュラが客のもつ気迫に圧されたのも、初めてだった。
「……座って」
シュラは、ソファを指して言った。
リリファラッジが微笑む。気が狂っているわけではなさそうだ。
彼が着席してすぐに、シュラはたずねた。
「できると思ってる?」
するとリリファラッジは、尚も笑顔で答える。
「分かりません。ですが、このままにしておけば、あの方は私を殺します。私はまだ死にたくないのです」
「諦めた方がいいんじゃない? できるはずがない」
「シュラ様、どんな人間にも、隙はあります。必ず」
「ないよ。相手は、イルジファルアだ」
「いいえ。絶対にあります。たとえ、イルジファルア様といえども」
「……それで、その隙をついて、イルジファルアを殺そうと? 馬鹿らしい……」
「そんなことは承知の上です」
「駄目元で殺しにいく人には、僕の毒は渡せない」
「私は、イルジファルア様を殺します。そうしなければ、私が殺されてしまいます。こう見えて、勝算だってあるんです」
「……どんな?」
「あまり、お話ししたくはないのですが……」
「僕が、誰かにその計画を話すとでも?」
「いいえ」
リリファラッジは首を横に振った。
「これから考えるんです」
「……それじゃ策はないってこと?」
「いいえ。ありすぎて困ってるんです」
「……」
リリファラッジが、笑顔で肩をすくめている。
作ってみるか、いつの間にか、シュラはそう考えていた。
0
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる