嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

208.城から上がる雷光

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 シグダードがヘッジェフーグと合流した頃、フィズは、バルジッカたちと共に、塔の中でシグダードの帰りを待っていた。

 シグダードがいなくなって、バルジッカは落ち着かない様子だったし、リューヌは泣きそうな顔のまま、ずっと部屋の端で蹲っている。その少し離れたあたりでは、まだ目を覚まさないアズマに、タトキが毛布をかけていた。その傍では、同じように目を瞑ったままの狼姿のウロートが寝ている。

 フィズは、窓から外の様子をうかがった。すでに夜は更け、夜空には星一つない。城には、明かりの一つもついていなかった。

 早くシグダードが戻ってこないかと待っていると、バルジッカがフィズに声をかけてくれた。

「フィズ、少し休んだらどうだ?」
「バル……ありがとうございます。でも……」
「シグなら、俺が待っている。帰ってきたら起こしてやるよ」
「……いえ。眠れそうにないし……」
「あー……だろうな。俺もだ。ジョルジュに任せちまったが、あいつの世話は大変だからな……やっぱり、俺が行けばよかった」
「……」

 俯くフィズの背中を、バルジッカはバンッと叩く。

「そんなに心配すんな! あいつはしぶといから! 大丈夫だ!!」
「……」
「お前がそんな顔することを、あいつは望まねえよ。安心しろ。あいつはもう、お前を傷つけるようなことはしねえ! お前を助けるために、ここまで来たんだからな!」
「……あの、バル……」
「ん? なんだ?」
「シグ……無理をしていないでしょうか?」
「無理?」
「シグが、私を自由にすると言ってくれることは、すごく嬉しいんです。ずっと待っていたし……シグが来てくれて、本当に感謝しています。そうでなければ、私は街の中でなぶり殺しにされていたんだと思います。だけど……シグは、ずっと私を助けるって言ってくれて……無理をしているんじゃないかと……」
「そんなことねーよ。あいつは、お前を助けてえんだよ……」
「……シグ自身は、したいことはないのでしょうか……その……キラフィリュイザに戻りたくなったり……」
「…………もう、キラフィリュイザがあった辺りは、イルジファルアの息のかかった貴族どもに分配されている。城にいた連中も、城下町の方も無事だったらしい」
「それでもっ……! シグだって……気になってると思うし……シグは、ずっと私を助けるって……自由にするって……そればっかりに必死になってて……気持ちは嬉しいけど、なんだか……苦しそうなんです。だから、無理をしてるんじゃないかと思って……」
「フィズ……」

 呟いて、バルジッカは、フィズの隣に腰を下ろした。

「なあ、フィズ……」
「はい?」
「シグにはなあ、兄弟がいたんだ」
「は!? え!? そ、そんなの初めて聞きました!!」
「だろうな。あいつが小さい頃に、全員殺されたからな」
「は!!?? えっ……こ、ころ……された?」
「ああ。後継者争いだよ。兄弟の中で、シグが一番強い魔法を使えたからな……あいつを次期国王にって考えた貴族どもに……そのうちの一人の兄貴が亡くなった時、あいつは現場に居合わせたんだ。兄貴が血を吐いて倒れた場所に……シグは泣いて駆け寄って、周りの貴族たちに、助けてくれって喚いてた。だけど、あいつはそこにいた大人に手を握られて、大丈夫だからって、訳わかんねえ子供騙し言われて、部屋から連れ出されたんだ。シグがまだ、寝小便してたガキだった時の話だよ。それから、シグ自身も、何度も命を狙われている。それでも、あいつなりに、あそこをよくしようと頑張っていたんだろうと思う。まあ……城の中での評判は最悪だったし、敵しかいなかったけどよ……俺も正直、たまに見てて辛かった。まるであの時泣き喚いてた時のあいつが、そのまま駄々こねてるみたいでさ……城があんなことになって、全部自分の前から消えて、悔しかっただろうし、申し訳ないと思っただろうし、不甲斐なさに苦しんだとも思う。だけど、そのどこかで、あいつは……」
「バル……」
「イルジファルアはクソだが…………多分、シグは、自分の消えたそこが、平和になることを願っているんじゃ……」
「そんなことっ……ありませんっっ!!」

 突然声を上げたフィズに、誰もが振り向く。それに気づいたフィズは、同時に自分がどれだけ大きな声を出していたかに気づいた。

「すみません…………私より、絶対バルの方が、シグのことを知っているのに……だって、私に雷魔族とのことを打ち明けてくれたシグは……私に、美しい魔法を見せてくれた時のシグはっ……確かに、そこを好きだったはずだからっ……キラフィリュイザのことだって…………」
「分かってるよ……だけど、今のシグには……多分、お前を助け出すことが全てなんだ」
「その後は? 私を助けて、それからシグは……どうする気なんですか?」
「……それは……………………」
「し、シグにはっ……もっと……私のことばかりじゃなくて、シグにはシグのことを考えて欲しいんですっ……! 私は……シグと一緒にいたくて、シグが苦しそうにしているのは嫌なんです! もっと……私は、その……」

 そこまでいって、何を続ければいいのか分からなくなり、フィズは俯いてしまう。
 そんなフィズを労わるように、バルジッカが口を開いた。

「フィズ、落ち着け……」
「すみません……」
「いや、気にすんな。そうだな…………全部終わったら……あいつとキラフィリュイザに行ってみるか…………」
「はい……」

 答えながらも、俯いてしまう。

 シグダードが、自由にすると言ってくれることは、嬉しかった。しかし、躍起になってそう繰り返されるたびに、ひどく苦しく感じてしまう。助けると言いながらも、シグダードの方がよほど助けが必要な気がした。

 息苦しさの正体がわからないフィズに、恐る恐るといった様子で、リューヌが近づいてくる。

 フィズが彼に気づいて顔を上げると、彼は怯えるように立ち止まってしまった。

「…………あ……あの……」

 彼が発した声は、今にも消えてしまいそうなものだった。彼はすぐに俯いてしまうが、それだけ怯えながらも近づいてきたということは、恐怖をおしても、話したいことがあったのだろう。

 フィズは、まだおどおどしている彼に、優しく声をかけた。

「あの……リューヌさん、でしたよね……?」
「は、はいっ……!!」
「……眠れないんですか?」

 フィズの問いに、リューヌは小さく頷いて答えた。

「…………し……シグが……心配で……あ、あの…………あの、あの……ふ、フィズさまは、シグの……あの…………お、おともだち…………です、か……?」
「え!? えっと……」

 友達か、と聞かれて、フィズはすぐに答えられなかった。

 シグダードとは再会してから、一切そういう話をしていない。街から逃げ出してから、シグダードとはゆっくり話すこともできず、彼はひどくよそよそしく、苦しそうだ。
 正体がバレた時ひどく傷付けて、さらに今も、彼は傷つきながらも、フィズを助けようとしてくれている。シグダードのことを、また苦しめているような気がして、何も言えなかった。

 俯くフィズの肩を、バルジッカがポンと叩いた。

「こいつはシグの被害者だ」
「……被害?」

 怯えながら聞き返すリューヌに、バルジッカが微笑む。

「ああ。お前も、シグが心配なのか?」
「はい…………」
「……あいつなら、大丈夫だ。ああ見えて、悪運が強いからな。今ごろ、元気に暴れ回ってるだろ!」

 彼が笑顔でリューヌに話すのを聞いて、フィズも少し、笑ってしまった。シグダードとも、後でゆっくり話せばいい。彼が苦しんだままなのは嫌だ。

 しかし、そう思った時、城の上の方から、爆音がした。

 フィズは、慌てて窓に駆け寄った。

 城の上部から空に向かって雷光が閃き、煙が上がっている。シグダードが庭でやっていた雷の魔法だろう。

 彼がまだ、魔法が使えるほどに元気であることに安心したが、早速そんなことが起こって、フィズはますます不安になりそうだった。
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