嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap11.深く暗く賑やかな森

227.無自覚の友好

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 使者を使いヴィザルーマの伝令を拘束し、領主に村人たちを説得してもらうことが決まり、シグダードは、勝機が見えてきた気がした。
 あれだけ頑なだった村人たちも、誰もが慕っていた領主が目を覚ましたと聞けば、きっとこちらの話を聞くに違いない。彼らとて、使者にはずっと怯えていたはずだ。

 すると、背後にいたリューヌが、シグダードの服の裾を引いた。

「リューヌ……? どうした?」
「……」

 彼は、押し黙って俯いている。何か、話したいことがあるのかと思ったのに。

「リューヌ?」

 もう一度呼ぶと、彼はビクッと震える。彼は何か言おうとしたのか、口を開いていた。

 すると、それを見たラディヤが咎めるように言う。

「……やっぱりそいつ、何か知ってるんじゃないか?」
「おい……やめろと言っただろう……」

 シグダードが睨みつけても、ラディヤは聞いていないようだ。
 ラディヤは、まだビクビクしているリューヌを睨みつけていた。

「言っただろ? そいつが一番怪しいって。本当は、そいつが伝令なんじゃないのか?」
「リューヌが、そんなもののはずがないと言っただろう」

 ラディヤと睨み合うシグダードに、リューヌはずっとしがみついている。
 すると、オイニオンが、リューヌに寄り添って言った。

「ら、ラディヤ……やめて。リューヌは……シグが連れてきた人だし、この人に伝令は無理だよ」

 するとキャヴィッジェも、ラディヤを宥め始める。

「オイニオンの言うとおりだ。疑っても、仕方ないだろ? 領主様だって帰ってきたんだ。きっと、村の奴らも分かってくれて、今度は村だって戻ってくる!!」

 キャヴィッジェの言葉に、バードルットたちも頷いていた。領主が帰ってきて、誰もが先程までより生き生きした顔をしている。

 それを見た領主も、どこか嬉しそうだった。そして、シグダードに振り向いてたずねてくる。

「シグ殿、伝令とは、なんのことだ?」
「ヴィザルーマは、ここをチュスラスに対抗する毒を作るための実験場にしている。伝令は、ヴィザルーマにその結果を報告している奴だ。必ずいるはずだ。ヴィザルーマがここに遣わしたもう一人が、おそらく、今も村に残っている者たちの中に紛れ込んでいるはずだ」
「……村の人間が、ここから出てヴィザルーマ様のもとへ報告に行くと、相当目立つ。おそらく、村の者ではないのだろう…………」
「それも、村人たちが使者に従うのをやめればはっきりする」

 シグダードは、リーイックに振り向いた。

「夜には、使者を連れて外に出る。リー、準備をしておけ」

 そう言ったシグダードの背後で、何人かが「今度こそ、村を取り返すぞ」と声を上げている。歓声のような声も聞こえた。
 それがシグダードには心強く、今度こそ、ヴィザルーマにたどり着けるような気がした。

 伝令を拘束すれば、彼らのしようとしていたことを露呈させることができるかも知れない。

 決意を固めるシグダードは、リーイックにその場を任せ、部屋を出た。バルジッカやジョルジュにも、この話をしておきたい。

 フィズとリューヌもシグダードに駆け寄ってくる。
 そしてリューヌは、自信なさげにシグダードを呼び止めた。

「し、シグっ……!」
「どうした? リューヌ」
「………………あ、あの……あの……」

 彼は、何か恐ろしいことを思い出したのか、震えている。

「…………」
「どうした?」
「……」

 リューヌは黙って俯いてしまう。ひどく怯えた様子の彼に、フィズが寄り添って言った。

「シグの力になりたいんですよ」
「……そうか」

 それを聞いてシグダードは、怯えるリューヌの頭をそっと撫でた。

「何か話があるなら、聞こう。なんでもいい。話してくれ」
「……僕を…………買った人たち…………あの…………だ、誰なのか、分からなくて……」
「それは仕方がない。そういった仕事をするのは、貴族が雇った者たちだ。黒幕は自分でそんなことをしない」
「………………ご、ごめん……なさい……ぼく、な、何も知らなくて……で、でも! いち、どだけ、ぼくのまえで、毒のこと話してて……毒のこと……誰にも、知られたらダメって、話してて……」
「そうか……ヴィザルーマの目的は、いつか王座に返り咲くことだ。こんなことが露呈すれば、二度とそれは叶わなくなる。だからこそ私たちは、急いで伝令を拘束しにいくんだ」

 ヴィザルーマ側が、ことが露呈しないように気を張ることは分かっていた。しかし、リューヌが話したことが有用な情報かどうかよりも、彼がそう話してくれたことが何よりも嬉しくて、シグダードは、彼の頭を撫でた。

「これから、バルジッカたちに会いにいく。あいつらに相談してみるか」
「は、はい! シグ!」







 シグダードは、フィズとリューヌを連れ、広間に戻った。そこにいた怪我人たちも、リーイックの治療でかなり元気になっている。誰もが、すでに領主が目を覚ましたことを知っていて、安堵と希望に満ちた顔をしていた。

 そんな中でバルジッカは、怪我人たちの介抱をしている。そして、広間に入ってきたシグダードにすぐに気づいて振り向いた。

「シグ? どうした?」
「領主が目を覚ました!! 今晩出発だ! 用意をしておけ!」

 多少浮かれた様子で言うシグダードに、バルジッカは噴き出している。何も、笑われるようなことは言っていないのに。

「……バル? どうした?」
「いや……自分のことみてえに喜ぶんだなと思っただけだ」
「自分のこと? 私は最初から目を覚ましているぞ?」
「そうじゃない。領主が起きて喜んでる顔、村の連中とそっくりだ」
「……そうか? これでやっと、ヴィザルーマたちを討ち負かす用意ができたんだ。喜ぶのは当然だろう!」
「そうだな。領主が目を覚ました件なら、俺も聞いた。予定通り、深夜に使者を連れてここを発つ……だからシグ。これまで以上に気をつけろよ」
「……なぜだ?」
「……ヴィザルーマの伝令と会うかもしれないんだ。向こうは、お前の正体を知っているかもしれないぞ」
「……そうか……そうだな……」
「村の連中や領主に、お前の正体がバレたら終わりだ。最悪の場合、ここを捨てて逃げなきゃならないかもしれない。その時は、俺と一緒に、フィズとリューヌとリー連れて逃げる。いいな?」

 大事なところだけ小声で、念を押すように言われて、思い知らされた。自分は、逃亡者であることを。
 シグダードが元敵国の王だと知っているのは、バルジッカが名前を上げた面々とジョルジュのみ。
 正体がバレれば、ここを去らなくてはならない。

「…………もちろんだ」

 躊躇いの後に答えたが、本心では、ここを去りたくない。まだ、ここにいる人たちを残して行きたくないと、シグダードは思った。

 俯くシグダードに、ヴァルケッドが声をかけてくる。

「シグ? どうした? 内緒話か?」
「いや……そんなんじゃない。だ、断じて違うぞ! 内緒にしなくてはならないことなどない!!」

 慌てた様子で言うと、背後でバルジッカが頭を抱えている。
 けれど、不自然な慌てようにも、ヴァルケッドは不思議に思うような素振りすら見せなかった。

「シグ……夜には使者を連れて行くんだろう? 注意しろよ」
「もちろんだ。今更、使者に後れは取らない!」
「……そうじゃない。ヴィザルーマ様の伝令が来るかもしれないんだ。何してくるか分からないんだぞ」
「それも分かっている。そんなもの、怖くも何ともない!」

 胸を張るシグダードに、ヴァルケッドは、少し困ったような様子だった。
 それに気づかないシグダードに、今度は広間に入ってきたばかりのジョルジュが声をかける。

「何してんだ? シグ!!」
「ジョルジュ!! 聞け! 領主が目を覚ましたぞ!!」

 シグダードが幾分胸を張って言うと、彼は少し面食らった様子だった。

「……お前がそんなに喜んでどうすんだよ……」
「いいだろう。嬉しいのだから。夜には発つ! おまえも用意しておけ」
「ああ……もちろんだが……」

 ジョルジュは、ヴァルケッドに振り向いた。

「……そいつも、連れて行くのか?」

 すると、ヴァルケッドは首を横にふった。

「俺は行かない」
「お前が残るなら、俺も残る。領主様が心配だ」
「……あなたは俺が、領主様を害するような真似をすると言うのか?」

 突然二人が睨み合いを始めて、シグダードは慌てて二人を止めた。

「やめろ。何の話だ?」

 するとジョルジュは、鋭い目でヴァルケッドを睨んだまま言った。

「……俺は、こいつを信用できない。身元もわからないし、何も話そうとしない。どういうつもりだ? ヴァルケッドとやら」
「何も? 俺は街の作業所で働いていただけだ。なぜ俺を疑う?」
「……単刀直入に聞くぞ……お前、ミラバラーテ家の暗殺者だろ?」

 ジョルジュの言葉に、バルジッカとフィズ、リューヌが、少なからず動揺の声を上げる。

 けれどヴァルケッドは平然としていた。

「何を言い出すかと思えば……ジョルジュ様。チュスラスの兵隊は随分臆病だな」
「なんだと……?」
「少し神経質になりすぎているんじゃないか? 俺はただの文無しだ。昔、ミラバラーテ家の城が近い街の歓楽街にいたことはあるが、それだけだ。経歴が知りたいのなら、そこへ行ってみたらどうだ?」
「……お前のその腰の短剣は? ここではそんなもの、手に入らない。貴族から渡されたんだろう」
「これは俺を気に入った貴族にいただいたものだ。男娼だったんでね」
「……」
「驚いたか? 俺みたいなものでも、気にいる奴はいる」
「それだけじゃない! 俺は城にいたんだ!! お前を見たことがある……そんな気がするから言ってるんだ!」
「答えに窮した挙句、見たような気がする、か。寝言としか思えないな」
「……」

 悔しそうに歯噛みするジョルジュを見て、シグダードはもう一度、二人の間に入った。

「やめろやめろ。こんなめでたいときに揉めるな」

 するとジョルジュは、すぐに言い返してくる。

「シグ! お前が一番警戒しなきゃならないんだぞ! 状況わかってんのか!?」
「閉鎖的なところで疑心暗鬼に塗れる苦しみなら、お前よりは熟知している。やめておけ。ろくなことにならないぞ」
「シグ……」
「確かにこいつは素性がしれない上に、何を考えているかも分からない。だが、私はそういうところが好きだ。詮索する気がなくなる」
「……お前……」
「私とて、あれこれ聞かれても何も答えられないしな」

 シグダードの言葉を聞いて、ヴァルケッドは驚いているようだったが、シグダードは、彼を疑う気にはなれなかった。

「私はあの作業所で随分こいつの世話になった。そんな奴が悪い奴なはずがない」
「……単純なやつだ」

 そう言いながらも、ヴァルケッドは少し笑っているように見えた。

 けれど、ジョルジュは納得していない。シグダードに、ヴァルケッドには聞こえないよう耳打ちしてくる。

「シグ、頼むからもっと用心しろ……ヴィザルーマ様は、お前のことも邪魔だと思ってるはずなんだからな」
「私はちゃんと用心している。ヴィザルーマには負けない」
「お前は注意してなさすぎるんだ! 使者だけじゃない! チュスラスもイルジファルアも! お前を狙ってるんだぞ!」
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