嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

207.城の中での鉢合わせ

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 しばらく階段を上ると、その先には、錆びついた扉があった。ずいぶん傷んではいるようだが、階段の周りの積もった埃と砂の上に足跡がついていて、誰かがここを通ったことは明らかだった。

 シグダードは後ろからついてくる面々に振り向いた。

「いいか……ここで静かにしていろ。私がこの先の様子を見てくる」

 すると、キャヴィッジェが冷たい視線を向けてくる。

「……そんなこと言って、お前まさか、早速裏切るつもりじゃないだろうな?」
「私がそんなせこい真似をすると思うのか? お前は私と来い。怪我人はラディヤ、オイニオン、お前たち二人で見ていろ」

 キャヴィッジェの背後にいる二人に言うと、オイニオンは不承不承と言った様子でうなずいて、ラディヤは顔をそむけるだけだった。ずいぶんと不信感を持たれたらしい。それはいつものことなので、特に気にしないことにして、シグダードは、奥にあった扉を開いた。

 まずは、少しだけ開いて、中の様子をうかがう。

 扉の向こうは、広い部屋のようだった。

 昔は、くつろぐための部屋だったのかもしれない。テーブルや椅子、おそらくその部屋に置かれていたのであろう小さな家具は、全て壁際に追いやられ、やけに大きなテーブルの上に、幾つも瓶が並び、その横には、複雑な骨組みを組み立てて作られた、天井まで届きそうな機械があった。

 それらに隠れるようにして、だいぶ古い肖像画が、床に置かれていた。精悍な青年と、それに寄り添う美しい女性、彼女の腕に守られるようにして立つ、二人の男の子が描かれている。一人は少し緊張しながらも、こちらを睨むような顔をして、もう一人はやけにおどおどしたような顔をしていた。恐らく、ここを治めていた領主の、かつての姿だろう。怯えた顔をした男の子には、かすかに、シュラの屋敷で自分はジェレーだと名乗り終始怯えたように喚いていた男の面影があった。
 その部屋は、領主のものにしてはシンプルな造りで、部屋の端に置かれた家具も簡素なものだが、その肖像画だけは、美しい彫刻で彩られた額に入れられて、中の絵画も、年月のわりに日焼けなどはしていない。大切にされていたのだろう。

 そして、その機械の向こうに、いくつかベッドが並んでいる。一つだけが大きくて、その周りには、あの水槽が置かれた部屋にあったものと同じベッドが並んでいた。

 シグダードは、背後のキャヴィッジェに小さな声でついてこいと告げて、先に歩き出した。

 そっと、大きなベッドに近づく。そこには一人の男が寝ていた。だいぶ歳をとって見えるが、それはやつれているせいかもしれない。髪は真っ白で、ほとんど抜けてしまっている。頬はこけて、眼球の周りもひどく窪んでいた。顔はやけに青白い。確かに息はあるようだが、まるで死んでいるように見えた。

 一緒に来たキャヴィッジェが、掠れた声で悲鳴をあげる。

「り、領主様っ……!」
「なに? こいつがか?」

 確かに病気だとは聞いていたが、それだけではないような気がした。
 シグダードが何度か声をかけても、彼は目を覚まさない。ただ寝ているだけのようには思えない。シグダードの城で、目を覚まさなかった者たちとそっくりのように思えた。

 他のベッドに振り向くと、そこにも数人が同じような様子で寝ている。

 彼らに近づこうとした時、部屋の奥にあった小さな扉が開いた。そこから、誰かが飛び込んでくる。

 シグダードは慌てて構えるが、相手の方が圧倒的に速い。目にも止まらぬ速さで距離を詰めたその男は、シグダードの喉元に短剣を突きつけ、こちらを睨んできた。

「領主様に近づくなっ………………お前っ……!」

 敵意を剥き出しにしていた男は、驚き目を見開いている。

 シグダードも驚いた。

 彼はシグダードに使者の注意を引くように頼んだヘッジェフーグだ。

 ヘッジェフーグの方も、使者の相手を頼んだはずのシグダードがこんなところにいて、ひどく驚いたようだった。

「お前っ……! なんでここにいるんだ!! 裏切ったか!!」
「違う! なぜ、どいつもこいつもすぐに私が裏切るという発想にいくんだ!? 私はただ、城の中を走り回っていたら、いつの間にかここについていただけだ!!」
「そんなこと、あるわけないだろ!!」







「そんなことより、ヘッジェフーグ! この男は、本当に領主なのか!?」

 怒鳴るように聞いたシグダードに、ヘッジェフーグも、苛立った様子で答える。

「騒ぐなっ! 見つかるだろ!! あの使者の相手を頼んだのに、こっちにいてどうするんだ!!」
「仕方がないだろう! 成り行きでこうなったんだ!! それより、どうなんだ!?」
「……ったく、信用できない奴だ……そうだよ。この方が領主様だ」
「……随分やつれているな……ずっと寝ているのか?」
「確かに病気がちだったが、寝たきりなんてことはなかった。あの使者が来てから、全部おかしくなったんだ!!」
「使者が……そうか……」
「そんなことより、お前はなんだ!! なんでここに……」
「それはもういい。人数がいた方が、ここにいる人間を連れ出しやすいだろう?」
「今回連れて行くのは領主様だけだ! 大勢で出ると目立つだろ!!」
「けち臭いことを言うな。助かりたいのは領主も他の奴らも一緒だ。お前一人か?」
「んなわけないだろ! 奥に仲間が来ている。お前の方は…………」

 ヘッジェフーグは顔を上げて、やっとシグダードの背後にいるキャヴィッジェの存在に気づいたようだ。

「おい!! そいつはなんだ!? 村の奴か!? やっぱりお前、裏切ったのか!?」

 そう言って、ヘッジェフーグは短剣を取り出した。それが、キャヴィッジェに向けられるのを見て、シグダードは二人の間に入った。

「落ち着け。今争って何になる? そいつは私の協力者だ」
「協力者……?」
「ああ。二人とも目的は同じだ。領主を連れ出して逃げるぞ」

 シグダードは、寝ている領主を担ぎ上げた。

 荷物のように領主を担ぎ上げたシグダードを見て、キャヴィッジェが声を上げる。

「おいっっ!! 領主様は病気なんだぞ!! もっと丁寧に……」
「これから逃げようという時に、何が丁寧だ。それに、こいつが目を覚さないのは病のせいだとは思えないぞ」
「は!!?? な、なんだよそれっ…………り、領主様は……どうなるんだ!?」
「知るか。だが、私はこんな風に目を覚さない奴を見たことがある……そのうちの一人は、ちゃんと目を覚ました」
「なんだって!? それっ……どうやったんだ!?」
「…………私のところには、腕のいい医術師がいたんだ。冷血だが……あいつなら、なんとかできるかもしれない……とにかく、ここを出るぞ。貴様は向こうへ行って、待っている連中を連れて来い」
「わ、分かったっ!」

 領主が助かるかもしれないと聞き、キャヴィッジェは、自分が入ってきたドアの方に走って行く。

 ヘッジェフーグはキャヴィッジェの方を睨んでいた。まだ彼のことを信用したわけではないらしい。しかし、今争えば、逃げることは難しくなる。なにしろ、いつ使者がここに気づいて上がってくるか、わからないのだ。

 シグダードは、領主を担ぎ直して、彼に尋ねた。

「ヘッジェフーグ、ここは高い城の上だぞ。どうやって逃げる気だ?」
「窓からだ。そっちに仲間が来ている。領主様のことは俺と仲間で担ぐ」
「ここに寝ている領主以外の者たちはどうする? 領主が逃げたことが知れれば、彼らが何をされるか分からない。私が連れてきた連中に連れ出させるから、お前たちは先導を……」

 話の途中で、シグダードは、部屋の奥にある、ヘッジェフーグが入ってきた扉が開く音に気がついた。彼の仲間が入ってきたのかと思った。

 入ってきたのは数人の男たちで、彼らに向かってヘッジェフーグも振り向いた。

「おいっ……! どうした!? 合図があるまで入るなと……っ!」

 ヘッジェフーグの言葉も、すぐに途切れてしまう。突然部屋が明るくなり、ヘッジェフーグの仲間らしき者たちが、部屋の中に入ってくる。そして、その後ろには、彼らに武器を向ける村人たちがいた。どうやら、見つかったらしい。

 そしてシグダードが入ってきた扉からも、キャヴィッジェと、シグダードが連れてきた面々が入ってくる。

 その背後からも、武装した村人たちと、その後ろに立つ使者がいた。

「そこまでです……シグ。やはり、あなたは使者ではなかったようだ…………こんな真似をするなんて……ヴィザルーマ様の使者を語る極悪人めっっ!!」

 勝ち誇ったように宣言する使者を、シグダードは睨みつけた。

「私が極悪人だと? 貴様こそ、こんなところに病気の領主を閉じ込めて、どういうつもりだ!? あの水槽はなんだ!? 割ったら、外で暴れ回っている水の玉が出てきたぞ」
「……あれを見たのか? あれは私がヴィザルーマ様から賜ったものだ!! 貴様のような薄汚れた者が触れていいものではない! そんな風に暴れ出したのは、貴様が何かをしたからだろう! 偽物の使者めっ!!」

 高らかに声を上げた使者が、背後に控えた村人たちに、朗々と命じる。

「あの男を捕まえろ! ヴィザルーマ様の使者を名乗る罪人だ!! 私が直々に、罰を与えてやる!!!」

 村人たちが雄叫びを上げて、こちらに向かってくる。

 シグダードは、一か八か、使者に向かって走った。微かに感じる魔力を手繰り寄せ、使者に向かって魔法を放つ。今度は、雷撃はちゃんと出たが、コントロールもできないそれは、明後日のほうに向かって飛んでいき、天井を突き破って爆音を上げた。
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