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chap13.最後に訪れた朝
264.進まない交渉
しおりを挟むアロルーガは物置の方に戻ると、いくつか虫取り網のようなものを持ってくる。網のところが光っていて、まるで金色の糸を編み上げて作ったかのような、美しいものだった。
彼はそれをヴィフに渡して言う。
「とりあえず、これで城に飛び散った鳥を捕まえて。話はそれから」
「は、はい!」
ヴィフは、網を持って廊下を走っていく。
アメジースアも、アロルーガから網を奪い取って、「私が作ったものが、一族の城を荒らすのを、放ってはおけない」と言って走っていった。
アロルーガは、深いため息をつく。
「馬鹿だねー……ストーンが心配なら、そう言えばいいのに」
シグダードが、腕を組んで言った。
「アメジースアは、随分ストーンに傾倒しているようだな」
「うん……リリファラッジの件があるまでは、自分が叔父を守るって、そんなことばっかり言ってた。アメジースアは、蝶水飛の中でも、かなり神力を操る技術に劣る方で、幼い頃から、無力だなんだって蔑まれて、罵られてたんだ。だけど、ストーンはそんなこと言わなかったし、僕と一緒にここに来たあいつを、養子として迎えてくれて……アメジースアはずっと感謝してたんだ。でもあの踊り子が現れて、ストーンがあれに夢中になっちゃってからは、随分苛立ってるみたいだった。ヴィザルーマが王になって、これまでのファースのやり方に対する賛成派と反対派の対立が顕になった時、ミラバラーテ家は、王と対立する側になったのに、そんな時に、ストーンが罪人の弟の踊り子に夢中だったことが……随分ショックだったみたい……」
「そうか……」
「…………カウィ家の方には、使いを送ったよ」
「なんだと?」
「チュスラスの好きにさせておくわけにはいかない」
「間に合うのか? 焼き払うなど……そんなことは絶対にさせるな!」
「分かってる。今はグラスの城の方にも、連絡を取ってるし、焼き討ちなんてことにはさせない」
「それならそうヴィフに話してやれ」
「……僕らはまだ、ヴィフを信用した訳じゃない。もちろん、君らのことも。一応、敵国の王と死刑を言い渡された罪人だろ? ただ、ヴァルケッドから報告を受けたし、ストーンからの指示もある」
「ストーンからの?」
「詳しいことは、ストーンが話すよ。それに、今は早く鳥を回収してくれなきゃ困る。僕も、鳥の回収に向かう。君らも手伝って」
「待て。ヒッシュの領地の援軍の件は、どうなっている?」
「それなら、君がラディヤから借りたっていう使い魔を使って、連絡を取った。ラディヤからの要請もある……もう少ししたら、会議が始まるよ」
「また会議か! 呑気な奴らだ。もう貴様では話にならない! ストーンをだせ!」
「……昼には会えるよ」
「のろまな蛾め……だったらさっさと鳥を回収して、ストーンを引き摺り出してやる」
シグダードは、アロルーガから網を奪い取る。
その態度を目の当たりにして、アロルーガは、今にもシグダードに飛びかかりそうな顔をしていた。
「……本当に腹立たしい男だ……ヴァルケッドを勝手に使ったのも、君だろ?」
アロルーガが窓の方に振り向くと、そこからヴァルケッドが入ってくる。
アロルーガは、彼を睨みつけた。
「君は何をしているの?」
「シグダードと共に、あの鳥を追いかけていました」
「そんなこと命じてない」
「……しかし、世話をするようにと命じられました」
「口答えするな。なんでそんな奴に懐いてるの!?」
「懐く?」
首を傾げるヴァルケッドの前に、シグダードが立って、アロルーガを睨みつける。
「ヴァルケッドを責めるな。私はこれが気に入った。寄越せ」
「……は?」
「ヴァルケッドを暗殺者に仕立て上げた下衆は貴様だな?」
「だったら何? それは僕らの所有物なの。君なんかにどうこう言われる筋合いはない」
「貴様らにとってどうだろうが、私にとってこいつは、世話になった友人だ。私の前で、ヴァルケッドを理不尽に扱うことは許さん」
「……え? しばらく帰ってこないと思っていたら、友達と遊んでたの?」
アロルーガに聞かれて、ヴァルケッドは首を横に振った。
「……それはその男が勝手に言っているだけです………………アロルーガ様?」
「……」
アロルーガは、ヴァルケッドをじーっと睨んで、シグダードに振り向いた。
「勝手にヴァルケッドを使わないで。なんだかおかしくなっちゃってるじゃん」
「おかしい? 何がだ。ヴァルケッドはヴァルケッドのままだ」
「……これは、僕らが作り上げた傑作。ミラバラーテ家が総力を上げて作った、最高の暗殺者なの。寄越せって言われて渡せるものじゃない」
「最高? 森の中で鳥と一緒に泣いている男がか?」
それを聞いたヴァルケッドが、シグダードを怒鳴りつける。
「シグ!! 泣いてないと言っただろう! お前と友人なんてものになった覚えもない!! アロルーガ様を困らせるな!!」
「困らせてなどいない。お前のことは私が買う」
「だから!! それも断ったじゃないか!! 聞いていなかったのか!?」
「聞いていたが、従う気はない」
「……俺はお前に買われるなんて、絶対に嫌だ……」
「お前の意思など関係ない」
「さっき友人だと言ってなかったか? それなのに、俺の意見は全く聞かないのか?」
話していると、突然アロルーガが声を上げた。
「ヴァルケッドーー!!」
「……アロルーガ様? どうされました?」
「なんでそんな男と楽しそうに話してるの!?」
「た、楽しそう?」
「普段僕とは全然話さないくせに!」
「……? 話せと命じられれば話します」
「そういうこと言ってるんじゃない。なんで懐いてるのかって聞いてるの!!」
「……?? 懐けと命じられれば懐きます」
「そういうこと言ってるんじゃない!!!!」
ヴァルケッドを怒鳴りつけて、アロルーガはシグダードを睨みつけた。
「なんでそいつ、そんなに懐かせることができたの? 僕には……懐かないのに……ティフィラージだって…………」
ぶつぶつ言っている彼の目の前を、窓から入ってきたあのヴィフの鳥が、パタパタ飛び回り始める。
アロルーガは、羽を広げて飛び上がった。
「とにかく、そいつは渡さないから。さっさと鳥を回収して」
そう言って彼は、そばを飛んでいた鳥を捕まえた。
負けじとシグダードも、窓辺に留まっていた鳥を捕まえて、アロルーガに振り向く。
「お前のその背中の羽、ラディヤのものと似ているな」
「僕の羽の方が綺麗だ」
「私に羽をつけることはできるか?」
「……面白いことを言うなー。君は。ストーンも似たようなことを言ってたよ」
「ストーンが?」
「うん。私を連れて飛んでくれ、だって。リリファラッジに渡す花を積みたかったらしいよ」
「そうか……」
「リリファラッジには嫌われたっぽいけど。イヴィルの件で嫌気が差していた時に、部屋中に花を撒き散らしてベッドまで飾って……逆に怒らせたみたい。ストーンは気づいてないけどね」
「……教えてやれ。気の毒だろう」
「嫌。僕だって、リリファラッジのことは、認められないから。僕も、ここに逃げ込んできた僕とアメジースアを迎えてくれたストーンには感謝してる。一族なんて言ってるけど、血のつながりがあるのはストーンとエクセトリグだけなんだ。だけど、ストーンはそんな一族をうまくまとめていた。僕は、当主がストーンで、本当に良かったと思ってる」
「だったら、ストーンが愛したリリファラッジのことも認めてやれ」
「嫌。君らはそう言うけど、僕は踊り子のことも考えて反対してるんだ。ミラバラーテの一族は面倒臭い奴ばっかりだし、政敵に狙われるし、今のうちに逃げ出した方が、リリファラッジのためだ。彼は自由に踊っていたいんだろ? だったら、ミラバラーテの一族になんか、関わるべきじゃない。僕だって、一族っていう居場所が大事だから、それを壊すような奴とは組めない」
すると、今度はフィズが、叫んでそれを否定する。
「ラッジさんは!! そんなことをしません!!」
「……突然城に来た、全く知らない死刑囚の反逆者を、すぐに一族が信頼するわけないだろ。むしろ、リリファラッジはストーンを魅了して好き勝手やってるように思われてるから、かなり不利な状態からの出発だよ。せっかく死刑を免れたんだから、他国にでも逃げた方が、自由に舞いたいっていう願いだって叶えてあげられる。反対は僕の最大の敬意のつもりなんだけど……」
「ラッジさんは、自分が行きたいところに行って舞う方です。そんな心配、必要ありません!!」
「……僕の忠告は聞いておいた方がいいと思う……」
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