226 / 290
chap11.深く暗く賑やかな森
226.先に進む希望
しおりを挟む長い治療を終えたリーイックは、ぐったりしていたが、キャラバンと共にいた医術士の男が薬を渡すと、それを飲んで何とか体を起こしていた。
けれどもリーイックは、まだ明らかに顔色が悪い。彼を治療した医術士も、心配そうにしている。
シグダードは、その医術士が、城下町で倒れたリブを治療してくれたディルカであることを思い出した。どうやら、あの時以来、リーイックの腕に惚れ込んでいるらしく、ディルカはリーイックに向かって心配そうに言った。
「おい……リー。安静にしていろ。お前の腕は、こんなところで失われていいものじゃない」
「当然だ。だが、ここを敵視する村人どもを何とかしないと、先に進めない」
すると、それを聞いた領主がリーイックに振り向いた。
「……村人たちが、どうかしたのか?」
「彼らは、あなたが寝ている間に、使者アギジイタトルの言うことを信じ込んで、非道な振る舞いをしています」
リーイックがこれまでにあったことを話すと、領主は驚いていた。そして、二人の息子たちのことをたずねてくる。
憔悴した領主には話しづらいが、黙っているわけにもいかない。
シグダードは、悩みながらも口を開いた。
「ジェレーのことは、ヴェターが殺した。そのあと、ヴェターはジェレーのふりをしてシュラの屋敷に来ている。次期領主の座を手にするため、兄弟を殺す毒が欲しいと言って」
「ヴェターがっ……!? そうか……」
領主は泣き出すことはなかったが、ひどく辛そうにしていた。それでも涙は流さずに顔を上げる。ベッドに寝ているところを見つけた時は、ひどくやつれ、死んでしまったのかと思うほどだったが、その顔には、今は力強さがあった。
「ヴェターはどうした?」
リーイックが首を横に振った。
「分かりません。そこにいるシグが、城下町でヴェターに会い、リューヌという奴隷を金貨百枚で買う約束をしましたが、それっきりです」
「金貨百枚だとっ……!? 馬鹿げたことを……ヴェター……人が物のように扱われることなど、許してはならないと教えたのに……」
「ヴェターはシュラの屋敷へ向かい、何かを探していたようですが、それが何なのか、あなたはご存知ですか?」
「……いいや…………あの悪名高いシュラの屋敷で探すものなど……見当もつかない」
「そうですか……」
俯くリーイックに、シグダードは「例の毒じゃないのか」と聞いた。
「そうかもしれない。あるいは、解毒薬か……」
すると、フィズがおずおずと言った。
「……もしかしたら……あの、と、時計じゃないんですか……? ラッジさんが……そんな話をしていて……」
「時計?」
リーイックは首を傾げて、頷いた。
「なるほど……そうかもしれない。毒を撒くために使われた風時魔の時計か……」
「り、リー。あの時計、今どこにあるんですか?」
「さあな。あの時は、それどころじゃなかった。しかし……風時魔の時計か……やはり、城に戻らなくては……」
考え込んでしまったのか、リーイックは何やらぶつぶつ言いながら俯いている。フィズが「リー?」と呼びかけると、やっと我に返ったようだ。
「ああ……なんでもない……」
どうやら彼は、シュラの毒のことが気になって仕方がないらしい。
シグダードは、領主に振り向いた。
「おい、領主。起きたなら答えろ。ここは、なぜこんなことになっている?」
いつもの不遜な態度でたずねるシグダードを、すぐにオイニオンが咎める。
「シグ! 領主様はお目覚めになられたばかりなのに……!」
「構わない」
すぐにそう言った領主は、シグダードに向き直った。
「ここを救ってくれて、ありがとう。シグ、リー。あなたたちは……村のものではないな?」
「ああ。私は通りすがりの奴隷のシグで、そっちは、浮浪者の医術士のリーだ」
「……通りすがりの奴隷と……浮浪者?」
シグダードの挨拶を聞いて、領主は不思議そうな顔をして首を傾げ、リーイックはシグダードを睨みつけていた。
領主は、シグダードたちに向かって頭を下げた。
「と、とにかく、あなたたちには礼を言う……リー。それに……シグ」
「礼など、後でたっぷり聞いてやる!」
そう言ったシグダードに、領主は苦笑いをしていた。
礼を言われて悪い気はしない。気を良くしたシグダードは、さらにたずねた。
「それで、あのアギジイタトルというのは、何者だ? なぜここは、こんなことになっている?」
シグダードがたずねると、領主はしばらくの間俯いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……私が、迂闊だったのだ……ヴィザルーマ様からの使者と聞いて、もっと警戒するべきだった。トゥルライナーや、正体不明の水の玉が増えて、その対処に苦悩している時に、あの使者が現れた。そして、民たちを救う唯一の方法があると言い出したんだ。怪しいとは思ったが、病が重くなり、私はほとんどベッドから動けない上に、ヴェターは何か良からぬことを考えているような時だったから、何か……助けになるものが欲しいと、そう願ってしまったんだ……」
「そこに付け込まれたのか……」
「……その通りだ。使者の持った瓶から飛び出した水が私を包み、それからは、体を動かすことも、声を発することもできなくなった。あの男の目的は、ここを乗っ取ることだったのだろう。あの男は、病に伏した私の代わりにここを守ると話していた」
悔しそうに話す領主。
それを聞いていたキャヴィッジェも、歯噛みしてシグダードに言った。
「村の奴らも、最初は使者に、領主様が倒れたのはあの水の玉のせいだから、言うとおりにすれば領主様が助かるって言われて、あいつに従ったんだ。それが……いつのまにか、使者に反逆を疑われることを恐れて、監視のし合いみたいになっていった。みんな本当は、領主様を助けて、元の暮らしを取り戻したかっただけだ……」
「だったら、もう半分は達成したではないか!」
シグダードが言うと、その場にいた村人たちから、冷たい視線が向けられた。
キャヴィッジェも、今にも飛びかかってきそうな目をして言う。
「お前……ここの状況を見てみろ。こんなボロボロの廃墟に、みんなで逃げ込んで、それでなんで達成なんだ?」
「領主が目を覚ました」
そう言ってシグダードが領主を指差すと、誰もが目を丸くしている。
しかしシグダードには、今が希望が生まれた瞬間に思えた。
「領主はこうして帰ってきた。最初から、お前たちはそれが目的だったのだろう? それに、今はリーもいる。病も治療することができるかもしれない。なあ? リー」
リーイックも、ため息をついていたが「そうだな」と答えた。
「俺なら、その病に効く薬を調合できる。材料があれば、だが……今は、キャラバンが運んできたものがある。それを使ってやってみよう」
「リー殿……感謝する……」
答えた領主に、リーイックは、材料の調達に協力することが条件だ、と答えた。
「それと、もう一つ。俺がお前を治療したら、キャラバンがここを通ることを許可するよう、王に進言して欲しい。彼らは、捕縛を逃れるために、危険な道のりを行き、命を落とす者も少なくない。その上、捕縛された者は、非道なやり方で取り調べられた挙句、惨殺され見せしめとして晒されている。そんなことがもう起こらないようにして欲しい」
「……分かった。運ぶことを許可できない物もあるが……ここから運ばれているものが、民衆の助けになっていることも事実だ。今の陛下が、私の言葉を聞くかは分からないが……やってみよう」
「心配せずとも、すぐにチュスラスの治世は終わる」
「リー殿……」
「そうだ。金竜の鱗薬粉はあるか?」
「金竜の? いや……そんなに珍しいものは置いていない」
「そうか……」
項垂れるリーイックは、「ルイがいればな……」と、ぼそっと漏らしている。
シグダードは、それがフィズに聞こえていないかとハラハラしたが、幸か不幸か、彼には聞こえていなかったようだ。
「リー、領主が歩けるようになるまで、治療することはできるか?」
「ああ……だが、時間がかかるぞ」
「そうか……」
シグダードは、領主に振り向いた。
「では、そのままでいい。私が担いで行く。共に来い、領主。村人たちを説得できるとすれば、お前だけだ」
その言葉に、領主は力強く頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる