嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

209.先の見えない逃走

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「おい!! 何やってるんだ! お前!!」

 そうヘッジェフーグがシグダードを怒鳴りつける。彼は、シグダードが先ほど走り出した時に手を離してしまった領主を助け起こしていた。

 シグダードは「すまん。忘れてた」と言ったが、ヘッジェフーグの怒りは変わらないようだ。

 それとは違う怒りをあらわにして、使者がシグダードを怒鳴りつけた。

「貴様っ……!! 一体どういうつもりだ!!」

 怒鳴りつける使者からは、早くも余裕が消えている。
 破壊された屋根から焦げ臭い匂いがして、パラパラと黒焦げの残骸が落ちてきた。付け焼き刃の雷だったが、それなりに威力はあったらしい。

 しかし、そこに集まった面々が驚いているのは、その雷の威力ではなく、使者の杖以外から放たれた雷の魔法だろう。
 ヴィザルーマから授かった杖から魔法を放つ使者とは違い、シグダードは、何も持たずに雷の魔法を放った。それは、グラスの王族にしか成し得ない、王族の力のはずなのに。

 村人たちの中には、それを見て激しく動揺している者もいたし、ヴィザルーマ様と同じ力だと言って、その場に跪く者までいた。

 しかし、それを見た使者は、村人たちに振り向いて言った。

「騙されてはいけない……あの力は、グラスの王族しか持たないもののはず。それを、あんな薄汚い男がなぜ持っているのか……それは、その男が奪ったからだ!! ヴィザルーマ様からっ……!」

 こちらを指差して言う使者の糾弾に、誰もが声を上げる。

 シグダードのそばにいたキャヴィッジェまでもが、シグダードを見上げて言った。

「お前っ……! その魔法、王族から盗んだものなのか!!??」
「馬鹿を言えっっ!! 魔法なんてもの、どうやって盗むんだ!? 私は盗みなど働かない!! あの使者が適当なことを言っているだけだ!!」
「……」

 キャヴィッジェの疑うような目は変わらない。使者とシグダードを交互に見ては、どちらが正しいか、決めあぐねている様子だった。

 村人たちの中にも、使者の方に疑うような視線を向ける者もいたが、どうやら劣勢のようだ。
 しかし、そんなことはシグダードには、どうでもよかった。もとより真の使者になど、なるつもりはない。

 シグダードは、使者を睨みつけた。

「そんなことより、これはどういうことだ? 領主に、他の連中までこんなところに押し込めて、何をしようとしている?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ? 私は、領主様を助けようとしているだけだ」
「ここには医術士がいたらしいが、誰もいないぞ。どこへやった?」
「彼らには、別の患者を診てもらっている」
「だったらなぜ会わせないっ!? 怪しげな魔力の水を持ち込み、貴様、一体何をしようとしている!!??」

 シグダードの怒鳴り声で、部屋がしんとなる。

 いかに使者を信じていたとしても、微かな違和感は感じているはずだ。特に、誰もが慕っていたはずの領主の変わり果てた姿を見たら。

 しかし、使者は高らかに笑い声を上げる。

「何を言い出すのかと思えば!! 私が持ち込んだものが怪しげ? あれは、ヴィザルーマ様から賜ったものだ! 怪しく見えるのは、あなたの心が疑心に支配された醜い心であるからだろう!! 捕まえろっっ!! あの男は領主を連れ出し、ここを守る者を一人ずつ殺していく気だ!!」

 使者に喚かれ、まだ戸惑う者もいたが、それは一部だけ。武器を持った者たちは、雄叫びを上げてシグダードたちに向かってくる。

 シグダードは、彼らの足元に向かって雷の魔法を放った。それは、彼らの進もうとしていた先を焦がして、黒い煙を上げる。

「ふんっ……今は領主を助けることの方が先か……では、こうするしかないな……」

 シグダードは、ヘッジェフーグが抱き上げた領主の顔に手を当てた。
 まだ動かない領主に、シグダードが触れてどよめきが起こる。

 使者も動揺しているようだ。

「何をっ……!」
「領主と、ここに寝ている奴らを殺されたくなければ、その後ろの連中を下げて道を開けろ!!」
「なんてっ……! 非道なっ……!」
「さっさと道を開けるんだ! お前は、ここにいる奴らを助けようとしているのだろう? まさか、見捨てる気か?」
「……っ!」

 シグダードに言われて、使者の顔が微かに歪んだ。そして、背後の村人たちに手で合図を送る。すると、彼らは後ろに下がって、扉までの道をあけた。







 シグダードは、ヘッジェフーグと顔を見合わせ、頷いた。

 ヘッジェフーグは、彼の仲間が入ってきた、奥にある扉の方をチラッと見て、シグダードに向かって頷く。あそこからなら逃げられる、そういう合図だろう。そちらにも村人たちがいたが、領主を人質に取られて、すっかり腰がひけている。

 道を塞ぐ村人たちに向かって、シグダードは声を張り上げた。

「貴様らっ!! 領主を殺されたくなければ、そこをどけっっ!!」
「……っ!!」

 村人たちは驚いて、やめてくれと声を上げ、道を開けていく。

 シグダードは、ヘッジェフーグの仲間たちに向かって言った。

「そこの連中! 寝ている奴らを担げ! 外に出るんだ!」

 シグダードが言うと、ヘッジェフーグも、仲間たちに指示してくれた。彼の仲間たちは次々、寝ていた人を担ぎあげる。

 それから、道を塞ぐ村人たちにそこを開けるように言うと、誰もが部屋の端に寄って、シグダードたちに道を開けた。

 不安そうにシグダードを見上げているキャヴィッジェに、シグダードは頷いて、開いた道の先を指した。キャヴィッジェには、大丈夫だと小声で言って、その間も、使者から目を離さないでいた。

 やはり、使者は動かない。その顔からは、何もうかがえなかった。領主に手を出したシグダードたちに対する怒りも、今こうして領主を人質に取られていることに対する怒りも、なにも。まるで無表情に見えた。

「……使者……貴様……何を企んでいる?」
「……私は何も企まない。私たちはただ、ヴィザルーマ様のために動くのみだ」
「……」
「あの方のために、道を切り開くのみ……その邪魔をするものに、生きることは許されないっ……!」

 使者が杖を振るった。雷撃が飛び、シグダードのそばにいたキャヴィッジェを貫く。キャヴィッジェは、体を震わせその場に倒れてしまった。

「キャヴィッジェっ!!」

 叫ぶシグダードのすぐそばで、剣がぶつかる音がした。シグダードがキャヴィッジェの方に気を取られている間に、村人の一人が切り掛かってきたようだ。その剣を、いち早く気づいたヘッジェフーグが、短剣で受け止めてくれていた。

 ヘッジェフーグは、彼の仲間たちとシグダードに向かって叫ぶ。

「逃げろっっ!! 脱出するんだ!!」

 ヘッジェフーグの仲間たちが、寝ている人たちを担いで、自分たちが入ってきた扉の方に走っていく。

 途中、襲いかかってきた村人をヘッジェフーグの仲間が蹴り倒し、奥にあった扉を開く。その向こうには小さな部屋と、開け放たれた大きな窓があった。

 ヘッジェフーグの仲間たちは、目を覚まさない人を担いだまま、その窓から飛び降りていく。
 微かに窓の向こうから羽ばたくような音がした。金竜のルイが羽ばたいた時の音に似ている。竜に仲間がいるのだろうか。
 ヘッジェフーグの仲間たちは、次々窓から脱出していく。

 シグダードは、まだうまく狙いの定まらない雷撃で村人たちを牽制しながら、使者に向かって叫んだ。

「領主はいただいていくぞ」
「黙れっ……反逆者めっ……ヴィザルーマ様を害する愚か者に、生きることは許されない! 逃げたところで無駄だっ!!」

 そう叫んで使者が掲げる杖目掛けて、シグダードは、雷撃を放った。それは使者の杖を弾き飛ばし、使者はその場に倒れる。

 まだ倒れたままのキャヴィッジェを、ヘッジェフーグの仲間が連れて窓から飛び降りていく。

 それを見てシグダードも、彼らが出て行った窓に駆け寄った。

 オイニオンたちも、シグダードと使者を交互に見ていたが、彼らは一度シグダードについてきている。こうなってしまっては、残ることができないのか、迷いながらついてきた。

 城の窓から外を見下ろすと、下の地面は遥かに遠く、庭にある微かな灯りが小さな石ころのように見える。落ちればひとたまりもないだろう。

 しかし、下からヘッジェフーグの声がした。

「シグっ……! 飛び降りろ!!」

 どう考えても、落ちたら死ぬ。しかし、背後からは使者を倒され怒る村人たちが迫ってくる。

 シグダードは、意を決してそこから飛び降りた。

 あっという間に落ちていく体。強く目を瞑って、体をすり抜けていく風の音を聞いていると、シグダードの体がフワッと浮いた。そして、ゆっくり、地面に向かって降りていく。見えない何かに抱えられ、地面に下ろされているようだ。微かに羽の音がする。透明な竜の背中に乗っているかのような気になった。

 降りた先には、ヘッジェフーグが待っていた。

「俺についてこいっ……! 森へ逃げるぞ!」
「待ってくれっ!! まだ、フィズがっ……!!」

 彼を置いてはいけない。シグダードは、彼を置いてきた塔に振り向いた。
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