嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap10.騒がしい朝

180.無謀な計画

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 肩を落とすヴィフの肩を、バルジッカがぽんぽん叩いて慰めている。

「あの鳥は、チュスラスの自慢の武器になるんだろう? その全てをお前が任されているんだ。もう少し自信を持て!」
「そんなことを言われても……」
「まあ、重責はわかる。だが、任せられると思ったから、そうなったんじゃないのか?」

 バルジッカにそう言われて、ヴィフの顔が、微かに明るくなる。

 シグダードは、ため息をついて口を開いた。このまま期待を持ってしまうと、ヴィフがあまりに哀れだと思った。

「やめろ、バル。余計な期待をもたせるな」
「シグ、お前なあっ……」
「向こうは一人の方が都合が良かっただけだ」

 シグダードが言うと、バルジッカもヴィフも、怪訝な顔をする。二人とも、理解できないのだろう。

「あの鳥は、チュスラスの魔力で動いている。ならば、チュスラスが飛べと言えば飛び上がるんだろう。出来上がったら、雨が降った日に飛ばし、下にいる労働者たちに向かって雷を落とす。そうやって全て殺せば、秘密は守られる上に、威力も確かめることができる」
「なんだとっっ!!??」

 ヴィフは、怒鳴り声を上げて、テーブルを叩きつけ立ち上がる。周りにいたジャックたちも振り向いた。場を混乱させたくはないが、黙っている方が酷だと思い、シグダードは続けた。

「だから、隔離された場所を選んだんだ。逃げられない場所で、逃げる者たちをどれだけ正確に撃てるか、確かめるためだろう。最終的には全て殺す気だ」
「そんな……まさか……」

 呟くように言うバルジッカは、そんな計画など、全く考えもしなかったのだろう。

 シグダードは、そこに考えがいってしまう自分に、反吐が出そうだった。

「まさか、じゃない。事実だ。いずれそうなる。私には貴族たちの考えることは、手に取るようにわかるんだ」
「……」

 あまりの予測に、バルジッカとヴィフだけではなく、周りにいた男たちまで、一様に黙り込んでしまう。

 そこで、屋台の方で大きな音がした。サンドイッチを買っていた客が、受け取ろうとしたジュースを落としてしまったらしい。彼には、シグダードたちの話は聞こえていなかったようだが、静かな中にそんな音が響き渡り、誰もがそちらに振り返る。
 全員の視線を浴びて、ジュースをひっくり返した男は、慌てて落としたものを拾っていた。

 見かねたのか、店主とバルジッカが助けに入る。

「大丈夫か?」

 コップを渡す店主に言われて、男は微笑んで顔を上げた。

「う、うん……ありがとう…………急いでて……」
「何かあったのか? そんなに汗をかいて」
「処刑だよ!! もうすぐ、罪人の処刑が行われるんだ!!」
「処刑? そんなのがあるのか?」
「今朝、急に決まったんだって! 国王陛下自ら、罪人を処罰してくださるんだ!! これは見ものだ……城の前には、もう人が集まり始めているんだ!! あなたたちは行かないの?」
「……そんな話は、今初めて聞いたぞ……がせじゃないのか?」
「そんなはずないよ!! チュスラス様が、国を裏切った反逆者を処刑するんだ!」

 それを聞いたシグダードは、ゾッとして立ち上がった。今、反逆者と呼ばれているのは、城にいるフィズ以外には考えられない。

 シグダードは、男につかみかかった。

「おい……その、処刑される者とは、誰のことだ?」
「え……? フィズだよ!! ヴィザルーマ様の側室で、シグダードを連れてきた裏切り者さ!」
「フィズがっ……」

 嫌な予感が、的中したようだ。

 既に処刑は決まっているのなら、急がなくてはならない。

 シグダードは、男に詰め寄った。

「どういうことだ……! 詳しく話せ!!」

 焦るシグダードに、力を込めて胸ぐらを掴まれ、男は苦しそうに答えた。

「お、落ち着いてよ……ぼ、僕だって、たまたま商人の知り合いから聞いただけなんだ……!!」
「だったらそれを詳しく話せ!! フィズが処刑!? いつだ!!」
「だ、だから今日っ……さっき、商人の知り合いから聞いて……そ、その人も、城に出入りしている人から聞いたらしくて……」

 だんだん情報が怪しくなっていく。
 しかし、城の周りに人が集まっていることは確からしい。酒樽を運んでいた男も、城の前に人が集まっているのなら俺も見たと言い出した。

「本当か!?」

 シグダードがそちらに振り向き喚くと、そのあまりの形相に、男は驚いたようで、お前も見ただろ? と、一緒に酒を運んだ男に同意を求める。すると、その男もうなずいた。







 シグダードは、愕然とした。まさか、フィズが処刑だなんて。いつかは来ると思っていたが、それがこんなに早く来るとは。

 最初に処刑の話を口にした男は、シグダードのあまりの焦りぶりに、怪訝な顔をしていた。

「ど、どうしたの? や、やっぱりあなたも見に行きたいの? 今ならまだ、いい場所が取れるはず……」
「ふざけるなっ!! 見せ物じゃないっっ!!」
「お、おちついてっっ……」

 怒りのあまり、男を締め上げる腕に力が入る。男は呻いて、その顔色も変わっていく。息もできない状態では、話などできるはずもない。
 見かねたリブとジャックが止めに入り、バルジッカが男からシグダードを引き離した。

「やめろ! 何してんだお前!」
「離せバルっっ!! この男はっ……! フィズの命を見せ物のようにっ……!」
「落ち着け!! お前がそんなんじゃ、話すこともできねえだろ! 処刑のこと、詳しく聞きたいんじゃないのか!? お前がそんなんじゃ、フィズだってすぐ斬首にされるぞ!!」
「ぐっ……!」

 悔しいが、早くフィズのことを聞き出さなくてはならない。

 シグダードは、男を投げ捨てるように手を離した。

「フィズのことを話せ……知っていること全てだ!! さもなくばこの場で斬り殺す!」
「やめろバカっっ!!」

 怒りを抑えきれなくなったらしいバルジッカが、後ろからシグダードを殴りつける。そして、シグダードが抗議する間も無く、地面に尻餅をついた男に手を差し出した。

「悪かったな……こいつには、後でよーーーーく言い聞かせておく」
「……あ、あなたたちは何!? フィズの知り合い!? ここらじゃ見ない顔だけど……」

 見知らぬ暴漢に怯える男に、リブが宥めるように言った。

「すまん……このバカども、うちで雇っているんだ。貴族の奴隷なんだが、今は俺の知り合いの商人のところで働いている。フィズのことは、城に酒を運んだ際に一度見かけたらしい。その時から、フィズのファンなんだ」
「フィズの…………? 裏切り者なのに?」
「ああ。処刑が行われると言うのは本当か?」

 知り合いらしいリブに、落ち着いた口調で言われて、男は幾分、落ち着きを取り戻したようだ。

「う、うん……知り合いから聞いて…………」
「見にいくって言ってたが、街で公開処刑でもするのか?」
「うん…………」
「斬首か?」
「違うよ。フィズが、白竜を連れてトゥルライナーの討伐に行くんだ」
「……なんだって? トゥルライナーの討伐? 白竜?? だったら処刑じゃないじゃないか」
「違うよ……正午に、城門が開いて、フィズが白竜たちを連れて、トゥルライナーが暴れている森に向かって出発するんだ。だけど白竜たちは、フィズにまるで懐いていない。鎖を外された途端、フィズに襲い掛かるに決まってる」
「なんだ……それは…………」
「そうして忠誠を示せば、恩赦を与えるって言われてるんだって。だけど僕、知ってるんだ。白竜たちは、少し前に城の中で暴れて、兵士を何人も食い殺している。討伐に成功なんてするはずがない。ここで白竜に嬲り殺しにされるんだよ」

 シグダードは、歯噛みした。チュスラスは、フィズを大衆の前で陵辱するつもりだ。どうしようもない怒りが湧いてくるが、今、それをぶつけるべき男は、ここにいない。

 自身の歯を噛みつぶしてしまいそうだった。
 怒りをなんとか抑え、シグダードは、男を怯えさせないように耐えた。

 リブは、なおも男に問いかける。

「正午に城門が開くってことは……フィズは街を通って白竜と森へ向かうのか?」
「そうだよ。フィズが白竜の手綱を引いて、大通りを通っていくらしい……」
「お、大通りを通る?? 正気か? 万が一、白竜が暴れたら、街はどうなる?」
「大丈夫だよ!! そんな時のために、チュスラス様は、街を守る塔を作ってくださっているんだ! 町外れで作ってる、空飛ぶ塔だよ! 白竜がもし暴れたら、それが白竜たちを撃ち殺してくれるんだ!!」

 すると、それを聞いたヴィフが、テーブルを叩きつけて立ち上がる。

「バカなっ!! あの塔はまだ不完全で…………白竜を抑え込むなど、不可能だ!!」

 喚くヴィフだったが、男の方も、怯えたように言った。

「で、でも……確かだよ。あの塔が、街を守るって……」
「あれはまだ、狙いもよく外すし、威力も安定してない! 下手に白竜を刺激すれば、とんでもないことになる……私はっ……確かにそう報告したのにっ!!」

 ヴィフの必死の形相は嘘をついているようには見えない。もうすぐ、街に白竜が放たれるかもしれない。その場にいた者たちは、パニックになり始めていた。

「そんなことをされたら、俺たちはどうなる!? 街はっ……! 街はどうなるんだ!!」
「う、嘘だろ……」

 狼狽える者たちを尻目に、シグダードは城のある方を見上げた。

「……フィズ……っ!」
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