嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

188.届かない報告

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「アメジースアが、チュスラスに接触したらしいよ」

 城のバルコニーで、使い魔から伝令が書かれた紙を受け取ったアロルーガは、円卓についたストーンに伝えた。

 それを待っていたであろうストーンは、面白くなさそうに、円卓を叩く。

 ストーンは今、こちらに戻ってきているが、だからといって城の状況を全く知らないわけにはいかない。
 そこで、王城に忍ばせておいたスパイに、こうして使い魔を使って連絡させることにしたのだが、それから受ける一番最初の連絡が、身内が反旗を翻したことになって、アロルーガですら、多少は落胆していた。

 あの城には今、イルジファルアがいる。だからこそ、アメジースアを置いてきたと、ストーンは言った。城にいて、チュスラスと、あの鳥の製作の動きを、ストーンに報告するようにと言いつけていたらしい。

 自慢の武器らしいチュスラスの塔に、他の貴族が近づくことをチュスラスは嫌がっていたし、いずれあれを、貴族たちに向けることがあるかもしれない。あれの詳細を知るためにも、アメジースアには、折を見て、チュスラスに近づくように話しておいた。

 しかし、甥であるアメジースアは、確かに以前はストーンを尊敬していたが、ストーンがリリファラッジに夢中になるにつれ、だんだん呆れ、最近では見限ったとも取れるような言動が増えてきたことに、アロルーガは気づいていた。そろそろ裏切るのではないかと思っていたが、案の定だ。

 今回、チュスラスに近づいたのも、カウィ家の領地に兵をやったのも、こちらには一切、報告がなかった。すべて、アメジースアの独断だ。
 カウィ家が作っていた塔の詳細についても、まるで連絡がないどころか、こちらからやった使者ですら門前払いの上、アロルーガがやった使い魔も破壊されたらしい。

 カウィ家の鳥については、アメジースアに先を越されてしまった。

 カウィ家の方は、守りが固く、間者を送り込むことは無理と判断し、城下町の作業所に誰かをやるつもりだったが、ストーンがこちらに戻ったことで、対応が遅れてしまった。ヴァルケッドがそこにいたことで、油断してしまったせいもある。ヴァルケッドには、何か動きがあれば報告するようにと言いつけていたが、作業所では、他に間者の気配はなかった。
 何よりアメジースアが、カウィの領地に兵をやるなど、そんな思い切った行動に出るとは思っていなかった。

 アロルーガは、バルコニーの窓を閉めて、ストーンに向き直った。

「どうやら敵は、イルジファルアだけじゃなかったみたいだね。どうするんですか? スティさま」

 にっこり笑うアロルーガに、ストーンはどこか不満そうに言う。

「……リリファラッジの真似はやめろと言っているだろう」
「使い魔によると、あいつはチュスラスに近づいて、チュスラスが作ってた例の兵器の作業所を任されることになったらしい」
「……魔力で動く化け物め……」
「あの役立たず王、勝手に動き出してる。黙って座っててくれれば、悪いようにはしないのに……あの兵器は、チュスラスが秘密裏に作ってて、任されたカウィ家以外は、あれに近づけようとしなかった。カウィの連中も、よくやる……あんなもの、いずれ自分達の命を奪うのに」

 すると、エクセトリグが、会議の合間に運ばれてきたケーキを食べながら言った。

「どう言う意味だ?」
「……魔力なんて、そう簡単に扱えるはずがない。何はともあれ、あんなものの情報を、アメジースアだけに持っていかれるわけにはいかない。あいつはすでにカウィ家をおさえてる。このままだと、全部アメジースアのものになる」

 すると、見限られた本人であるストーンが、テーブルを殴りつけて、立ち上がった。

「そんなことはさせない。アロルーガ、誰か一人、アメジースアに気づかれない者を、作業場へやれ」
「ヴァルケッドは? あれが先に潜り込んでたんじゃなかった?」
「あれは今、イルジファルアの方に集中させている。お前は使い魔を使って逃げたヴィフを回収しろ。あの塔の秘密を知ってる男だ」
「そんなにいくつも僕に言いつけないでほしい。ストーンはいつも、無茶ばかり言う。そんなんだから、アメジースアに不意打ちされた。スティ様!! 末端の管理、失敗してます!」
「うるさい。アメジースアに任せるんじゃなかった……とにかく急げ。逃げたヴィフを探して、いくつかの家が追っ手を出している」
「だったら、僕らだけ使い魔じゃ心もとない。魔力で遠くから動かすだけの使い魔だと、不測の事態には対処できるかわからない」
「……分かっている」

 ストーンは、歯噛みしていた。悔しい気持ちは、アロルーガも同じだ。

 アメジースアに不満があるのは分かっていたが、突然だった。何より、なぜアメジースアだけでこんなことができたのか、不思議でならない。チュスラスの塔がいくつも保管されていたカウィ家が、こうも簡単に落ちるなんて。

「……こんなことが、アメジースアだけにできるはずがない。何か別のものの力を借りたとしか思えない」

 アロルーガがつぶやくと、エクセトリグも、真剣な顔で言った。

「誰かと組んだのかもしれないな……イルジファルアじゃないのか? あのイルジファルアが、カウィ家の動きを黙って見ているはずがない」
「……どうかな……イルジファルアとは限らないと思う……」
「とにかく、早くイルジファルアのことを聞き出せ! あのティフィラージという男の尋問はどうなっている!?」
「すぐには聞き出せない。イルジファルアが作ったものだから。簡単に、口を開くわけがない」
「だったら、もうここに置いておいても無駄だ。殺せ」
「焦らないで。ちゃんと、話せるようにしてやるから」

 呑気なアロルーガに、ストーンは言った。

「勝算はあるのか?」
「ある。もちろん」

 そう言って、アロルーガは部屋を出た。







 全く、ストーンには困ったものだ。そう思いながら、アロルーガは、廊下を歩いていた。

 ストーンの最近の苛立ちは、日を追うごとに膨らんでいっているようだ。うまくいかないようなことばかりの上に、身内からも裏切られたのでは、苛立ちを感じるのも仕方がないのかもしれないが。

 城の階段を降りて、アロルーガは、ティフィラージを拘束した部屋まできた。
 扉を開けると、ティフィラージが両腕を拘束されて柱に繋がれているはずだった。

 それなのに、そこには彼を繋いでいた鎖しかない。長い間、彼は飲まず食わずで弱りきっているはずなのに。アロルーガが用意した鎖を千切るなど、そんなことができるはずがない。

 アロルーガは、歯噛みして部屋を見渡すが、そこにはすでに誰もいない。ティフィラージを繋いでいた柱のそばに、千切れた鎖が落ちているだけだ。そう簡単に、これが千切れるはずがないのに。

 落ちた鎖を拾い上げる。これには、大地から湧き出る力、神力をこめていたはず。それが全て抜けている。一体、どうなっているのか。

 考えたところで分かるはずもなく、アロルーガは怒りを押し殺し部屋を出た。

「この城で……僕から逃げられると思うな……」

 アロルーガは、ポケットの中の瓶を取り出した。その蓋を開けると、中から神力を帯びた水が飛び出してくる。それは、アロルーガの周りをからみつくように飛んで、光を増していく。アロルーガは目を光らせ、ティフィラージを探しに行った。
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