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chap10.騒がしい朝
178.頷かない竜
しおりを挟むしばらくフィズがリリファラッジと二人で、ジョルジュが医術士を呼んでくるのを待つ間、白竜たちはじっとこちらの様子をうかがっていたが、襲ってくることはしなかった。
フィズが、着ていたものでリリファラッジの傷口を押さえると、彼は「それじゃ痛いです」と、冗談めかして言った。しかし、本当はそんなことを言えるような状態ではないことは、フィズにも分かっていた。
少し待つと、ジョルジュが戻ってきた。しかし、医術士は連れておらず、代わりに薬だけを持っている。医術士には、反逆者の弟のためにそんなところへ行けるかとつっぱねられ、薬だけを投げつけられたらしい。
ジョルジュには、応急処置の心得があるらしく、医術士に代わって、リリファラッジの手当てをしてくれた。
ジョルジュは薬の瓶を開けて、治療を始める。その間もずっと俯いていて、傷だらけのリリファラッジに、ひどく苦しそうに言った。
「すまん……俺が話したせいで……」
「何を謝っているのです? 気味が悪い……もともと、いつかバレると思っていたことです……」
「だが……っ!」
「無駄口をたたかず、早くなんとかしてください。こう見えて、結構辛いんです」
「すまん……」
再び詫びて、ジョルジュは治療に戻る。彼が、いくつもある瓶の中身を混ぜ合わせると、中にあった液体が強く光り始め、瓶の中からふわりと浮き上がり、リリファラッジの体を包んでいく。光が消えると、傷口は塞がり、血は止まっていた。身体中にできていたあざも、薄くなっている。
リリファラッジは、しばらく自分の体をまじまじと見つめて、腕を上げたり、足を上げたりしていたが、やがてジョルジュに向き直り、頭を下げた。
「治療していただき、ありがとうございました。助かりました」
「リリファラッジ……」
「ど下手くそな治療ですが、今はこの程度で我慢してあげます。私の美しい体に、跡が残らないようにしてくださいね」
「……本当にムカつくヤローだ…………もう少しで終わるから、じっとしてろ」
毒づきながらも、ジョルジュはまた別の瓶を取り出し、同じことを続ける。傷は、血が止まる程度には治ったが、完璧ではないらしく、リリファラッジはなかなか動けないようだ。
「……どうだ? リリファラッジ」
「まあまあですね」
「おい! 無理をするな!」
止めるジョルジュの手を振り払い、リリファラッジは立ち上がる。確かに傷は塞がっているが、完全に癒えたわけではないはずだ。明らかに無理をしているリリファラッジに、フィズも寝ているようにと言ったが、彼は聞いてくれない。
すると、遠巻きに治療の様子を眺めていたダラックが、リリファラッジに鼻先を近づけてきた。
「どういうつもりだ? ひ弱な踊り子」
「なにをっ……無抵抗のラッジさんを嬲っておきながら!!」
いきりたち、白竜の前に立つフィズを、リリファラッジが手で制する。
「彼らが私を嬲ったと言うなら、私たちは彼らを拘束し監禁しているのです。言えた義理ではないでしょう」
「そんな……ラッジさん……」
フィズを押し退け、リリファラッジは白竜たちに向き直る。
「では、白竜の方。このままで失礼します。私は動けないので」
座ったままのリリファラッジがそう言うと、白竜たちの方からも、先ほどダラックを止めた竜が、ダラックを押し退けるようにして前に出た。
「……リアンだ。私が話を聞こう」
「リアンさんというのですね。私はリリファラッジ・ソディーと申します」
「……それで、一体お前は何をしに来た? 踊り子のお兄さん」
「お願いがあって参りました……うっ……」
リリファラッジは胸を押さえて蹲ってしまう。やはり、まだ白竜たちの前に出るなど無謀だ。
フィズは、彼に寄り添い、その体をそっと支えた。
「ラッジさん……もう、話さない方がいいです……あの方々とは、私が話をします」
「……フィズ様には無理です」
「いいえ。もともと、私がラッジさんを頼ったからこんなことになったんです!!」
フィズは、白竜たちに向き直った。
何度も殺されかけた竜を前にすると、体がすくみ上がりそうだが、何度も助けてくれたリリファラッジを死なせたくない。そう思うと、震えも止まった。
「お願いです!! 力を貸してくれませんか!?」
「……何にだ?」
「トゥルライナーの討伐にです!! あなた方の力を貸してください! あなた方白竜は、強いものを倒すためにここにきたはずです! 無抵抗のラッジさんを嬲ることは、あなた方にとっても不本意なはずです!!」
「……トゥルライナー……あの化け物か……」
「最近、森で増えているようです。どうか……力を貸してください!!」
けれど、リアンはふいっと顔をそむける。
「確かに、あの化け物が相手なら楽しめそうだが……お前さんたちに力を貸してやる義理はない」
「そんな……あ、あれだけ暴れたんだから、ちょっと暴れる場所を変えるくらい、いいじゃありませんか!!」
「……お前さんは私たちを、ただ暴れるだけの利かん坊だと思っているのか?」
「だ、だって……!」
言い合いになりそうだったフィズを後ろに追いやり、リリファラッジがリアンに向かって微笑んだ。
「成功すれば、陛下はあなた方の前に出てきます」
「……なに?」
「成功すれば、陛下はあなた方の前に出てきます。白竜を手懐けた証として。あなた方にしてみれば、この上ないチャンスでは?」
「……」
リアンは黙り込む。リリファラッジが畳み掛けるように言った。
「それに、ここにいるフィズ様は、水の魔法を操るシグダードの恋人です。フィズ様が外に出れば、きっとシグダードも、私たちの前に出てきます」
「ち、ちょっ……ラッジさん!!」
たまりかねてフィズは止めるが、リリファラッジは平然とフィズを振り払う。
「どうせもう、あなたとシグさんが通じていることはバレているんです。今更出てきたところで、状況は変わりません」
開き直ったようなリリファラッジを、今度はジョルジュが咎める。
「バカ!! 待てお前!!」
「何か?」
「いいか! トゥルライナーの討伐には、数人の兵士が同行する! なんのためだかわかるか!? フィズがいるの見てノコノコ出てきたシグダードを捕らえるためだ!! あいつが生きてるなんてことがバレたらメンツ丸潰れなチュスラスが、本気で送り込んだ暗殺者だぞ!!」
「シグさんなら、自分でなんとかするでしょう」
「だいたいあいつ、今水の魔法使えないんだろ!?」
「気合を入れれば使えるかもしれません」
「精神論かよ!! どうしたんだお前! ヤケクソか!」
「ええ」
「は!?」
「先のことばかり考えて安全策を探しても、そんなことしてる間に、私たちは殺されます。だったら、自滅の策でも起死回生のカードになると信じて今切りませんか? あんなゲスにこのまま虫のように潰されるよりマシです」
「リリファラッジ……」
リリファラッジが、フィズの手を握る。彼は笑っているが、顔は青くて震えている。やはり彼も怖いのだろう。
フィズは、彼の手を強く握り返した。
「あなたのことは、私が守ります!」
「フィズ様…………」
すると、リアンが頷いて言った。
「わかった……別の魔法使いが来るとは面白い。やってみようじゃないか……」
「本当ですか!?」
顔を綻ばせたフィズに、リアンは不気味な顔で笑う。
「代わりに、その魔法使いが出て来なかったら、こっちも力付くで行かせてもらう。城の連中を皆殺しにして、魔法使いを引き摺り出す……構わないね?」
「え…………そ、そんな約束はっ……!」
できない、そう言おうとしたところで、後ろから口を塞がれる。リリファラッジだ。
「ええ。もちろんです」
「ち、ちょ……ラッジさん!」
「私たちが今そうしなくても、このまま待たせていれば、いずれ彼らは城を襲います。むしろ、今の今までそうしなかったことに、希望を持つべきでは?」
「それは……そうかもしれませんが……」
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「ラッジさん……」
「分かればいいんです。さあ、参りましょう。敵は森の中のようですから」
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