嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap13.最後に訪れた朝

252.取り替える暗殺者

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 チュスラスが会議室の外に出ると、廊下の真ん中に、一人の男が立っていた。フィズの処刑の際に、彼と共に街から逃げていったシグダードを追わせておいた、暗殺者のスデフィだ。

 すぐにシグダードを殺してこいと命じていたのに長い間帰らず、今さらのこのこ姿を現して、どういうつもりなのか。
 チュスラスは、これまでの怒りをぶつけるように、その男を怒鳴りつけた。

「貴様っ……! スデフィ!! 遅いぞ!! もう一人は……イウィールはどうした!?」
「…………殺しました。あれは、ヴィザルーマに魅入られた愚か者です」
「なんだとっ……!?? まさか……あ、あの男は、ヴィザルーマが送り込んだのか!?」
「はい。そのとおりでございます」
「あ、あいつまで……あいつまで間諜か! またかっ…………まだ、ヴィザルーマは私を……! 私を脅かすのか!! シグダードはどうした!? どうせそちらも失敗したのだろう!! 役立たずめ!!」
「申し訳ございません」
「貴様の処分は後で決める!!!! 失敗は私への反逆だ!!!」
「どのような処分でも受けます」
「黙れっっ!!!! もうっ……もう何も聞きたくないっっ!! 失せろ! 貴様もっ……カルフィキャット以外は近づくな!! 貴様は死刑だ!!」

 喚き散らすチュスラスの前で、スデフィはずっと頭を下げていた。

 すると、廊下に響くチュスラスの声に、わざとらしく驚いたような顔をしながら、真っ白な髪の骨張った体の男が近づいてくる。

 それが放つ重い圧力に負けないように、チュスラスは、その男を睨みつけた。

「イルジファルア……」
「どうなさいました? 陛下……外までお声が聞こえていましたが、何かありましたか?」
「何を呑気なことを……! 貴様、今までどこにいた!? なぜ今更出てきた!? 会議は始まっているぞ!」
「国王陛下……それは申し訳ないことをしました……街のトゥルライナーの対策に掛かり切りになっておりました……」
「なぜ貴様がそんなことをしている!? どいつもこいつもっ……! 役立たずめっ……!! 失せろ! 貴様の顔などっ……見たくない!!」

 喚くチュスラスに、イルジファルアが丁寧に頭を下げている。
 二度とその男には振り向かず、チュスラスはカルフィキャットを連れ、その場を去った。







 チュスラスが去っていくのを、イルジファルアは、頭を下げながらほくそ笑んで見送った。

 そして、騒がしい王が自分の目の前から消えたのを確認してから、頭を上げる。チュスラスがいる間は、顔を上げるわけにはいかない。笑っていることがバレてしまう。

 イルジファルアは、チュスラスが去った方を見つめながら、背後に立ったままのスデフィに言った。

「それで? お前は成功したのか?」
「はい。こちらを……」

 スデフィが渡したものを見て、イルジファルアはニヤリと笑う。それは小さな瓶で、ヴィザルーマが使者を使いビルデ・ヒッシュの領地で作っていた解毒薬だ。中身はここでは確認できないが、間違いないだろう。

「……よくやった。一緒にいた、ヴィザルーマの手駒はどうした? イウィールという名の男だ」
「……正体がバレて、領主たちに捕えられています」
「殺してこなかったのか?」
「…………イルジファルア様には命じられておりませんので、殺しておりません」
「そうか。それでいい」

 どうやら、この男は駒として有用なようだ。命じられた以外の余計なことをしていない。それでいい。

「お前は? 正体はバレていないか?」
「……はい。チュスラスが、シグダードを殺すために送り込んだ手駒ということ以外は」
「だろうな。それが事実なのだから」

 ただ、その駒はイルジファルアからの借り物だったというだけだ。そして、駒には最初からチュスラスの命令に従うつもりなどなく、イルジファルアからの命令のことしか頭になかったというだけ。

 他にいくつも持っている駒を使って、ヴィザルーマの動きも、ヴィザルーマが送った駒も、ミラバラーテ側の動きも、全て探らせている。なんならその心の中まで、なにもかもイルジファルアの手の中と言えるほどに見張らせた。

 そして、ヴィザルーマが苦労して作ったものを手に入れた。
 チュスラスがシュラに作らせた解毒薬も、すでにチュスラスから取り上げている。

 全てがうまく行った。最初から、何もかもイルジファルアの思い通りにことが運んだ。

 キラフィリュイザの城では、シュラの毒が使われた時に得られたデータをもとに、イルジファルアが独自に解毒薬を作らせている。最初にあの城に交渉に向かうための使者を送ったのは、そのためだ。
 あの時に得られた情報で、チュスラスが作らせた解毒薬よりも、強力に力を奪える薬を作り出せた。

 イルジファルアにしてみれば、これまでのことは、自分の欲しかった、力を打ち消すものを手に入れるためのプロセスにすぎない。

 だからこそ、まだ足りない一つが欲しい。

「リーイックはどうした? あれが作った解毒薬は?」
「……申し訳ございません。あの男は……異様に警戒心が強く…………」
「そうか……だろうな。あれは、死神の一族だ。駒程度では近づけないか……」
「……」
「よい。あれは、キラフィリュイザに向かったのだろう?」
「はい」

 すでに向こうには駒を置いている。それで勝てる保証はないが、失敗したら、また別の駒を送ればいい。

 何しろリーイックは、ずっとイルジファルアから逃げ続けている男だ。
 キラフィリュイザにいた時は、四六時中、手を伸ばせば届く距離にいたのに、いつもあの飄々とした態度で、イルジファルアの前から逃げて行く。イルジファルアの会食の誘いにも、渋々でも応じる男だ。しかも、そこに恐怖など感じない。ただ、面倒な叔父との断れない会食が面倒だ、という顔以外、他の表情を持っていない。そんな男だ。

「少し、焦りすぎたか……」
「……」
「よい。お前は下がれ。チュスラスに見つかる前に」
「はい。イルジファルア様」

 答えて、スデフィは頭を下げる。

 その男に背を向けて、イルジファルアは歩き始めた。すると背後に、新たに天井から降りてきた男がついて歩き出す。

 イルジファルアは、その男には振り向かないまま言った。

「あれは用済みだ。殺せ」
「はい」

 返事をして、新しい駒は頭を下げたままのスデフィに振り向いた。

 これでスデフィが死に、それを殺した駒も新しい駒に殺させれば、イルジファルアのしたことを知るものはいなくなる。

 ティフィラージを見限ってからというもの、イルジファルアは、それまでにも増して、次々と駒を取り替えるようになっていた。それを自らの異変だとは思わなかったし、むしろ、身軽になったような気がしていた。

 イルジファルアは、受け取った瓶を懐にしまった。

 この国を変える新しいものが、ついに手に入りそうだ。それはこの、力を打ち消す解毒薬だ。

 イルジファルアは、ほくそ笑んでいた。
 これだけの解毒薬があれば、今度こそ数多の力を打ち消す新しい毒を作り出せるはずだ。

 邪魔だったストーンは、すでに倒れた。最愛の者が消えて、あれはもう廃人同然だ。会議室で、狂ったように泣き叫ぶストーンを見て、そう確信することができた。

 そして、この国にもう王はいない。いるのは、魔法を使い暴れるだけの怪物と化したチュスラスと、それを操るカルフィキャットだけ。
 目障りなヴィザルーマも、カルフィキャットの後をつけ、その居場所は突き止めている。

 ヴィザルーマを捕らえる罠として残したカルフィキャットは、イルジファルアの思い通りに、むしろ、イルジファルアが予想したよりもずっと素晴らしい働きをしてくれた。
 カルフィキャットを残しておいた自分を、賞賛したいくらいだった。

 チュスラスはカルフィキャットを信じきっている。カルフィキャットを使えば、あの二人の王は、意のままに動かせる。

 一人残されたカルフィキャットを嬲るように、貴族たちを使っておいてよかった。

 もう、チュスラスは用済みだ。

 チュスラスを殺し、毒が完成したら、ここにまだ蠢く邪魔な力を排除する。そうしているところを想像するだけで、ゾクゾクする。

 イルジファルアは、先ほど瓶をしまったあたりに手を置いた。

 もうじき、自分の前で力が消える。力をねじ伏せ、蹂躙する快楽。それは、何にも変え難いもので、唯一、イルジファルアを魅了したものだった。
 それを実行するためのものが、自分の手の中にある。笑いが込み上げてくるようだ。

 しばらく行くと、今度は街に忍ばせておいた駒が、イルジファルアの後ろについて歩く。

「イルジファルア様」
「……リリファラッジの生死は? 確実に死んだか?」
「いいえ。あれはまだ生きております」
「……なに? アメジースアは? あれはリリファラッジを殺さなかったのか?」
「途中で引いています」
「……あいつ……殺せたはずだろう……なぜ殺さなかった……シグダードは魔法を使えないのに。今やっておけばいいものを……シグダードはどうした?」
「リリファラッジを連れて行きました」
「……逃したか……アメジースアめ。森のトゥルライナー討伐に、あいつを抜擢してやったのは私だぞ。恩知らずめ。最後に情でも湧いたか? 面倒なことだ……」
「今は、シグダードたちが気絶したリリファラッジを連れて、ミラバラーテ家の城に向かっております」
「そうか……」
「……そこには、ヴァルケッドもいます」
「……ヴァルケッドか……使えそうなものだと思ったが……」

 それに関しては、肩を落としてしまう。いいものを手に入れたと思ったのに、まさか、間者だったとは。間者を潜り込ませることはあっても、間者をいつのまにか自分がつかまされたのは、これが初めてだ。

 やはり、ミラバラーテ家は、一番に潰しておくべき相手だ。
 当主が倒れても、もう動かないとは限らない。何しろ、あれの城にはまだ、イルジファルアが嫌う、力を操る者がいる。
 早急に手を打つべきだ。あの一族は、自分にとって、最大の敵だ。

「よくやった。下がれ」

 イルジファルアはそう言って、その男に背を向けて歩き出した。

 その男は、去って行くイルジファルアに頭を下げていた。そしてすぐに背後で、その男が倒れる音がする。
 用済みなものは処分した。後の処理は、すでに言いなりにした大臣あたりに押し付けておけばいい。

 すでに、必要なものは手に入れた。王家の魔法の血を廃し、ここが自分のものになる。そうしたら、ついにここを自分の好きに使うことができる。

 この国を使って、力を打ち消す解毒薬をもっと強力なものにして大量に作り出す。それができれば、ここも用済み。用が済んだら、ここも捨てて、今度は力を操る種族の国へ行く。そこで、全ての力をねじ伏せてやろう。そう思うと、笑いが止まらなくなりそうだ。

 リリファラッジの処刑は予定外だったし、ヴァルケッドがミラバラーテ側からの間者と知った時も驚いたが、全てうまくいった。

 ティフィラージを捨てて、身軽になったことが良かったのかもしれない。

 そんな風に考えると、未だに捨てたはずの駒のことを覚えていることが馬鹿らしくなる。

 イルジファルアは、かぶりを振って、かねてからの計画を実行に移すことにした。
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